ブラダス ルディア。 【ブラダス】ワールドボス「ゴルゴーナ」攻略【初心者向け】│効率厨のソシャゲ攻略ブログ

【ブラダス】対策必須傭兵まとめ

ブラダス ルディア

HPと防御力はめちゃ低い。 今までのタンクと違ってカスりを前提としたタンクキャラになっているのが理由ですね。 攻撃範囲「最前1マス攻撃」 ダメージ系のスキルが優秀なので攻撃範囲は狭いです。 第1スキル めちゃくちゃ特徴的なスキル。 それ以外の普通の攻撃に対しては言わずもがな。 攻撃をして倒せるのは、• ケイラン• クイック• ジャカン• チョーク 固定ダメージに関してはセトは本当に優秀ですね。 それ以外だと『自爆カウンター』かケイランの『決闘カウンター』のみですね。 自爆はともかくケイランの決闘カウンターは発動条件が中々厳しいので現実的ではありません。 まあ上位プレイヤーほどベルフェロンやレヴィアは所持しているでしょうし、キュウビも15凸可能になりましたから、対策自体はできそうですね。 更に50ターンが経過するとスキルが変化し、防御主体から攻撃主体のスキルに変わります。 第3スキルと合わせると、防御型にしては高火力が出せますね。 第2スキル 防御力の分だけ敏捷力に変えるというスキル。 お分かりの通り後者は可能です。 実用的なキャラならテミスとかですかね。 第3スキル 攻撃型と支援型のキャラにのみ追加ダメージを与える、というアナスタシアと同じようなスキル。 覚醒スキル 毎度お馴染み有用キャラの最低条件スキル。 敏捷力が要のルディアにとっては、これが無いと話にならないので所持して当然のスキルですね。 スキルレベル 10凸は第3スキルの追加ダメスキルが強化されるので、タンクとして使うなら9凸で止めても良さそうです。 支援を受けずに運用できるラインが9凸からなので、8凸以下のルディアを編成するくらいならとかアルカンとか入れたほうがマシですね。 元々テミスを使っているなら8凸でもOK。 韓国版の使用率 アリーナ使用率 やはりメタキャラであるキュウビが15凸可能になったことで使用率も激減してますね。 総評 ターン経過で役割が変化して非常に面白いキャラですね。 育成難易度は果てしなく高いですが、完璧なルーンが用意できるのなら相当に強い無敵キャラとなりますね。 アインドリン 評価 S- 葬儀屋ですから着ているのは喪服ですかね、セクシーです。 ステータス 至って普通のステータスですw 支援範囲「X字5マス」 今となっては珍しい支援範囲ですね。 初期のヘレナを思い出します。 第1スキル ヨハンの代名詞だった『挑発付与』がいよいよ他のキャラにも搭載されました。 5マスの支援範囲ですが、挑発付与対象はメインターゲット…X字の中心、アインドリンの次の順番の味方キャラのみです。 ヨハンはバリアも付与するので、流石にそちらには劣りますが十分な被ダメ軽減率ですね。 ターン数も12ターンと長い。 第2スキル 攻撃力のバフこそ控えめですが、クリダメに関してはベロニアに次ぐ倍率です。 第3スキル 何やら特徴的なスキルですね。 これはリジェネとクリ率バフです。 メリーを超えるほどの上昇値ですが、支援範囲がX字と使いにくくWB戦では微妙ですかね。 覚醒スキル 墓石の数で支援力が上昇する永続スキル。 ベルフェロンと同じように終盤に近づくほど強くなりますね。 スキルレベル 支援キャラの都合上、9凸以上でないと微妙。 さらにアインドリンは10凸でバフターン数が12ターンになるため、9凸と10凸の差が大きい。 可能なら10凸にしよう。 ルーン選択 第3スキルのリジェネはアインドリンのHP依存で回復量が決まるため血気ルーン。 韓国版の使用率 アリーナ使用率 そこそこ高めですね。 挑発付与をしながらダメージ系のバフもするのでアリーナで活躍しやすいです。 WB使用率 この使用率はあってないようなものですねw X字の支援範囲はWB向きではありませんよ。 総評 クリティカル系のバフ倍率が異常でメリーを超えましたね。 支援範囲がX字なことに加え挑発付与のスキルを持っているため、配置を専用のものにしなければならず若干パーティを選ぶのが難点。 墓石の数が多いほど支援力が爆発的に上昇しますし、対人戦専用のキャラとなり汎用性は高くなさそうです。 ナイアス ストーリー S 見た目て危険そうなルですw ステータス 攻撃力がめちゃくちゃ高いです。 ウィグルを超えチョークに次ぐ攻撃力を誇ります。 攻撃範囲「最前1マス攻撃」 攻撃力が高い代わりに攻撃範囲は激狭です。 カウンター主体のキャラなので攻撃範囲はおまけですね。 第1スキル ナイアスのメインスキル。 相手から攻撃を受けると烙印を付与し、 ナイアスが攻撃を行うと追加ダメージを与えるというもの。 固定ダメージでないのは残念だが、それでもナイアスの攻撃力依存のダメージなため威力は高い。 このスキルがある以上はナイアスに攻撃を集める必要があるため、最前線に配置したり「ヨハン」「アインドリン」の挑発付与を掛けると活躍しやすい。 第2スキル 戦闘開始時から発動するパッシブのリジェネ。 やはり被ダメ軽減のある挑発付与が必須かな。 ターン数は短いが、それを解消する覚醒スキルを持っているため、ほぼ永続と思っていい。 覚醒スキル 攻撃を受けると自身のバフが再適用されるスキル。 これによりバフのターン数は一切気にする必要がなくなる。 自前のバフも備えているため、挑発やバリアさえ付与すればKOされるまでターゲットを集め敵にダメージを与えるので、ストーリー攻略が捗りそう。 スキルレベル 9凸10凸は第3スキルのバフが強化されるが、バフ再適応さえあればターン数をかけるだけでバフの最大値まで上昇するため、急いで高凸にする必要性は感じない。 ただしバフにクリ率が乗る6凸は最低条件。 ルーン選択 耐久力が皆無のため、血気か鉄壁を装備させたい。 攻撃力やクリ率はバフでMAXになるから要らないと思う。 挑発付与を前提とすると、 ヨハンの場合はデバフ免疫を備えているのでステ減の影響がないため鉄壁、アインドリンの場合は血気かな。 韓国版の使用率 新星アリーナ使用率 新星アリーナで一応は使われています。 しかし15凸可能な星4キャラの「ルネ」「セレンディア」「リデル」を差し置いて使うこともないでしょう。 総評 ナイアス本人に耐久力は全くありませんが、カウンター能力は高いです。 アリーナでの運用は難しいでしょうが、ストーリーや悪魔城なんかでは活躍してくれそうですね。 おわりに 新キャラ追加のペース早すぎですね。 もうちょっと前回の新キャラの余韻を残してもいいというか、浸らせてくれてもいいというか。 目まぐるしい速度でキャラ追加を行ったおかげで、助力者実装前のキャラは全て放出したことになります。 いよいよ助力者が実装されるかと思うと震えますね。 これ以降の新キャラは全て助力者アリの15凸オンリーです。 最後の10凸キャラなので是非とも入手したいですね。

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【ブラダス】六魔星『ナルタス』15凸考察│効率厨のソシャゲ攻略ブログ

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最大の都市 政府 () ロドリゴ・マイア デイビ・アルコロンブレ ディアス・トフォリ 総計 () 水面積率 0. 実際に用いられているのは方言のである。 2019年をもってを廃止。 首都は。 南米大陸で最大の面積を占め、、、、、、、、、、(つまりと以外のすべての南米諸国)と国境を接している。 また、大西洋上の諸島、トリンダージ島・マルティン・ヴァス島、もブラジル領に属する。 その国土面積は日本の22. 5倍で 、よりは約110万小さいが、を除いた全土より大きく、・・の三国を合わせた面積の約2倍に相当する。 最大の面積を擁する国家であると同時に最大の領土・人口を擁する国家で、面積は世界第5位である。 で唯一のの国であり、同時に世界最大の使用人口を擁する国でもある。 公用語はではあるがも比較的通じる。 最大の経済規模であり、同時に世界で7番目の経済規模でもある。 ブラジルは北部は赤道直下で、全体的に海流等の影響もあり気候は大変温暖であり、中南米最多の人口と経済規模である。 通称、 Brasil( ブラズィウ)。 公式の表記は Federative Republic of Brazil ( フェデラティヴ・リパブリク・オヴ・ブラズィル)。 通称 Brazil( ブラズィル)。 ポルトガル語では Bra sil と綴られるが、英語では Bra zil と綴られる。 の表記は ブラジル連邦共和国。 通称 ブラジル。 では 伯剌西爾か 伯国 となり、 伯と略される。 ただしにおいては 巴西(バーシー)と表記される。 に として独立し、の共和革命以降は ブラジル合衆国を国名としていたが、に現在のブラジル連邦共和国に改称した。 国号のブラジルは、樹木のに由来する。 もともと、この土地は1500年にのが来航した当初は、南米大陸の一部ではなく島だと思われたために「ヴェラ・クルス(真の十字架)島」と名づけられたが、すぐにの時代に「サンタ・クルス(聖十字架)の地」と改名された。 その後、あまりにもキリスト教的すぎる名前への反発や、ポルトガル人がこの地方でで染料に用いられていたに似た木を発見すると、それもまた同様に染料に使われていたことから、木をで「赤い木」を意味する「パウ・ブラジル」と呼ぶようになり、ブラジルの木のポルトガルへの輸出が盛んになったこともあり、中にこの地はブラジルと呼ばれるようになった。 「ブラジル」という読みは本国などで使われるでの発音であり、での発音にもっとも近いカタカナ表記は「ブラズィウ」である。 歴史 [ ] 植民地時代初期の地図 にがとして初めてに到達したあと、「発見」されたアメリカ大陸の他の部分と同様にブラジルも植民地化の脅威に晒されることになった。 にのがブラジルを「発見」すると、以降ブラジルはの植民地としてほかの南北アメリカ大陸とは異なった歴史を歩むことになった。 にはイタリア人のが(1月の川)を命名。 ポルトガル人が最初に接触したのは、 ()やなどを含むを話す先住民であった。 トゥピ語族のほかにもブラジル先住民には、 ()・(ヌ=アルアーク語族とも)・を話す集団があった。 ポルトガル人は古トゥピ語先住民の言葉がブラジル人の言葉であると誤解し、ほかの先住民はそれぞれ部族の言葉を持っているにもかかわらず、ポルトガル宣教師達は先住民にその言葉を教えた。 こうして(一種の共通語)の(と)が形成された。 それは信仰も同様として仕向けられた。 初期のブラジルにおいては(改宗ユダヤ人)によっての輸出が主要産業となった。 このために当初 ヴェラ・クルス島と名づけられていたこの土地は、16世紀中にブラジルと呼ばれるようになった。 にはの侵攻に対処するために、初代ブラジルとして ()がに着任した。 1580年にポルトガルがと合同すると、ブラジルは軍の攻撃を受けた。 の一部が()に占領され、 ()となった。 1661年、が締結され、オランダは400万クルザードの賠償金と引き換えに、ポルトガルの ()(現・)領有を認めるとともにオランダ領ブラジルをポルトガルに割譲した。 一方、パウ・ブラジルの枯渇後、新たな産業として北東部にからが導入され、 ()(砂糖)で働く労働力としてまずが奴隷化された。 インディオの数が足りなくなるとや、からが大量に連行され、ポルトガル人農場主ので酷使された。 「全人種の黒き指導者」の胸像 17世紀にはブラジル内陸部の探検が、の(奴隷狩りの探検隊)により始まった。 バンデイランテスは各地に遠征して現在の都市の基となる村落を多数築いた一方、やまで遠征してによって保護されていたを奴隷として狩った。 こうした中で、激しい奴隷労働に耐えかねた(逃亡奴隷)の中には奥地に ()(逃亡奴隷集落)を築くものもあった。 その中でも最大となった ()はによって指導されたが、の ()でバンデイランテスによって征服され消滅した。 一方、1680年にポルトガル植民地政府は、を無視しての河口左岸のの対岸にを建設した。 以降の地は独立後まで続くブラジルの権力とブエノスアイレスの権力との衝突の場となった。 また、ではラ・プラタ地方のの影響を受けて(ではガウチョ)と呼ばれる牧童の集団が生まれた。 その後、18世紀にはで金鉱山が発見されたためにゴールドラッシュが起こった。 ブラジルの中心がからに移動し、1763年にはが植民地の首都となった。 ゴールドラッシュにより、18世紀の間に実に30万人のポルトガル人がブラジルに移住し、金採掘のためにさらに多くの黒人奴隷が導入された。 一方でミナスの中心地となったでは独自の文化が栄えた。 :このブラジル初の独立運動では、首謀者の内うちもっとも身分の低かったチラデンテスのみが処刑された をめぐるスペインとの衝突のあと、18世紀末にはがヨーロッパから伝わり、やの影響もあり、にはポルトガルからの独立を画策した「」が発生。 計画は密告によって失敗した。 首謀者のうちもっとも身分の低かったがすべての罪をかぶせられ処刑された。 その後、1791年に始まったの影響もあって [ ]白人や、クレオール黒人(クリオーロ)による独立運動が進展。 植民地時代にはブラジルにが設立されず、知的環境の不備により、ブラジルの独立運動は一部の知識人の「」に留まり、大衆的な基盤を持つ「」にはならなかった。 このことは、ブラジルと諸国の独立のあり方の差異に大きな影響を与えた。 :独立派のブラジル人ブルジョワジーを代表してペドロを擁立した により、にに率いられたがポルトガルに侵攻した。 このためポルトガル宮廷はからに遷都し、以降、リオの開発が進んだ。 1815年にリオデジャネイロはの首都に定められた。 ポルトガル政府は(: Banda Oriental do Uruguai)の ()率いる(: Liga dos Povos Livres、 - )との戦いを進めてバンダ・オリエンタルを支配下に置き、征服した地域にを設立した。 ポルトガルを自由主義的な立憲君主制国家に変革しようとする革命が起こり、リオデジャネイロのに帰国を要請し、にポルトガル宮廷はに帰還した。 一方、摂政として残留したの王太子ペドロがに代表されるブラジル人ブルジョワジー勢力に支持され、にが勃発した。 に「」(: Grito do Ipiranga)と呼ばれる独立宣言が行われ、ペドロが初代皇帝(在位1823年 - 1831年)として即位し、はポルトガルから独立した。 帝政時代 [ ] ブラジルの独立はブラガンサ家の皇帝という求心力があったために、や、らの掲げた共和制や立憲君主制の思想が求心力とならなかった。 諸国が分裂したのとは異なり、広大なブラジル植民地は単一のまとまりとして新たな主権国家を形成した。 しかし、このことは植民地時代からのエリート層が独立後もそのまま権力を握り続けることをも意味していた。 このため、帝政時代は当初から各地方の中央政府に対する反乱や、を求める自由主義者の反乱が勃発し、1820年代には北東部のでは ()が、最南部のではの復帰を求めたの潜入により、シスプラチナ州をめぐってが勃発した。 シスプラチナ州はイギリスの仲介によって1828年にとして独立した。 ペードロ2世は領土的野心を持っていたウルグアイ、パラグアイへの介入を進め、その結果としてにパラグアイの大統領はブラジルに宣戦布告し、(: Guerra do Paraguai、: Guerra de la Triple Alianza - 「三国同盟戦争」とも)が勃発したが、率いるブラジル帝国が主体となった三国同盟軍はパラグアイを破壊した。 一方、独立後も大農園主の意向によって奴隷制は維持され続けたが、の後は西半球で奴隷制を採用する独立国はブラジル帝国のみとなったため、三国同盟戦争後からのの影響を受けた知識人によって奴隷制批判がなされた。 三国同盟戦争後に制度的に確立した軍の青年将校(: Tenentes - 「 ()」)たちは実証主義思想に影響を受け、次第に奴隷制の廃止と帝政の廃止をも含めた国民運動が生まれた。 旧共和国時代 [ ] 共和制革命後4日間だけ用いられたブラジル合衆国の国旗 の共和制革命により、ブラジルはからに移行した。 この時期には と呼ばれるとで相互に大統領を選出する慣行が生まれた。 (、)でによる (、)( - )が勃発。 これにともなう通貨下落を政府はから借り入れて切り抜けた。 また、帝政時代から・プランテーションでの労働力確保のためにヨーロッパより、、、をはじめとする移民を受け入れていたが、奴隷制廃止後はさらに移民の流入速度が速まり、にはヨーロッパのみならずアジアからもでが導入された。 に側で参戦したあと、1920年代にはカフェ・コン・レイテ体制への批判が高まり、 ()をはじめとするテネンテス(青年将校たち)による ()が各地で起こった。 この ()は直接は国政に大きな影響を与えなかったが、間接的に1930年代の政治状況を用意することになった。 ヴァルガス時代 [ ] :15年にわたるヴァルガス時代の間に現在のブラジルが形作られた にカフェ・コン・レイテ体制に対する反乱が各地で勃発し、のが ()を起こし、独裁政治を確立しようとした。 1937年にはヴァルガスはクーデターによって・に影響を受けた ()体制を確立し、11月10日に新憲法を公布、12月2日に発布した。 ヴァルガス時代にはの整備、国家主導の工業化、の称揚と移民の同化政策、中央集権体制の確立が進んだ。 にヴァルガスはにの一員としてに宣戦布告、参戦したが、独裁体制に対する不満が国民と軍内部で強まり、第二次世界大戦終結後の1945年10月13日に軍事クーデターによって失脚した。 ポプリズモ時代 [ ] ブラジリア大聖堂 1946年9月18日に新憲法が制定されたあと、1950年にブラジル史上初の民主的選挙によってが大統領に就任した。 2度目のヴァルガスはファシズム色よりも左派色を打ち出し、ブラジル経済の国民化が進められたが、軍の抵抗にあってヴァルガスは1954年に自殺した。 1956年に就任した大統領は「50年の進歩を5年で」を掲げて開発政策を進め、内陸部のに新首都を建設し、にから遷都した。 しかし、この開発政策によって生まれた債務が財政を圧迫し、が加速した。 に就任した ()(通称・ジャンゴ)大統領(任期: - )はこのような困難な状況を乗り切ることが出来なかった。 軍事独裁政権時代 [ ] にの支援する将軍は、 ()によってジョアン・ゴラールを失脚させ、軍事独裁体制を確立すると、政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策が推進された(、)。 この軍政の時代に「」と呼ばれたほどのが実現したが、1973年の後に経済成長は失速し、さらに所得格差の増大により犯罪発生率が飛躍的に上昇した。 また、軍事政権による人権侵害も大きな問題となった。 この間、各地での(ALN)やなどが武装闘争を展開し、外国大使の誘拐やが複数にわたって発生した。 1974年に将軍から大統領に就任した ()は国民的な不満を受けて軍政の路線転換を行い、1979年に就任した大統領は民政移管を公約した。 1985年に行われた大統領選挙ではが勝利した。 民政移管以降 [ ] ボルソナーロ大統領とトランプ米大統領 に民政移管が実現し、政権が復活したが、ネーヴェスが急死したために副大統領だったが大統領に昇格した。 サルネイ政権下ではインフレの拡大によりブラジル経済は悪化し、内政では大きな成果を残せなかったが、外交ではアルゼンチンの政権との関係がこの時期に大きく改善し、長らく続いた両国の敵対関係に終止符が打たれた。 1990年にはからが大統領に就任したが経済問題に対処できず、数々の汚職やさまざまな奇行のために1992年に罷免された。 コーロル大統領の失脚後、副大統領のが大統領に昇格した。 1995年にから就任した政権下でアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイにより、同年1月に(メルコスウと発音、南米南部共同市場)が発足し、市場中心主義、緊縮政策・新自由主義を推し進めたが汚職や腐敗が深刻化し、格差の拡大をもたらした。 2003年には前政権までの貧困・格差の拡大に反発する形でからが大統領に就任し、ブラジル発の本格的な左派政権となり、これまで前政権時代に推し進められていた市場中心主義、政策を改め、富の再分配を重視し貧困撲滅政策を実行。 外交面では新興国との関係を重視した。 資源価格の高騰や新興国経済の好調に伴ってブラジル史上屈指の好景気となり、貧困撲滅と中間層誕生をもたらしたことで国民の支持を集めた。 また、との招致に成功した。 10月、ルーラ大統領の任期満了に伴い大統領選挙が行われ、好調な経済の後押しを受けて与党の官房長官が当選、2011年1月に大統領に就任した。 しかし、その後新興国経済の失速と資源価格の低迷から景気が低迷し支持率は急落、にが起きるも、2014年の大統領選挙では決選投票でののに勝利し、再選を果たした。 しかし、2016年にはルセフ大統領が弾劾裁判を受け、ブラジル検察はブラジル屈指の人気を誇ったルーラ元大統領を汚職疑惑により強制捜査し、とによる連立政権が崩壊するなど政権基盤は急速に失速し、政治的な混乱が続いた。 、ブラジル議会上院はルセフ大統領に対する弾劾法廷の設置を賛成多数で決定し、ルセフ大統領の職務を停止させた。 ルセフ大統領の職務が停止される間、の副大統領が大統領代行を務めることになった。 テメル大統領代行は労働党閣僚を排除し、最大野党の社会民主党の閣僚を抜擢し、実質的に13年ぶりの政権交代となった。 、をとり、の、や社会保障削減などのをはじめとしたが求める政策の実行を表明するなど、カルドソ政権時代の政策への回帰となった。 しかし、このような選挙を行わない強引な手法による政権交代は事実上のであると反発する国民も少なくなく 、与野党問わずも蔓延しており政治的には混乱期に突入している。 そして、テメル前大統領自身も収賄罪で起訴されるなど 、ルセフ元大統領に続いて弾劾を求める動きが活発化している。 このように、有力政治家が相次いで汚職の捜査対処になり、ブラジルの政治は大混乱期を迎え国民の信頼を完全になくしている。 2019年にが大統領に就任 、の経済学者のをブレインに、、軍政の再評価、親米外交など、これまでのルラ政権以来続いた労働者党政権の逆の政策を行うと主張しており、その・ともされる政策からは「ブラジルの」ともいわれる。 政治 [ ] 詳細は「」を参照 (PT)、(PMDB)、(PPS)、(PSDB)などがある。 投票権 [ ] 投票は18歳から70歳までの読み書きができるすべての国民に義務づけられている()。 希望すれば16歳以上、もしくは70歳を超える国民や読み書きのできない国民も投票することができる。 政権 [ ] 1月にルーラ政権が発足した。 元労働組合の指導者だったルーラ大統領は「飢餓ゼロ」計画を打ち上げ、貧困家庭向けの食料援助や援助金制度などを推進した。 貧困家庭の生活水準改善を着実に進め、経済発展に取り残されていた内陸部へのインフラ整備も進みつつある。 外交面では、南米統合へのリーダーシップも発揮した。 にルーラ大統領は政権与党の労働党の全国大会で大統領候補指名を受託し、10月の大統領選挙で貧困層の圧倒的な支持を得て再選した。 ルーラ政権下ではブラジル大会や()という二大スポーツイベントの招致に成功し、開催へ向けての準備が始まっていた。 からは労働者党出身の新政権が発足し、ルーラ前大統領の政策を受け継いでいたが以降は副大統領が大統領代行を務めている。 2019年1月1日より大統領が政権を担った。 長らく左派が政権を占めていた国で生まれた極右の大統領の登場に国内外で賛否両論が巻き起こった。 「年金改革」と「汚職や犯罪との戦い」を掲げ、治安強化と軍政賛美の姿勢を見せている。 治安 [ ] ブラジルの治安は非常に悪い。 市民の間で違法な銃器所持が横行しており、一般犯罪でも殆どの場合で銃が使用され、殺人に発展することも多い。 大都市、地方都市を問わず重犯罪が頻発している。 人口10万人あたりの犯罪発生率はの数十倍から数百倍であり、の統計では、殺人は日本の34倍、強盗は約315倍となっている。 2011年から2015年までの4年間に、ブラジルでは28万人近くが殺害されたといわれる。 人口に10倍近くの差があるため、単純比較はできないが、これはが発表している同期間中のの犠牲者数(25万6,124人)を超えている。 とりわけと呼ばれる都市に形成されたは、凶悪犯罪の温床となっている。 これらの地域では麻薬密売組織同士の抗争や治安当局の介入により銃撃戦が昼夜問わず発生し、多くの市民が巻き込まれて命を落としている。 ブラジルのは給与の支払いが十分でないことが多く、しばしばを起こすことがあり、当然その間は凶悪犯罪も多発する。 日本のは、多くの主要地域に対して「十分注意」の危険情報を発している。 軍事 [ ] 空母 1889年の共和制革命で主要な役割を果たしたことがおもな理由となり、軍は伝統的に政治に強い影響力を持ち、1920年代ごろから「」(=から転じて青年を指す)と呼ばれる、革新的な青年将校が強い影響力を持って政治を進めようとする傾向が生まれ、ヴァルガス体制の設立にも協力した。 その後1964年から1985年まで軍政下にあったこともあり、民政移管に際しても大きな影響力を政界に残した。 そのため、かつて軍は「ブラジル最大の野党」と呼ばれていた。 また、ブラジルは、ともに連合国側で参戦し、第二次世界大戦にとして参戦した際には、ラテンアメリカで唯一をヨーロッパ戦線()に派遣した()。 その後、1965年ののの治安維持に派遣され、アメリカ合衆国主導による、派社会改革政権崩壊への積極的な協力を行った。 の(フォークランド紛争)の敗北によってアルゼンチンの軍事政権が崩壊した後は、長らく最大の仮想敵国と見ていたアルゼンチンとの融和政策が実現し、それまで続いていた軍拡競争が終わったために現在は周辺諸国との軍事的緊張関係はなくなった。 ただし、国土が広大で人口も多いために、依然として南アメリカで最大規模の軍事力を保持する。 12か月のを敷いており、総兵力は約32万人ほどである。 ・・のが存在する。 軍事政権期には核開発計画を進めていたが、1988年にアルゼンチンとともに核計画の放棄を宣言した。 近年はのに積極的に派遣されている。 また、各種や軍用車両の国産化が進んでおり、特にブラジルの航空機産業の基盤を生かした一部の軍用機は自国や南アメリカの周辺国のみならず、ヨーロッパや諸国、にも輸出されている。 俸給と軍人年金の支払いだけで各軍の予算は圧迫されており、装備の維持と更新に必要とされる予算は不足している。 火砲の大半も第二次世界大戦時のものだとしている。 海軍も同様に困難に直面している。 海軍は7,000キロを越す海岸線を警備するために21隻の水上艦艇しか保有しておらず、しかも可動状態なのは10隻程度のみで、そのうちの多くは制限つきで運用されている。 5隻ある潜水艦のうち完全な可動状態は1隻のみで、ほかに2隻が制限つきで運用されている。 空軍保有の航空機のうち満足に使用できるのは267機のみで、残る452機は予備部品不足と整備不良で飛行不能とされる。 近年の軍事費の対GDP比は1. 2011年の予算は354億ドルとなり、若干の微増になってはいるものの、装備の近代化はまったく進んでいないのが実情である。 陸軍 [ ] ブラジルが外交使節を派遣している諸国の一覧図 独立直後から旧宗主国だったポルトガルに代わって莫大なの投資を受け、「老いた母(ポルトガル)の代わりに金持ちの継母(イギリス)を得た」と表現されるほどの飛躍的な経済的発展を遂げた。 また、独立直後からウルグアイをめぐってアルゼンチンとを起こし、(シスプラチナ州)がウルグアイとして独立するなどの失敗もあったが、それでもウルグアイへの影響力は大きく、終結後は植民地時代のウルグアイの領域の大きな部分(左岸のなど)をブラジルに併合することを認めさせた。 1860年代にが勃発すると、親英政策のもとにパラグアイを完膚なきまでに破壊し尽くした。 戦争が終わるとパラグアイの領土は一部ブラジルに割譲され、パラグアイそのものも政治的にブラジルの強い影響に置かれることになった。 その後はリオ・ブランコ男爵の尽力などもあり、、ベネスエラ、コロンビア、ボリビアなどの周辺国からアマゾンの辺境地を獲得することに躍起となった。 の後ろ盾を得る形で併合されたアマゾンの現をめぐるボリビアとの争いでは、のような傀儡政権が樹立されることもあった。 20世紀前後から周囲をスペイン語圏諸国に囲まれていることの孤立感、および当時急速な発展を遂げていたの勃興などに対処するために政策を採用し、アメリカ合衆国も政策に基づいて・のアメリカ合衆国による支配権確立のためにブラジルとの友好を望んだため、伯米両国の関係は非常に友好的なものとなった。 この親米政策の背景には、1889年の共和制革命直後のバルボーザ案新国旗に見て取れるようなこの当時の知識人の崇拝の激しさも要因となっていた。 アルゼンチンとの対立はチリを交えて20世紀初頭から1980年代まで続く軍拡競争を招き、アルゼンチン・ブラジル・チリはABC三大国と呼ばれるようになった。 一方で親米英政策は、に連合国側で参戦したように激しいものがあり(アルゼンチンが独自外交を標榜して両大戦でに好意的な中立を続けようと努力したのとは対照的である)、第二次世界大戦後も暫くこの政策は続いた。 なお、19世紀末より現在に至るまで友好関係を築いているとの関係は、日本がと交戦状態に入り、初頭に国交回復するまでの間はしばし途絶えることとなった。 第二次世界大戦後にイギリスが没落すると、左翼政権によって親米政策から外交への転換がなされたが、1964年にアメリカ合衆国の内諾を得て起こされた軍事クーデターにより成立した官僚主義的権威主義体制は、露骨に積極的な親米を掲げてアメリカ合衆国に追従し、1965年のの際にはの派政権を崩壊させるための軍隊を率先して送り、その後、軍部は1971年のボリビアの政権をはじめとして多くのラテンアメリカ諸国の右翼反共軍事クーデターを支援した。 時系列的には前後するが、パラグアイの政権の成立にもブラジル軍の支援があった。 そしてこの露骨な親米政策は、をはじめとするラテンアメリカ諸国の知識人からは「裏切り」だとみなされた。 しかし、1985年に民政移管すると、特に後半の終結後は南アメリカの大国としてアルゼンチンやパラグアイなどの近隣諸国のみならず、や、諸国などとも全方面外交を行い、やなどを通して積極外交を行うほか、没落したアルゼンチンに代わってラテンアメリカ諸国をまとめるリーダーとして改革を積極的に推進し、の入りを日本や、などとともに狙っているとされる。 また、ポルトガル語圏の一員として旧のや、、、とも強い絆を保っている。 ブラジルは主権の相互尊重の原則を根拠に対等な外交施策をとることで知られる。 アメリカ政府がテロリスト対策のひとつである新入国管理制度で、ブラジルを含む25か国から入国する者に顔写真と指紋の登録を実施したのに対抗し、ブラジル政府は、2004年1月1日から対抗措置として入国するアメリカ人を対象に、顔写真と指紋の登録を実施した。 またブラジルは、南米で唯一日本人が観光目的を含めた短期滞在のために入国するときにが必要な国でもある。 これも、日本政府がブラジルからの入国に対してビザを求めていることに対する、相互尊重の原則を根拠にした対抗措置である。 しかし、リオデジャネイロオリンピックの期間(2016年6月1日 - 9月18日)は日本人、アメリカ人、カナダ人、オーストラリア人を対象に一時的ではあるが一方的に観光ビザを免除する姿勢も見せた。 また日本国籍の者において、かつては領事館のみでの申請だったが2018年1月より電子ビザの申請が可能となった。 これによりブラジル入国に際し入国料を取られるだけの形となる。 これらの措置はアメリカ、オーストラリア、カナダ、日本国籍者向けに行われており将来中国国籍者も申請可能になるかもしれない。 パレスチナ [ ] 2010年12月を国家承認した。 また、2016年2月には西半球の国では初のパレスチナ大使館も設立した。 日本との関係 [ ] 詳細は「」を参照 日本との外交関係はの修好通商航海条約調印から始まり、に両国内にを開設。 1908年6月には日本からの本格的移民が開始され、がサントスに入港した。 その後中の断交状態(ブラジルは連合国として参戦)と1950年代初頭の国交回復を経て、常に活発な人的、経済的交流が行われており、その距離の遠さにもかかわらず世界各国の中でも特に日本との縁が非常に深い国である。 1908年に最初の本格的な集団移民、いわゆる「笠戸丸移民」が到着して以降、期や第二次世界大戦を経て、に日本政府の後援による移民が停止されるまでにブラジルに渡った日本人移民の子孫は5世、6世の世代になり、サンパウロの世界最大級の「」を中心に、海外で最大の社会(約150万人)を持つなどブラジル社会に完全に溶け込んでいる。 1923年から1940年まで、出身のが初の海外派遣日本人宣教師として、、、、そして南部の計4州で活躍した。 「生ける聖人」と呼ばれており、現在、列福調査が進められている。 は政治や経済などで、高い地位に就くものも多いほか、特に長年の農業における高い貢献は非常に高い評価を得ている。 2007年2月には、2世の空軍大将が空軍総司令官に任命され、ブラジル軍の最高位ポストに就いた初の日系人となった。 また、以降、日本のにかけてや、、、、など、重工業から金融、サービス業や運送業に至るまで、さまざまな業種の日本企業がサンパウロを中心に数百社進出しており、世界でも有数の規模の、など、ブラジル国内に複数の日本人学校があるほか、日本においてもブラジルの音楽やスポーツ、料理などの文化が広く親しまれており、また、両国間の人的交流が活発にあるなどその関係は非常に深いものがある。 在留邦人は約6万人(2010年)、在日ブラジル人は約23万人(2010年、外務省)である。 に両国による合弁事業である製鉄所へのによる融資を行って以降、電気や港湾、衛生設備など、各種の充実を中心としたODAが継続的に行われている。 しかしながら、ブラジルが工業国であり比較的インフラが整っていることから、近年はインフラでも環境、衛生関係の技術的要素に特化されたものとなっている。 近年、環境破壊によるアマゾン川流域の砂漠化が問題となっている。 最高峰はベネズエラとの国境近く、北部にあるで、標高3,014メートルである。 熱帯には「」と呼ばれる広大な草原が広がり、も含まれている。 また、北東部は、沿岸部ではが、内陸部では乾燥した (、)が広がり、セフタンはしばしばに悩まされてきた。 南西部のパラグアイ、アルゼンチンとの国境付近には有名なのある、水系の大河が流れる。 ほかに、、、やがある。 また、ボリビアとパラグアイとの国境付近は世界最大級の熱帯性湿地とされる自然保全地域となっている。 ブラジル南部3州ではブラジル高原はウルグアイ、アルゼンチンへと続く(大平原)との移行地帯となり、伝統的に牧畜が盛んで(ガウチョ)も存在する。 南部はの一部として扱われることもある。 また、ブラジル南部はやなどのにあたり、また国土の大半がとなるため、季節は日本とはおおよそ正反対になるが、ではない南部以外ではあまり意識されることはない。 気候 [ ] EMJ-170LR の調査によると、のは2兆2,460億ドルであり、世界7位、南米では首位である。 一方、1人あたりの名目GDPは1万1,173ドルであり、と比較すると依然低い水準である。 建国以来長らく、や、をはじめとするからの重債務国であったが、ブラジルの支払い能力に応じたものであった。 しかし、1956年に就任したジュセリーノ・クビシェッキ大統領は「50年の進歩を5年で」を掲げて開発政策を進め、内陸部のゴイアス州に新首都ブラジリアを建設し、1960年にリオデジャネイロから遷都した。 クビシェッキは積極的な外資導入などにより日本やアメリカなど諸外国での評価は高かったものの、ブラジリア建設と遷都などの強引な手法、そして経済的な混乱を招いたことに対してブラジル国内では現在でも賛否が大きく分かれている。 1968年から1973年にかけてはクビシェッキの狙い通り、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度経済成長を達成したが、第一次オイル・ショックによって挫折を余儀なくされた。 1970年代の経済政策の失敗により、外貨準備は底を尽き、さらに債務が激増していった。 1980年代には中南米を襲った債務危機に直面し、、、と並ぶ財政破綻国家のひとつとして数えられ、と莫大なに苦しんだ。 1980年半ばに入ると、世界的な金利上昇を契機にブラジルはマイナス成長を記録した。 南米随一の大国ブラジルとはいえ、ブラジルの国家財政は限界に達しており、1983年には対外を宣言した。 その結果、海外資本の流入は途絶え、国内の投資も鈍化。 さらに対外債務の負担によって公共赤字が増大し、更なるインフレを加速させる結果となる。 従業員へのチップは100万クルゼイロ(アメリカ・ドルの1ドル以下の価値)、安いホテルの宿泊料は1億クルゼイロという途方もない額で、事実上、通貨は紙切れ同然となり紙幣の枚数を数えることができないため、重さで換算していたほどである。 この間の混迷による中間層の多くは没落し、富裕層の海外脱出が続くなど経済は混迷の度を深めた。 しかし、一向にインフレは止まらず、ハイパーインフレ期の末期にはアメリカ・ドルしか流通しなくなってしまった。 苦渋の選択の末にブラジル政府は当時の通貨を、合計4回にわたってを行い、通貨の価値を実に2兆7,500億分の1という切り下げを断行し、新通貨に交代した。 になって、新通貨レアルとともに「レアル・プラン」と呼ばれるを導入することによって、ようやくハイパーインフレを抑えることに成功。 その後、1999年に起こったにより、一時は国家破綻寸前まで陥るが、IMFと米国の緊急融資により、何とか破綻は回避された。 その一方で隣国のは2002年にデフォルトしている。 金融危機を乗り越えると、カルドーゾ政権下で成長を遂げるようになり、ルーラ政権では発展途上国向けの貿易拡大が行われ、ブラジルは長く続いた累積債務問題の解消へ向かう。 その後の経済の回復とともに2007年にはへの債務を完済し、債務国から債権国に転じた。 、の加盟国で、現在では、、と並んで「」と呼ばれる新興経済国群の一角に挙げられるまでに経済状態が復活した。 重工業、中でも航空産業が盛んで、は現在、小型市場の半分近いシェアを誇り、一大市場である欧米諸国や日本などのアジア各国をはじめとする世界各国へ輸出されているなど、その技術力は高い評価を得ている。 公衆衛生・教育などの公共サービスや交通インフラの水準は先進諸国に比べ低く、沿岸部と大陸内部の経済的な格差や貧富の格差がとても大きいが、 経済や財政の好転を背景に近年急速に改善されつつあり、貧困層の生活水準の底上げは内需の拡大にも貢献している [ ]。 これは、貧困層への援助のために課税が行われているためであるが、高い税率に嫌気がさしている富裕層からは現政権に対して不満の声があがり始めている。 [ ]。 2014年からは経済が減速し、建設部門をはじめとする産業界の失業が続出、2015年にはマイナス成長(-3. 5%)記録している。 の汚職問題()など政治の混乱もこれに拍車をかけている。 全般的に新興国の景気が低迷する中で、ブラジルの景気後退は特に強いとされる。 大企業の業績低迷も深刻であり、国内主要15社の負債総額は1,500億レアルにおよび、債務不履行の可能性があると危惧されている。 経済改革 [ ] 2016年、憲法を改正して歳出の伸びに20年にわたる上限(キャップ)を設定した。 本改正は2036年までの20年間、利払いを含まない連邦歳出の伸びを前年のインフレ率の範囲内に抑える、すなわち歳出を実質ベースで2016年レベルに固定せんとするものである。 工業 [ ] 安価な労働力と豊富な天然資源により、ブラジルは度の(GNP)で世界第9位に位置し、およびの国家における最大の経済規模を有する。 これにより日本やアメリカ、ドイツやなどの諸国などの先進工業国からの直接投資による現地生産や合弁企業の設立も急増し、生産や造船、製鉄では常に世界のトップ10を占めるほどの工業国となったが、1950年代後半に当時の大統領の「50年の成長を5年で」の号令下でスタートした首都建設の負担や、初頭の、さらには外国資本の大規模な流出などで経済が破綻した。 これらの結果後半には経済が低迷し、同時に深刻な高に悩まされるようになったため、これ以降(メーカー)のように業績が悪化・倒産する企業が相次いだ。 また経済の悪化を受け、にかけてや石川島播磨(現・)、など多数の外国企業が引き上げてしまい、同時にからの負債も増大した。 しかしレアル導入後の後半からはインフレも沈静化し、のルーラ政権では発展途上国向けの貿易拡大が行われ、ブラジルは長く続いた累積債務問題の解消へ向かう。 2007年にはへの債務を完済し、債務国から債権国に転じた。 2010年代初頭には、、、と並んで「」と呼ばれる新興経済国群の一角に挙げられるまでに経済状態が復活し、地場資本による工業投資も活発に行われている。 農業 [ ] の 農業では、かつてはやの生産を中心とした。 ブラジルボクはポルトガル語でパウ・ブラジルと呼ばれ、赤茶色の木地を持つ、堅く重たい木である。 当時、の染料が貴重であったことから、赤の染料の原料となるこの木の経済価値が高かった。 乱伐により一時は枯渇しかかったが、その後植林が進められて現在でもパウ・ブラジルでできた土産物などが現地で売られている。 までブラジルはゴム栽培を独占し、アマゾン川中流域のは大繁栄し、アマゾンの中心にが建設された。 しかしペルーのやボリビアのをはじめとする周辺国へのゴム栽培の拡大があり、さらに19世紀後半のイギリスによるへのゴムの密移入によりアマゾンのゴム栽培は大きく衰退した。 プロデセール [ ] 1970年代から21世紀初頭にかけては、によるナショナルプロジェクト「農業開発プロジェクト」(プロデセール)が3期にわたって行われ、その結果、ブラジル内部のセハード地帯(セハードとは「閉ざされた」を意味する)を中心とする農業発展が急速に進んだ。 その際、日本とブラジルは共同事業として日伯セハード開発公社(CAMPO社)を現地に設立してプロジェクトの進捗管理を行うとともに、開発面積と同規模の保留地を耕作地周辺に確保するなど、農業開発と環境保全の両立を率先して行った。 また同時に、現地に適した種子の開発や栽培方法の確立などについても、ブラジル国内に専門の研究所を設立して支援するなど、日本はハード面とソフト面の両面にわたって支援し大きな成果を残した。 現在では、ブラジルはの生産ではアメリカに次ぐ世界第2位の地位を占めている。 また、日本が大豆を輸入する相手国としても、ブラジルはアメリカに次いで第2位である。 牧畜 [ ] 牧畜が盛んであり、近年まで「1ヘクタールに足1本」とまで言われていた。 最近では都市近郊の農家の所得向上と相まって集約的な畜産業が行われるようになってきており、特にサンパウロ等大都市周辺の養鶏などは近代的システムの下で行われている。 鶏肉については加工肉を中心に日本に相当輸入されているものの、牛肉についてはなどの上の問題が依然として存在している。 ブラジルは数十年にわたる徹底的な口蹄疫対策により、2000年と2001年の発生以降は報告されておらず、清浄国として扱われている。 サトウキビとコーヒー [ ] 植民地から、独立後の帝政期にかけてのブラジルの北東部ではの栽培が盛んだった。 諸国と同様に、サトウキビを作るときは労働力としてから連れてきたを働かせた。 しかし、でももっとも遅い1888年にようやく奴隷制が廃止されると、栽培の主流作物もサトウキビからへと移り、大量導入していたヨーロッパからの移民を労働力におもに南東部のを中心にしての栽培が進んだ。 その後ヨーロッパ諸国と移民の待遇をめぐって対立すると、今度は日本人移民獲得のため、1908年に第1回目の日本人移民が行われた。 サトウキビは砂糖の原料になるだけでなく、に精製されてガソリンの代わりの燃料に使われている。 の輸出量は、世界第1位である。 これは、人的労働が重要な生産において、なにより安い労働力を得やすいという事情によるところが大きいが、霜の降りにくい高台地帯の広いことも幸いしている。 しかし、コーヒーの過剰生産により、国際価格が暴落。 コーヒーへの依存度を下げるために、トウモロコシ・大豆・サトウキビなどの栽培が奨励された。 も参照。 焼畑農法 [ ] 貧困層がでいまだにを行っており、自然環境の破壊につながるとして問題視されているが、むしろ同地域を大規模に焼き払うのは当地での農業生産を目指す企業である場合が多い。 一方、ブラジル東北部の乾燥地域では生活そのものが苦しく、政府が募った入植に応じた農業者が生活を行っているが、生活はきわめて厳しく、都市部の生活者との経済的格差は極めて大きい。 の減少に歯止めがかからない状況から、近年では画像を使った監視網などが整いつつある。 日系移民者の貢献 [ ] かつて日本人が農業としてブラジルに入植して以来、日本人は「農業の神様」と呼ばれ、現在に至るまでブラジル社会におけるの高いステータスを確保する重要な礎になっている。 ブラジルの首都ブラジリアが建設された際には、首都建設に必要な食料生産を日系人に任せる目的で、当時の政府はブラジリア周辺に日系人を入植させた。 日本人の農業を通じたこうした功績に対し、ブラジリア建設40周年記念式典の際には、日系人に対して連邦区知事から特別に感謝の言葉が述べられた。 果実生産も日本の経済協力を契機に盛んになっており、特に南部における栽培などへの協力は、ブラジルにおける日本のプレゼンス向上に大いに役立った。 リンゴ栽培に関するブラジル側研究施設の所長に日系人が抜擢されたこともあるうえ、同協力に殉じた日本人研究者の胸像まで設置されているなど、日本の農業協力のひとつの象徴として位置づけられる。 また、解禁のの対日輸出は、両国政府の間で20年以上にわたる懸案となっていたものである。 エネルギー [ ] は、1953年に経済的独立のための国営企業として成立した。 その後、民営化プロセスに成功し企業は急拡大、のを買収し、欧米のオイルメジャーと張り合える存在となっている。 カンポス沖とサントス沖を中心に油田を多数保有し、最近発見相次ぐ新型油田により近い将来輸出国への転換を見込んでいる。 ペトロブラスには、深海での石油開発能力、技術力において他メジャーよりも先行しており、未開発な箇所が多い深海油田をめぐり優位な立場で開発を行うと見られる。 また、サトウキビ栽培による生産では2007年現在唯一、内需より生産量に余裕があり、輸出を行える状況にある。 の世界市場において、ブラジルが占める割合は7割以上に達する。 エネルギー資源の確保について世界的に問題が深刻化するであろう今後、ブラジルのエネルギー市場での存在感が2000年代初頭より急激に大きくなっている。 ペトロブラスは2006年に沖縄の石油精製企業南西石油を買収し子会社化したが、2011年に株式売却意向を発表した。 2015年には大規模な贈賄事件が発覚し、またブラジル経済の低迷と世界的な原油安の影響もあって巨額の赤字を出している。 ブラジルは水資源が豊富で、が占める割合は大きい。 パラグアイと共同建設した同国国境地帯の流域に位置する世界最大のから電力を買っているほか、国内各地にがある。 ウラン埋蔵量は世界第6位であるが、原子力電力はまだまだ少ない。 交通 [ ] アルコール(右)とガソリン両方のポンプが用意されたガソリンスタンド 第二次世界大戦後はの一般層への普及が進むとともに、高速道路網が急速に発達した。 自動車の燃料として1970年代後半より政府主導のもとアルコールが普及しており、多くの自動車メーカーがアルコール燃料車を用意しており、大抵のでアルコール燃料車にアルコールを入れることができる。 最近では(ガソリンとアルコールのどちらでも動かせる車、混入可)が注目されている。 なお現在はヨーロッパや日本などと比べて排気ガス規制が甘いこともあり、都市部を中心に排気ガスによる大気汚染が深刻化しており、渋滞とともに大気汚染の緩和を目指してさまざまな対策が試されている。 サンパウロやリオデジャネイロ、ブラジリアなど都市部近郊の道路、および幹線道路のほとんどが舗装整備されており、また、第二次世界大戦後の自動車産業の発達と自動車産業保護の観点から道路網の整備に重点が置かれていたこともあり、一般層への普及に合わせて沿岸都市部を中心に高速道路網が急速に発達した。 しかし、大気汚染や渋滞削減などの観点から、近年は鉄道への注目が高まっており、都市圏における地下鉄や通勤電車の整備が進められているだけでなく、サンパウロ - リオデジャネイロ間の高速鉄道の整備も計画されており、日本のの導入も検討されているが現時点では長距離鉄道は貨物のみである。 バス [ ] 高速道路網の発展とともに、寝台設備や、完備した長距離による路線網が国中に張り巡らされ、手軽で安価な交通手段として重宝されている。 ただし、に入ってからは安くもなくなった。 また、アルゼンチンやウルグアイ、パラグアイなどの近隣諸国との間の長距離定期バスが両国の主要都市の間で運行されている。 飛行機と違い、バスの切符は直前でも予約なしで手に入りやすい。 多くの都市では市内鉄道や路線網が整備されていないことから、おもな市内交通手段として市バスが使用されているほか、サンパウロをはじめとするいくつかの大都市ではも運行されている。 ほとんどのバスは外国資本や民族資本の企業によってブラジルで自国生産されており、連接バスや2階建てバス、歩道側だけでなく運転席側にも客用ドアを設置したバスなど多彩な車種が走っている。 またその多くが国外へ輸出されている。 鉄道 [ ] やバスによる長距離移動網が古くから整えられていたことや、自動車業界保護の観点から道路網の整備に重点が置かれていたこともあり、の総延長は現在で2万9,283キロとその広大な国土に比べて少ないうえ、そのほとんどが沿岸部に集中している。 また、貨物輸送が中心で、旅客輸送は大都市近郊に限られる。 上記のような理由から都市間を結ぶ長距離鉄道網だけでなく、都市近郊の鉄道網の整備も遅れていたが、サンパウロやリオデジャネイロなどの大都市では以降、交通渋滞解消や省エネルギー、排気ガスによる大気汚染の解消などの目的から、地下鉄や郊外との通勤電車の整備が進んでいる。 なお多くの車両は国産ではなく日本やドイツ、韓国などからの輸入、ノックダウン、ライセンス生産となっている。 航空 [ ] TAMブラジル航空の-200型機 国土が広大なために古くから航空網が国中に張り巡らされており、現在国内に2,000を超える空港を有しており、アメリカやなどと並ぶ航空大国として知られている。 特にサンパウロとリオデジャネイロ間の「ポンテ・アエレア」は世界有数の運送量を有する。 近年では、もともとはローカル線専門であった(タンと発音)と、もともとはであった老舗のを傘下に収めた新興航空会社の(ゴウと発音)の2社を筆頭に、がその勢力を伸ばしている。 さらに長距離鉄道網が発達していないことから、かつては長距離バスが都市間を結ぶ安価な移動手段となっていたものの、近年は上記のような格安航空会社がそのシェアを奪っている。 運賃の差は2倍以下に縮まっている。 国民 [ ] 人種と民族 [ ] ブラジル人は大きく4つのグループに分かれる。 トゥピー・グアラニー語族の言葉を話す( 、アマゾン先住民など)、植民当時の系、からのの子孫()、そして半ばからブラジルに定住するためにポルトガル以外の、、を中心としたアジア諸国からやってきた移民である。 の多くは元で、植民地時代はポルトガル人と原住民、黒人奴隷との雑婚が常態であった。 独立後に続くや、、、、、、系などのや、、(、)、などのの移民の波や、独立後も続いた黒人奴隷の流入がブラジルの多様な民族と文化の形成に貢献し続けている。 なお、は移民数で最多を占めたイタリア系が最多ともいわれている。 もっとも今や混血が進んでおり、正確なことは曖昧で把握できない。 北東部はや(白人と黒人との混血)が多く、南部はおもにや、をはじめとする中東欧系住民が、南西部はや、、、をはじめとして、サンパウロ州のコーヒーブームにより現存するほぼすべてのエスニシティの移民が流入していたなど、地域差も見られる。 白人人口は半数を割り込み、「黒人」「混血」が過半数を占めた。 言語 [ ] ポルトガル語圏を表す地図 は()であり、ブラジル生まれの国民のほとんどにとってのでもある。 ただし、ブラジルで使われるポルトガル語は語彙の面でアフリカやインディオの影響を受けているため、と言われるほど本国のポルトガル語とは多少異なっている。 その違いは聞けばすぐわかるほどはっきりしているが、日常会話は支障なく行うことができるため、日本の方言よりも差は少ない。 日本はポルトガル語圏諸国の中ではブラジルとの交流関係が圧倒的に多いため、あえてポルトガルのポルトガル語と特記されていない限り、日本国内の語学教科書や語学講座で教えられているポルトガル語はブラジル・ポルトガル語であると考えて差し支えない。 ブラジル国内でも多少の方言は存在する。 また日本のブラジル系移民では、日本独特のポルトガル語表現が存在する。 1940年代のヴァルガス時代にブラジルのポルトガル語をブラジル語と呼ぶべきか否かをめぐってブラジル語論争があったが、結局ブラジル語なるものは存在せずに、ブラジルの言葉はポルトガル語の方言であることが確認された。 ただし、ナショナリズムの観点からブラジル語という言葉を用いるブラジル人は今でも存在する。 なお、ブラジルにおける外国からの移民第1世代の中には、や、やなども使う者も多く、ブラジル生まれの2世以降においても家庭や各種教育機関においてこれらの言語を習得し、これらの言語に堪能な場合が少なくない。 たとえばドイツ語は南部のたちに6世まで受け継がれて話されている。 ブラジルで話されている外国語は多くの場合方言であり、ドイツ人入植地域では村同士でドイツ語会話が困難な場合があり、その場合はポルトガル語を話す。 また北部イタリア移民の言語であるタリアンやヴェネトと呼ばれるスイスの一部にも及ぶ北部イタリア語が、パラナおよびサンタ・カタリーナ東部からリオ・グランデ・ド・スーウ(以下南大河州)にかけて強く残り、北部ドイツからポーランドにおけるは、エスピリト・サント、サンタ・カタリーナ、南大河州で使用されている。 ドイツ西部のフランス国境付近の言語であるは、南大河州のや、といった各市に残る。 リオ・グランデ・ド・スーウ州最南部のウルグアイ国境で、ウルグアイの市とつながっているでは、とブラジル・ポルトガル語のであるが話されている。 日本語はコロニア語とよばれるブラジルの方言が話されている。 中国語は大部分が方言で、中国標準語である普通話を話せる人はいるがそう多くはない。 また、インディオの言語は180近く存在すると見積もられており、トゥピナンバー系の言語のひとつであるは、特にリオ・ネグロの上流、サンガブリエル・ダ・カショエイラでは日常語である。 またはMBYA、NHANDEVA、KAIOWAの3語族に大別されるが、エスピリト・サント、リオ、サンパウロ、南部3州、マット・グロッソ・ド・スーウの各州において約3万人が話す言語である。 アマゾン地域には非常にまれながらイゾラード(隔離された人々という意味)と呼ばれる一家族単位のインディオ(インジオと発音)が住んでいる。 周辺のインディオやブラジル一般社会と交流がなく、彼らの言語や生活には不明な点が多い。 アフリカ系言語であるは、ミナス・ジェライスの中西部のの奴隷博物館、サンパウロの市に残っており、ブラジル最北端のオヤポッケ地方ではインディオ語やアフリカ語、の交じり合ったなどがある。 宗教 [ ] ブラジルは、世界でもっとも多くの人口を擁する国である。 信者も1970年代より伝統的な、、などが増加し、近年はやネオペンテコステ派も増加している。 プロテスタントの信者は人口の15. 非キリスト教の少数宗教としては (、)、 ()、、などアフリカの宗教に起原するアフロ・ブラジル宗教がある。 はアフリカからの黒人奴隷のイスラーム教徒によってもたらされたが、現在ではおもにの移民によって信仰されており、約55のモスクとムスリムの宗教センターがあると見積もられている。 アジアからも、、やさまざまななどがもたらされているが、日系人の大半がカトリック信者である。 1923年から1940年まで、出身のがを中心に、日本人・日系人の間で初めて日本人カトリック宣教師として活躍した。 日本発祥の宗教としての会員が存在するが、信者の大部分はブラジル生まれの非日系、非アジア系人である。 ほかにも世界救世教、、、や(韓国起源)などが布教活動をしている。 者は人口の7. 婚姻 [ ] 婚姻の際、自身の名前をそのまま名乗ることも、配偶者の姓に改姓することも、配偶者の姓を付加することも可能。 2002年の法改正で別姓が可能となった。 さらに、2013年より、ブラジルのどの州においても同性同士の結婚()が認められるようになった。 教育 [ ] ブラジルを代表する教育理論家。 フレイレの考案した貧しい人々による教育の取り組みへの理論は、ブラジルののみならず、世界中で実践されている 初等および中等教育 [ ] と(日本における以上の教育)、(日本における)からなり、初等教育と前期中等教育を併せたは8年間、後期中等教育は3年間となっている。 また、から中等教育を受ける者が急増している。 中等教育を終えると高等教育への道が開ける。 おもな問題としては初等、中等教育における落第率の高さや教室、校舎数の不足などが挙げられる。 1930年代に国民の3分の2が非識字者だったように、かつては初等教育に力は入れられてこなかったが、らの活躍により初等・中等教育の見直しが行われて現在に至っている。 2004年に推計された15歳以上の人口のは88. ほかにもブラジル(BSGI)教育部(文化部のひとつで学校教員によるグループ)の「マキグチ計画」が、一般人の識字活動を行っている。 ブラジルは、中学3年で義務教育が終わる 8年間 その他3年間 高等教育 [ ] ブラジルの からの奴隷の食事がルーツといわれるや牧童の肉料理であった、バイーア地方のムケカ、ヴァタパ、カルルー、ミナス地方のトゥトゥ・ア・ミネイラほか、またロシア系のもブラジル風にアレンジされてよく食される。 フェイジョアーダは塩味が強く豚の脂肪分が高いので、健康上の心配から近年は人気が落ちている。 おつまみ程度のものはサウガジニョと呼ばれるが、これらにはブラジル風のコシーニャやアラブ系のキビ、(ブラジル風揚げパイ)などがあり(コロッケや類似食品は存在するが珍しい)、豊富な肉や野菜、魚介類を基にしたブラジル料理が日常的に食べられている。 南部三州では、、、といったラ・プラタ諸国と文化が近いため、起源のを飲む伝統がある。 また、などからのや以降のをはじめとするアジア系移民など、さまざまな人種が融合していることもあり、都市部を中心にや、やなど多様な国の料理が味わえる。 おもにドイツ系移民がもたらしたの生産、輸出国としても知られている。 ブラジル国内では加熱処理したセルヴェージャに加え、生ビールであるショッピが非常に好まれるが、地ビールのブランドもかなりの数がある。 またブラーマやアンタルチカ、スコールといったブランドは日本やヨーロッパ、アメリカ諸国にも輸出されている。 なお、これらは当初別会社であったが次第に合併により、現在はに本社を持つ世界最大の「InBev(インベブ)」社に属すブランドとなっている。 また、南部では同じくドイツ系の移民やイタリア系の移民を中心に、その気候を生かしての生産も古くから行われている。 ブラジル独自の酒としては、を原料とした蒸留酒であるピンガ()が有名である。 このピンガを使用したカクテルであるやもよく飲まれる。 また、日系人が設立した現地企業が「」を生産している。 きわめて精錬された高エネルギーのピンガは、自動車の燃料用アルコールとして多量に生産されている。 やなどのほかに(グァラナーと発音)の実を使用した()が広く飲まれており、日本やアメリカなどの各国へ輸出もされている。 また、ブラジルはフルーツも豊富な国として知られ、オレンジジュースやマラクジャ()、カジュー(の実)、ココナッツなど多くの種類がある。 またアマゾン原産のであるや、グラヴィオラやクプアス、などもよく好まれており、近年日本でもそれらのジュースやバルブ()が輸入されている。 日本起源である寿司はもはやブラジル料理の一部となっている。 多くの寿司レストランの経営者は中国人で寿司職人はブラジル北部のセアラー州出身である。 出稼ぎブーム以降、日本人日系人職人がいるレストランは激減した。 文学 [ ] 19世紀を代表するの小説家。 初代会長でもある 文字によるブラジル文学は、16世紀にブラジルに到達したポルトガル人の (、)の『 (、)』に起源を持つ。 1822年の独立後、当時の知識人はヨーロッパ、特にフランスに文化の範を求めた。 1836年からの『詩的吐息と感傷』によってがヨーロッパからもたらされたことにより、インディオを理想的なブラジル人とみなすの潮流が生まれ、詩の分野ではムラートの詩人の (、)が大成し、そのほかにも『イラセーマ』と『グアラニー』で知られるや、の第一人者となった詩人の (、)を生み出した。 19世紀後半の第二帝政期にはがヨーロッパからもたらされ、写実主義の作家としては『ドン・カズムーホ』(むっつり屋)で知られるや、『コルチッソ』で知られる自然主義作家の (、)などが挙げられる。 1889年の共和制革命後、1897年にはが設立され、初代会長にはマシャード・デ・アシスが就任した。 この時代には (、)を取材した『 (、)』で知られる (、)や、 (、)、 (、)が活躍した。 (、)(1970年撮影) によってブラジルのエリートが範としていたヨーロッパが没落すると、「ブラジルのブラジル化」が掲げられ、文化面でのヨーロッパの模倣からの脱却が模索された。 それまでの文化潮流を背景に1922年から始まった運動においては、1920年代にはブラジル各地の伝承や神話を素材にした小説家の (、)や、後にファシズム政党を創始した (、)、 (、)(1924)や (、)(1928)などで原始主義を創始した (、)が活躍した。 続く1930年代、1940年代のヴァルガス時代にはヴァルガスによる中央集権体制に抗するかのように地方主義(レジオナリズモ)が発達し、 (、)、などの小説家や、 (、)などの詩人が活躍した。 現在は [ ]や (、)などが特に対外的にも有名であり、日本でもの『革命児プレステス 希望の騎士』『カカオ』『果てなき大地』『砂の戦士たち』や、の『イラセマ』など、またの『星の巡礼』や『』など多くの著作が翻訳されている。 1988年にブラジル、ポルトガル両政府共同で、ポルトガル語圏の優れた文学者に贈られるが創設された。 音楽 [ ] に用いられる楽器 ブラジルの音楽は系の、、をはじめとするアフリカ、ポルトガルやその他の伝統が混じりあって発展した。 したがってブラジルにおける音楽的文化は非常に高く、貧富の差を問わず多くの国民が音楽を好む傾向にある。 また、それらの複合的なメロディーと独特なリズムやハーモニーの要素から、古くより世界的に高い評価を得ている。 日本でもほかの地域の愛好者に比べれば、ブラジル音楽を愛好する人は非常に多い。 おもな音楽のジャンルとしては、日本でも一般に知られるやに加え、ではアメリカのよりも古い歴史を持つといわれる、ポピュラー音楽である、あるいは (、)をはじめとする(の音楽)、の (、)などが挙げられる。 ただし、ブラジルの若い世代は、こうしたブラジル音楽よりも、欧米のやポップス、 (、)(ブラジルの俗謡)を好む人も多い。 また近年ではのように世界的に人気を集める若い世代のバンドも現れている。 ブラジル音楽では、サンバなどで使われるや、、などブラジルで発展・発明された楽器が多い。 このためが比較的に多用される傾向があり、ブラジルは打楽器の強い国、あるいはほかの楽器が弱い国と思われやすい。 しかし音楽自体が盛んな国であるため、、あるいはやなどの、やなどのなどもよく演奏される。 また歌手や声楽家なども多く、有能な人材を世界に送り出している。 また、ポピュラー音楽のみならず、やの分野においても重要な音楽家を輩出しており、著名な音楽家としては19世紀に活躍したオペラ作曲家のや、『』などで知られる、といった作曲家のほか、演奏者としてはなどのギター奏者も世界的に知られている。 映画 [ ] 詳細は「」を参照 ブラジルはアルゼンチン、とともにラテンアメリカでも特に映画制作が盛んな国である。 ブラジルに映画が伝えられたのは1896年7月で、リオでヨーロッパから持ち込まれた映写機の実演に始まる。 1905年ごろには短編作品が多く撮影され、各地に映画館が建てられた。 1930年にの『リミッチ』が製作され、これはイギリスやでも上映された。 1950年代後半にはという運動から、、、といった監督を輩出した。 1964年に軍事政権が樹立されると表現の自由が制限され、検閲が行われた。 1969年に発足した政府機関の(エンブラ・フィルメ)は、ほとんどの映画作品の製作に関与した。 1976年にによる『』(ドナ・フロールと2人の夫)が製作・公開されると、ブラジルで1,300万人を動員し、観客動員数第1位を更新する空前の大ヒット作となった。 また同監督の『ガブリエラ』、ヂエギスの『バイバイ・ブラジル』、『シッカ・ダ・シルヴァ』など、ブラジルの史実に基づいた多くの良心的な作品が製作された。 またアルゼンチン出身のも、ブラジル国籍を取得して活動拠点を移し『』(1985)、『』(2003)などを製作した。 1986年に軍事政権が終焉すると民主化が活発化し、低予算で製作される大衆的な作品も増加した。 しかし、1990年代に入るとそれまでのブラジル映画公社を主体としたブラジル映画製作は行き詰まり、完全な破綻を迎えた。 現在のブラジル映画の再生は、1994年から始まった。 1998年、の『』(セントラウ・ド・ブラズィウ, Central do Brasil)が多くの国際的な受賞を受けたことから、ブラジルの映画にも注目が集まるようになり、ヂエギスの『』(1999)をはじめ、『トロパ・デ・エリーテ』『デスムンド』などがブラジル国外でも公開されるようになった。 特にの問題を描いたの『』(Cidade de Deus、2002)は、多くの映画祭で受賞、世界的にヒットした。 このような成功により、ブラジル人監督による映画作品が世界的に注目されている。 『』(2005)は『』の記録を塗り替え、観客動員数歴代1位を更新した。 また東京では、が毎年開催されており、日本でも多くの作品が公開されている。 ブラジル国内においては、近年各地のショッピングセンターにおけるシネマコンプレックスが増加している一方で、いわゆると呼ばれる違法なDVDが販売されることも多い。 ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した『』は公開前から海賊盤が出回り、映画の内容を多少変更せざるを得なくなってしまったという事件が起こった。 カーニバル [ ] リオのカルナヴァル 毎年2月ごろのの前に、国中の市町村で(ブラジルポルトガル語では「カルナヴァウ」と発音する)が祝われる。 期間中は国中を挙げ、徹夜でのリズムに乗って踊りまくる。 リオのカーニバルといえば、一般的に死者が多いことで知られるが、これはに酔ったための喧嘩や飲酒運転による自動車事故、心臓麻痺などで毎年数百人規模の死者が出ることである。 したがってカーニバル自体での死者が多いということではない。 リオデジャネイロで行われるカーニバルは世界的に有名で、世界各国から多くの観光客を呼び寄せている。 (Escola de Samba、千人単位の大規模なサンバチーム、以下「エスコーラ」と略称)単位によるパレードがサンボードロモというコンテスト会場で行われ、一番高い評価を得たサンバチームが優勝する。 いわゆるリオのカーニバルは、サンボードロモで行われるコンテストを指すことが多いが、それ以下の小規模なエスコーラやブロッコ・カルナヴァレスコ(Bloco Carnavalesco)などが、リオ・ブランコ通りなど街中やイパネマ海岸付近などをパレードすることも多い。 なお、リオのカーニバルはサンバだけだと思われがちであるが、(ブラジル版3拍子のマーチ)やなども演奏されている。 科学と技術 [ ] 詳細は「」、「」、および「」を参照 20世紀の間、ブラジルは基礎研究や先端技術では欧米諸国に遅れを取ってしまったが、それでもと同様に開発のパイオニアだったのように(フランスに移住して活躍、第一次世界大戦に失望しブラジルへ永住帰国、フランスの市民権も持つ)、科学技術の発展に大きな貢献をもたらした技術者が存在し、近年では1970年代から進められた燃料用の研究により、この分野では世界的なパイオニアとなっている。 やにおいても、「」を打ち出し、的な立場からとブラジルのナショナリズムを結びつけた人類学者や、以来停滞していた経済学を用いて、第三世界の経済発展のあり方を模索した経済学者や、第三世界の識字教育に大きな貢献をもたらし、「」などの概念を発達させた教育学者などがブラジル出身の世界的に有名な学者として挙げられる。 通信とメディア [ ] 軍事政権下で報道の自由はある程度制限されたものの、民政化された現在では完全に自由な報道が行われている。 はなどの全国紙のほか、スポーツ専門紙などがある。 また、専門紙やをはじめとするスポーツの中でも、特にサッカー専門メディアについては世界的に高い評価を受けている。 [ ] は1950年に初放映がなされ、1965年にが設立されてから同社が圧倒的なシェアを占め、現在はなどがグローボを追い上げている。 近年ではやの普及が急速に進んでいる。 ただし、インターネット普及率は2014年時点でも40. 著名 [ ] 脚注 [ ] []• 外務省. 2018年11月5日閲覧。 2014年10月. 2014年10月12日閲覧。 ブラジル労働党、収監中のルラ元大統領を大統領候補に指名• 4万年以上も前という説もある。 ミナスジェライス洲ラゴーアサンタ地方で発見された、石斧、石槌、水晶の破片、貝殻の装飾品がその証拠• シッコ・アレンカール他著、明石書店 2007年 22ページ• NHKオンライン. 2016年5月12日閲覧。 2016年5月13日閲覧。 2016年5月14日閲覧。 2017年11月8日閲覧。 2017年11月8日閲覧。 2019年1月1日. 2019年1月9日閲覧。 2014年2月5日. 2014年5月3日閲覧。 2014年5月3日閲覧。 2016年10月28日. 2016年10月30日閲覧。 2013年5月27日. 2014年7月5日閲覧。 2014年4月18日. 2014年5月3日閲覧。 北川信行 2014年5月3日. 2014年5月10日閲覧。 327-329• 2016年2月6日• , 日伯司牧協会. 2007. 2014年4月公表• 2018年10月30日閲覧。 - 星野和久・石井清栄、ブエノスアイレス駐在員事務所、2011年1月• 2011年11月17日. 2011年11月17日閲覧。 2018年10月27日閲覧。 , 日伯司牧協会. 2007. それまでは、州によってばらつきがあった。 Estadao. com. br 2013年5月14日. 2018年10月16日閲覧。 2009年10月30日閲覧• 2014年3月24日. 2014年4月15日閲覧。 参考文献 [ ] 総合 [ ]• 『ブラジルを知るための55章』〈エリア・スタディーズ〉、、2001年5月。 、編『ブラジル学を学ぶ人のために』、、2002年8月。 : 、。 歴史 [ ]• : 、。 『ブラジル史』、、2009年7月。 編『ラテンアメリカ史II』〈新版世界各国史26〉、、2000年7月。 政治 [ ]• 『新現代のラテンアメリカ』、1993年4月。 経済 [ ]• 社会 [ ]• 、編『ラテンアメリカ都市と社会』、、1991年9月。 、編『ラテン・アメリカ人と社会』〈ラテンアメリカ・シリーズ4〉、、1995年10月。 「近代ヨーロッパ移民とラテンアメリカ」『ラテンアメリカ人と社会』中川文雄、三田千代子編、新評論、1995年10月。 「ラテンアメリカのユダヤ人」『ラテンアメリカ人と社会』中川文雄、三田千代子編、新評論、1995年10月。 文化 [ ]• 『ポルトガル・ブラジル文化への誘い』、、1983年6月。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] で 「 ブラジル」に関する情報が検索できます。 ウィクショナリーの ウィキソースの コモンズで() ウィキニュースの ウィキバーシティの ウィキボヤージュの ウィキデータの オープンストリートマップに があります。 には、 に関する旅行情報があります。 (ポルトガル語) (英語)• (ポルトガル語) (英語)• (日本語) 日本政府• (日本語)• (日本語) その他• (日本語)• (英語)• - (英語)• ウィキトラベルには、に関する旅行ガイドがあります。 (日本語)• (英語)•

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【ブラダス】6/13新キャラ「ルディア」「アインドリン」「ナイアス」レビュー│効率厨のソシャゲ攻略ブログ

ブラダス ルディア

出血をより活かせるようになり悪魔城では更に有用になるでしょう。 攻撃範囲 15凸になると攻撃範囲が「X字5マス」から「正方形9マス」に変化します。 言うまでもなく、攻撃が当てやすくなり使いやすくなりました。 第1スキル 若干のステ減強化と継続ターン数増加です。 ターを使う場面がほとんどWBのアークスターしかないので、ターン数を伸ばされてもって感じはあります。 相変わらず悪魔城の高HP防御型キャラにはぶっ刺さるでしょう。 呪いと被ダメ増加を持っているキャラは意外と少ないので、対アークスター戦では今まで同様必須になりますね。 防御型キラーはアーチェを筆頭に数多く存在するので、悪魔城を除いて敢えて魔法型キャラのターを使うことはないでしょう。 普通に使う分には過剰ダメージになってしまいます。 韓国版の使用率 WB使用率 スクショを撮るタイミングが悪かったですが、アークスター戦ではやはりザルカに次いで2位ですね。 総評 なんともコメントしづらい強化となりましたねw ステータスもスキルも本当に若干レベルでしか強化されていないので、狙ってまで15凸したいとは思えないですね。 セレンディア 助力者 セレンディアの家庭教師です。 セクシー過ぎるでしょ…この格好で指導されても絶対に集中できませんw ステータス調整• 支援範囲 これがヤバいですね。 セレンディア自身は元々弱くなかったのに、支援範囲が9マスになったら強くなるのは確定ですよ。 第1スキル 沈黙付与の時点で強かったですが、そこから更に 攻撃力バフまで追加されました。 51倍 』という、そこそこ高いバフ倍率です。 下記の第2スキルの項で後述しますが、最終的な攻撃力バフの倍率はめちゃくちゃ高くなります。 第2スキル 攻撃力バフはノータッチですが、クリ率の倍率は上がっています。 メリーとほぼ同等です。 02倍 』のバフ倍率になります。 これが 支援範囲9マスでバフれます、強すぎますね。 第3スキル デバフ解除スキルの中では最上位の「浄化」です。 烙印系のスキルを解除できる唯一のスキルですから、アリーナだけでなくストーリー等でも活躍に期待できます。 元の耐久力が低いので効果は薄いですが、タンクからの攻撃による事故確率は下がりますね。 韓国版の使用率 アリーナ使用率 順位は低いですが沈黙、高い攻撃力バフ、浄化をもっているので星4キャラにしては大健闘の使用率です。 ミを持っていないプレイヤーは、セレンディア編成は選択肢として大いにアリですね。 新星アリーナ使用率 一方の新星アリーナではかなり高い使用率となってます。 デバフ免疫を所持・付与するキャラが極端に少ないですから、沈黙はめちゃ刺さりますよね。 攻撃力バフ倍率も超高いですし、浄化も持っていますから、目には目をセレンディアにはセレンディアをって感じになりそうです。 WB使用率 普通に使われてますね。 支援範囲9マスで攻撃力とクリ率をとことんバフってくれますから、まだまだ使用率は上がるでしょう。 総評 並の星5支援キャラより強くなりましたが、星4キャラなので新星アリーナで使用できます。 狂っとる。 セレンディアだけでなく支援キャラは何かしらのコンテンツで使用できるので、星4キャラを15凸するなら真っ先に候補になるでしょう。 星4キャラが日の目を見るのは結構ですが、新星アリーナのインフレが始まりそうで怖いです。 リデル 助力者 ファレル、ケランと同じくイェーガーに所属するハンター。 ワイルドですね。 リデルは孤高のハンターですが、リデルの狩りを見てライバル意識に目覚め、ライバル同士になったようです。 ステータス調整• カイナにも敏捷力UPはよ。 第1スキル ようやくリデルの火傷に被ダメ増加が加わりました。 ターン数は短いですが、オグドアド戦では魔法キャラのベローナやノエルよりダメージが出せる可能性がありますね。 第2スキル 相手の残りHP依存の追加ダメスキル。 開幕が最もダメージ量が大きくなりますが、ダメージ倍率と攻撃範囲が優秀なので普通に活躍できそう。 新星アリーナ以外はスーパー上位互換のバルゼが居ますから、バルゼを所持しているプレイヤーにとってはこのダメージ量は物足りないかもしれませんね。 第3スキル おや、ほとんど変化してないように見えますね。 攻撃後発動だったのが 攻撃前発動に変化したくらいです。 被ダメ増加率はあってないようなもん。 覚醒スキル アタッカーの敏捷力UPというゴミスキルから機敏特性に出世しました。 強化されるのは良いことなんですが、なんかどのキャラも強化の方向性がクリティカル関係ばかりなのは気の所為ですかね。 やっぱり広範囲攻撃は正義ですね。 ベローナとのセット効果もありますし、ノエルよりもスコアが出せるのかもしれませんね。 総評 日本版ブラダスのリリース当初はよりもリデルが蔓延っており、こいつどうやって止められるんだよ…、と思ってましたが次第に影を潜めました。 助力者実装でまたリデル使いが増えるのか!とも考えていましたが、意外とマイルド調整で安心しました。 新星アリーナで使用するアタッカーはほぼ固定となっていたので、選択肢が増えるのは嬉しいです。 ルネ 助力者 王道みたいなキャラデザで凄く良いですね。 商人というかパンの売り子というかそんな感じのキャラ。 なぜ武器を持っているの?w ステータス調整• 元々ルネはそこそこ有用でしたから、強化の必要があったのかは微妙ですから微増でもラッキーですね。 第1スキル デバフ免疫が攻撃後発動から 攻撃前発動になってます。 これでカウンターにはある程度強くなりましたね。 第2スキル お馴染みの再生バリア。 もうバリア持ちは全部再生バリアになるんじゃねえかな、ってくらいよく見かけますよね、個性の欠片もねえ。 被ダメ軽減率が上昇し、回復量も2倍以上になってます。 新星アリーナだと突破できるキャラがかなり限られるでしょうね。 第3スキル これは回復が付いただけですね、ダメージ倍率は変わってません。 ルネは2マス攻撃ですから、回復できる機会は多そうです。 覚醒スキル はい、安売りその2の「鋼鉄の力」。 シグムンドとの再来ですね。 ルネの攻撃力は低いですが第2スキルとの、そしてデバフ免疫があるためタンク兼サブアタッカーとして運用できるので弱いはずがありません。 なんかもうシグムンド達とほとんど変わりませんねw 韓国版の使用率 新星アリーナ使用率 圧倒的な耐久力を持っているので使用率はかなり高いです。 生半可なアタッカーじゃ突破は不可能ですから、その上のクライとかが流行っているんでしょうね。 WB使用率 ほぼ使われてません。 耐久力は高いですが、そもそもHPが低いですからスコアも伸びにくいです。 プレイヤーが活躍できる数少ない場…新星アリーナをインフレさせては、何のために通常アリーナと分けているのかワケが分からなくなります。 カーソン 助力者 ストーリー外伝で登場した騎士学校時代のカーソンの友人、ローレンスです。 劇中でカーソンがリサと呼んでますが、その由縁って語られてましたっけ? ステータス調整• 第1スキル どこをどうやったらバリアから挑発に変化するのか。 しかも一丁前に被ダメ軽減まで付いてるし、継続ターン数も長いし。 第2スキル めちゃくちゃデジャヴ。 タンクという味方を守る役割で、防御力とのあるスキルが弱いわけないですよね。 覚醒スキル これですね。 単独での持続ダメ免疫と挑発のコンボが可能になったので、アチャは絶滅に追い込まれます。 …何が1番ヤバいって、このスキルはバリア破壊で解除されない点だと思ってます。 挑発も合わされば、正攻法でカーソンを突破できるキャラはかなり限られますね。 韓国版の使用率 新星アリーナ使用率 堂々の 使用率1位。 星3キャラで挑発が可能なのは、とロンだけ 日本未実装のキャラも でしたが、どちらも高耐久とは言えないですしターン数も短いです。 そんな中で化したカーソンが乱入すれば1位にもなりますよ。 総評 無凸の星5星4挑発キャラより圧倒的に強くて笑うしかありませんw 星3キャラの助力者はガチャでわらわら出て凸難易度が低く、ある意味でプレイヤー救済とも受け取れますね。 それにしてもカーソン出世しすぎでしょ。 秀吉かよ。 おわりに ラインナップを見る限り、何かしら有用だったキャラに助力者が実装されてモヤモヤしますね。 まあ助力者実装というおめでたい機会に、アガロンとかレアを強化されても反応に困りますがw 星3はまだカーソンしか助力者付きでないですが、これから星3キャラの15凸が増えるなら新星アリーナのメンツが完全固定になりそうで怖いですね。 制限付きアリーナで元から構築の幅が狭いですから、やるなら星3全キャラ同時実装とかでないと、マジで飽きたり嫌気が差すと思います。 キャラの調整・強化も大事なことですが、新しいコンテンツを実装するなど、今までにない要素に一石を投じてほしいですね。

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