男 の 厄年 は 何 歳 です か。 【厄年男性】2020年(令和2年)の過ごし方!平成8年・昭和54年・昭和35年生まれは本厄ですぞ

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男 の 厄年 は 何 歳 です か

男性の厄年は何歳? 前厄 本厄 後厄 24歳 25歳 26歳 41歳 42歳(大厄) 43歳 60歳 61歳 62歳 男性の厄年は数え年で25歳、42歳、61歳とされています。 特に42歳は大厄といわれ、もっとも注意しなければならない年であるといわれています。 そして、厄年の前後3年は前厄、本厄、後厄といいます。 前厄とは、厄年の前年のことで、厄年へと向かっていくときです。 「厄入り」ともいいます。 本厄とは、まさに厄年のときです。 特に慎むべき年です。 後厄とは、厄年の翌年のことで、厄が薄らいでくる年です。 厄が終わりに近づくため「厄晴れ」ともいいます。 厄年は数え年で計算します。 誕生月で1つ歳を取るのでなく、お正月を迎える度に1つ歳をとると考えます。 したがて誕生日を迎える前であれば現在の年齢に2歳プラスします。 誕生日を迎えた後であれば1歳を加えます。 いつから42歳が厄年になったのか 天禄元年(970年)に成立した「口遊(くちずさみ)」という陰陽道(おんみょうどう)の書物の人倫門のという箇所に厄年として「十三、二十五、三七、三九、六一、七三、八五、九一」歳があげられています。 しかし、この中には、現在男性の厄年とされている42歳は含まれていません。 (女性の厄年である33歳も含まれていません。 ) では、いつから42歳が厄年とされるようになったかというと、江戸時代に入ってからのことです。 十九は苦しみが重なる「重苦」、二十五は「五五、二十五(後々二重後)で死後のこととして忌まれ、三三は「散々」、四二は「死に」に通じるという考え方がもとになっています。 このような語呂合わせは江戸時代に流行した庶民感覚にもとづくものであり、陰陽道とは関係ありません。 しかし、「四」という数字は今でも忌み嫌われている数字です。 ホテルの部屋や駐車場などの番号に「四」を抜かしてあるところがあるのは、そのためです。 しかし、単に語呂合わせというだけであれば、現代まで定着することは難しかったと考えられます。 人々が実際に厄年が存在することを認めるざるを得ない状況に直面してきたことがあるからこそ、今日まで継続して信じられてきました。 その結果、信仰や習俗に取り入れられたため厄年を受け入れるようになり、厄払いのために神社仏閣を訪れるようになったのです。 信仰や習俗というのは、それを信じる人が生まれ、信じ続けることで蓄積され重みがうまれてきます。 最初のきっかけは語呂合わせだったかもしれません。 しかし、長年の経験から人々は厄年に関心を持ち、厄年をいかしてよりよい生活を送るかを考えるようになりました。 男性の大厄が42歳である理由「厄年は役年」 男性の厄年には、年齢に応じた行動の仕方があることを思いおこさせる大切な役割があります。 人生を前半と後半に分ければ42歳は残り半分に突入します。 40代前半という年代は、会社で言えばポストが狭くなってくる時期でもあります。 それと同時に肉体的にも衰えを感じやすくなります。 今よりの上のステップになれば今までとは当然仕事内容もガラリと変わってきます。 その状況の変化にうまく適応できなかったり、逆に適応しようとしすぎてストレスのあまり心身ともにつぶれてしまうことさえあります。 厄年は役年ともいわれており、42歳では重要な役目につき、61歳では役目から退く年でもあります。 祝う年でもあり、身を慎むときでもあります。 42歳が大厄なのはステップアップする「大役」であるため、そして、61歳は現役を退く「退役」であるのではないかと考えることができます。 厄年のときに身につけるもの 厄年で身につけるといいといわれているのが 「長い物、七色の物、うろこ柄の物」といわれています。 今よりも寿命が短かったころは長いものは縁起がよいとされていました。 年越しそばがいい例です。 そして、長い物の代表といえば「蛇」です。 蛇は邪気を祓ってくれる魔除けの生き物とされています。 特に白い蛇は神の遣いといわれています。 そのため蛇を祀っている神社もあります。 スポンサーリンク• 厄年 7色の物 仏教の古い経典に「仁王般若経」というものがあります。 この中に「七難即滅 七福即生(しちなんそくめつ しちふくそくしょう」という言葉があります。 七難とは7つの災難、七福は七福神の元になったとされています。 七福神に見立てた7色のものを身につけることで厄を跳ね返すことができると考えられています。 そして、もう一つの説は、遣唐使の一人であった空海が日本から中国に渡るときに安全祈願の7色の小物を用意したといわれています。 さらに、厄を8(や)9(く)とし、7には「やく」がないという、日本人の好む発想もあります。 厄除け神社仏閣10選 日本全国に厄除けを祈願してもらえる神社仏閣が多くあります。 厳選してご紹介致します。 清水寺(京都市東山区) 清水寺が霊験あらたかな寺であるとことは、京都の人たち以外には、あまり知られていません。 霊験とは神仏による効験が明らかに表れること、神仏が著しく感応することをいいます。 厄除けの霊験は坂上田村麻呂であることに関連しています。 また、「清水牛王」にも関連するともいわれています。 八坂神社(京都市東山区) かつては「祇園社」といったため、現在でも「祇園さん」の愛称で親しまれています。 祇園の神でもある素戔嗚尊(すさのおのみこと)は祇園精舎(ぎおんせいじゃ)の守護神である牛頭天王(ごずてんのう)であるとされています。 素戔嗚尊はヤマタノオロチ(八岐大蛇:あらゆる災厄)を退治し、地上に幸いをもたらして神であるといわれています。 岡寺山継松寺(三重県松阪市) 厄除け観音として有名です。 743年に聖武天皇がこの寺を厄除け観音の霊場として創建したことから、日本最古の厄除け霊場といわれています。 東海三十六不動尊霊場巡礼の第二十六番札所であり、開運厄除けのご利益があるとされています。 立石寺(山形県山形市) 立石寺は正式には「宝珠山立石寺」といい、東北を代表する霊場として人々の信仰を集めてきました。 昔から厄除け、諸願成就、悪縁切りのお寺として有名で、災厄、災難を取り除いてくれると信じられてきました。 成田山新勝寺(千葉県成田市) 成田山は開山以来1060年の間、護摩供(ごまく)の香煙は一日たりとも絶えることがありません。 厄除け祈願を含め年間1300万人余りの参拝者が訪れます。 喜多院(埼玉県川越市) 1296年、伏見天皇が尊海僧正に再興を命じた歳に、慈恵大師(元三大師)を祀り、関東天台宗の中心となりました。 現在では「厄除けのお大師さま」として、近隣の深い信仰心を集めています。 西新井大師(東京都足立区) 天長の頃、公法大師が関東巡湯の際に、この地で悪疫の流行に悩む村人たちを救うために十一面観音をつくり、21日間の祈祷を行なったところ、枯れ井戸から清らかな水が湧き出て病が治ったと伝えられています。 厄除観音・法多山尊永寺(静岡県袋井市) 観世音名物団子を城に参上する際の土産にしたところ、将軍家より「くし団子」と命名を受けました。 その後「厄除け団子」と呼ばれるようになり、参拝者の人気を集め、お参りしたあとにその団子を食べると一年の厄を免れるといわれています。 出雲大社(島根県出雲市) 出雲大社は縁結びの神様として有名ですが、正月三日には厄払いの行事も行なっています。 42歳の厄男が番内さんに扮し青竹のささらを持って地面を叩きふりかざしながら町内をまわり「悪魔祓い(アクマンバライ)」と大声をあげて厄祓いをします。 大宰府天満宮(福岡県太宰府市) 厄除け祈願を受けた人には「御神符」と「御神酒」と「厄晴れひょうたん」を授け、この厄晴れひょうたんに中に願いを書いた紙を納め、自宅の神棚に祀り災難が降りかからないように祈ると、ご利益があるといわれています。 関連記事 まとめ 42歳の男性は働き盛りであり、この先もしばらくは仕事に邁進していかなければならないときでもあり、その一方で家族や自分の将来についていろいろと考えなければならないときでもあります。 そういう意味では42歳の大厄は、最も重要なときであるといっても過言ではありません。 厄年は後で振り返ったときに、「あれは厄年だったのか」と思うことが多々あります。 そのときに気づていれば、もっと良い対処方法があったかもしれません。 迷信のようであなどれない厄年。 うまく乗り越えたいものです。

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男 の 厄年 は 何 歳 です か

人生の大きな節目として、日本人に深く浸透している伝統的な文化でもある厄。 厄は現代でも根強く残っており、男性女性問わず厄年には厄払い、厄除けなどをして人生に数回しかない厄に備えます。 どうしても憂鬱になってしまいがちな厄ですが、そんな厄年の男性に贈り物を考えているという人も多いのではないでしょうか? ただ、厄年の男性にプレゼントを贈る場合には、気をつけないといけないポイントがあります。 相手に失礼にならないようにマナーだったり、NGな贈り物かどうかをチェックしてから選ぶことが大事になってきます。 ということで今回は、厄年の男性への贈り物のタイミングやマナー、注意しておきたいことについて紹介していきます。 厄年の男性への贈り物のマナーは知っておかないと、失礼になってしまう可能性大ですよ! 人気コンテンツの目次• 男性の厄年はいつ?何歳が悪い年? 男性の厄年は25歳、42歳、61歳 男性の厄歳は25歳、42歳、61歳となっております。 一部の地域では干支の一周したタイミングの数え年13歳、25歳、37歳などが厄年となる場合もありますが、基本的には25歳、42歳、61歳で問題ありません。 厄年のことを忘れている男性も多いので、もし相手が気づいていない場合には教えてあげて、一緒に厄を落としに行ってあげるのもおすすめです。 パワースポット巡りなど、楽しい1日を過ごしながら素敵な一年にするための厄落としをしちゃいましょう。 特に気を付けたいのは42歳! 厄年の中でも男性は42歳が「大厄」と呼ばれ、最も厄年の中でも最も気を付けなければいけないと言われています。 この年齢の男性ならば、家族がいて子供もいることでしょうから、子供から父親に厄落としにプレゼント、縁起の良いプレゼントを贈ってあげると喜ばれます。 それだけで親にとっては素敵な1年の始まりになりますので、積極的にプレゼントを贈ってみて下さい。 もちろん、子供からでなくても他人から縁起の良いプレゼントをされるだけで幸せな気持ちになることは間違いありませんので、相手が厄年だと気づいたら素敵な贈り物をしてあげてくださいね。 一緒に読まれています > 前厄、本厄、後厄もあり! 男性の厄年は25歳、42歳、61歳が本厄と呼ばれ、本厄の前後1年が前厄、後厄となっています。 なので25歳が本厄であれば、24歳が前厄、26歳が後厄となるので、注意が必要です。 意外に厄年に関連する年は多いので、厄落としのプレゼントを渡す機会は多いかもしれません。 ただこの場合、厄年に毎回決まったプレゼントを用意するだけでも相手からすれば嬉しい贈り物になります。 不安になっている年なので、「何でも良いから縁起の良いものを持っていたい」というのが本音ですからね。 厄年の男性への贈り物はいつ渡す?喜ばれるタイミングとは? 元旦から立春までの間に渡そう! 厄年の贈り物として贈るのであれば、元旦から立春までの間に渡すのがオススメです。 せっかく喜ばれる縁起物のプレゼントを用意したのですから、渡すタイミングも縁起の良いタイミングを狙いましょう。 とことん良い運勢をもたらしてあげましょう。 縁起のいい日に渡そう!縁起の悪い日は絶対に避ける 日本において縁起の良い日と言えば「大安」が有名ですが、実は他にもあります。 年に5回ほどしかない、1年で最も縁起の良い日である天赦日、物事を始めるのに良いとされている一粒万倍日、特に金運の象徴と言われる寅の日と辰の日が縁起がいい日と言われています。 特に天赦日がオススメで、元旦から立春までの天赦日に渡すのが一番ベストなタイミングと言えます。 あまり知られていない日なので、「なぜ、この日に渡したのか」を一緒に説明してあげると、さらに喜ばれることでしょう。 一緒に読まれています > 誕生日でも大丈夫!喜ばれる日なら大丈夫 プレゼントを渡すのって意外と恥ずかしく感じる人も多く、「いきなり厄年だからと言って贈り物をするのは恥ずかしい」という人にオススメなのが誕生日です。 やはり誕生日という口実が最も贈り物をしやすく、相手も受け取りやすいと言えます。 誕生日に渡す場合は、「厄年の贈り物」としてではなく「誕生日プレゼントだけど、厄年だから縁起のいいものを」という形で渡した方がしっくりくるかもしれません。 誕生日は相手が純粋に欲しがっているものを選んで上げる方が喜ばれることは間違いありません。 なので、可能ならば誕生日プレゼントとは別で縁起物を用意してあげることがベストです。 厄年の男性へのプレゼントを贈るマナーや注意事項 縁起いいもの、縁起のいい意味のものを贈ろう! 贈り物を送る際にどうしても考えてしまうのが、「相手が喜ぶかどうか」ということです。 もらって嬉しくないと、そもそも意味がありませんからね。 確かに相手が欲しいものを渡せば間違いなく相手は喜んでくれるかもしれませんが、厄年の贈り物は誕生日プレゼントなどとは意味合いが変わってきます。 厄年の贈り物を選ぶ時は、必ず「縁起がいいもの」ということ最優先に考えるようにしてください。 相手が「なぜ、これがプレゼント?」と疑問に思った場合には、しっかりと意味を伝えることが大事ですよ。 長いもの、ヘビ柄、七色の物などの縁起物がポイント! 厄年の贈り物として、長いもの、ヘビ柄、七色のものが縁起がいいとされています。 長いものは長寿を連想させ、ヘビ柄はヘビが神様の使いであるということ、七色は七という数字自体が縁起がいいですし、苦しいという言葉を連想させる9という数字がないというのも大きく、数字を気にするのであれば七という数字は意識した方がいいと言えます。 なので、プレゼントでも「長い」という意味が含まれる長財布や、ヘビ柄の財布、そして長いベルトやベルトがある腕時計などは縁起物として知られています。 意外にファッションアイテムに縁起物が多いので、プレゼント選びはしやすいでしょう。 一緒に読まれています > 表書きは25歳が「五五祝い」、42歳が「六七祝い」、61歳が「還暦祝い」 熨斗の表書きは25歳が「五五祝い」、42歳が「六七祝い」、61歳が「還暦祝い」となっています。 厄年の贈り物に熨斗を使う場合は、表書きにも注意してください。 大事なマナーなので、知らないと恥をかきますよ。 厄年の贈り物の注意事項とタブーについて 厄年の贈り物を渡すときに「おめでとう」は禁句! 厄年の贈り物を贈る時は、絶対に「おめでとう」と言わないように注意してください。 特に相手が誕生日のタイミングで渡す場合や、熨斗に「お祝い」と書くので間違ってしまいがちですが、災難が起こる厄年になるということは決してめでたいことではありません。 この場合には、「厄年だから」と相手を気遣う言葉をかけたり、おめでとう以外のポジティブになるような明るい言葉を添えて渡すようにして下さい。 「厄年だから」と必ず一言添える! 厄年の贈り物というのはおめでたいから渡すものではなく、「相手が厄年を無事に過ごせますように」という気持ちで贈るものです。 なので必ず相手に「厄年の贈り物である」というのが伝わるよう、言葉も添えて渡すようにしてください。 不安になっているメンタルを少しでも和らげてあげることが大事です。 気分を晴れさせてあげることも、プレゼントを贈る大事な役割ですからね。 一緒に読まれています > 4や9などは厳禁! 厄年の贈り物をお金で渡す場合ももので渡す場合も、絶対に避けてほしいのが「4と9」という数字です。 日本のお祝い事において常識とも言えますが、「4は死」、「9は苦」を連想させるので非常に縁起が悪いとされています。 特に災難などが起こりやすく、相手も敏感になっている厄年のタイミングで渡す贈り物ということで、いつも以上に注意が必要です。 世間一般的に知られている不吉な数字なので、故意にその数字に関連するものを選ぶことはないと思いますが、うっかりの場合も無くすようにしてくださいね。 まとめ 厄年の男性の贈るプレゼントのマナーや注意事項を紹介してきました。 いかがだったでしょうか。 厄年の男性は、その年への不満や不安を少なからず抱いています。 だからこそ、相手に失礼なものを贈ると、さらに不満や不安を増幅させてしまうことになります。 相手の心配を少しでも和らげてあげるとこと、もらって嬉しい気持ち・幸せな気持ちにさせるプレゼントを選んであげてくださいね。 あなたから幸せをプレゼントしてあげることが大事ですからね。 一緒に読まれています > >.

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厄年の男性への贈り物はいつ渡す?プレゼントのマナーや注意事項

男 の 厄年 は 何 歳 です か

厄年は、災難や不幸が降りかかるかもしれないとされる年齢のことです。 厄年の捉え方は、地方の習わしによって異なってきます。 ここでは厄年についての知識を紹介していきます。 厄年とは 厄年(やくどし)とは、古来日本で信じられてきた年齢の事で、災難や不幸が降りかかるかも知れないとされている年齢です。 厄年には、お祓いをしたり引越し、結婚など人生の大事を避けたりする習わしがあります。 不幸を避けるため、とされている厄年は陰陽道を由来とする説もあります。 いずれにせよ、厄年に科学的な根拠は証明されていません。 しかし、厄年の風習は平安時代から現代まで存続しています。 その頃は衛生環境も食糧事情も現代ほど整っておらず、かつ、戦乱も多かった事から日本人の寿命は今よりもずっと短かったのです。 寿命が今ほど長くなかった当時では、中年に差しかかる年齢になると、自分自身の体調の変化に敏感になる必要があったのでしょう。 男女ともに30代、40代となれば若い頃のような体力はなく体調面で変化が顕れるのは、昔も今も変わりません。 厄年の出産における捉え方 古来厄年には、厄を除けるためにお祓いをしたり、引越しや転職、結婚など人生の大事を避けたりする習わしがありました。 厄年の年齢になると、人生の節目でもあり体調の変化に注意して健康面に気遣う事を自覚させる意味なのでしょう。 女性にとって、人生の大事に妊娠・出産があります。 女性の厄年(本厄)は数え年で、19歳、33歳、37歳、61歳となっています。 前後に前厄、後厄がありますから、現代では女性の厄年は十分妊娠・出産可能な年齢と言えます。 厄年の出産はどう考えればいいのでしょうか。 厄年に科学的根拠はありませんが、妊娠・出産という命に関わる大事だけに厄年には避けた方がいいのでは?と心配される女性も多いと思います。 風習として残る厄年に避けるべき事の例には、結婚、新築、引越し、起業(独立)・転職が上げられています。 お気付きの通り、 妊娠・出産は含まれていません。 地域により厄年の風習・しきたりは変わりますが、 厄年の出産は、『子どもが厄を落としてくれる』として、厄年の出産はむしろ歓迎される事と捉える考えもあるのです。 繰り返しますが、厄年に科学的根拠はありません。 しかし、出産は医療の発達した現代においても、女性にとって身体的にも心理的にも負担の大きな出来事に変りはありません。 そんな気持ちも体も不安定になる妊娠・出産に厄年という風習が重なれば、科学的根拠がないとはいえ、女性当人、周囲の家族や友人も不安になるのは当然です。 ここは「気持ちの問題」として、割り切って何もしない。 または、安産祈願をして気持ちを落ち着かせる。 この二つのどちらかでしょう。 出産の主役は女性ですが、パートナーの協力が欠かせません。 母となる女性、生まれてくる子どもの事を第一に考えて、安心して出産できる環境を整えてあげましょう。 厄年の結婚における捉え方 先述の通り、厄年には科学的根拠はありません。 従って、女性が十九歳で結婚したり、男性が四十二歳で初婚であったりしても現実的には何の問題もありません。 ただ、古くからの言い伝えで「 厄年には大事を控える」風習が残っているだけです。 結婚は二人が主役の人生最大のイベントです。 二人の気持ち次第で、古い風習、迷信も気にする必要はないでしょう。 前厄の年に結婚して、二人の新生活(本厄)を新たな気持ちと引き締まった生活態度で迎える。 あるいは、厄落としをして心身を清めて新しい生活に臨む、といった厄年の結婚をポジティブに捉えるカップルも多いようです。 厄年とは、「悪い事が起きる時期」ではなく、「 体調、環境の変化に気遣う時期」と考えれば結婚をネガティブに捉えるより、計画性を持つ、確認を怠らないといった慎重かつ確実に結婚の準備を進める、と考えてもよいのではないでしょうか。 そうは言っても、やはり周囲の人たちからの意見もあるのが現実です。 周囲からの意見にも一度耳を傾けたうえで、「こういう厄落としもしたし、大丈夫」と説得できるような余裕があれば、厄年の結婚であっても周囲は納得してくれるはずです。 厄除け祈願の厄落としは気持ちの問題です。 「厄除けしたから安心」ではなく、「厄年だから自分自身で気を付けよう」という自らへの注意喚起と捉えましょう。 女性の厄年の年齢 厄年は現代で使われている満年齢ではなく、数え年で判断します。 数え年とは、 厄年の元日(1月1日)になると満年齢に2才を加え、その年の誕生日に1才を加えて計算します。 さらに厄年には女性と男性で年齢が異なります。 女性の厄年は数え年で以下のようになります。 前厄 本厄 後厄 18才 19才 20才 32才 33才 (大厄) 34才 36才 37才 38才 60才 61才 62才 女性の大厄は数え年の37才とされ、厄年の中でも最も大きな災難・不幸が訪れるとされています。 中厄は女性なら19、37才、小厄は男女の別なく1、4、7才とされています。 女性の大厄である33才と言えば、今でこそ元気で妊娠・出産も可能な年齢ですが、平安から江戸時代では平均寿命とも言われていた年齢です。 寿命の短い時代だったからこそ大事を控え、身体を大切にして健康と長寿を願ったのでしょう。 男性の厄年の年齢 一方男性の厄年は、というと以下の通りです。 前厄 本厄 後厄 24才 25才 26才 41才 42才(大厄) 43才 60才 61才 62才 女性の厄年が人生で4回あるのに対して、男性のそれは3回と少なくなっています。 出産で命を落とす事もあった時代の風習でもあり、女性を守る意味で厄年を男性より多く設定し、命を守る意味があったのかも知れません。 それほどまでに、当時は医療も食糧事情も今ほど恵まれていなかったのです。 男性の大厄は42才とされています。 江戸時代の42才と言えば、「老人」の域に達する年齢です。 40代で老人扱いとは現代では考えられません。 今でも70才になると「古希のお祝い」をする風習があります。 昔は70才まで生きることは「古くから希(まれ)」とされていました。 70才まで長生きする事が希なら、42才まで健康である事はこれまでより一層健康に気を遣い、長寿を願って厄祓いをしてもおかしくありません。 では、厄年の厄祓いとはどうすればいいのでしょうか。 一般的な厄祓いの方法は、神社・お寺にお参り(厄除け祈願)する方法があります。 できれば、前厄、翻訳と厄除け祈願をして無事に厄年を終える事ができたら、「お礼参り」を後厄の年にしましょう。 神仏に頼むのはもちろんですが、厄年とは体調面を気遣う年齢になったと自覚する年齢でもあるのです。 厄年に出産したときの儀式「捨て子」とは? TVドラマ「暴れん坊将軍」をご存知でしょうか。 八代将軍徳川吉宗を主人公とした時代劇で、暴れん坊の名の通り、江戸幕府の将軍でありながら浪人に身を隠して市井の悪を叩く痛快な時代劇でした。 実際の徳川吉宗は、享保の改革を断行した事で有名です。 現代の裁判判例集とも言える「公事方御定書」を作らせたり、市井の人の意見を聞く「目安箱」を設置したりと歴史に名を残しています。 実は、その徳川吉宗が厄年の出産に関係していたのです。 吉宗は、紀州藩二代藩主徳川光貞の四男として現在の和歌山に生まれました。 この時、父・徳川光貞は四十歳だったのです。 江戸時代の頃には「厄年に二歳の子どもは親に不幸をもたらす」と言い伝えられていました。 つまり、父親が四十歳の時に生まれた子・吉宗が二歳になる時、父親・光貞は男性の厄年である四十二歳になり、子どもが親の不幸の原因になる事を恐れた、と言われています。 この「厄年に二歳の子どもは親に不幸をもたらす」という言い伝えに従って、生まれたばかりの吉宗は一度「捨て子」となるも、父親・光貞が産土神と信仰していた岡の宮神主に拾ってもらい、その後吉宗は神からの賜り物とされ、大切に育てられました。 一度捨て子とした後、あらかじめ示し合わせた縁ある人に拾ってもらう事で「厄落とし」の意味を持たせたのでしょう。 「捨てる」と「落す」を厄にかけたのです。 この故事にちなんで、厄年の出産を特別視する習わしがあるのです。 地域によっては、男の子だけ捨て子のマネをする、あるいは川を越えて捨てるフリをする、などパターンに種類があったようです。 いずれも、大切な我が子の健康、無病息災を祈願するおまじない的な習わしでした。

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