そこに命はありますか。。 そこに命はありますか 歌詞「初音ミク」ふりがな付|歌詞検索サイト【UtaTen】

「道であり真理であり命であるお方」

そこに命はありますか。

味鋤高彦根命誕生 古代史の復元) 味鋤高彦根命誕生 饒速日尊出雲帰還 旧丹波国(丹波・丹後)地域はこの当時が存在した。 徐福の一派である豊受大神がこの地に上陸し先端技術を駆使して強大な王国を建設していたのである。 先進技術を持っており、強大な王国なので、統一は至難を極めるはずであるが、高皇産霊神と同じ徐福系であり、しかも高皇産霊神と頻繁に連絡を取り合っていたので、比較的統一は容易なことであった。 しかし、この地域は重要拠点となるので饒速日尊に少しでも早く統一させる必要があった。 讃岐国琴平を拠点として瀬戸内海沿岸地方を統治していた饒速日尊を出雲に呼び戻し、素盞嗚尊はせよとの命令をした。 饒速日尊は自らの生誕地である須佐神社の地を拠点として、丹波王国へ出発する準備をしていた。 味耜高彦根命について 記紀によると味耜高彦根命の父は大国主命で母は多紀理姫(宗像3女神)である。 宗像三女神は異名同神であり、猿田彦命と結婚しているので、味耜高彦根命の両親は伝承どうりではないことになる。 では、真実の味耜高彦根命の両親は誰なのであろうか。 饒速日尊が陸奥国を統一する時、饒速日尊に従った人物が味耜高彦根命であり、福島県東白川郡棚倉町大字八槻字大宮224の都々古別神社では、 「 味耜高彦根命は御父君大国主命の功業を補翼し東土に下り曠野を拓き民に恩沢をたれ給うたので郷民其徳をしのび当地に奉祀されたと伝えられる。 」 とある。 東日本を統一したのは饒速日尊であり、それを補翼したとあれば、ここでいう父大国主命は饒速日尊であることになる。 それでは母は誰であろうか。 味耜高彦根命は若年時の伝承が出雲に集中している。 三澤神社 島根県仁多郡奥出雲町三沢402 祭神・阿遲須枳高日子根命が、この地の澤の水によって、心身の障害を取り除き、立派に成人した。 『出雲国風土記』仁多郡の条 「父神の大穴持が御子の阿遅須伎高日子命が、言葉をしゃべれず、泣いてばかりだったので、船に乗せて八十島を連れて巡った。 」 『出雲国風土記』楯縫郡 神名樋山頂の西に石神あり。 古老伝えて言う。 阿遅須枳高日子の后、天御梶日女命、多久の村に来て、多伎都比古命をお産みになった。 『出雲国風土記』仁多郡三沢の郷の条 大神大穴持命の御子の阿遅須伎高日子命は、あごの髯が八握(握り拳八つ分)になってもまだ夜昼となく(赤ん坊のように )哭いておいでになり、お言葉もしゃべれなかった。 その時御祖の命は御子を船に乗せて八十島を連れてめぐってお心を 慰めてあげようとされたが、それでもまだ哭きやまなかった。 そこで大神は、夢知らせをお願いして、御子が哭くわけをお知 らせ下さるよう夢見を祈ると、ただちにその夜の夢に御子が口をきくようになったと見なされた。 そこで夢から覚めて「御子がしゃべれるかどうか」お尋ねすると、その時、御子は「御沢」と申された。 その時「いったい何処をそういうのだ」 とお問いなされると、すぐさま御祖の前を立ち去って行かれて石川を渡り、坂の上まで行ってとどまり、「ここをそう申しま す。 」といった。 その時そこの津の水が治り出たので、御身にあびてみそぎをなさった。 だから国造が神吉事を 奏上するため朝廷に参向するとき、その水を治り出して使い初めをするのである。 (吉野裕訳『風土記』平凡社から)。 出雲国 神門郡 阿利神社「阿遲須枳高日子根命」島根県出雲市塩谷町1686 出雲国風土記に「高岸の郷郡家の東北二里なり 所造天下大神の御子阿遅須枳高日子根命甚く昼夜哭き坐しき仍りてその処に高屋を造りて坐させ即ち高橋を建てて登上り降りし て養し奉りき故高崖と云ふ神亀三年に字を高岸と改む」とあり、高岸が高西となったものと伝えられている即ち神の住居されたところにお祀りしたものである。 伊予国 周布郡 高鴨神社「味高比古根命,愛媛県周桑郡小松町南川 当御鎮座の地は、大神が、当国御経営の際、久しく駐り給うた御遺跡でありまして住民等は大神を敬慕するの余り、 大宮の跡に斎場を設けて、只管、大神をお祀り申し上げて居たのであります。 即ち、当神社は、遠く神代の昔から、現 在地に鎮座されて居る当国有数の古社であります。 そこで雄略天皇の御代、大和国高鴨神社の氏人鴨氏の一族が此の 地に移住し、更にその氏神の御分霊を奉斎し、高鴨神社と称し奉りました。 阿遅速雄神社 大阪市鶴見区放出東3丁目 鴨の阿遅鋤高日子根神は当地に降臨されて土地を拓き、民に農耕の業を授けたという。 民人は、その御神徳を尊び摂津河内の国造神として、この地の守護神として斎きまつると云い伝へられる 味鋤高彦尊を祭神とするが、阿遅速雄尊は祭神の御子神である。 高鴨神社の古文書にも味鋤速雄尊として摂社に祭祀された記録がある。 味耜高彦根命の謎 これら伝承をみると味耜高彦根命は幼少時心身に障害があったが、なおって順調に成長されたようである。 味耜高彦根命は加毛大御神とも呼ばれており、大御神の尊称を持つ神は天照大神とこの神のみである。 味耜高彦根命は相当な実績のある人物のように見えるが、その実態はほとんど伝えられていない。 賀茂一族と呼ばれているのは、賀茂建角身命の娘玉依姫と事代主の子天日方奇日方命の子孫、及び玉依姫の兄の玉依彦の子孫及び味耜高彦根命の子孫である。 また、大神神社で大物主神を祭祀した大田田根子は天日方奇日方命と呼ばれており、かつ、始祖は味耜高彦根命といわれている。 味耜高彦根命と鴨一族はどのような関係にあるのであろうか。 これら問題点をすべて解決する等式は賀茂建角身命=味耜高彦根命である。 賀茂氏を系図上で遡って行くとその共通の始祖は賀茂建角身命である。 この人物が味耜高彦根命であるとすれば、味耜高彦根命が加毛大御神との尊称を持つことが理解できる。 賀茂建角身命は飛騨王家の系統の人物である。 このことは、味耜高彦根命も飛騨王家の系統の人物となる。 その人物の幼少時の伝承が、なぜ出雲に集中しているのであろうか。 飛騨王家の系統の人物が出雲で成長しているということはこの時点で出雲と飛騨国に関係があったということになる。 賀茂建角身命=味耜高彦根命であるならば、その生誕はAD10年頃となり、その幼少時となればAD15年頃となる。 伝承上饒速日尊と深い関係があり、饒速日尊の子として伝えられている。 しかし、賀茂建角身命が饒速日尊の子であるならば事代主命と玉依姫との結婚が子と孫の結婚になってしまい、極めて不自然である。 AD15年頃饒速日尊が飛騨国を訪問し、飛騨国との交渉の中で飛騨国王は後継者賀茂建角身命(味耜高彦根命)を饒速日尊に預けたのではないだろうか。 そのために、出雲にやってきた味耜高彦根命は環境変化に耐えられず、泣き叫んでいたのであろうと思われる。 次 関連.

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私が命の危機を感じた状況について

そこに命はありますか。

1983年4月: 海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)「しんかい2000」整備士として入社。 1989年4月: 「しんかい2000」潜水士となる。 1989年11月: 「しんかい6500」引き渡し、潜水士として配属。 「しんかい6500」船長、整備長。 2000年5月: 海洋研究開発機構 陸上勤務となる。 2008年8月: 日本海洋事業 深海技術部「しんかい6500」副司令 2012年4月: 「しんかい6500」運航チーム 指令 2013年4月: 海洋研究開発機構 海洋工学センター 運航管理部。 探査機運用グループ グループリーダーに復職。 2015年4月: 海洋研究開発機構 海洋工学センター 企画調整室長 2018年1月: 海洋研究開発機構 安全環境管理室。 安全衛生、環境配慮等に関する規程等の改編、立案、日常の監理が主な業務です。 しかし私はパイロットと言うよりは、どちらかと言うとエンジニア畑で、潜るより機械を触っている方が楽しい人なんです。 また機械を知り尽くしている事と経験上から「しんかい6500」の潜水船に必要なことをエンジニアの目で見るというのも大切な任務のひとつだと思っていました。 昭和59年に6000メートル級の有人潜水船を作る国の方針が立てられ、「しんかい2000」を中間段階とし、「しんかい6500」が完成した段階でそのプロジェクトは終了しています。 そして『次は何?』と言うところでなかなか話が出てきませんでした。 (C)JAMSTEC 世界中の深海を調査する有人潜水調査船「しんかい6500」 それはどこを目指すかによって、条件が違ってくるからです。 近海の日本海溝の一番深い所は約8000メートル。 あと千島海溝、琉球海溝、伊豆小笠原海溝なども深いですが、日本近海で一番深いと言われる場所は9000何百メートル。 もし9500メートル級があると日本の近海は全部潜れちゃう訳です。 そして世界で一番深いと言われるマリアナ海溝の10920メートルを「目指す」か「目指さない」かなどがポイントになります。 潜航深度で比べると「しんかい6500」はだいたい半分くらいです。 しかしそこまで深いところは地球全体の数パーセントしかないわけです。 そこで意見として「ちゃんとそこまで探査しないといけない」や「そこは何もないだろう」と研究される方によって意見が違います。 技術開発だって大変です。 圧力が倍になる訳ですから、そこにいくまでの開発に大きな課題もあります。 その袋は浮くでもなく、沈むでもない状態で、海中を漂っています。 これが運悪く、「しんかい6500」が走る航路に浮遊していました。 そしてスラスター(上下方向を制御する)のプロペラに絡んでしまった訳です。 相模湾と言うのは基本的に海水浴場が多いですよね。 湾内は割とビニール系のゴミが多い。 いろんな方が海岸清掃とか、ゴミを持ち帰りましょうとか、広めてはいただいています。 しかし、ひとつでも残っていると風で飛んでしまえば、このような状況になってしまいます。 些細な事ですが、この積み重ねが命に関わると言う事ですね。 熱水が吹き出ている場所などあまり怖いと思った事はありません。 ただ人工物は違和感などもあり怖い。 人工物がロープだったりすると、それに絡むと浮上できなくなるため、人工物を見ると必ずドキっとしました。 そして発見すると、よーく状態を確認して「逃げる」という行動をとります。 空き缶などは長い目でみると腐食をして腐ってくるので、我々の仕事の邪魔になるような事はない。 最近ではビニール袋など自然に返る素材も使われていますが、昔のビニール袋はそのまま残っている状況です。 物の腐敗ペースが遅いと聞きましたが 分解のメカニズムはよくわかりませんが、深海もいろいろな細菌もいますし、少ないですけど酸素もあります。 最終的にはなくなるのかもしれませんが、プラスチックというのは、あまり分解するという事はないようです。 私は長い目で見ていませんし、学者でもないのではっきりした事はいえません。 しかし深海ゴミはどこにでもありますよ。 「しんかい6500」の場合にはどちらかと言うと湾内を調べる事よりも外洋や海溝域ですね。 深いところ、陸地からだいぶ離れたところの調査が多いです。 そうするとゴミの量も全然違ってきます。 基本的に陸から遠い深い海溝などではビニールゴミはほとんど見ません。 個人的な感想ですが、今まで潜った中では相模湾の深海ゴミが特に多いと感じています。 相模湾はどこをとっても海水浴場の数が多いでしょ。 長い砂浜が続きますし、海水浴や海上レジャー、釣りを含めて。 そういう意味ではそこに出ている人も多い。 ゴミの量は人の量に比例しますから、たぶんそういう事かなと思っています。 駿河湾は海水浴場が多くないので、相模湾より比較的少ないのは、そのためでしょうかね。 検査工事あけの試験潜航などで相模湾、特に初島沖は多く潜航しています。 その後外洋調査となります。 しかし深海にはあまり瓦礫はありませんでした。 どちらかと言うと浮いている方が多かったです。 しかし家一軒がそのままの形で流されている光景に、やはりこの地震は凄かったんだと実感しました。 また同海域の2006年の調査では観察されていなかったバクテリア群が地震後の海底の調査では観察されました。 地震により海底の地中奥深い場所で何らかの変化があったのでしょうね。 実はあれ、私が潜航したのではなくて、他のスタッフが2回行っているのですが、聞くところによると、普通に走っていたら窓から見えて「首が落ちている」と相当ビックリしていましたね。 大声で「うぁー、なんじゃあれ」と驚いていましたからね(笑) それからちょうど1年後に同じところに行ってみると。 同じマネキンが同じ場所にある訳です。 でもマネキンの目の部分の見え方が全然違う(2枚目のマネキン画像)。 海底って上からどんどん堆積物がたまってきちゃうので、その隠れてしまった差を測ると「沈殿の早さが分かるでしょう」と研究者がおっしゃっていました。 その通り、これはある意味、指針になるのです。 誰かが船から捨てたのか。 また沖の海底でみる瓶、缶などのゴミは船から捨てたものだろうと思っています。 カウントしてはいないと思いますが、深海のゴミって、どのくらいあると推測していますか? どれくらいでしょうかね。 考えた事もありません。 もともと昔は、いろんなものを海洋投棄していましたよね。 陸で必要なくなったものをどんどん海に捨てても何にも思わなかった時期もありました。 ですからその時に相当量捨てられていると思っています。 それが今では魚の汚染など、いろいろな問題を起こしています。 結局、昔の行動がブーメランのように現代に影響を及ぼしているのでしょうね。 例えば学校の校庭の真ん中にゴミをポンっと置いた時、風の影響によって運ばれてどこか一カ所にたまる場所があるでしょ。 海底にもそういうところがあるようですが、それはよくわかりません。 「夢の島」ゴミを集積したところもあったでしょ。 そこに土を入れて平らにして土地として使っているでしょ。 ゴミは絶対になくならない。 全部が全部リサイクルになってくれるといいんだけどね。 なかなか人間そうはいかなくて、便利な方を使いますからしょうがないのかなと個人的には思います。 それを見た時にピックアップするかしないか、考えました。 それって研究には全然関係ないじゃないですか。 研究者の方にも「こういうのありますね」と話はしますが、それが何かわからない。 もし上げて毒だったら、船全体の人間に影響があるので、やめておきました。 逆にもし金塊だったりしたら、それはそれで大変なので。 すごく葛藤はありましたよ(笑)。 ただ人工物は何があるかわからないので、怖い。 走る方向に並んでいたのですごく気味が悪かったです。 何か隠したいものかな? 人工物って怖いなと思ったエピソードがもうひとつあります。 長い筒が、海底に横たわっていました。 その筒に英語で何か書いてありました。 これって「何の部品だろう」と思う訳ですよ。 しかしとりあえず、危ないものだと困るので近寄らず、逃げます(笑) それから網とかロープ。 いわゆる海底にひっかかっているだろうと思われるもの。 それにもし引っかかると自分達が上がれなくなる。 それが一番怖いです。 その驚きを例えるなら深い森の中を歩いていて突然、人工物が出てきて、それに文字なんか書いてあったら「なんだこれ」と思うでしょ。 それと同じ感覚ですよ(笑) 海底広域研究船「かいめい」 美化意識の高い人も大勢います。 安心して潜る事ができました。 川に捨てたものは最後、海にいきます。 海岸に捨てた物も海中に行く訳です。 だからゴミを出さないと言うのが一番でしょうね。 海岸清掃活動などの「ゴミ拾い」は「拾う」と言う事はそこに「捨てる」人が居る訳で、その人たちが「捨てなければ」清掃作業はいらない訳です。 そのような認識を全員、持てるか、持てないか。 認識を持てないのは、そこは自分の家ではないから。 例えば道路にツバを吐く人がいるとする。 その人は自分の家の畳の上につばを吐きますか? 絶対に吐かないですよね。 そのへんの感覚なんでしょうね。 自分のものではないと言う事が大きい。 でもそれって絶対に自分に返ってくる事です。 私も海にいったら絶対にゴミは持ち帰ります。 ゴミ問題に意識が高い人以外にどれだけ巻き込めるか、なかなか難しいですが、これからの課題だと思います。 地震が多いですが、実は陸の地震より海の地震の方に問題があります。 海底で地震があれば津波が起こってしまうでしょ。 もう少し海に関心を持っていただきたい。 空ってなんだか「夢」があるように感じますが、「海」はそんなイメージがないな、と感じています。 海って見えている部分がほんの少しの表面だけで、見えないところの方が多い。 そういう見えないところも感じで欲しいです。 海の幸もいただいているし、そこでレジャーもしている。 海外では海底油田もある。 地球の70%が海ですから、海に目を向けて欲しい。 それから最後にゴミを出すと最終的には自分に戻ってきてしまうという「意識」を持っていただきたいと思います。

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底筒男命(そこつつのおのみこと)とは

そこに命はありますか。

1983年4月: 海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)「しんかい2000」整備士として入社。 1989年4月: 「しんかい2000」潜水士となる。 1989年11月: 「しんかい6500」引き渡し、潜水士として配属。 「しんかい6500」船長、整備長。 2000年5月: 海洋研究開発機構 陸上勤務となる。 2008年8月: 日本海洋事業 深海技術部「しんかい6500」副司令 2012年4月: 「しんかい6500」運航チーム 指令 2013年4月: 海洋研究開発機構 海洋工学センター 運航管理部。 探査機運用グループ グループリーダーに復職。 2015年4月: 海洋研究開発機構 海洋工学センター 企画調整室長 2018年1月: 海洋研究開発機構 安全環境管理室。 安全衛生、環境配慮等に関する規程等の改編、立案、日常の監理が主な業務です。 しかし私はパイロットと言うよりは、どちらかと言うとエンジニア畑で、潜るより機械を触っている方が楽しい人なんです。 また機械を知り尽くしている事と経験上から「しんかい6500」の潜水船に必要なことをエンジニアの目で見るというのも大切な任務のひとつだと思っていました。 昭和59年に6000メートル級の有人潜水船を作る国の方針が立てられ、「しんかい2000」を中間段階とし、「しんかい6500」が完成した段階でそのプロジェクトは終了しています。 そして『次は何?』と言うところでなかなか話が出てきませんでした。 (C)JAMSTEC 世界中の深海を調査する有人潜水調査船「しんかい6500」 それはどこを目指すかによって、条件が違ってくるからです。 近海の日本海溝の一番深い所は約8000メートル。 あと千島海溝、琉球海溝、伊豆小笠原海溝なども深いですが、日本近海で一番深いと言われる場所は9000何百メートル。 もし9500メートル級があると日本の近海は全部潜れちゃう訳です。 そして世界で一番深いと言われるマリアナ海溝の10920メートルを「目指す」か「目指さない」かなどがポイントになります。 潜航深度で比べると「しんかい6500」はだいたい半分くらいです。 しかしそこまで深いところは地球全体の数パーセントしかないわけです。 そこで意見として「ちゃんとそこまで探査しないといけない」や「そこは何もないだろう」と研究される方によって意見が違います。 技術開発だって大変です。 圧力が倍になる訳ですから、そこにいくまでの開発に大きな課題もあります。 その袋は浮くでもなく、沈むでもない状態で、海中を漂っています。 これが運悪く、「しんかい6500」が走る航路に浮遊していました。 そしてスラスター(上下方向を制御する)のプロペラに絡んでしまった訳です。 相模湾と言うのは基本的に海水浴場が多いですよね。 湾内は割とビニール系のゴミが多い。 いろんな方が海岸清掃とか、ゴミを持ち帰りましょうとか、広めてはいただいています。 しかし、ひとつでも残っていると風で飛んでしまえば、このような状況になってしまいます。 些細な事ですが、この積み重ねが命に関わると言う事ですね。 熱水が吹き出ている場所などあまり怖いと思った事はありません。 ただ人工物は違和感などもあり怖い。 人工物がロープだったりすると、それに絡むと浮上できなくなるため、人工物を見ると必ずドキっとしました。 そして発見すると、よーく状態を確認して「逃げる」という行動をとります。 空き缶などは長い目でみると腐食をして腐ってくるので、我々の仕事の邪魔になるような事はない。 最近ではビニール袋など自然に返る素材も使われていますが、昔のビニール袋はそのまま残っている状況です。 物の腐敗ペースが遅いと聞きましたが 分解のメカニズムはよくわかりませんが、深海もいろいろな細菌もいますし、少ないですけど酸素もあります。 最終的にはなくなるのかもしれませんが、プラスチックというのは、あまり分解するという事はないようです。 私は長い目で見ていませんし、学者でもないのではっきりした事はいえません。 しかし深海ゴミはどこにでもありますよ。 「しんかい6500」の場合にはどちらかと言うと湾内を調べる事よりも外洋や海溝域ですね。 深いところ、陸地からだいぶ離れたところの調査が多いです。 そうするとゴミの量も全然違ってきます。 基本的に陸から遠い深い海溝などではビニールゴミはほとんど見ません。 個人的な感想ですが、今まで潜った中では相模湾の深海ゴミが特に多いと感じています。 相模湾はどこをとっても海水浴場の数が多いでしょ。 長い砂浜が続きますし、海水浴や海上レジャー、釣りを含めて。 そういう意味ではそこに出ている人も多い。 ゴミの量は人の量に比例しますから、たぶんそういう事かなと思っています。 駿河湾は海水浴場が多くないので、相模湾より比較的少ないのは、そのためでしょうかね。 検査工事あけの試験潜航などで相模湾、特に初島沖は多く潜航しています。 その後外洋調査となります。 しかし深海にはあまり瓦礫はありませんでした。 どちらかと言うと浮いている方が多かったです。 しかし家一軒がそのままの形で流されている光景に、やはりこの地震は凄かったんだと実感しました。 また同海域の2006年の調査では観察されていなかったバクテリア群が地震後の海底の調査では観察されました。 地震により海底の地中奥深い場所で何らかの変化があったのでしょうね。 実はあれ、私が潜航したのではなくて、他のスタッフが2回行っているのですが、聞くところによると、普通に走っていたら窓から見えて「首が落ちている」と相当ビックリしていましたね。 大声で「うぁー、なんじゃあれ」と驚いていましたからね(笑) それからちょうど1年後に同じところに行ってみると。 同じマネキンが同じ場所にある訳です。 でもマネキンの目の部分の見え方が全然違う(2枚目のマネキン画像)。 海底って上からどんどん堆積物がたまってきちゃうので、その隠れてしまった差を測ると「沈殿の早さが分かるでしょう」と研究者がおっしゃっていました。 その通り、これはある意味、指針になるのです。 誰かが船から捨てたのか。 また沖の海底でみる瓶、缶などのゴミは船から捨てたものだろうと思っています。 カウントしてはいないと思いますが、深海のゴミって、どのくらいあると推測していますか? どれくらいでしょうかね。 考えた事もありません。 もともと昔は、いろんなものを海洋投棄していましたよね。 陸で必要なくなったものをどんどん海に捨てても何にも思わなかった時期もありました。 ですからその時に相当量捨てられていると思っています。 それが今では魚の汚染など、いろいろな問題を起こしています。 結局、昔の行動がブーメランのように現代に影響を及ぼしているのでしょうね。 例えば学校の校庭の真ん中にゴミをポンっと置いた時、風の影響によって運ばれてどこか一カ所にたまる場所があるでしょ。 海底にもそういうところがあるようですが、それはよくわかりません。 「夢の島」ゴミを集積したところもあったでしょ。 そこに土を入れて平らにして土地として使っているでしょ。 ゴミは絶対になくならない。 全部が全部リサイクルになってくれるといいんだけどね。 なかなか人間そうはいかなくて、便利な方を使いますからしょうがないのかなと個人的には思います。 それを見た時にピックアップするかしないか、考えました。 それって研究には全然関係ないじゃないですか。 研究者の方にも「こういうのありますね」と話はしますが、それが何かわからない。 もし上げて毒だったら、船全体の人間に影響があるので、やめておきました。 逆にもし金塊だったりしたら、それはそれで大変なので。 すごく葛藤はありましたよ(笑)。 ただ人工物は何があるかわからないので、怖い。 走る方向に並んでいたのですごく気味が悪かったです。 何か隠したいものかな? 人工物って怖いなと思ったエピソードがもうひとつあります。 長い筒が、海底に横たわっていました。 その筒に英語で何か書いてありました。 これって「何の部品だろう」と思う訳ですよ。 しかしとりあえず、危ないものだと困るので近寄らず、逃げます(笑) それから網とかロープ。 いわゆる海底にひっかかっているだろうと思われるもの。 それにもし引っかかると自分達が上がれなくなる。 それが一番怖いです。 その驚きを例えるなら深い森の中を歩いていて突然、人工物が出てきて、それに文字なんか書いてあったら「なんだこれ」と思うでしょ。 それと同じ感覚ですよ(笑) 海底広域研究船「かいめい」 美化意識の高い人も大勢います。 安心して潜る事ができました。 川に捨てたものは最後、海にいきます。 海岸に捨てた物も海中に行く訳です。 だからゴミを出さないと言うのが一番でしょうね。 海岸清掃活動などの「ゴミ拾い」は「拾う」と言う事はそこに「捨てる」人が居る訳で、その人たちが「捨てなければ」清掃作業はいらない訳です。 そのような認識を全員、持てるか、持てないか。 認識を持てないのは、そこは自分の家ではないから。 例えば道路にツバを吐く人がいるとする。 その人は自分の家の畳の上につばを吐きますか? 絶対に吐かないですよね。 そのへんの感覚なんでしょうね。 自分のものではないと言う事が大きい。 でもそれって絶対に自分に返ってくる事です。 私も海にいったら絶対にゴミは持ち帰ります。 ゴミ問題に意識が高い人以外にどれだけ巻き込めるか、なかなか難しいですが、これからの課題だと思います。 地震が多いですが、実は陸の地震より海の地震の方に問題があります。 海底で地震があれば津波が起こってしまうでしょ。 もう少し海に関心を持っていただきたい。 空ってなんだか「夢」があるように感じますが、「海」はそんなイメージがないな、と感じています。 海って見えている部分がほんの少しの表面だけで、見えないところの方が多い。 そういう見えないところも感じで欲しいです。 海の幸もいただいているし、そこでレジャーもしている。 海外では海底油田もある。 地球の70%が海ですから、海に目を向けて欲しい。 それから最後にゴミを出すと最終的には自分に戻ってきてしまうという「意識」を持っていただきたいと思います。

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