十二国記。 十二国記

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十二国記

私が読んだ印象は「学者肌」ということです。 彼女が謀反を直接促した言葉は見当たらない。 彼女が言ったのは「一緒に麒麟と会ったらどちらを選んだのかな」ということ。 もしそっくりな人物がふたりいたら?先着順?それともそっくりでも王となる人物は決まっているのか? それは「天意」というものが何か疑問に思い、真実を知りたい人間が素朴な疑問として抱き、「もし〇〇なら」という歴史学者にありがちなことをただ口にしただけにも思えます。 それを当事者に対して「先に会っていたら自分が選ばれたと思う?」と聞いて意見を聞きたかったか、それとも信頼できる同僚として軽口のつもりで言ってしまったのか。 これが陽子なら「どっちだろうね、試してみたいけど無理だよね」という会話が成立するけど、麒麟が選んだら王だという常識の中で生きている人にとっては、彼女が「麒麟の選定に疑問を抱いている、本当の王は彼じゃない」と言っているようにも聞こえる。 常識の異なる世界で育った人間の素朴な疑問、天意とは何かを知りたいという学者が疑問を口にしてもおかしくないけど、聞く人間によっては謀反を唆されたと考えてもおかしくないと思う。 使える妖魔がいる、王か麒麟を殺したら偽王の天下は数年だから殺さない方がいい、麒麟の力の源は角、というのも「事実」を淡々と述べているだけで、これも「もし謀反を起こすなら?」ということを言っただけとも考えられる。 実際、ここで「もし〇〇がクーデターを起こしたら?」という質問をするだけで必ず複数の人間が答えてくれるでしょう。 でも彼女の考えはあまりに的確で、「もし」ではなく実行可能なものばかり。 それをすべて教えてくれたことで「謀反を促した」と思い込まれてもおかしくない。 もしその仮定が事実なら自分の軽口が原因で阿選がよからぬ方向に行きつつあることに気付き、唯一泰麒に注意を促して「何かあったら使令が頼り」と言ったこともつじつまが合う。 でも結果的に間に合わず王は襲われ、泰麒も蓬莱に行ってしまった。 そして武官ではない彼女は謀反人の側に行くことはできても何もできないし、拘束されるどころが「共犯者」と見なされて仲間扱いされた。 それが意思に反することでもその立場を利用して王のためにいくらかできることがあります。 それは「王を殺すな」と「王が死んだら次の王が選ばれる」事実をもとに説得すること。 学者肌の彼女は政治ができないし、下手に政敵と対立して排除されたら阿選をとめる人間がいなくなるから宮中では大人しくする。 そして大事な冬官を守り、もしもの時に備えて信頼できる人材を育てておく。 民の苦労は黄海で育った可能性がある彼女が「それくらい頑張りなさい」と考えた可能性もありますね。 突き放したというよりもっと過酷な場所で育っているために。 そして偽王となった阿選に対しては「冷静に考えれば無理があるとわかっているのに、それでも実行した愚か者」と認識を改めて冷たい態度を取り続けた可能性があります。 謀反の前は「頼りにできる将軍」、謀反後は「どうしようもない愚か者。 こんなのと主人を対等に見ていた自分に腹が立つ」と評価が激下がり。 その評価をもとにふたりの性格の違い、方向性の違いを指摘して阿選に対して怒りをぶつけていた。 阿選にしては自分をたきつけた人間がこうも悪口を言うことが理解できなかっただろうけど、彼女がそういうつもりじゃなかったから平気で文句を言えた。 そして泰麒が戻ったことで育てていた少女を送り、疑う阿選たちに対して「事実」と「仮説」をもとに説得して暴走しないよう抑えていたんじゃないかな、と思いました。

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十二国記の登場人物

十二国記

18年もの間新刊が出ていなかった十二国記,ついに新刊である『白銀の墟 玄の月』が出た。 全4巻とかなり長いのだが,ようやく読み終わったので感想を書いていこう。 阿選という将軍がクーデーターを起こし,王である驍宗がは行方不明,泰麒も蓬莱に流されていったからだ。 十二国記の世界観だと,王がいないと国は荒れてしまうのである。 物語的には,蓬莱から帰ってきた泰麒を主人公としつつ,泰国の立て直しを図るという内容になっている。 それにしても,長い・・・。 全4巻というのはかなり苦しい。 僕が十二国記に出会ったのは高校生のころだったか。 1作目,『月の影 影の海』もまた上下巻だったのだけど,陰鬱な状態が続く上巻はひどく読むのに苦労をさせられたような記憶がある。 ただ,下巻で一気に面白くなるので新刊である『白銀の墟 玄の月』もそうなるのかなと期待はしたが,それでも4巻は長い。 時間がいくらでもある学生と違って,社会人になると自由に読書を楽しめる時間なんぞせいぜい1日1時間あるかないかだからね。 1冊に3日程度かけるとして,半月は余裕で必要だ。 で,内容なのだけど何故こんなに長いのかと言えば,ミステリーじみた仕掛けがされているからだと思う。 もともと,泰国の情勢についてはよく分かっていないところが多かった。 たとえば,第1にクーデターを行った阿選の動機は何なのか,第2に泰王の驍宗はどこに行ったのかという点。 さらにこの巻では,泰国の支配者になったはずの阿選が政治に感心を失ってしまっているようで,国政をないがしろにしていることが明かされるが。 第3の謎として,なぜクーデターまで起こした阿選が政治をないがしろにしているのか,なんていうのもあるだろう。 作中,登場人物たちは延々とこれら3つの疑問について,議論をしはじめたりする。 ああではないか,こうではないかと。 例えば,驍宗の行方について,もう死んでいるのではないか。 いや,名乗り出ると殺されるので,どこかに身を潜めているのではないか。 いやいや,重傷を負って動けないのではないか。 こんな話をかなりやっている。 自分用の備忘録的な意味もあって,次の次の段落ではっきりネタバレをしてしまうので,未読の方は次の段落で引き返した方がいいかも。 さて,色々な謎なのだけど,「もっと短くしてくれんかなぁ」というのはどうしてもある。 様々な謎はあるにせよ,普通に上下巻どころか1冊で終わりそうなところもないではない。 ただ,もったいぶって謎についてキャラクターが議論を繰り広げるシーンを読むことで,読者はより一層謎について考え込むことはできるだろう。 また,謎が明かされたときの快感は非常に大きくなると思う。 たとえば,第1作『月の影 影の海』なんかは上下巻なのだけど,上巻は読んでいて精神的につらい。 主人公は延々と苦しい目にあい続ける。 現代日本から十二国記の,謎の世界に飛ばされ,誰からも理解されず,信じた人には裏切られ続ける。 このドン底を見たからこそ,下巻で物語が収束していくところの快感は大きくなるのだ。 このあたりは,昨今はやりの「異世界転生もの」と対極にあると思う。 異世界転生ものだと,主人公はたいていチート能力というか,人並み外れた能力を持っていて,たいした努力をしなくても誰からも好かれ,誰からもチヤホヤされる。 だが,十二国記の世界はそうではない。 主人公たちはドン底まで落ちるし,簡単にはチヤホヤされることはないのだ。 しかし,繰り返しになるが,全4巻は長い。 正直言って,物語が大きく動き始める3巻から読んでもそんなもんだという思いもあるかな。 逆に言えば,陰惨で長い全4巻を出せるあたりが小野不由美の信頼と実績なのかもしれない。 そろそろネタバラしに入るけれど,第1に阿選がクーデターを起こしたのは,まとめづらいが驍宗に対する嫉妬とか羨望とか,そんな負の感情である。 そもそも,「阿選」というのは字であって本名は朴高。 一方で,驍宗も朴綜。 天は続けて同姓の者を王にはしないというから,阿選は驍宗の次に王になることがどうしてもできない。 そういうこともあって,クーデターをするのだ。 第2に驍宗の行方だけれど,落盤に巻き込まれて日の届かない穴の中にずっといた。 これも何度もミスリードがあり,驍宗っぽい,重傷を負った武人が村で匿われたりとか,色々あった。 第3の,クーデター後の阿選が国政をないがしろにしていたのは,いつ驍宗が帰ってくるかわからんとか,その手の事情によるのだ。 このように箇条書きにしてしまうと,一瞬で終わるのだが,前半で謎を広げ,3巻ころから明かされる。 ちなみに,十二国記は巻末に史書を引用したような記載で締めくくるのだが,全4巻の物語を数行で終わらせていて,なんか史書のあっさりした記述の裏には,色々あるものだという気持ちにさせられる。 その他,ミステリ仕掛け以外にも,見どころは色々ある。 泰麒は黒麒麟であり,慈悲深い性質の麒麟とはかけ離れているように描写されている。 策謀も巡らせたりもするし,暴力行為も可能である。 嘘だってバンバンとつくし,他人を陥れたりもする。 泰麒はさまざまな策を実行するのだけど,そのうちの大きなものとしては「ツノを切られ,麒麟としての力を失っているフリ」をやっていたところか。 結構,びっくりさせられるシーンではあった。 面白かったかどうか,と言われれば面白いのだろう。 ただ,長い。 時間のある学生向けだし,社会人的には年末年始にでも読むしかないよ。

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十二国記シリーズはなぜ人気なの?長年のファンがその魅力を熱く語ります

十二国記

わたしは、十二国記は初版の、それも発売されたばかりの頃に買いました。 山田章博さんのイラストにつられて、内容はまったくわからないままに上巻のみを買いました。 その頃は、上下巻の本がたくさん出ていたので、おもしろかったら下巻を買えばいいと思っていたのです。 そして10年の月日が流れ……つまり読む気がおきないままに10年。 作品はアニメ化されました。 これも、はじまってからしばらく見ましたがさっぱりおもしろく感じません。 見るのをやめようカナ、と思いはじめた頃にねずみの楽俊登場! これで急におもしろくなりました! それから原作を読み始めましたが、上巻は既にどこにあるのかわからない状態。 下巻から読み始めたという悲しいオマケがつきます。 とにかく、ある時から突然おもしろくなる作品だと思います。 私も評判にひかれて読みはじめましたが、下巻も後半になるまではおもしろくなかったですね。 上巻は延々と世界観が説明されて、しかも馴染みのない固有名詞の漢字が多くて読づらい。 「景麒」とか「海客」とか「失道」とか・・・いちいち「これはどんな人物だったっけ?」「これは地名か?」と前を見返したりしてました。 下巻でようやく少し固有名詞には慣れたものの、肝心の話自体が主人公がわけわからないまま追われて、暗くて、主人公自身も日和見で魅力的じゃなくて、というのは変わりません。 「読みはじめた本はとりあえず最後まで読む」という習慣がなかったら途中でやめていたと思います。 もちろん最後まで読んだらおもしろくて、当時出ていた『図南の翼』まで一気に買いに走ったんですけど。 私のおすすめはこの『図南の翼』と「風の万里 黎明の空』です。 『図南の翼』はキャラが鮮やか、『風の万里』は勧善懲悪タイプなのですっきり読めます。 私も、月の影~から読み始めましたが、特に上巻は暗くて重くて、かなり読むのしんどかったですね。 下巻に入って、道が開けてから、おもしろくなりました。 私の場合は、感情移入して読んでいたので、しんどかったというのもありますが。 「風の海 迷宮の岸」が、比較的読みやすいかな、と思いました。 陽子と同じく、胎果の状態で蓬莱に流されて戻ってきた麒麟(泰麒)が主人公の話です。 新潮社の「魔性の子」も、この泰麒が主人公の話です。 2さんの意見に一票です。 私も、アニメ版はダメでした。 一応、山田章博さんのキャラクターが使われていましたが、挿絵のキャラは、もっと丸みがあるのに、アニメはギスギスした感じになっていて…。 声のイメージも違っていたり、オリジナルキャラが出てきたりで、2,3話分ぐらいで見るのやめちゃいました。 4さんのように、しばらく我慢して観てたら、おもしろくなったかも?^ ^; 月の影影の海は確か一巻ですよね。 上下になっている……。 とっかかりとしてはあまり楽しくありません。 陽子の視点なので、読んでいる方も彼女と同じく未知の世界観のとまどうばかりだからです。 私も友人に勧められて手にとって、とにかくまったくわからず(木の実から人が生まれる??)ジョーユーが憑依するあたりは気持ち悪くて読めませんでした。 あとになって、彼の存在がきちんと意味を持ってきますし、読み返せばものすごく深いストーリーで、楽しくなります。 ただ、シリーズのとっかかりとしては厳しいものがありますね。 短編とはいえませんが、1冊ものの「図南の翼」や読みやすくてキャラが愛らしい「風の海 迷宮の岸」から入られるとずっとスムーズに楽しめると思います。 個人的には「風の海……」がお勧めかな。 戴麒はとてもかわいいから。 あとはレンタルに出ているNHK教育が作ったDVDでキャラをざっと知っておくというのもいい方法かもしれません。 原作にいないオリキャラもいるので、そのあたりが苦手なら無理にとはいいませんが。 読み返してはまるタイプのシリーズものだ、ということを念頭に置かれ、じわっとつきあってみて下さい。 はまります。 長くなりましたが回答よろしくお願いします A ベストアンサー 新刊がでないのは、仕方のない事なんでしょうね……。 小野さんは連載、というのが苦手な方のようで、全部書き上がってから発表、という形式をとっているようです。 (「図南の翼」という話は連載形式をとっていたようですが、後書で2度とやらないと書いていたような) なので基本は全て文庫書き下ろしです。 アニメ化に関してですが、アニメ化の話はだいぶ以前からあったようです。 なかなか実現しませんでしたが。 制作陣の中にファンがいて、アニメ化を主張していた、という感じかなと思います。 NHK製作ですし、民放の六時頃からやっているアニメのように人気があるからアニメ化、というのとは若干流れが違うような気がします。 もちろん人気がある事は大切な要素でしょうけれど。 アニメの続きは、どうなんでしょうね。 原作がまだ途中という事もあって、中途半端な終わり方なのが寂しいです。 個人的には続きを作ってほしいなとは思います。 ただやはり原作がでなければどうしようもないので、もう作られないのかな……という気もします。 アニメは海客メインだったので、海客の関係しない他の話も作ってほしかったです。 新刊がでないのは、仕方のない事なんでしょうね……。 小野さんは連載、というのが苦手な方のようで、全部書き上がってから発表、という形式をとっているようです。 (「図南の翼」という話は連載形式をとっていたようですが、後書で2度とやらないと書いていたような) なので基本は全て文庫書き下ろしです。 アニメ化に関してですが、アニメ化の話はだいぶ以前からあったようです。 なかなか実現しませんでしたが。 制作陣の中にファンがいて、アニメ化を主張していた、という感じかなと思います。 NHK... A ベストアンサー 十二国記がよかったのであれば、以下のような作品はいかがですか?中華風で、しっかりした世界を構成している作品が中心です。 田中芳樹さんの「風よ、万里を翔けよ」はいかがですか?中国の隋の末期に活躍したとされる、伝説の人物「花木蘭」の物語です。 彼女が老いた父に代わって男装して従軍するところから話が始まります。 酒見賢一さんの「後宮小説」も面白かったです。 三食昼寝付きと聞いて、後宮に入ろうと思った少女「銀河」が主人公です。 雪乃紗衣さんの「彩雲国物語」も、中華風の世界観を持つ世界を舞台に、魅力的なキャラクター達が活躍します。 紗々亜璃須さんの「水仙の清姫」から始まる一連のシリーズも、とても面白かったです。 登場人物は様々ですが、どの作品の主人公も生き生きと活躍しています。 井上祐美子さんの「五王戦国志」は、少し暗めですが、架空戦記としてとても良くできています。 イラストもとても綺麗ですし、ぜひ読んで欲しいと思う作品です。 この方の作品も、当たりはずれがあまりないので、お薦めです。 中華風以外ですと・・・ 津守時生さんの作品も一押しです。 「喪神の碑」「カラワンギ・サーガラ」が、特にお薦めです。 「喪神の碑」は、故郷を失った王子が、新たなふるさとを再建していくお話ですが、主人公(王子ではないです)の新米乗組員の成長物語としても、とても面白いです。 「カラワンギ・サーガラ」は、少女が、未開の熱帯雨林惑星で、バカンスを過ごすところから話がスタートします。 この惑星には、様々な秘密が隠されていて・・・ 荻原規子さんの「勾玉」シリーズも、良いと思います。 子供向けのシリーズとして出ていますが、大人が読んでもとても面白かったです。 シリーズの順序は、「白鳥異伝」「空色勾玉」「薄紅天女」です。 神から授けられた、勾玉を巡る壮大なシリーズです。 日本神話がベースです。 金蓮花さんの作品も好みにあうかもしれません。 最近の作品ですと、「砂漠の花」「銀朱の花」がお薦めですし、少し古めの作品でもよければ「水の都の物語」が一押しです。 いろいろと書き出しましたが、お気に入りの作品が見つかれば、嬉しいです。 これで失礼します。 十二国記がよかったのであれば、以下のような作品はいかがですか?中華風で、しっかりした世界を構成している作品が中心です。 田中芳樹さんの「風よ、万里を翔けよ」はいかがですか?中国の隋の末期に活躍したとされる、伝説の人物「花木蘭」の物語です。 彼女が老いた父に代わって男装して従軍するところから話が始まります。 酒見賢一さんの「後宮小説」も面白かったです。 三食昼寝付きと聞いて、後宮に入ろうと思った少女「銀河」が主人公です。 雪乃紗衣さんの「彩雲国物語」も、中華風の世... Q 『十二国記』は、アニメ版のみチラリと観たことしかありません。 その印象だけで言うと、「絵が妙にNHK的 優等生的 で、無難にやってるな」という感じが否めませんでした。 原作小説は、遠からず読むつもりでいます 今年の読書予定にラインナップしています。 そこで、原作ファンの方にお聞きしたいのですが、皆さんの目から見て、アニメ『十二国記』のできはどうでしょうか? そして、以下の私の傾向を見て、アニメは私にとって観るに足る出来と考えられるでしょうか? あるいは、アニメが先で原作が後なら気にならないかも、という意見もありますね 私自身は、もうとにかくやたらめったら多くのアニメ作品を観てきましたので、なるべく良い点を探そうとして観るタイプだと思います。 特に脚本や作画 絵の綺麗さだけではなくて、動きにどれだけ気を配っているか を重要視しますが、仮にそれらにキズがあっても、何か「これは!」という部分があれば、好きになれる方です。 小説原作のアニメ作品についても、アニメとして見るべきところがあれば評価する、原作の変更に関しては、「根幹となる部分」さえはずしていなければ良し、という立場です もちろん、作画的に受け付けないものもありますが。 いろいろなご意見をお待ちしています。 『十二国記』は、アニメ版のみチラリと観たことしかありません。 その印象だけで言うと、「絵が妙にNHK的 優等生的 で、無難にやってるな」という感じが否めませんでした。 原作小説は、遠からず読むつもりでいます 今年の読書予定にラインナップしています。 そこで、原作ファンの方にお聞きしたいのですが、皆さんの目から見て、アニメ『十二国記』のできはどうでしょうか? そして、以下の私の傾向を見て、アニメは私にとって観るに足る出来と考えられるでしょうか? あるいは、アニメが先で原作が後... A ベストアンサー もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。 話す時はどちらでもいいですよ。 ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。 「すいません」はちょっとくだけた感じかな。 でも、これはあくまで私個人の語感。 人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。 書くときはもちろん「すみません」にしましょう。 これも、話す時にはどちらでもいいです。 「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。 A ベストアンサー 「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。 普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。 パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。 残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。 当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。 従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。 ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。 それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。 例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。 これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。 風に抵抗できない。 いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。 しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。 しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。 少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。 人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。 自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。 そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。 ……このような意味の比喩ではなかったかと思います。 この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。 パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。 彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。 パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。 暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。 弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。 パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。 「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。 普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。 パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し... A ベストアンサー 回答は出揃っているので、ひとつだけ、追加を言わせてください~い。 陽子が、冗祐の事をものすごく気持悪がって嫌がったので、ケイキは、冗祐に「ないものとして、ふるまえ」という感じの命令をしました。 なので、冗祐は、本当は姿を表したり喋ったりもできますが、(許しが出るまで) いないものとして振る舞っていますが、陽子は、冗祐が戦っているのを知ってます。 冗祐が村人を傷つけようとする時に「やめて!」と懇願した場面を覚えてませんか? それから、陽子が目を閉じると、冗祐は、動けません。 >あの剣はどんな力が隠されているのでしょう? 今どこまでみられているかわからないので、どこまでネタバレしていいのか悩みますが・・・・ 一応「王の剣」として特別の力があります。 水禺刀は、慶王にしか使えません。 んで、たしか、王の望むものをみせてくれる力があったと思います。 陽子が、悪夢のようなのをみているのにもワケがあります。 十二国記の公式ページにいくと各話のあらすじが書いてありますよ~。 A ベストアンサー とりあえずウィキをどうぞ。 原作中心の解説ですが、わかりやすいと思います。 アニメでは設定や登場人物に違いがあります。 その事についてもウィキでは触れられていますので多少はわかると思います。 wikipedia. 途中で見るのを止めようと思った事もありました。 しかし、楽俊というキャラが出てきてから面白くなってきました。 それ以後も色々と魅力的なキャラが出てきてストーリーを面白くしています。 だから今でも録画したのをよく見てますし、原作の小説も何度も読み返してます。 ただ、アニメの最初の方の話や、その部分の原作である「月の影 影の海」はあまり見たり読んだりしませんけど。 しかし、十二国記は非常に面白いです。 Q 遅刻が本当にどおしても治りません。 社会人です。 こういった質問は沢山あると思うのですが、いろいろ試しても治らないので、直接叱咤やアドバイスを頂きたく質問します。 質問内容のとおり、遅刻が治りません。 寝坊とルーズ 起きているのに時間に出れない 両方です。 大体は目が覚めるのに、まだいいやという2度、あとは目覚めた時に既に遅刻の時間だと諦めてさらに遅れてしまったり、etc… 色々と言われている朝おきる方法は沢山試しました。 水を飲むとか日光をあびるとか、目覚ましをはなすとか、体操するとか、頑張ってる人を思い浮かべて自分も頑張らなくちゃ!と奮いたたせるとか、1カ月遅刻なしだったら自分にご褒美とか、朝散歩するとか…だいたい続いても1週間です… 電車などの時間は調べて、この時間にでなくてはいけないとわかっていて、その数時間前に目覚ましをセットしても、自分を追い詰めるためにギリギリにセットしても結果は同じです。 遅刻すると自己嫌悪になるのですが、2度寝のときは、遅刻してもいーやという気持ちが働いてしまいます。 どうせ遅れても時間通りに終わる仕事だしとか、つまらない仕事しかないしとか 実際にはやり甲斐を感じる時もあるのですが 、派遣だから時給だしいいやとか、半休にしちゃえとか、考えてしまいます。 起きたあとは、それではいけないとか、信頼を無くしているとか、首になるかもしれないとか、迷惑をかけていて申し訳ないとか、社会人失格だとか、きちんとわかる 理屈ではわかっているつもり ですが、治りません。 会社以外での待ち合わせでも遅刻しますし、別の会社にいた時やバイトの時も昔から遅刻が多かったです。 大学の授業とかもそうでした。 タイムカードだった時の場合はギリギリ2分前とか3分遅刻とかでした。 今は内勤でタイムカードがないのですが、過去最高に遅刻が増えたり時間がおそくなったりしていて、どうにかしたいのですが…上司から注意されても治りません。 一人暮らしをはじめてから日に日に酷くなっています。 遅刻すると凄く申し訳ない気持ちになって、治そうとしても治らず、結局その申し訳なさから自分から仕事を退職したこともありました。 それでも治らず、フレックスタイムなどの会社に転職したほうがいいのかな、など考えますが、逃げじゃないかとか、それでもフレックスに遅刻していくようになっておなじかもしれないとか、考えてしまいます。 甘えと言われればその通りかもしれませんが、今までどんなに自分の気持ちで頑張っても治らないので、甘えを治す方法があるのなら知りたいです。 薬やお医者さんに通うことでなおるならそれも試したいです。 ホントにクビになったらわかるのでしょうか…でも今は何もいわないか、いいよといってくれる人しかいません。 あまりひどいと優しく注意してくれます。 凄く有り難いし期待に答えたいとも思うのですが… 因みに今は、駅まではゆっくり歩いて徒歩20~30分、会社まではそこから約1時間です。 8時45分開始17時半おわり。 副業で週2~3回夜に知人の仕事で働いていて帰宅は午前2時半ですが、自分がやり甲斐を感じたり、人脈でもらっている仕事なので、副業はあまり辞めたくありません。 仕事にやり甲斐がないと、といわれるとそれはそうかも知れませんが、全くやり甲斐が0な訳でもないし、仮に転職しても全てにおいてワクワクしてやり甲斐のある仕事にはそうそうであえないというのもわかってますし、やり甲斐があるから遅刻しないかというと自信もありません。 それでも今本業の仕事 デザイナー に少ししか関われない職場なので それがやり甲斐がないと感じる原因のひとつなのかもしれませんが 、いずれは転職…としてもそれでもこの状況では転職できません。 自分的には色々ためして、もう私は遅刻はなおらないのかも…と諦め半分、甘えがありすぎる!けどどうしたら治るのかわからないという混乱半分のような感じです。 長くなってしまい申し訳ないです。 ご意見やアドバイスを頂けるとうれしいです。 わからない点ありましたらご質問ください。 遅刻が本当にどおしても治りません。 社会人です。 こういった質問は沢山あると思うのですが、いろいろ試しても治らないので、直接叱咤やアドバイスを頂きたく質問します。 質問内容のとおり、遅刻が治りません。 寝坊とルーズ 起きているのに時間に出れない 両方です。 大体は目が覚めるのに、まだいいやという2度、あとは目覚めた時に既に遅刻の時間だと諦めてさらに遅れてしまったり、etc… 色々と言われている朝おきる方法は沢山試しました。 水を飲むとか日光をあびるとか、目覚ましをはなすとか、...

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