フジコヘミング現在。 フジコヘミングの若い頃がかわいい!年収や自宅についても!|Happy Days

フジコ・ヘミングを紹介するよ【魂のピアニスト】壮絶な人生、ピアニストとしての評価など|クラシックなひと時

フジコヘミング現在

生年月日:公表せず• 出身地:無国籍?• 学歴:東京芸術大学• 楽器担当:ピアノ• 兄弟:大月ウルフ• 主なコンクール成績:NHK毎日コンクール入賞• 趣味:絵画• 備考:クリスチャン、ベジタリアン、猫好き 生年月日は公表していないようですがブレイクした1999年の時、60代のはずですから、今は80代であることは間違いないところです。 ちょうどポリーニ、アシュケナージ、マルタ・アルゲリッチと同年代であたりでしょうか。 後ほど詳しく見ていきますが色んな事情があり無国籍のようです。 (もしかしたら今は違うかも知れません) 弟は大月ウルフという名で俳優をされているようです。 主に特撮ものに出演していたらしいですが、俳優としてはそこまで有名ではないようです。 不遇の中、開花した才能 フジコ・ヘミングさんの母、大月投網子さんはピアノの勉強のためにドイツに留学した時にスウェーデン人の父と知り合い結婚します。 フジコ・ヘミングさんはドイツで生まれ、5歳の時に家族とともに日本に移住しています。 しかし日本に移住して間もなく父がスウェーデンに帰ってしまいます・・・。 フジコ・ヘミングさんは子ども時代の頃を「父と母がよくケンカしていて私は別の場所へ預けられることが多かった」と語っています。 夫婦仲があまり良くなかったのですね・・・。 フジコ・ヘミングさんは当時、ピアノ教師をしていた母に手ほどきを受ける形でピアノを始めることになります。 母の大月投網子さんは幼いフジコ・ヘミングさんが遊びで弾いていたピアノの音色のキレイさに驚いたそうです。 娘の才能を伸ばすために母、大月投網子さんのピアノレッスンは厳しかったようです。 母の厳しいピアノレッスンが功を奏してかフジコ・ヘミングさんは小学校3年生の頃、ラジオ出演し「天才少女」と騒がれます。 17歳で初コンサートを経験し東京芸術大学在学中に若手ピアニストの登竜門であるNHK毎日コンクールで入賞。 子どもの頃は家庭の事情で苦労はしていますが、ピアニストとしてここまでは順調にキャリアを積んできました。 しかしその後、予期せぬ不幸がフジコを襲います・・・。 しかし、そこで問題が・・・。 フジコ・ヘミングさんの国籍は父の祖国であるスウェーデンであることがわかり、しかも18年以上もスウェーデンに一度も住んだことがないので国籍を失ってしまいます。 そう、まさかの無国籍です。 国籍がなければパスポートも取得できず、海外留学など出来るはずもありません。 それでも諦めきれないフジコ・ヘミングさんは何とか留学する方法を模索し、最終的には駐日ドイツ大使の助力により国立ベルリン音楽大学に留学を果たします。 しかし、この時フジコ・ヘミングさんは30歳になってました。 しかも待遇は赤十字認定の難民としてでした・・・。 卒業後もヨーロッパに残り、演奏活動を行いますが中々、芽が出ずに相当苦労したそうです・・・。 訪れたチャンス しかしフジコ・ヘミングさんに大きなチャンスが訪れます。 世界的に有名な音楽家、バーンスタインさんに才能を見出され、後押ししてくれたこともありソリストとしての仕事が増えてきます。 「リストを演奏するために生まれてきたピアニスト」と各地で絶賛を受けるようになってきました。 普通に行けばこのまま順調にヨーロッパで活躍できたことでしょう。 しかし、フジコ・ヘミングさんの身に人生で第2の不幸が訪れます・・・。 風邪が原因とのことですがよほど運が悪かったのでしょうか・・・。 耳がやられるほどの風邪というのは相当ですよね。 この後、約2年ほど全く耳が聴こえない時期が続き、せっかく手に入れたソリストの仕事も全て手放し、次第にピアニストとして忘れ去れることになります・・・。 (2年後には片耳だけ40%ほど聴力が回復したそうです) 再び不遇の時代に突入しますがフジコ・ヘミングさんは辛い時でも一度も日本に帰ろうとは思わなかったそうです。 「日本に帰ったら負け」 そう言い聞かせていたそうですから負けず嫌いな一面が伺えますね。 再ブレークのきっかけ 日本への帰国を拒んでいたフジコ・ヘミングさんでしたが母の死のきっかけに日本に帰国することを決意します。 母が遺してくれた家は3階建てで劇壇の稽古場のスペースもありました。 フジコ・ヘミングさんはピアノの教師と劇壇に稽古場を貸す賃料で生計を立てつつもピアニストとしても再起を図ります。 「ピアニストは若い時の方が上手い人もいるけど、私は今の方が上手い」 「若い頃は何も分からず弾いていた、今は一つ一つの音に色をつけるように弾いている」 もともと技巧より芸術性重視のピアニストだったのだと思います。 今でもミスタッチを指摘されることもしばしば見受けられるフジコ・ヘミングさんですが・・・。 完璧な演奏を目指すのではなく、自分らしい、自分にしか実現できない表現を心掛けておられるピアニストなので人生経験が積んだだけ演奏力も豊かになるのでしょう。 1999年、NHKのドキュメント番組「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が放映されると大ブームになり一夜にして再び脚光を浴びることになります。 デビュー作となる『奇蹟のカンパネラ』はクラッシク音楽のCDとしては異例の大ヒットを記録します。 ブレイク後は? ブレイクしたのが1999年です。 今は2018年ですから20年程度、経過していますが未だ世界各地で精力的に演奏を重ねており評価が下がることはありません。 テレビ放映がきっかけで大ブームになった訳ですから、「実力が伴わない」あるいは「ブレークしたせいでピアノ演奏が疎かになった」場合はすぐにでも消えてしまったでしょう。 約20年経った今でも評価されているということはフジコ・ヘミングさんは本物だったということだと思います。 フジコ・ヘミングおすすめ動画.

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フジコヘミングの現在と海外での評価について!年収や弟も調査!

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この にはなが不足しています。 の提供に協力をお願いします。 存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料、特に潜在的にあるいは有害となるものは すぐに除去する必要があります。 ( 2015年11月) フジコ・ヘミング 出生名 ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ 学歴 卒業 卒業 ジャンル 職業 担当楽器 活動期間 - レーベル 公式サイト フジコ・ヘミング、本名 ゲオルギー=ヘミング・イングリッド・フジコ(Georgii-Hemming Ingrid Fuzjko, - ) 、は、と・で活躍するである。 父親は系人画家・建築家の ()。 母親は日本人の大月投網子。 俳優のは実弟。 歌手のは従姪にあたる。 経歴 [ ] 幼少時代 [ ] で生まれる。 スウェーデン国籍(長らくの状態が続いた)。 幼少期に日本に移住したが、父は日本に馴染めず、家族3人を残し一人に帰国してしまう。 以来、母と弟と共にで暮らし、6歳から母:投網子の手ほどきでを始める。 また10歳から、父の友人であり、で母がピアノを師事した生まれのドイツ系、に師事する。 以後、藝大在学時を含め、長年の間クロイツァーの薫陶を受ける。 学生時代 [ ] 青山学院緑岡尋常小学校(現:)3年生の時にラジオに生出演し、天才少女と騒がれる。 1945年2月、家族と共に岡山に疎開する。 同年4月、岡山県のに入学し、そのままされる。 終戦後、青山学院高等女学部(現:)に転校。 青山高女5年修了で、新制:高等部3年に進級する。 高等部在学中、17歳で、デビューコンサートを果たす。 音楽学部在学中のには新人音楽家の登竜門である、第22回に入選をはたし、さらに音楽賞など、多数の賞を受賞した。 卒業後、本格的な音楽活動に入り、など多数のオーケストラと共演。 かねてよりピアノ留学を望んでいたフジコだったが、申請時に無国籍であったことが発覚する。 その後、留学の機会をうかがいつつピアニストとして音楽活動を行っていたが、1961年に、駐日ドイツ大使の助力により、に認定されたとして国立ベルリン音楽大学(現:)へ留学を果たした。 卒業後、ヨーロッパに残って各地で音楽活動を行うも、生活面では母からのわずかな仕送りと奨学金で何とか凌いでいたという、大変貧しく苦しい状況が長らく続いた。 フジコは「 この地球上に私の居場所はどこにもない... 天国に行けば私の居場所はきっとある。 」と自身に言い聞かせていたと話している。 ヨーロッパでのピアニスト時代 [ ] その間、では後見人でもあったに師事した。 また、作曲家・指揮者のに才能を認められ、彼のソリストとして契約した。 しかしリサイタル直前にをこじらせ(貧しさで、真冬の部屋に暖房をつけることができなかったためとしている)、聴力を失うというアクシデントに見舞われ、やっとの思いで掴んだ大きなチャンスを逃すという憂き目を見た。 既に16歳の頃、の悪化により右耳の聴力を失っていたが、この時に左耳の聴力も失ってしまい、フジコは演奏家としてのキャリアを一時中断しなければならなくなった。 失意の中、フジコはに移住する。 のの傍ら、音楽学校の教師の資格を得て、以後はピアノ教師をしながら欧州各地でコンサート活動を続ける。 日本への帰国後のブレイク [ ] 母の死後、に日本へ帰国し、母校東京藝大の旧:などでコンサート活動を行う。 にのドキュメント番組『』「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が放映されて大きな反響を呼び、フジコブームが起こった。 その後、発売されたデビューCD『奇蹟のカンパネラ』は、発売後3ヶ月で30万枚のセールスを記録し、日本のクラシック界では異例の大ヒットとなった。 第14回の「クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」他各賞を受賞した。 やがて、1999年10月15日の大ホールでの復活リサイタルを皮切りに、本格的な音楽活動を再開し、国内外で活躍することとなる。 2001年6月7日にはでのリサイタルを披露する。 現在、ソロ活動に加え、海外の有名オーケストラ、室内楽奏者との共演と活躍は続く。 また、に、系で波瀾万丈の半生がテレビドラマ化された。 スペシャルドラマ『 』はフジ子役をが演じて、20. 2013年に自身のCDレーベル「ダギーレーベル」を発足。 アルバム第1作「フジコヘミング スペインカメラータ21オーケストラ」を国内外でリリース。 毎年、世界各地でコンサートを行っているが、2019年3月8日にはパリの有名コンサートホール「」でリサイタルを開く。 人物 [ ]• フジコは、として知られている。 食物の中で特に好むのはであるとされる。 20歳からずっと愛煙家である。 ピアノ演奏以外の趣味は絵画、裁縫、書、水泳などで、バレエや映画の鑑賞も好んでいる。 絵に関しては幼少時から得意としており、現在までに書き溜めた絵は本やCDのジャケットで使われている。 個展を開くこともある(2001年2月5日 - 2001年2月24日「幻の素描展」より)。 愛猫家、愛犬家の動物愛護家である。 東京育ちであるが、母の影響で言葉の端々にが出ることがある。 語録 [ ]• 「私はミスタッチが多い。 直そうとは思わない。 批判する方が愚かしい」• 「ぶっ壊れそうな鐘があったっていいじゃない、機械じゃないんだから」(『』について)• 「私の人生にとって一番大切なことは、小さな命に対する愛情や行為を最優先させること。 自分より困っている誰かを助けたり、野良一匹でも救うために人は命を授かっているのよ。 「一つ一つの音に色をつけるように弾いている」• 大好きなピアニストに、「」と答えている。 (「あなたにとってピアノとは? 」と訊かれて)「猫達を食わせていくための道具ね」• 「それでも私は、永遠に、永遠に生きて永遠に、弾くことは出来るわよ」 ディスコグラフィ [ ] アルバム [ ]• 奇蹟のカンパネラ (8月25日、12月16日)• 永久 とわ への響き/Echoes of Eternity (4月5日)• 憂愁のノクターン(2000年8月3日)• リスト:ピアノ協奏曲 第1番 (4月4日)• カーネギー・ホール・ライヴ フジ子・ヘミング 2001 (2001年10月24日)• フジ子・ヘミング トロイメライ (1月1日)• トロイカ (2003年5月21日)• 雨だれ (2003年11月26日)• 心の詩〜想い出メロディ (2003年12月25日)• こころの軌跡 (3月17日)• ショパン・リサイタル(2004年8月21日)• エリーゼ(2004年11月21日)• カンタービレ(3月18日)• ラ・カンパネラ1973 (2005年8月24日)• ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番《皇帝》(2005年12月24日)• イングリット・フジコ・ヘミング/ピアノ名曲集 (9月20日)• イングリット・フジコ・ヘミング/ピアノ名曲集〜デラックス・エディション2007 (3月21日)• フジコ・イン・パリ 2006〜ウィーンのヴィルトゥオーソたちとの競演〜 (2007年10月31日)• 「イングリット・フジコ・ヘミング」10巻組 〈通販限定CD全集〉• Fuzjko(日本版:7月22日/全世界版:9月15日)• イングリット・フジコ・ヘミング/スペイン・カメラータ21オーケストラ/トビアス・ゴスマン(2013年3月27日)• フジ子・ヘミング/ ピアノ ソロ【会場限定盤】(2014年3月30日)特典DVD付セット• フジコ・ヘミング / ソロ ライブ【会場限定盤】(2017年4月10日)• フジコ・ヘミング/特典CD【映画前売り券付録】(2017年10月)• フジコ・ヘミング/リスト:ピアノ協奏曲 第2番&ソロ (2017年11月10日) ビデオ・DVD [ ]• フジコ 〜あるピアニストの軌跡〜(NHKビデオ VHS:10月15日、DVD:4月21日)• フジ子・ヘミングとウイーンの仲間たち/サントリー・ホール・ライブ (9月21日)• 響色の舞 〜フジ子・ヘミング絵画の世界(2月21日)• フジ子・ヘミングの軌跡(VHS・DVD:2004年3月17日) キャスト:菅野美穂, 十朱幸代, 野際陽子, 谷原章介, 宇津井健• フジ子・ヘミング 35年目の世界初挑戦 〜奇蹟のピアニスト 独占密着300日!! (2005年3月16日)• フジコ・ヘミング ソロ・コンサート(BSフジ)DVD:[2017年4月]• フジコ・ヘミング ソロコンサート「いと小さき命のために〜」〜プレミアム・パーフェクト・バージョン : [2019年11月8日] 歌 [ ]• Make It Home/テレビアニメ「」後期エンディングテーマ 書籍 [ ]• 『フジ子・ヘミング1 奇蹟のカンパネラ』(ショパン、)• 『フジ子・ヘミング2 ピアノがあって、猫がいて』 (ショパン、)• 『フジ子・ヘミング魂のピアニスト』求龍堂(2000年)のち新潮文庫• 『フジ子・ヘミングピアノのある部屋から』求龍堂(2001年)• 『フジ子・ヘミング運命の力』阪急コミュニケーションズ(TBSブリタニカ、)• 『フジ子・ヘミングの「魂のことば」』清流出版()• フジ子・ヘミング画 原作『紙のピアノの物語』講談社()• 『フジ子・ヘミング耳の中の記憶』小学館()• 『Fujiko Hemming Esprit de Paris』主婦と生活社()• 『フジ子・ヘミング 我が心のパリ』阪急コミュニケーションズ(2005年)• 『天使への扉』光文社・知恵の森文庫(2005年)• 『あなたに届けば to you from Fujiko Hemming』オークラ出版(2005年)• 『ほんの少し、勇気をあげる to you from Fujiko Hemming』オークラ出版(2005年)• 『イングリット・フジコ・ヘミング私が歩んだ道、パリ』ぴあ()• 『パリ・下北沢猫物語』阪急コミュニケーションズ(2007年)• 『フジコ・ヘミング画集 青いバラの夢』講談社()• 『パリ音楽散歩』朝日新聞出版(2008年)• 『青い玉』<フランス語対訳つき>フジコ・ヘミング絵 沓沢小波 文 文化出版局(2009年)• 『希望の力 くじけない、あきらめない心』PHP研究所(2010年)• 『フジコ・ヘミング運命の言葉』朝日文庫(2012年)• 『たどりつく力』 幻冬舎 (2016年)• 『青い玉』<英文対訳つき特別版>フジコ・ヘミング絵 沓沢小波 文 文化出版局(2017年)• 『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』暮しの手帖社(2018年)• 『くよくよしない力』フジコ・ヘミング 著 秀和システム(2018年) 映画・TV出演 [ ]• 『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』( 出演:フジコ・ヘミング• 『』(2000年、監督:) - フジ子 役• スペシャルドラマ『 』(2003年10月17日フジテレビ)フジコ役• 金スマ 波乱万丈スペシャル 奇跡のピアニスト フジコ・ヘミング(2010年10月1日のTBS)• 『フジコ・ヘミングの時間』(2018年、監督:)主演:フジコ・ヘミング、 ぴあ映画初日満足度ランキング1位・第22回上海国際映画祭 パノラマ部門 招待出品• ファミリーヒストリー『フジコ・ヘミング~母の執念 魂のピアニスト誕生~』(2020年2月24日NHK ドキュメンタリー) フジコ・ヘミングを演じた女優 [ ]• :『』 受賞歴 [ ]• 奇蹟のカンパネラ• 憂愁のノクターン• フジ子・ヘミングこころの軌跡 脚注 [ ]• , の2015-12-24時点におけるアーカイブ。 , 2015年12月24日閲覧。 日本放送協会. 2020年5月2日閲覧。 18歳までに一度も入国した経験がなかったためを抹消されたことによるもの。 当時日本は父系を採っており、も取れなかった。 後にスウェーデンに就籍する。 吉澤ヴィルヘルム『ピアニストガイド』、印刷所・製本所厚徳所、2006年2月10日、192ページ、• NHKビデオ『フジコ 〜あるピアニストの軌跡〜』(1999年10月15日)の中で、「一日に一食は何らかの形でジャガイモを取らないと体調が優れない」という旨のことを述べている。 関連項目 [ ]• (日本の歌手、俳優、演出家) 外部リンク [ ]• - 青葉ピアノコンサートサイト•

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フジコヘミングの若い頃がかわいい!年収や自宅についても!|Happy Days

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C O N T E N T S• 雨が降らなかったら、ばさばさの土かもしれない。 そういうのを乗り越えなくてはならないんじゃない。 人生っていうのは。 」 世界を魅了してきたピアニスト、フジコ・ヘミングさん。 その魅力に迫まった。 どんな映画かと言うと… 世界各国で演奏を行うヘミングを2年間にわたって撮影した本作では、ワールドツアーの演奏とその裏側のほか、父との別離、ピアニストの母による厳しいレッスン、ハーフへの差別、聴力の喪失といった数々の困難を乗り越えてきた彼女の素顔に迫る。 (引用:映画ナタリー) 下の動画では「フジコ・ヘミングの時間」本編の一部が見られます。 そしてフジコ・ヘミングさんの現在の 自宅は、上にも出て来たフランスのパリ。 また、2013年に自身のCDレーベル「 ダギーレーベル」を発足し、「フジコ・ヘミング スペインカメラータ21オーケストラ」がアルバム第1作目となりました。 また、ヨーロッパをはじめ、北米、南米、ロシアなど年間60本近くの公演活動を行い、世界中からのオファーが絶えない中でも犬や猫、動物愛護の関心が特に深く長年の援助をしているという85歳を超えているとは思えない精力的な活動ぶりです。 自宅にも9匹の猫がおり、「あなたにとってピアノとは?」と言う質問に「猫たちを食わせていくための道具ね」と答えるほどの愛猫家だそうです。 その他の活動として ・アメリカ同時多発テロ後の被災者救済のために1年間CDの印税の全額寄付 ・アフガニスタン難民のためにコンサート出演料の寄付 ・3. 11東日本大震災復興支援チャリティーコンサート、被災動物支援コンサート ・2007年武道館コンサートでの収益金を非営利活動本法人へ動物達のために寄付 など小さな生き物たちにも心優しい活動をされています。 フジコ・ヘミングの弟・大月ウルフとは? フジコ・ヘミングさんには、実の弟である大月ウルフさんがいます。 めちゃくちゃ個性が強い弟さんで、その味わいはかなり評価されています。 見ていただくと分かると思います笑 「大鉄人17」ハスラー教授は大月ウルフさんを代表する名キャラクターですね。 その表情の豊かなこと!大月さんの魅力が全開です。 すごいな!と思ったのは、、マクドナルドが日本展開する宣伝を検討していた際、ドナルド役としてオファーがかかったとのこと! 当時は悪役を多く演じていたため断ったそうです。 まぁ子供たちが見てるアクション特撮番組での悪役とドナルドが同じ人だと混乱するし、イメージ的にも微妙になりますよね。 残念ではありましたが、子供達には優しい配慮だと思います。 スポンサーリンク フジコ・ヘミングのピアノの評価は下手? フジコ・ヘミングのピアノの 評価を調べると、 下手とかうまいとかあちこちで色んな評価があり、酷評もあれば大絶賛もあります。 これは価値観の違いだとも思うのですが、特に低い評価や酷評は音楽批評家からのもの多いですね。 曰く「右手ばかりで弾いている」とか「遅い」という評価。 専門的なことはよく分かりませんが、そこって本質じゃなくない?という意見が多いです。 どうやらピアノ界?では、すごいテクニックがあるピアニストがいい!というような風潮があるようなのです。 でも、いくらテクニックがすごくても、感動もしない、面白くもないピアノだったらわざわざコンサートにはいかないですね。 だって聞きに行くのはわたしたちのような素人ですから、いくらテクニックがすごくてもよく分かりませんので笑 実際コンサートに行かれた方の評価は、」 「独特の雰囲気があり、どの曲でも聞きごたえがある」 「年齢を考えても力強い演奏で、アンコールにも数えきれないほど答えてくれる」 「フジコの曲には感情がこもっている」 などの意見があります。 楽譜を見て、忠実に弾いているようなピアニストとは音楽に対する姿勢や世界観がまったく違うのでしょうね。 本名:ゲオルギー=ヘミング・イングリッド・フジコ日本名:大月 フジ 生年月日:1932年12月5日 父:ロシア系スウェーデン人(ヨスタ・ゲオルギー・ヘミング) 母:日本人ピアニスト・大月投網子 弟:俳優・大月ウルフ フジコ・ヘミング「自分の音は、作るものじゃなく自然に出てくるもの」、初のドキュメンタリー映画公開 — AERA dot. ちょっとだけ体験で来てみるとかは、昔は旅費も高かったし難しかったんでしょうか。 旅行でちょっとだけ来るのと、ガッツリ済むのではまた違うから、お試しで来たことがあったとしても同じ結論になった可能性はありますが。。。 フジコ・ヘミングさん、5歳からピアニストであったお母さんの手ほどきでピアノを始めました。 10歳からお父さんの友人、ドイツ系ピアニスト、レオニード・クロイツァーに師事してピアノをさらに本格的に学びます。 16歳の頃、中耳炎の悪化により右耳の聴力を失い、さらに左耳の聴力も失うという悲劇的状況に!(現在は左耳は40%ほど回復しているとのこと) しかし、17歳で青山学院高等部在学中にデビューコンサート開催! 耳が聞こえなくなっても音楽に対する情熱が変わらないのは、「運命」や「第九」でお馴染みのベートーヴェンを思い出させますね。 東京芸大在学中には、NHK第22回毎日コンクールに入賞、文化放送音楽賞など多数の賞を受賞し、頭角を現します。 その後ストックホルムに移住し、耳の治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を取得。 以後はピアノ教師をしながら欧州各地でコンサートなどを行っていました。 1995年に日本に帰国し、母校である東京芸大の旧奏楽堂などでコンサート活動を行っています。 1999年NHKで放送された「フジ子~ピアニストの軌跡」が大反響を呼び、再そして再々放送までされてます。 2003年フジテレビ系で放送された「フジ子・ヘミングの軌跡」はフジ子役を菅野美穂が演じて高視聴率を記録しています。 などなど、本当に書ききれないほどのイベントいっぱいの人生を歩んできたフジコ・ヘミングさん。 ドキュメンタリー映画「フジコ・ヘミングの時間」も面白そうですね! スポンサーリンク フジコ・ヘミングの結婚した夫は? 調べてみましたが、これはすぐに分かりました。 恋多き女性で、未だ未婚。 結婚していないので 夫もいません。 フジコ・ヘミングという女性はきっと色んな方とお付き合いされてきた結果、人間の男性が本命ではなく「猫」が本命なんでしょうね。 結婚して男性と暮らすことは考えず、猫のほうが気が合うんでしょうか。 自分自身も自らの気の向くままというと軽くなってしまいますが、猫のように自由に人生を遊びたい!というところが似ているのかもしれません。 犬はお散歩させないといけないので、必然的に猫が増えると話しているので、フジコ・ヘミングは人間の世話より猫の世話で忙しいのでしょうね。 最後にフジコ・ヘミングさんのインタビューと演奏の両方を楽しめる動画をどうぞ! もう普通の人じゃないオーラが出まくってますね。 タバコは体に良くないとかいう風潮がありますが、フジコ・ヘミングさんにそんなことを言っても通用しませんよ笑!カッコイイんだからいいと思います。 生粋の芸術家ですから余計な気は使わないで芸術の道を今後もばく進していただきたいと思います。 まとめ くわえタバコで演奏したり、人間より猫を愛したり、天下の黒柳哲子さんとの会話が噛み合わなかったり・・・ 徹子の部屋、フジコヘミングの愛猫の名前が「ちょんちょん」っていうところはまだ我慢できたんだけど、徹子の「ちょんちょんっていうんですね」にフジコヘミングが「もう死んだ」って返したの会話噛み合って無さすぎでさすがに笑ってしまった。 — おっさんとね子の生活🙄🙄 VFDXK3MDbaFDZdo ものすごく個性的で波乱万丈な人生をおくっているフジコ・ヘミングさんでした。 最後に演奏についてフジコ・ヘミングさんが語った言葉 「ぶっ壊れそうな鐘があったっていいじゃない、機械じゃないんだから」 演奏についてあれこれ言われた時に出た言葉。 とても人間味のある音を奏でる秘密の一端が分かった気がしました。

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