ラスト レター 映画 館。 ラストレターの上映スケジュール・映画情報|映画の時間

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ラスト レター 映画 館

Introduction イントロダクション 『Love Letter』『スワロウテイル』『四月物語』『花とアリス』と数々の名作を世に送り出してきた映画監督・岩井俊二。 20年以上ものキャリアの中で、巧みにその時代を切り取りながら様々な愛の形を表現し、いずれも熱狂的なファンを生み出してきた岩井が、初めて出身地である宮城を舞台に、手紙の行き違いをきっかけに始まったふたつの世代の男女の恋愛と、それぞれの心の再生と成長を描く『ラストレター』。 名匠・岩井俊二のもとに、松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、神木隆之介、福山雅治ら超豪華キャストが一堂に集結。 中山美穂、豊川悦司も参加し、名作『Love Letter』を感じさせる世界観でありながら、全く新しいエンタテインメントを作り出した。 Story ストーリー 裕里(松たか子)の姉の未咲が、亡くなった。 裕里は葬儀の場で、未咲の面影を残す娘の鮎美(広瀬すず)から、未咲宛ての同窓会の案内と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を告げられる。 未咲の死を知らせるために行った同窓会で、学校のヒロインだった姉と勘違いされてしまう裕里。 そしてその場で、初恋の相手・鏡史郎(福山雅治)と再会することに。 勘違いから始まった、裕里と鏡史郎の不思議な文通。 裕里は、未咲のふりをして、手紙を書き続ける。 その内のひとつの手紙が鮎美に届いてしまったことで、鮎美は鏡史郎(回想・神木隆之介)と未咲(回想・広瀬すず)、そして裕里(回想・森七菜)の学生時代の淡い初恋の思い出を辿りだす。 このお仕事をしていて、新しい方と出会うことも面白いことではありますが、 一度ご一緒した方に声をかけてもらえると 「あっ、嫌われてはいなかったのかな」とも思ったりします 笑。 だいぶ大人になって岩井さんとまたお仕事できる楽しみが 今回の役にはあるのかなと思っています。 この作品には切ない気持ちみたいなものが溢れていますが、 決して岩井さんがそれだけを思っているのではないのかも、とも思います。 緊張したまま終わるのかなって思いますが、 それでもいいかなって思っています(笑)。 Comment いつかまた豊川さんとの共演はもちろんのこと、 岩井監督作品に出演できたらいいなと思っていたので、 今回声をかけていただき、とても嬉しかったです。 岩井監督は、普段とてもほんわかした感じの方ですが、 現場に入るとスイッチが入り、少年のようにまっすぐで、 独特の世界観があり、現場にいると異次元にいるような感覚になります。 ですので、撮影現場はとても楽しいです。 岩井監督とは、特に事前に役柄について話をしたりすることはないのですが、 現場でのやりとりの中で役を作り上げていく感じです。 豊川さんとは、今回共演シーンは少ないのですが、 それでも今までの二人の歴史があるので、 短い共演シーンの中でも積み重ねてきた何かが スクリーンには映っているのではないかと思います。 Comment 岩井監督の作品に初めて参加させて頂くことになりました。 過去作品も拝見しており、 人間味溢れる暖かい作品が多い印象なので、 今回演じる乙坂鏡史郎として、 岩井監督が撮られる世界観の中で精一杯生きたいと思います。 そして、僕にとって憧れでもある福山雅治さん。 今回は福山さんの学生時代を演じさせて頂くので、 嬉しさとプレッシャーでいっぱいですが、 先輩の胸をお借りするつもりで丁寧に演じたいと思います。 広瀬すずさんは、以前ドラマでご一緒させて頂きましたが、 また共演することが出来て嬉しいです。 素敵な共演者の皆さんに囲まれて芝居が出来る喜びを噛みしめながら、 日々撮影に励みたいと思います。 1963年1月24日、宮城県仙台市生まれ。 88年、桑田佳祐「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」PVをディレクション、プロとしてスタート。 91年、深夜ドラマ「見知らぬ我が子」でドラマ初演出。 93年、「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」がテレビ作品にもかかわらず日本映画監督協会新人賞に輝く。 94年、中篇『undo』で映画監督デビュー。 95年、初長編『Love Letter』は社会現象と化し、異例のロングランヒット。 96年、念願&渾身の大作『スワロウテイル』完成、公開。 以降、ショートムービー、ドキュメンタリー、アメリカ映画、アニメーションと、縦横無尽にエリアを広げ、いずれの作品でも唯一無二の「岩井美学」(1990年代、深夜ドラマで一大ブームを巻き起こした際、フジテレビが提唱したキャッチコピー)を証明している。 Comment かつて「Love Letter」という映画を作りましたが、 当時は手紙のやりとりのあった時代でした。 あれから通信手段は激変し、 SNSでやり取りできてしまうこの時代にあって、 手紙を使った物語は現代においては不可能だと思っていましたが、 ある日それを可能にするアイディアを思いついてしまったところから この物語の構想がスタートしました。 ある夏休みの間に起きた世代を超えた手紙物語です。 今回初めてロケーションを故郷宮城に設定しました。 劇映画としては初の試みです。 今回は川村元気プロデューサーとのお仕事ということで このユニットのコラボを楽しもうと思っています。 ご一緒するのが初めての俳優さんもいるし 以前お仕事をしたことのある俳優さんもいます。 プロの俳優さんもいればそうでない方もいます。 そこからどういう化学反応が起きるか今から楽しみです。 Opening1 Mask• Opening2 Mask• Reply Reunion• Send And Return1• Letters• Send And Return2• Recollection• Mask• Library• Original Frog Song• Ato• Girl Cousin1• Old Classroom• Recollection Slow• Girl Cousin2• Reply End• カエルノウタ movie ver. 大げさじゃなく〝岩井俊二前、岩井俊二後〟というのはあると思います」そう語るのは本作の企画・プロデュースの川村元気プロデューサー(以下、川村P)。 もともと監督の(実写版)『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の大ファンだった川村Pは、共に岩井ファンであり友人でもあるRADWIMPSの野田洋次郎が岩井監督と共通の知人だったことから、その交流は10年以上前に遡る。 野田以外にも新海誠監督、大根仁監督など岩井ファンを公言するクリエイターとの仕事も多く、「岩井俊二ファンが近い年代で横並びで映画を作っていた感覚」の中、ついにアニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』で初タッグを組むことに。 『打ち上げ花火~』の製作段階から、本作『ラストレター』の企画を監督と共に詰めていた川村Pの中で、「岩井監督のベスト盤的な作品にしよう」という思いが強まっていった。 「ある種の〝岩井オマージュ〟というか、これまでの岩井作品のモチーフがたくさん詰まった作品ですね。 僕自身、岩井俊二という監督がどうやって映画を作っているのかということにすごく興味があった。 それを知るには一緒に1本映画を作らせてもらうのが一番早いと思ったんです」 三角形の文通という発明 本作のタイトルを聞いてあの名作『Love Letter』(95)を想起する人も多いだろう。 当初から『Love Letter』のアンサームービー的な要素は意識しつつ、「最初にあがってきた脚本は今とは全く違うものだった」と川村P。 「簡潔に言えばもっと重たいお話でした。 僕はとても好きでしたけどね(笑)。 それとこれは岩井作品の特徴とも言えますが、前半と後半で全く違う物語でもあった。 ご本人もおっしゃっていましたが、プリンだと思っていたらイクラだったくらいの違い(笑)。 でも今回はあえてプリンならプリンで統一しましょうと。 監督との共通認識として、今回はエンタテインメントを作ろうというものがあったので」 そこで監督は物語そのものをガラッと改変。 「『Love Letter』や『スワロウテイル』(96)に繋がるような岩井監督らしい、けれど非常に王道なエンタテインメントになっているなと感じさせる脚本でした。 全体としては非常にユニークな設計で、かつアイディアの発明がある」その〝アイディアの発明〟こそが、物語のキモでもある三角形の文通だ。 互いが間違った相手に手紙を送り続けているにも関わらず、文通が奇妙に成立してしまう面白さ。 SNS全盛の現代において手紙をキーアイテムにしたのも興味深い。 「そもそものきっかけは昔に残された1通の手紙。 過去の記憶と手紙という古いメディアが、同時に現代に立ち上がってくる構造も秀逸だと思います」(川村P) 豪華キャスティングが実現 撮影のギリギリまで続いた脚本作業と並行し、2016年末から本格的なキャスティングを開始。 主演の松たか子は『四月物語』(98)以来、久々の岩井組。 〝岩井作品のベスト盤〟には絶対欠かせない女優として、真っ先に名前が挙がる。 その実力は誰もが認めるところだが「シリアスはもちろん、コミカルなお芝居にも長けている女優さんであることも今回はとても大事でした」と水野昌プロデューサー(以下、水野P)は語る。 「裕里という役はシリアスに寄り過ぎると危険なキャラクター。 鏡史郎のことを何十年もジメジメ想い続けていたとなると少し怖いですし、夫の宗二郎に携帯を壊されたりするシーンも明るく演じてもらわないと〝え?この夫婦大丈夫?〟と思われかねないので」 一方で岩井組に初参戦となるキャスト陣にも積極的にオファー。 声優として『打ち上げ花火~』に出演していた広瀬すず、新海誠監督の『君の名は。 』で声優を務めた神木隆之介、そしてキャスティング当時はほぼ無名だった森七菜は後に同じく新海監督の『天気の子』で一躍その名を知られることになるが、本作では大抜擢に他ならない。 「広瀬さん、神木さんは共に監督から一度仕事をしてみたいという意向がありました。 森さんに関しては140人ほどのオーディションから選びましたが、書類やビデオの段階から監督が〝断トツで彼女がいい〟とおっしゃっていましたね。 実際会ってみると、満場一致で決まりました」(川村P) 監督としても活躍する庵野秀明は、自身の監督作『式日』(00)で岩井を主演俳優として起用した過去があるのは周知の事実。 「庵野さんのキャスティングは岩井監督でないと思いつかないし、実現もしなかったでしょう。 松さんと庵野さんのシーンは完全にコメディですし、改めて岩井監督は〝センスオブユーモア〟の人なんだなと思います」(川村P)ちなみに宗二郎は当初医者の設定だったが、庵野の出演が決まってから岩井監督自ら漫画家に変更したのだとか。 小室等、水越けいこという大ベテランミュージシャンを俳優として起用したのも、もちろん監督のアイディア。 演技初挑戦となった水越に、庵野が親身なアドバイスをしていたという微笑ましいエピソードも。 意外にも難航したのが、現在の鏡史郎役。 「誰にお願いしようかと悩んでいる時に、監督がふっと福山雅治さんのお名前を挙げたんです。 お仕事をしたことはなかったのですが以前から面識はあったようで、そのイメージがあったのかもしれません。 ただ鏡史郎というかつては輝いていたけど、今はくすぶっているというキャラクターを演じるにあたって、今までの福山さんのイメージとは違う一面を見たいと思ってのキャスティングでしたが、監督のイメージ通り今までに見たことのない新しい福山さんを見ることができました。 」(水野P)そして『Love Letter』ファンは衝撃を受けること必至の中山美穂、豊川悦司という2人がまさかの役どころで出演。 「監督も〝出演してくれるか分からない〟と半ばあきらめモードだったんですが、快諾していただけて本当にありがたかったです」(田井えみラインプロデューサー、以下田井LP)。 スタッフも岩井組オールスターズといったメンバーが集結。 撮影監督は『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)の神戸千木。 かつて岩井監督と『Love Letter』をはじめ数多くの作品でタッグを組んできた名カメラマン=篠田昇に師事していた撮影カメラマンでもある。 他にも『四月物語』で美術を担当していた都築雄二、監督の盟友というべき存在=小林武史が今回も音楽を担当。 「そういう意味では岩井俊二監督にまつわる人たちが、複雑に絡み合ってできた映画。 〝岩井俊二遊び〟みたいなものを積極的に取り入れたし、〝岩井俊二のお祭り〟をやっている感覚でした」(川村P) 監督初の仙台ロケで起きた必然としての偶然 撮影はほぼ、仙台オールロケ。 監督にとって故郷であるこの地での撮影は初となる。 「これまで仙台で撮影することはずっと避けていたそうですが、今回は監督の自伝的な要素が少なからず入っている物語なので、故郷で撮るのは必然だったのではないでしょうか」(川村P) 監督が仙台ロケを避けていた理由は、そのロケーションにもあった。 比較的平らでなだらかな道が多い仙台は、「画になりにくい」と当初は渋っていたそうだが……。 「いざ探してみるといい場所がたくさんあったとおっしゃっていました。 監督のマジックは間違いなくロケーション選定にもあると思う。 最終的には監督自ら仙台にレンタカーで何度も通い、自分の足でロケ地を見て回って決めていると聞いて、究極のDIYの方なんだなと思いました」(川村P)「ロケハンをする時は〝車に自転車を積んでおいてくれ〟といつも言われます」と田井LPも語る。 「いい場所が見つかるとその場で自転車を下ろして、1人でロケハンしに行くんです。 それ以前に岩井組にはグーグルロケハンというものがありまして。 グーグルマップから素敵なおうちや使えそうな道を探し、スタッフが1軒1軒歩いて撮影交渉にあたるのが恒例です」遠野家の立派な縁側のある日本家屋、裕里と鏡史郎の再会の場となる正三の趣のある家(仙台では少ない急こう配の坂の上にあることも決め手となった)、裕里が家族で暮らすデザインフルな豪邸など、「本当にいい物件に当たる率が高い」と水野P。 また岩井監督といえば、もはや伝説的な〝天気運〟の持ち主。 かつて『Love Letter』の撮影時に、〝10月の北海道に大雪を降らせた〟エピソードは有名だが、本作の撮影は2018年の夏でちょうど台風シーズン。 「天気さえも味方にする」(水野P)岩井組は、一度も雨降らしをすることなく奇跡的な偶然によって生まれた瞬間を収めていた。 鮎美と颯香が未咲の葬式後2人で並んで傘をさしている姿、東京に戻る鏡史郎を2人が見送る時も同じく傘をさしている。 いずれもタイミングよく降って来た〝リアルな〟雨がもたらしたものだが、「ラブレターのいくつもの誤配や錯綜が、人生を作っていく。 その美しさを教えてくれるのは、傘をさした二人の少女だ。 (以下略)」と新海誠監督もコメントしているほど、印象深いシーンとなっている。 また鮎美が水遊びをする美しい滝も、「台風一過のおかげでいつも以上に水が澄んできれいでした」(水野P)という幸運だけでなく、「滝のシーンのドローン映像は、死んだ母=未咲の目線という解釈もできる」と川村P。 「つまり最初から鮎美は母に見守られていたという風に見えなくもない。 でもそれも偶然なんです。 脚本に書かれていないことをドキュメンタリー風に取り入れた時に、映画が最強になると監督は思っていらっしゃるんじゃないかな。 偶然を味方につけて初めて映画が豊かに面白くなるし、監督は偶然を必然に変えるテクニックもお持ちだと感じました」 監督の呼吸、リズムが現場を動かす 「岩井監督は現場を混沌とさせる。 これはいい意味でですが、狐につままれるような映画を作る人だと僕は思っています」(川村P)実際に現場では独特の岩井ワードが飛び交うことも。 「扇風機の風の回転が変わっちゃった。 これはらほんの一部だが、「絶えず定石にならないように、不思議な時間や空間を作ろうとしている人だと思うし、それが監督の作家性である気もします。 例えば〝扇風機の風を柔らかく〟という表現ひとつにしても、単に風を強める弱めるじゃなく、光の具合なのかカーテンの揺れ方なのかカメラのシャッター速度なのか、いろんな可能性が考えられる。 スタッフがそれを聞いてどうするか考えるというのが、正しい映画作りでもありますよね」突如、現場で監督自らがセッティングしてある小物や装飾物の位置を大胆に置き換えることも。 「あれは画を整えているというより、その場の空気やリズムを変えているんじゃないかと思います」 その一方で、役者への演出を事細かにつけることはしない。 「今回は演技初挑戦の方もいらっしゃいましたが、ほぼ(芝居を)つけることはなかった。 俳優さんのそのままの姿が一番面白いと思っていらっしゃるし、そこもやはりドキュメンタリーなんだと思います。 直前にセリフが変わったり、増えたりということも普通にありましたね」(臼井真之介プロデューサー、以下臼井P) 「ドキュメンタリー的なフィクションを作る。 そういう世界がまるでそこにあるように見せるのが岩井作品の面白さ。 俳優さんに何かを強制するよりは、その方の持っている人間としての良さを撮るためには何をすればいいかを考えてらっしゃるんじゃないでしょうか。 僕はずっと言っているんですが、監督の作家性そのものが〝呼吸〟の気持ちよさ、気持ち悪さで成り立っていると思う。 現場で吸って吐いている監督の空気のリズムが、俳優やスタッフと合っていなければわざとかき乱しにいく。 その呼吸を分かり得るスタッフがいて、そこにはまる俳優がいるということだと思います」 息が詰まるような一連の長回しが多用されるのも、確かにドキュメンタリー的だ。 現在の裕里が鏡史郎に姉の死を告げるまでの一連は、撮影時12分を超える長尺。 松は初恋の人の突然の来訪に対する驚きと喜びを表すコミカルな芝居から始まり、大粒の涙を流す独白の泣き芝居までを圧巻の演技力で見せつけた。 その間本番中であってもカメラや照明に常に指示を出し続ける監督は、セリフが終わってもなかなかカットをかけない。 それは他のシーンでも同じくで、高校時代の未咲が鏡史郎の前でスピーチの練習をするシーンでも、延々とカットはかからず。 だが動じることなく自然な笑顔で芝居を続ける広瀬と神木の後方に、撮影部が足音を忍ばせて回り込むというアクティブなカメラワークも見られた。 「才能ある監督さんって徹底的に構築したうえでそれをあえて壊し、そこから偶然を拾い上げて、さらにそれを強度のあるものに構築し直すということをやっている気がします。 それをものすごい精度でやっているのが岩井監督。 岩井作品の何かとりつかれてしまうような魅力はそこにあると思うし、影響を受けた監督は大勢いると思います」(川村P) 〝音〟への強いこだわり ポストプロダクションは約10か月。 「CGもほぼない作品にしては、かなり長いポスプロだと思います。 その中で一番時間がかったのが〝音〟。 監督は効果音からすべてご自身のスタジオで作られるので、改めてDIYを極めてらっしゃる方だなと思いました」(臼井P)「音に関しては、基本的に(撮影時と)同じ環境に行って録るのが監督のこだわりなんです。 それが何より本物の音なので」と水野P、田井LPも語る。 「夏のシーンでは蝉の声を後からかなり足しているのですが、監督は〝昼に鳴く蝉と夜に鳴く蝉は違う〟とか、〝この地域にこの種類の蝉はいない〟とかをすべて把握している(笑)。 なので世界中の蝉の鳴き声を録ってネットにアップされている〝蝉博士〟みたいな方と連絡を取って、その方から蝉の音源をいただいたりもしています」また滝で鮎美達が遊ぶ〝水音〟も「深さが足りない」という監督の一言と共に、スタッフの元にビニールプールが郵送されてきたとか。 「そのプールに水をため皆で編集された映像を見ながら、広瀬さんの足が水に浸かった時の〝パシャパシャ〟っていう音を再現したり……」 こうしてついに完成した本作を「やっぱり岩井俊二監督はすごいということを、改めて確認できる映画には間違いなくなっている」と川村P。 「それがある種のエンタテインメントとして成立してしまっているのが不思議で、奇跡的な映画だとも思います。 非常に古典的なお話ですが、岩井監督の才能はいつも新しいし、誰よりも前にいる。 不在のヒロインが「自殺」していること。 そして、その要因でもあった豊川悦司扮する男の登場と、彼の語ることばの奇妙な、だが、確かな説得力。 暗部と呼ぶより他はないこの「引力」は、ぬぐえない魔として依然そこに存在しているにもかかわらず、映画の最後のカットで広瀬が浴びる風には、練りに練られた優しさがある。 雰囲気で流れている風ではない。 あの風は、この作品と2時間、親密なひとときを過ごしたわたしたちを、間違いなく救済している。 この映画特有の、一言では形容不可能な「誘い」のウェーブフォームは、岩井俊二だけのものだ。 あらゆるファクターが渾然一体となって「呼びこんでくる」。 これは一種のフォースかもしれない。 岩井俊二の作品は 「森」のようなものだ。 そこにはブリリアントなものと、ダークなものが共棲している。 たとえば木漏れ日の眩しさが降り注ぐ一方、深遠な夜露が敷きつめられてもいる。 フィルモグラフィを参照していただきたい。 前作『リップヴァンウィンクルの花嫁』までは、綺麗にハーフ&ハーフ。 ブリリアントが7本。 ダークが7本。 そしてドキュメンタリーが2本である。 (フィルモグラフィは、あくまでも劇場で公開された作品だけに限っている。 『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は1993年のテレビ作品だが、95年に劇場公開され、『FRIED DRAGON FISH』もやはり93年テレビ作品だが、96年に映画として公開されている。 岩井には深夜ドラマで華々しい経歴があり、それらは劇場公開しても遜色のないクオリティである。 また、岩井作品には複数のヴァージョンが存在し、それはテレビやネットなどメディアの違いに対応した「別作品」でもある。 また、ショートムービーの発展形としての劇場版などもあることから、枝分かれ=細胞分裂も、岩井俊二という「森」の重要な点だ。 それも漠然とした「闇」ではなく、現実に即したリアルに基づく人間の「闇」である。 そのピークが、中学校を舞台に「いじめる側」と「いじめられる側」の内面を、画期的な手法で描き出した『リリイ・シュシュのすべて』だった。 ここでは、「夏休み」を境に(「境界線」も岩井作品に頻出するモチーフである)人間が一変するキャラクターが登場するが、『ラストレター』が「夏休み」の物語でもあることは象徴的なことかもしれない。 岩井の代表作のひとつとなるであろう『打ち上げ花火』(巨匠、大島渚は「日本映画の100年」というドキュメンタリーを監督した際、この作品を選出し、自らのナレーションで解説している。 『打ち上げ花火』はテレビ作品だが、100年の歴史を象徴する「映画」の1本と断じたのである)は、タイトル通り「夏休み」の物語。 「夏休み」とは、短いわけではないが、決して永遠ではない、あらかじめ「終わり」が定められている期間のことである。 だからこそ、そこではもう二度と起きない出来事が起きるし、少女や少年にとっては、後に「振り返ることしかできない」轍が形成されることになる。 岩井は、この「とき」のつかまえ方が絶妙であり、なぜ人は「夏休み」を記憶するのか、また想い出として再生するのか、その原理的本能を、おそらく熟知している。 『ラストレター』のベースにあるのは、この「夏休み」感覚だ。 日本の夏の中心にはお盆がある。 お盆とは「死者」の帰還のための儀式だが、葬儀から幕を開けるこの映画には「とむらい」の情感が、「死者」を悼む季節と相まって、わたしたちの深層を狙い撃ちする。 「死者」が召喚する記憶の物語。 たとえば、そんなふうに『ラストレター』を捉えることも可能だ。 その意味において、岩井にとって処女長編映画にあたる『Love Letter』も召喚されることになる。 ここでも「手紙」の往来が物語を躍動させていたが、『ラストレター』においては、かつて描かれた「届くはずのない相手への手紙」と「文通」というモチーフが、さらに大胆な構想と構造によって、いわば活劇化されていく。 「死者」である姉のふりをする松たか子の振る舞いは、ひょっとすると「普通ではない」かもしれないが、初恋相手に再会したいという「出来心」であり、観る側も共振していく。 観客をヴァイブレーションさせる「語り」のポテンシャルもまた、岩井の大きなオリジナリティのひとつ。 ある踏み外しから、流れ流れて、とんでもない地点へと辿り着く『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、そのキャタピラーを思わせる前進を、あくまでも軽妙に捉えた異形の一作。 あれよあれよという間に展開していく「雪崩現象」のようなストーリーテリングが極まった例でもある。 この「語り」は、『ラストレター』において、「小説」というかつてないモチーフを投入することで、さらに洗練・成熟・拡張され、破格の次元へと到達している。 過去すべての 岩井作品への「返信」。 『Love Letter』がそうだったように、『ラストレター』もまた「過去による現在」の物語と「現在による過去」の物語の邂逅を見つめている(かつて中山美穂が二役を演じたように、広瀬すずも二役を体現している)。 「手紙」が物語をポップに駆動させ、「小説」が深い喪失感を浮き彫りにする。 この陰影が鮮やかだからこそ、ラストの広瀬すずの声と横顔に、わたしたちは救われることになるのだ。 少女ふたりの季節ということでは『花とアリス』も想起させるが、何よりも今回のキャストの顔ぶれが岩井のフィルモグラフィを包括して圧巻である。 『四月物語』の松たか子、『Love Letter』の中山美穂、『undo』『Love Letter』のみならず深夜ドラマ時代からの豊川悦司、さらには『Love Letter』『PiCNiC』『スワロウテイル』の鈴木慶一、そして岩井俊二主演映画『式日』を撮った庵野秀明までもが召喚された本作は、その存在自体が、過去すべての岩井作品への「返信」であるかのようにも思える。 なぜなら、かつて別の作品で別な人物として存在していた演者たちが、新しい人物として、最新の「夏休み」に出現することは、「死者」の帰還や、「届くはずのない相手に届く手紙」に、とてもよく似ているからである。 ブリリアントなフォルムで、ダークな秘密をも抱擁する『ラストレター』(それは映画であると同時に、小説であり、さらにまっさらな意味での手紙でもあるだろう)の読後感があくまでもさわやかなのは、だから、なのかもしれない。

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ラストレターのロケ地で撮影された宮城の高校や大学はどこにあるの?|エンタメ探検隊!

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企画・制作 [ ] 岩井の故郷であるを初めて舞台とし、岩井自身の原体験を詰め込んだ集大成となり、初の長編映画『』に対するアンサー映画にもなる。 岩井は「でやり取りできてしまうこの時代にあって、手紙を使った物語は現代においては不可能だと思っていましたが、ある日それを可能にするアイディアを思いついてしまったところからこの物語の構想がスタートしました」と説明している。 主題歌 主題歌を歌う候補として多くのアーティストが挙がる中で、撮影中に岩井がカラオケで歌声を聞いていた森七菜に「試しに」と歌ったってもらったところ、そのまま主題歌に抜擢されることとなった。 その理由について企画・プロデュースの川村は「少年と少女の間をたゆたうような瑞々しさと、誰にも真似できない力強さがあった」とし、当初より「この映画からどんな音楽が生まれるのか」について話し合っていた監督の岩井が歌詞を書き、音楽を担当する小林が作曲をすることとなった。 あらすじ [ ] 7月、仙台、岸辺野裕里の実家である遠野家では遠野未咲のお弔い(初七日か四十九日かどうかは不明、通夜、葬式当日ではない)が行われている。 死因は世間には病死と言っているが自死であった。 未咲の妹である裕里はお弔い後、息子の瑛斗と自宅へ帰るが娘の颯香は「夏休みだからしばらく従姉妹の鮎美と過ごす」ということで実家に残る。 帰り際、鮎美から「母宛に高校の同窓会のお知らせが来ているけれど」と相談された裕里は「自分から連絡しておく」とお知らせを持ち帰る。 「姉:未咲は7月に亡くなった」と知らせるつもりで同窓会会場へ行った裕里は姉の同窓生たちから姉と間違われるが「とても否定できる雰囲気ではない」と間違いを訂正しなかった。 会場を去りバス停で待っていると乙坂鏡史郎が話しかけてきた。 「会場で見かけて話をしたかった」と鏡史郎は言い、そこでは連絡先だけを交換して別れる。 「25年間、ずっと愛していました」との通知が着て「オバサンをからかわないでください」と返信する。 帰宅後、宗二郎から同窓会の様子を訊かれ「姉に間違われたけれどとても訂正する雰囲気ではなくスピーチまでさせられた」と話し風呂へはいる。 風呂の間にダイニングテーブルに置いたスマフォに鏡史郎からの通知が届き、その文面を読んだ宗二郎は「妻が浮気した」と誤解して風呂場まで行き裕里を問い詰めその拍子にスマフォは湯船に沈む。 スマフォが無い間に鏡史郎からの連絡が来ていたのではないかと考えた裕里は住所を隠して「夫が浮気を疑いスマフォが水没した、これはあなたのせいである」との手紙を姉未咲の名前で鏡史郎に書く。 宗二郎は次回のマンガの調査材料として大型犬二頭を飼う。 世話は誰がするの?と尋ねる裕里に、それは君だよ、と宗二郎は答える。 そんな出来事も裕里は鏡史郎に手紙する。 鏡史郎も「スマフォが壊れたのは僕のせいですかね?」との返事を書くが宛先が判らないので高校の卒業アルバムに記してあった当時の未咲の連絡先に送る。 そこは未咲と裕里の実家であり、現在は裕里の父母と鮎美が住んでいる。 そして鮎美と颯香は鏡史郎からの手紙を読み「自分たちが母(叔母)未咲に代わって返事を書こう」と企む。 鏡史郎には裕里が書いた手紙と鮎美・颯香の書いた手紙が届く。 鏡史郎が書く手紙は裕里の実家に届き鮎美・颯香に読まれる。 鏡史郎は高校三年次に転校してきたこと、男子では一番近い席の生徒に誘われ生物部に入部しそこに裕里がいたこと、部活中に裕里に「うちの姉は美人で生徒会長でいつも比べられている」との話をされ「顔を見たことが無い」と言ったら「写真を見ますか?」と自宅に誘われアルバムを見たこと、帰り道で未咲に会い一目惚れをしたことを手紙にしたためる。 正三と昭子が近所を歩いているのを裕里は瑛斗とその友達二人と共に見かけてあとをつけ、正三宅を確認し瑛斗を先に帰すと、救急車が正三宅に来る。 昭子がぎっくり腰を起こしたとのことで裕里は救急車に同乗する。 昭子は宗二郎・裕里宅で静養することとなる。 昭子に手紙の投函を頼まれ裕里は宛先である正三宅に届け話を聞く。 義母昭子は同窓会の折に再会した高校時代の恩師波止場正三に英語の手紙の添削をしてもらっていた。 先日、昭子が腰痛になった時に、体を支えようとした正三は手を痛め添削ができなくなっていた。 裕里が代わりに代書することになる。 そして「自宅に手紙が届くと鏡史郎が誤解をするから」と考え、正三の住所を連絡先として鏡史郎に教える。 鏡史郎が正三宅にやってきた。 そして裕里に「同窓会の時に未咲ではなく裕里と判っていた」と話す。 未咲の様子を訊かれた裕里は7月に亡くなったことを伝える。 また鏡史郎は「大学時代に未咲と付き合っていた」ことを話す。 この会話の中で観客は「未咲が駆け落ちするようにクズ男:阿藤と結婚したこと」を知る。 鏡史郎はかつて未咲が阿藤と住んでいたアパートを訪ねると、そこには現在阿藤の連れ合いであるサカエがいた。 サカエの案内で阿藤が飲んでいる居酒屋へ行く。 阿藤は未咲が亡くなったことを知らなかった。 阿藤は、未咲が死んだ原因は自分にあること、鏡史郎は未咲の人生に何の影響も与えていないこと、鏡史郎は阿藤と未咲のお陰で本を書けたこと、との話をする。 鏡史郎はその後、現在は使用されていないかつての母校を訪ね校舎内を撮影する。 そのとき学校に遊びに来ていた鮎美と颯香を見かけ追いかける。 鮎美は、鏡史郎が高校時代に未咲に送った手紙や小説「美咲」を執筆している間に書いた手紙を全て読み、また小説「美咲」も読んでいたので声をかけてきた男が鏡史郎だとすぐにわかる。 そして「母に会いませんか?」と自宅に誘う。 「母の宝でした」とかつて鏡史郎が未咲に送った手紙の束を見せる。 「いつかはこの人が母を迎えに来てくれると期待していました」。 高校時代の回想場面、裕里は鏡史郎から頼まれた姉:未咲宛のラブレターを当人に渡していなかった。 そしてそれは鏡史郎が生徒会会議にクラス代表代行で出席した時に未咲が手紙のことを知らなかったことから判明した。 鏡史郎は裕里の自分に対する気持ちをわかっていなかった。 未咲は鏡史郎からの手紙を後で知ることとなり、その内容から鏡史郎の文才に気付き、卒業式での卒業生代表の言葉としての作文の添削を依頼する。 鏡史郎が帰ったあと、鮎美はずっと開ける気の起きなかった「母からの手紙」を開封する。 中にはかつて母が読んだ卒業生代表の言葉の原稿が入っていた。 卒業式当日だけでなく前日の会場で、未咲は鏡史郎と二人だけで予行練習もしていた。 映画冒頭と同じ、鮎美・颯香・瑛斗が実家近くの川原で水遊びをしている場面、鮎美の顔のアップで映画は閉じる。 キャスト [ ] 岸辺野裕里(43) 演 - 、遠野裕里(高校生時代・回想): 遠野未咲の妹で、夫・宗二郎と娘・颯香、息子・瑛斗の4人暮らしをしている主婦。 遠野鮎美(16) 演 - 母親である未咲が亡くなり、祖父母の過ごす未咲と裕里の実家に身を寄せている。 遠野未咲(18・回想) 演 - 広瀬すず 裕里の姉。 学校のヒロイン的存在。 岸辺野宗二郎(48) 演 - 裕里の夫で漫画家。 裕里と鏡史郎の浮気を疑っている。 岸辺野颯香(14) 演 - 裕里と宗二郎の娘。 岸辺野瑛斗 演 - 降谷凪 裕里と宗二郎の息子。 波止場正三(79) 演 - 岸辺野昭子の学生時代の教師。 岸辺野昭子(72) 演 - 裕里の義母。 遠野幸吉 演 - 裕里の父。 遠野純子 演 - 裕里の母。 阿藤 演 - 未咲の元恋人。 サカエ 演 - 阿藤の同居人。 乙坂鏡史郎(44) 演 - 、高校生時代(18・回想): 小説家として活動するも、デビュー作以降は全く書けていない。 高校生時代は、裕里・未咲の高校に転入してきた転校生。 スタッフ [ ]• 原作:『ラストレター』(刊)• 監督・脚本・編集:岩井俊二• 音楽:• 主題歌:森七菜「カエルノウタ」()• 製作:• エグゼクティブプロデューサー:• 企画・プロデュース:• プロデューサー:水野昌、臼井真之介• 撮影監督:• 美術:、倉本愛子• スタイリスト:申谷弘美• キャスティング:田端利江• プロダクション統括:• 配給:• 製作プロダクション:、ロックウェルアイズ• 製作:「ラストレター」製作委員会 書籍 [ ]•

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映画『ラストレター』公式サイト

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Last Letter/2020(日本)/121分 監督/脚本:岩井 俊二 出演:福山 雅治、松 たか子、広瀬 すず、庵野 秀明、森 七菜、小室 等、豊川 悦司、中山 美穂 答辞に込められた想い 久しぶりに観た岩井俊二の新作は、正直かなりヤバかった。 それは、感傷的な十代の頃憧れていた紗のかかった映像がすっかり影を潜め、あからさまなこっぱずかしい台詞が、劇中に溢れてるから。。 福山雅治、松たか子、広瀬すずに加え、『 』以来、すっかりその演技に釘付けにされてしまう森七菜と、主役級の俳優達がずらりと揃った群像劇は、意外にもスムーズな構成力で、そんなに目移りはしない。 だけど、『 』から実に四半世紀ぶりに岩井組に復活したトヨエツとミポリンからは、かつて纏っていた強烈なオーラがすっかり削げ落ちてしまい、そのいじらしい演技を観ていると、どうしても現実を叩きつけらた時のような、ため息が漏れてきてしまう。。 アラフォー世代は、岩井映画と一緒に青春を過ごしてきたと言っても、過言ではない。 その浮遊感、透明度、或いは胸を締め付けられるような強烈な痛みであっても、それを拭い去る程の色彩美と絶妙な少女達の笑顔が、妄想世界に浸る淡い思い出を、否が応でも盛り上げてくれる。 幼少期の独特の刹那を鮮明に描き、一気に岩井俊二の名をスターダムに押し上げた『 』では、その物理的な距離感と甘酸っぱい恋心の芽生えを。 『 』では、愛し合う恋人同士の感情と反比例する、その栄光と挫折の日々を。 そんな、これまで岩井俊二が貫いてきたものは、言葉で語らず、 すれ違いの感情から生まれる美学だったと、勝手に信じ込んでいたのだけど、、、 「 福山じゃなきゃ、ただのストーカー映画にしか見えないよね。。 」と、心をバッサリ切ってくるツレの一言でやっと我に返ってみたが、どうやら自分もいつの間にかすっかり大人になって、ネット社会の副産物に毒され始めているのかもしれない。。 屈託のない森七菜と、陰のある広瀬すず。 この二人の少女のコントラストは、『 』の頃よりも更に洗練され、岩井映画のナイーヴさを格段に広げてくれるけど、現代を生きる娘とその母親役を、同年代の設定で見事に演じ分け、二人のテンションの違う声が重なり合うように、答辞を読み上げていくその広瀬すずの声色からは、何故か少しだけ 奇妙な違和感を感じる。 何時になく、その行間から迸る 漠然とした寂しさは、劇中の淡いラブストーリーの結晶として解釈するだけで、本当に充分だったのだろうか? あまりに寂寥感の漂うその 逢えなくなる人達へのメッセージには、岩井組では滅多にお目にかかる事のないドローン撮影まで取り入れて、震災からの復興を果たした仙台の街並みの景色が、自然に脳内でオーバーラップしてくる。。 あらすじ 裕里(松たか子)の姉の未咲が、亡くなった。 裕里は葬儀の場で、未咲の面影を残す娘の鮎美(広瀬すず)から、未咲宛ての同窓会の案内と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を告げられる。 未咲の死を知らせるために行った同窓会で、学校のヒロインだった姉と勘違いされてしまう裕里。 そしてその場で、初恋の相手・鏡史郎(福山雅治)と再会することに。 勘違いから始まった、裕里と鏡史郎の不思議な文通。 裕里は、未咲のふりをして、手紙を書き続ける。 その内のひとつの手紙が鮎美に届いてしまったことで、鮎美は鏡史郎(回想・神木隆之介)と未咲(回想・広瀬すず)、そして裕里(回想・森七菜)の学生時代の淡い初恋の思い出を辿りだす。 「 25年間、君にまだずっと恋をしているって言ったら、信じますか?」 福山が演じる売れない小説家鏡史郎が、22年前の『 』の純情を経て、すっかり山崎パンのCMよろしく幸せ家族の母に溶け込んだ松たか子へと、突然打ち明けるそのラインの内容は酷く直球だ。 そしてその台詞を、額面通り真に受けて捉えてしまえば、それは世間の大部分の若者がそう感じる様に、ストーカーチックな少し不気味な印象を覚える。 十代への憧憬を色濃く残す岩井映画を、男の変わらぬ願望としてこよなく愛してきた自分でも、正直、このあまりにどストレートな告白は、ちょっとキツイ。 『 式日』への出演の返礼として、劇中の漫画家夫を演じる庵野秀明監督でなくても、そんなラインをひっそり受け取っても飄々としてる妻へ、きっと、ちょっとだけ意地悪な仕打ちをしてみたくなってしまうだろう。 そしてお馴染みの、岩井ワールド全開の淡い文通模様の情景映像が流れ始めれば、あまりに滑稽で、苦笑いしてしまいそうになるトコロだけど、、、 未咲への恋心を抑えきれない鏡史郎と、その彼への恋心が抑えきれない妹裕里。 互いに勝手気ままに、自分の想いばかり独白する二人の手紙のやりとりは、突然止まる。 それは『 』の時の様に、現実世界に引き戻されるからではなく、不意に登場した の存在で。。 この、裕里の義母と、彼女が憧れる老年の英語教師との手紙のやりとりは、すっかり廃れてしまった文通文化の温もりを、伝える為のファクターなのかと思いきや。。。 その風貌は、まるで往年の 夏目漱石の姿にそっくり。。。。 更に職業の類似だけに留まらず、姿形までしっかり寄せてきた監督の思惑に気付いた時、この映画の彼のテーマが、少しだけ見えてきた気がした。 智ちに働けば角かどが立つ。 情じょうに棹さおさせば流される。 意地を通とおせば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい。 夏目漱石全集3巻「草枕」より抜粋 煩わしい俗世間を憂い、 を追求してみせたという漱石のこの俳句的な小説は、情緒を失いかけた今の自分には、さっぱりその詩情がうまく伝わらない。。 けれど、これをわざわざ、劇中の青年期の未咲と鏡史郎とを結ぶ としても機能させている辺りから、岩井俊二は、 額面通りの言葉の裏に潜むものを、敢えて映像で表す挑戦をし始めたような気も・・・ そう考えると、これまでの浮遊感の漂う映像をめっきり減らし、歯の浮くような台詞を並べる俳優達の描写にも、なんだか奥ゆかしいものが感じられる。 つまり、ちょっと身勝手過ぎる鏡史郎の告白に聴こえたその一文は、岩井俊二の故郷仙台に漂う、 被災者遺族の悠久の声の代弁だったのかもしれない。。 多少古典的ながら、劇中を埋め尽くすノスタルジー感も、淡い走馬灯の様に消えゆく恋模様の風景も、場合によっては、焦燥感を滲ませるトヨエツとミポリンの芝居にでさえも、健気に生き延びた 被災者の現実を映し出すメタファが添えられていたのだとすると、その印象もまるで違って見えてくる。 『 』を彷彿とさせる未咲と裕里の娘、鮎美と颯香が花火をする学校のプールには、25年前の印象的なワンシーンとは実に対照的に、水が張られていない。。 この意図的なセルフオマージュを、監督の遊び心として観るにはあまりにもったいなく、じんわりと胸に染みこんでくるような感覚があった。 それでも、純文学に回顧し始めた彼にしては、少々説明不足なシーンもある。 その王道は、まるで止まっていた時が動き出すかの様に、時計の秒針が部屋に鳴り響く和室で、鏡史郎がいよいよ未咲の遺影と向かい合うシーン。 この客観的に観れば、必ず涙を誘うはずの描写に、二人の 悲恋の経緯を全く語らせない監督の思惑とは、一体なんだったのだろうか? 鏡史郎が小説家を目指し始めたのは、淡い思い出の中の未咲の言葉からだ。 やがて宿の「若い奥様」の那美と知り合う。 出戻りの彼女は、彼に「茫然たる事多時」と思わせる反面、「今まで見た女のうちでもっともうつくしい所作をする女」でもあった。 そんな「非人情」な那美から、主人公は自分の画を描いてほしいと頼まれる。 しかし、彼は彼女には「足りないところがある」と描かなかった。 ある日、彼は那美と一緒に彼女の従兄弟(いとこ)で、再度満州の戦線へと徴集された久一の出発を見送りに駅まで行く。 その時、ホームで偶然に「野武士」のような容貌をした、満州行きの為の「御金を(彼女に)貰いに来た」別れた夫と、那美は発車する汽車の窓ごしに瞬間見つめあった。 そのとき那美の顔に浮かんだ「憐れ」を横で主人公はみてとり、感じて、「それだ、それだ、それが出れば画になりますよ」と「那美さんの肩を叩きながら小声に云う」という筋を背景に、漱石の芸術論を主人公の長い独白として織り交ぜながら、「久一」や「野武士(別れた夫)」の描写をとおして、戦死者が激増する現実、戦争のもたらすメリット、その様な戦争を生み出す西欧文化、それに対して、夏にまで鳴く山村の鶯 ウグイス 、田舎の人々との他愛のない会話などをとおして、東洋の芸術や文学について論じ漱石の感じる西欧化の波間の中の日本人がつづられている。 つまり、その道半ばで文学を模索している鏡史郎は、未咲の幻影の姿しか見ていなかったのだろう。 岩井俊二からのラストレター 『 』のアンサー映画という定番の触れ込みをかなり逸脱して、巧みに 台詞の裏に潜む文学を映像に取り込んでみせた岩井俊二のこの力作に絶賛の票を上げる一方で、結局、ネットで様々な情報を引き出せる現代では、この手の古典的な琴線に触れるような感覚は滅多にない。 現に、これ程の異彩を放ってくれたこの映画の初日にでさえ、若い観客の姿をあまり見る事が出来なかった時には、酷く寂しいキモチで、気分が大分滅入ってきてしまった。 テレビには相変わらず、集中力を途切れさせる早いカット割りの定番医療ドラマが氾濫し続ける現状で、 感情をゆっくり手探りで見つけ出す岩井映画が、年代差を超えて、少しでも浸透していく事を、一ファンとしては切に願いたい。 なので今回は、劇中に流れる 答辞=岩井俊二からのラストレターの全文を、関係者の方から拝借した台本より抜粋して、綴ってみたい。 ご迷惑を十二分に考慮した上でも、劇場に足を運んでくださった方々が、その 文節の背後に秘められた真意を、もう一度咀嚼する為の参考資料として。 「 本日私達は、卒業の日を迎えました。 高校時代は、私達にとって、恐らく生涯忘れ難い、かけがえのない思い出になる事でしょう。 将来の夢は、目標はと問われたら、私自身まだ何も浮かびません。 でもそれで良いと思います。 私たちの未来には、無限の可能性があり、数えきれない程の人生の選択肢があると思います。 ここにいる卒業生一人一人が、今までも、そしてこれからも、他の誰とも違う人生を歩むのです。 夢を叶える人もいるでしょう。 叶えきれない人もいるでしょう。 辛い事があった時、生きているのが苦しくなった時、きっと私達は幾度もこの場所を思い出すのでしょう。 自分の夢や可能性が、まだ無限に思えたこの場所を。 お互いが等しく、尊く、輝いていたこの場所を。 」 尚、著者があまりに不勉強の為、記事の更新に大分手間取ってしまったお詫びと共に、 阪神淡路大震災の発生した1月17日に合わせ、この映画を全国劇場公開してくれた関係者の方々の見えない努力と愛情に、敬服して御礼申し上げます。 「ラストレター」の上映スケジュールは から確認できます。

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