ちょうちん 映画。 赤ちょうちん (映画)とは

ちょうちん : 作品情報

ちょうちん 映画

秋吉久美子の話をもう少し。 デビュー以来ほとんど変わらぬ、不思議系美少女も7月29日に59歳の誕生日を迎えました。 『旅の重さ』オーディションで次点になり、本名の小野寺久美子で脇役に出演後、翌年『十六歳の戦争(松本俊夫監督)』に秋吉久美子として撮影しましが、作品の公開が遅れたので(昭和51年公開)、世に出た順番として昭和49年公開の『赤ちょうちん』が主役デビューと言っていいでしょう。 『赤ちょうちん』は、当時人気絶頂だったフォークグループ"かぐや姫"のヒット曲をモチーフにした(便乗した)作品で、この前に『神田川』この後に『妹』が映画化されました。 と言っても、3部作と言うわけではありません。 理由は、『神田川』は東宝作品で、『赤ちょうちん』と『妹』は日活作品だったからです。 かぐや姫の人気を当て込み、映画会社が版権争奪合戦をくりひろげ、この配分で手が打たれました。 東宝『神田川』は、草刈正雄、関根恵子(現・高橋恵子)主演でした。 この映画化について、かぐや姫の南こうせつ自身はこう語っています。 「『神田川』はがっくり来たな。 当時はやっていたのは、『卒業』とか、『バニシング・ポイント』とか、『イージーライダー』。 こういう映画かなと思っていたけど、いきなり主演が草刈正雄さんと決まって。 すごくいい俳優さんで大好きですけど、当時は資生堂ブラバスっていう男の化粧品のコマーシャルに出ていて、今で言うと木村拓哉みたいな存在。 あの人が主役じゃないだろう。 神田川は。 どちらかっていうと、香川照之とか、武田鉄也、竹中直人、あっち系ですよね。 それが、美男子系、それ、神田川じゃないなって僕らは映画にしらけ始めた。 『赤ちょうちん』は途中で帰ったし、『妹』はいまだに見てないですね」 小説でも映画化権を売った作家は、娘を嫁に出した気分になるんだそうです。 嫁ぎ先の家風に変えられても文句は言えない。 たいがい原作者としては不満の残るもの物になります。 まったく別物と考えたほうがいいそうです。 何故そうなるかと言うと、作品の捉え方が個人によって異なるということも多少あるとしても、多くは原作に感情が入ってない人が、自分の主張や都合を盛り込むからでしょう。 今回は知名度だけ欲しかった。 東宝『神田川』の関根恵子は『高校生ブルース』『おさな妻』で15歳からフルヌードを開陳し、すでにレモンセックスのアイドルとして認知されていました。 それに対抗して日活は『赤ちょうちん』に新人の秋吉久美子を抜擢したのですが、確かにヌードの美しさ清潔感は抜きん出ています。 たぶん『十六歳の戦争』で披露したヌードが評価されたのでしょう(『旅の重さ』では脱いでいませんから)。 スーパーの同僚役で、日活ロマンポルノのスター山科ゆりも共演しているのですが、こちらは何故か脱いでいません(どうせなら無理やりにでもそういうシーンが欲しかった)。 日活は『神田川』を東宝に取られたことがよっぽど悔しかったのか、舞台に神田川周辺を選び、かぐや姫の"神田川"をバックに流したりしています。 それでいて、"赤ちょうちん"の屋台で飲むシーンはないし(予告編にはあるのですが本編にはありません)、おでんも買わないのです。 『神田川』の版権争奪で書いたシナリオを、そのまま『赤ちょうちん』に使ったのでしょうか。 それも含めて、全体的にシナリオが雑です。 脚本は中島丈博、『祭の準備』『津軽じょんがら節』などの当時若手NO1期待のライターです(現在は『真珠夫人』『牡丹と薔薇』などフジTVの昼ドラで成功しています)。 監督が藤田敏八、『八月の濡れた砂』『赤い鳥逃げた?』『修羅雪姫』などで時代を牽引するヒットメーカー。 さらに助監督として、『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男の』の監督長谷川和彦まで名前を連ねているのです。 この組み合わせでどれだけすごい映画が出来るのかと期待も高かったのですが、個性がぶつかり合ったためか、作品は迷走してしまいます(誰が引っ張りまわしたのか解りませんが)。 ストーリーは、若くして妊娠してしまった不思議キャラの秋吉久美子が、引っ越す先々で不吉な環境に悩み、徐々に壊れていくというもの。 青春映画で始まったものが、だんだんとホラーっぽくなります。 だったら初めから『シャイニング(スタンリー・キューブリック監督:1980年)』風な作りにすれば、もっとハッキリしてホラー映画の名作になったかもしれないのに。 『赤ちょうちん』は1974年だから参考に出来ないか。 だったら『ローズマリーの赤ちゃん(ロマン・ポランスキー監督:1969年)』を参考にすれば・・・。 後にジャパニーズホラーが世界的に流行る事を思えば、さきがけとなりえたかもしれません。 (ラストの秋吉久美子が発狂し、嫌いだった鶏肉をむしゃぶり食う場面を、僕はずーと生の鶏の羽を引きちぎりながら、血だらけになってかじっている姿が目に焼きついていたのですが、改めて見てみると、ただのローストチキンを食べているだけでした。 不思議でがっかり。 ) それにしても、『神田川』も『赤ちょうちん』も『妹』も、ストーリー性の高い歌詞だったのですが、まったく無視した内容になっているのが解せません。 あのころふたりのアパートは 裸電球まぶしくて 貨物列車が通ると揺れた ふたりに似合いの部屋でした 覚えてますか寒い夜 赤ちょうちんに誘われて おでんをたくさん買いました 月に一度のぜいたくだけど お酒もちょっぴり飲んだわね 雨が続くと仕事もせずに キャベツばかりをかじってた そんな暮らしがおかしくて あなたの横顔見つめてた あなたと別れた雨の夜 公衆電話の箱の中 膝をかかえて泣きました 生きてることはただそれだけで 哀しいことだと知りました 今でも時々雨の夜 赤ちょうちんも濡れている 屋台にあなたがいるような気がします 背中丸めてサンダルはいて ひとりでいるような気がします この世界が好きだったファンはがっかりです。 作詞の 喜多 きた 条 じょう 忠 まこと は昭和22年生まれ、当時文化放送の放送作家でした。 新曲キャンペーンで文化放送に訪れた南こうせつと懇意になり、作詞を依頼されました。 『神田川』は、締め切りに間に合わず、電話口で歌詞を読み上げ、同時に南こうせつが曲を完成させたと言う逸話があります。 四畳半フォークと呼ばれたこの世界は、喜多条忠の学生時代の姿でした。 僕らはそれに憧れ、地方出身の友人は割りと簡単に実現化させましたが、実家住まいの僕には果たせぬ夢となりました。 いや、まだ夢は捨てていませんが。 映画『赤ちょうちん』に戻って、前半に登場する中年男は、サザンオールスターズの桑田佳祐ではなく、40年前の若き日?の長門裕之です。 この中年男もファーストエピソードで、海岸で暴行を受けた後、出番はありませんでした。 後で登場しないんなら、これだけ肉付けする必要はありません。 長門のスケジュールが取れなくなって変更したのでしょうか。 他にも、連絡の取れなかった兄として、石橋正次がワンシーン唐突に登場しますが、これもまったく必要ありません。 当時人気者だった石橋をゲストで出して稼ごうという、あざといキャステイングでした。 ラストで米屋の配達に暴行するいきさつも描いていないし(伏線はあるのですが)、不気味な山本コータローも、気持ち悪いだけで存在価値がありません。 色々ぶち込みすぎて、すべて不完全燃焼になってしまいました。 この頃の日本映画の欠点である、一貫性のなさ、細部の大雑把さ、無駄の多さが目だった作品でした。 そんな欠点だらけの作品も、秋吉久美子のヌードがすべてを救っています。 次回作の『妹』もストーリーに関係なくセールスポイントになっていました。 映画にはヌードシーンが欠かせないわけがこれなのです。 あの頃、僕の部屋にも秋吉久美子のポスターは貼られていました。

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あらすじ [ ] 政行と幸枝 以下、この2人のことを表す場合は久米夫妻と表記 の出会い 沿線のアパートに一人暮らししている若者・久米政行は、ある夜出会った若い娘・幸枝からの頼みで朝までの寝床を貸すために部屋に泊める。 翌朝幸枝が去った後、彼女が忘れていった封筒に金が入っているのを政行が見つけるが、職場の同僚・牟田と競馬で使い切ってしまう。 その直後住んでいたアパートが取り壊しになり途方に暮れる政行だったが、封筒を取り返しに幸枝が戻ったことが縁で別のアパートで同居生活を始める。 1回目の引っ越し 政行は牟田に幸枝と結婚し2人で引っ越したことを伝えるが、アパートの近くにがあり幸枝を不安にさせる。 数日後、久米夫妻の部屋に以前の住人である中年男が現れ、幸枝に住む場所がないと言って彼女の優しさに甘えて居着いてしまう。 後日政行は牟田とその恋人・利代子の3人で、中年男にアパートから出るよう手荒なことをして追い出そうとする。 それを目撃した幸枝は気持ちが悪くなり、これ以上ここで暮らしたくないと政行に訴えて引っ越すことに。 2回目の引っ越し 牟田と利代子が住むアパートに空きができたため久米夫妻はそこに住み始め、賑やかな街での暮らしに幸枝も明るさを取り戻す。 そんな矢先幸枝の妊娠が発覚するが、政行は生活費を考えるとまだ子供を育てるには早いと彼女に堕胎するように言う。 利代子の店で酒に酔った政行は、誤って店のマスターの義眼を飲み込んでしまうが医者の処置により無事に吐き出す。 その後久米夫妻は話し合いの末、経済的に余裕のない暮らしを覚悟して子供を産むことを決めて再び引っ越しをする。 3回目の引っ越し 数ヶ月後、のどかな土地に引っ越した久米夫妻に赤ん坊が生まれるが、病院で看護師が別の赤ん坊と取り違えるミスがあり2人を動揺させる。 帰宅するとアパートの大家から、自身の赤ん坊が亡くなる前に数回だけ使った新品同様のベビーカーを譲ると言われるが、幸枝はその申し出を断る。 後日偶然なのか大家が関わったかは謎だが、幸枝の周りで立て続けに騒動が起こり彼女が珍しく感情的になる。 その後久米夫妻は話し合い、ここでの暮らしは赤ん坊に良くないと判断してまたもや引っ越しを決意する。 4回目の引っ越し 久米夫妻は下町に安い家を見つけてそこで暮らし始め、隣家から家族3人で引っ越してきたことを歓迎され、政行は地元の工場で働きだす。 数日後、前住人のハガキが久米家に届き、政行は隣家のおばさんに前住人のことを尋ねるとこの家で一家心中したことを打ち明けられる。 その夜政行は、夢にうなされた幸枝の手に以前自身が誤飲しかけた義眼が握られているのを見つけて不気味に思い、そっとそれを取り上げる。 翌日、幸枝が体調を崩したことで彼女が長い間ストレスを溜め込んでいたことを、この時初めて知った政行は激しく後悔する。 キャスト [ ] 久米政行 演 - 若者 年齢は、幸枝が出産した後に「俺は22歳になった所」と言っている。 幸枝からは『まーちゃん』と呼ばれている。 立体駐車場の管理人として働いている。 普段から自分本位な言動をしていて、感情で突っ走った行動を取ったりデリカシーのない発言をすることがある。 仕事は真面目にしているが、だらしがない性格でアパートでの生活態度はあまり良くない。 結婚後も一人暮らし感覚で気ままに暮らしており、生活費に余裕があるわけでもなく家族を養うという自覚がやや足りない。 競馬好き。 霜川幸枝 演 - 17歳。 政行と出会い間もなくして彼と結婚してとなる。 熊本県出身で上京後は、スーパーマーケットのレジ打ちとして働きながら故郷の祖母に仕送りをしている。 未成年ということもあり考えが幼く、お人好しな性格で他人の言うことを信じやすく周りに流されやすい。 赤色が好きらしく日常のファッションに赤いものを取り入れている。 極度の鶏肉アレルギーで、食べることはもちろん鶏を見たり鶏の鳴き声を聞くだけで気持ちが悪くなる。 頼りない政行との夫婦生活が上手くいくように彼女なりに努力する。 久米夫妻と関わる主な人たち [ ] 牟田修 演 - 政行より年上の青年で職場の同僚。 職場である立体駐車場の管理人室で雑誌などを読んでのんびりしたり、恋人の利代子を招き入れてイチャイチャしている。 政行とはプライベートでも親しくしており、競馬や遊びなどに付き合っている。 後に怪しげな男から儲け話を勧められて乗ってしまう。 利代子 演 - 牟田の恋人。 牟田とは同棲生活を送っている。 仕事は、居酒屋の従業員として客に酒や食事を提供している。 自己主張が強く言いたいことははっきり言うタイプ。 久米夫妻とは親しくしていて色々と助言しているが、気が強い性格のせいで時々行き過ぎた言動をすることがある。 若くして夫婦生活を送る久米夫妻について「おままごとみたい」と言っている。 ミキ子 演 - 幸枝の職場の同僚で、友達。 何度か幸枝が暮らす自宅に遊びに行っている。 自身が働くスーパーに政行が時々訪れて、勤務中の自身や幸枝に話しかけることがあり、少々迷惑がっている。 中年男(いぬがい) 演 - 謎の男。 本人によると保険外交員。 他にも「久米夫妻が住む部屋の前の住人」、「帰る家がない」、「ガンを患っていて余命半年」などと言っているがどこまでが事実かは不明。 いぬがいと名乗っているが、違う名前の名刺 本人曰く、印刷会社のミス を使用している。 久米夫妻の自宅アパートに訪れるが、そのまま居着いてしまう。 幸枝の兄 演 - 幸枝の兄。 3年間連絡がつかなかったが、出産後の幸枝と再会する。 幸枝によると3年前に自身 兄 が家を出たことで、当時中学生の幸枝が病弱な祖母の世話をすることになった 両親については不明。 幸枝から心配される一方、身勝手な行動を取っていることから「ろくでなし」と思われている。 政行が冒頭に住んでいたアパートの管理人 演 - 近々アパートを取り壊すことを政行に告げる。 以前から再三そのことを伝えているため他の住人は既に退去しており、政行だけが居座っている状態で対応に困る。 深谷ウメ(一番目の自宅アパートの大家) 演 - アパートの風紀や決まり事に厳しい。 根は悪い人ではないが、引っ越してきた久米夫妻がアパートの決まりをうっかりして守らないことがあり2人に注意する。 本人によると、いぬがいの生命保険の受取人になったとのこと。 広村ヒサ子(二番目の自宅アパートの大家) 演 - 幸枝の部屋に訪れて今月分の家賃を催促する。 自身は家賃をもらっていないと主張するが、幸枝からは「既に払ってお釣りも渡した」と言われて意見が対立する。 オネェ言葉で話す男性 久米夫妻が二番目の自宅アパートに住んでいる時の向かいのアパートの住人 お向かいさん。 窓越しに毎日顔を合わすうちに幸枝と親しくなるが、政行からは少々距離を置かれている。 陽気な性格で挨拶を欠かさない律儀な人で、普段から女装用の茶髪のカツラを被っている。 吉村クニ子(三番目の自宅アパートの大家) 演 - 悠木千帆 現: 自身が赤ん坊を出産した数日後に、誤って赤ん坊を窒息死させてしまった過去がある。 アパートでは共同生活を重んじていてアパートの奥さん連中と仲がいいが、和を乱す人を嫌がる。 登場時は秋頃でいつも赤と黒色のしま模様のショールを肩周りにかけている。 松崎夫妻(四番目の自宅の隣人) 演 - 妻・松崎文子 、夫・敬造 久米一家の隣人のおばさんとおじさん。 久米一家が引っ越してきたことをとても喜ぶ。 陽気な一家で話好きのおばさんと将棋が趣味のおじさんと長男の3人暮らし。 政行に働き口を紹介してあげたり、時々空いた時間に彼の赤ん坊をあやすなど久米一家と親しく接する。 松崎進 演 - 松崎家の長男。 工場で働いており、ほどなくして政行も同じ職場で働きだし同僚となる。 政行とは同世代ということもあり休憩時間にキャッチボールしたり、一緒に飲みに行くなど親しくなる。 久米夫妻の自宅について [ ] ここでは政行が一人暮らししていた時のアパートと幸枝との結婚後の自宅などについて記述。 政行が一人暮らしする冒頭のアパートは、目と鼻の先にある線路を電車が通るたびに室内が揺れ、通過音が大きいため毎回彼は耳を塞いでいる。 また、建物内にトイレがないという不便な造りながらも、政行は5年間住んでいる。 政行と幸枝が夫婦となり住み始めた一番目の自宅は幡ヶ谷にある設定で、静かだか自宅アパートの近くに火葬場がある。 火葬場のことを知ったのは住み始めてからで、政行が夜勤をする夜は幸枝が1人で寝るのを気味悪く感じている。 二番目の自宅は新宿区柏木にあるアパートの設定で、都会的で人口密度の高い場所にあり、牟田と利代子が同棲生活を送るアパートでもある。 このアパートと向かいのアパートはかなり至近距離にあり、作中では政行が自身の部屋からお向かいさんの部屋にジャンプして直接侵入するシーンがある。 三番目の自宅は、のどかな土地で落ち着いた感じのアパートである。 これまでの単身者向けアパートとは違い夫婦や親子連れが住んでいる。 出産間近の幸枝が政行と2人で住み始め、出産を経て赤ん坊との3人で暮らすことになる。 四番目の自宅は下町・葛飾区にある設定で、民家が集まる場所にあり、一軒家風の家。 実際は長屋のように中は壁で仕切られていて共有部分はなく、玄関が2つあり二世帯 久米一家と隣人の松崎家 がそれぞれに生活をしている。 スタッフ [ ]• 監督 -• プロデューサー - 岡田裕• 脚本 - 、• 製作担当者 - 天野勝正• 撮影 - 萩原憲治• 美術 - 山本陽一• 色彩計測 -• 録音 -• 照明 - 川島晴雄• 編集 - 井上治• 助監督 -• 音楽 -• 現像 - 東洋現像所 現:株式会社• 製作 - 主題歌 [ ]• - 「」 クラウン・レコード• 本編の政行と幸枝が神田川で会話するシーンで、「」をアレンジしたインストゥルメンタルがBGMとして使用されている。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ].

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ちょうちん 映画

解説 都会の片隅で、ひっそりと同棲する若い二人が、さまざまな社会の障害にぶつかりながらも、ひたむきに生き続けていく姿を描いた青春映画。 脚本は「団地妻 昼下りの誘惑」の中島丈博と、桃井章、監督は「修羅雪姫」の藤田敏八、撮影は「OL日記 濡れた札束」の萩原憲治がそれぞれ担当。 1974年製作/93分/日本 配給:日活 ストーリー 有料駐車場に勤める政行と修の二人が、新宿の雑踏の中で幸枝とその友人ミキ子の二人の少女と交わした会話から、政行と幸枝の間に愛が芽生えた。 その夜、二人は、政行のアパートで何気ない一夜を過した。 電車の轟音に耐えきれず政行は幡ケ谷へ引っ越した。 そんなある日、政行は幸枝と再会し、彼女は政行のアパートに移って来た。 数日後、二人が外出から帰ってみると、部屋に小太りの中年男が寝そべっていた。 男は保険屋だといい、腹痛を理由に居候をきめこんだ。 奇妙な三人の同居生活が始った。 政行は駐車場をやめ、修とコンビでトラックの長距離輸送を始めた。 そんなある日、政行が仕事から戻ってみると、幸枝と中年男は床を並べて眠っていた。 「火葬場が近く一人で寝るのがこわくて……」そんな幸枝をいとおしく思いながらも、二人の間に冷たい風が吹き抜けた。 二人は修の住む、新宿のアパートへ移った。 そして、ここで幸枝が妊娠していることを知った。 「おろせよ」政行は冷たく突き放した。 幸枝にとっては身の切られるほど切ない夫の言葉だった。 家賃の問題、赤ん坊のこと、二人はむしゃくしゃを振切るべく調布に引っ越した。 幸枝は妊娠九ヵ月だった。 やがて、男の子が生まれ、とやかく言った政行も親馬鹿振りを発揮し、二人は幸福だった。 しかし、管理人のクニ子は、いつもこの夫婦を好奇な眼で見ていた。 そして、幸枝と赤ん坊に対して露骨な悪意のこもったイタズラをするのだった。 さらに幸枝の最愛の田舎のおばあちゃんが死んだ、という知らせにより幸枝の心が乱れたため、気分転換のために、また引っ起すことにした。 今度は下町の葛飾区で格安の家を見つけた。 隣のおばさん文子はとても親切にしてくれた。 実は政行たちの家は、昔一家心中があり、長く空き家になっていたのだった。 首を吊った鴨居、血の海の畳。 政行は恐怖に堪えながら、幸枝には知らせなかった。 しかし、数日後、幸枝が分不相応なダブルベットを買ったことから、政行は幸枝も心中の事を知っているんだろうと思った。 かつて血で汚れた畳の上では寝れなかったのだ。 その日、隣の主人敬造が鳥の羽を剥いでいた。 その羽が幸枝の鳥アレルギーを刺激し、その夜から幸枝の挙動が一変し、突如政行を殴りつけたりした。 翌日、幸枝は米屋の店員をビールビンで殴って大怪我をさせ、彼女は目を異様に光らせて、トリの股に食いついていた……。 幸枝は精神病院の鉄の扉の中へ保護された。 数日後、政行は引っ越しをした。 今度は赤ん坊と二人きりで……。 本作はかぐや姫の名曲赤ちょうちんを映画化したものだとされる 確かにその曲は使われるし かぐや姫の名曲神田川も劇中に少しだが流れる 歌詞をモチーフとしたシーンも確かにある しかしその歌詞の世界なのかというと違う その様な四畳半フォークの私小説的な世界を期待して本作を観たならば全く違うところに連れて行かれたことに気が付いて戸惑うことになるだろう 藤田敏八監督は流行歌の映画化であるということを隠れ蓑にして、1971年の八月のぬれた砂と同様に違う映画を撮っているのだ 主人公政行は1974年時点で22歳の設定 つまり1952年生まれで団塊の世代の一番下の世代 学園紛争のピークには重なっていない 秋吉久美子の演じるヒロイン幸枝は17歳の設定 1954年生まれで、学生運動とは関わりはない かぐや姫の南こうせつは1949年生まれの団塊世代そのものだ しかし、保険詐欺の中年男は全学連創設の世代で監督の世代を投影している 彼は実は潜伏先を転々として逃げ回っている左翼運動の活動家であるのはポストに左翼新聞が入っていたシーンで明らかだ 海岸で内ゲバにより撲殺される 連合赤軍による山岳ベース事件という12人が殺された凄惨な内ゲバリンチ殺人事件が本作の2年前にあり、当時は裁判の最中でありこの事件の全容が次第に明らかになってきたことが投影されている 山岳ベース事件だけでなく、街角の路上で鉄パイプを持った集団に襲われて殺されるような左翼運動内部の内ゲバは珍しいものでは無かったのだ 政行の駐車場の先輩もまた監督の世代だ 出版社にもぐりこんでエロ本などで糊口をしのいでいた有り様を投影している 逮捕に来た刑事もエロ本の取り締まりではなく公安を思わせる描写になっている 子供ができると途端に保守的になりやがるとの台詞がある 監督の世代の左翼活動家だったもの達も家庭をもち脱落して行ったことを揶揄し批判している台詞だ このような目で本作を見れば色々と見えて来るはずだ 幸枝がなぜ赤色の衣装ばかり着るのか 彼女は日本の暗喩だからだ 彼女と主人公はままごとのような結婚生活を送る 二人の子供を看護婦は取り違えたと行って赤ん坊を取り換える 主人公はこの赤ん坊が自分の子なのか確信できない 共産党の目ざす革命と、新左翼の目指す革命 どちらの子供なのだ?という意味だろう その子供ですら命を狙われる路線闘争の陰湿さと恐ろしさ 日々の生活の為に工場労働者として働いても、二人の住む家に過去に何があったのかが次第に知れてくるのと同様に、過去の左翼運動の活動家という経歴が周囲に知られて居ずらくなり追われて出ていくのだ 精神に異常をきたして子供を育てることが出来なくなった妻から、主人公は赤ん坊を引き取り仲間の支援でどこかに逃れていくのだ 革命の理想を暗喩したその赤ん坊を胸に抱いて 彼女の鶏アレルギーとは、政治アレルギーを暗喩したものだったのだ それがまさか自分の夫がアレルギー反応の根源であったとはの驚きと絶望 つまり本作とは、かぐや姫のロマンチックなフォークソングの世界を隠れ蓑にして人民広場事件の世代が傷を舐めあって世間の片隅でなんとか生きているということを描がこうとしたものなのだ その世代達が1974年の流行歌の世界の若者達の姿を横取りして自分語りをしているのだ そして、それは60年安保の世代、70年安保の世代とも、挫折した傷口をともに舐めあえるものなのだ だから本作は今は老人となった彼らの琴線に深く触れたのだろう 本作には1974年の情景が確かに写されてはいる しかしそこに描かれたものは、50年代、60年代の全共闘世代、団塊の世代の青春を描いているものなのだ 1974年の若者の青春ではない 換骨奪胎そのものだ しかも腹立たしいことに、1974年の若者の若さを利用して美化しているのだ 四畳半フォークはこのあと急激に衰退する 70年代にあって60年代か、それ以前の青春を歌うもの、つまり本作のスタンスに近い それが70年代の本当の若者に支持されなくなったのは当然だろう 替わって圧倒的な支持を集めたのはニューミュージックなのだ 山下達郎や大貫妙子等がいた伝説のバンド、シュガーベイブが渋谷のジャンジャンというこれもまた伝説のライブホールに初出演したのは1974年3月であり、奇しくも本作の公開とほぼ同時だったのだ ニューミュージックがこのような若者を利用しようとする団塊の世代やそれより上の全共闘創設世代の卑劣なやり口の欺瞞を暴き駆逐していったのだ アンチテーゼだったのだ 70年代の本当の青春の雰囲気はどちらであるのか明かだろう 本作は70年代の青春を奪って利用したのだ そのやり口は21世紀になっても未だに続いている かぐや姫や、神田川や赤ちょうちんの歌自体には何の罪もない 貧しくとも美しく愛し合う若者を描いた永遠の生命を持つ素晴らしい歌だ かぐや姫も素晴らしいハーモニーと心を震わせる歌を届けてくれる、彼等たちの体験した青春を彼等のものとして素直に歌うバンドだ 不純物のない本当のこの歌の世界を映画で観たいものだ 21世紀に生きる若者はこの欺瞞に騙されて、老人達に利用されないように、注意深くどこが欺瞞であるのかを見極めるようにして、本作を観ないと危うい ネタバレ! クリックして本文を読む 持ち金を競馬ですった修は幸枝がおばあちゃんに送金するための金をも使ってしまう。 帰ってみるとアパートは嫌がらせで荒らされてしまう。 自暴自棄になった彼のもとへ幸枝が戻ってくる。 かぐや姫の「赤ちょうちん」が流れる、この冒頭の5分くらいが全てを言い表しているような二人の生活の始まり。 とりあえず別のアパートへ・・・ 長門裕之の若い頃は桑田圭介に似てる。 その男がいきなり腹痛で倒れ、居座ることになってしまった。 幸枝だけは優しく接するが、修や友人たちはしびれをきらして彼に対して暴行を加える・・・がんである男が生命保険の受取を幸枝に変更すると言ってくれた直後の出来事だ。 それからも引っ越しを繰り返す2人。 子供ができたことで、ままごとみたいな若い2人の生活には辛いことばかり。 まだ世間の目が冷たかった時代。 最近よく見るヤンママとは見た目でも違うし、世の中がそうだったのか・・・ 乳母車が坂から転がるシーンはさすがにドキリとするが、他には義眼とか一家心中のあった部屋に引っ越したとか、そんなところだけか・・・結局は秋吉久美子のヌードだけの映画。

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