小林剛。 麻雀プロ 小林剛プロの魅力とは

小林剛、史上最大の下剋上!! ボーダーからの大逆転劇、フェニックス直撃の一本勝ち!!

小林剛

何だか可愛いですね。 雀風はスピード重視のデジタル派で、役牌の1鳴き早仕掛けが多いとか。 キャッチフレーズは「麻雀サイボーグ」、「スーパーデジタル」という異名です。 何と、小林プロはお店に勤務しています。 そのお店は健康麻雀チェーン店のまーすたにで、下北沢店、王子店に勤務しています。 ニコニコ生放送、FRESHのスリアロチャンネルやAbemaTVの麻雀番組に多数出演していて、常に冷静沈着な毒吐きキャラですが、シュークリームやプリンといったスイーツが好き。 本人は麻雀の練習はまったくしないと公言していますが、真相はわかりません。 第四期天鳳名人戦第一節にて、4半荘連続でラス(4位)となってしまった(4ラス)その日のTwitterで小林プロは顔文字 ゜ー゜ それが話題になって「よんらすくん」と名付けられ、今もファンの間で使われています。 学生時代は塾講師のアルバイトで小学生に算数を教えていたそうです。 獲得タイトル 将王 3期 第3期、第7期、第9期 第三回野口恭一郎賞 受賞 天鳳名人戦 2期(第一期、第二期) 麻雀最強戦2014新鋭代表決定戦 RTDリーグ2018 優勝 Mリーグ成績 2018年はMリーグ成績こそ不調でしたが、RTDリーグではしっかり優勝をもぎ取っています。 2019年シーズンはMリーグも好調なので実力は確かと言えるでしょう。 スポンサーリンク 結婚と嫁について あさぴん結婚式にきてます! — 小林剛 supatechi 小林プロの結婚を調べていたら、こんなツイートをみつけました。 これは、朝倉プロの結婚式に小林プロが出席したという報告です。 小林プロは結婚していませんし、彼女の噂もないよう。 朝倉プロを見習って、素敵な方と結婚できるといいですね。 東京理科大学は優秀ですね。 バイトの塾講師で算数を教えていたそうですから、理系が得意なのでしょう。 出身高校は東京都立八王子東高等学校です。 この学校は偏差値71という進学校で、ほとんどの生徒が四年制大学に進学しています。 やはり小林プロは優秀です。 年収はどのくらい? 小林プロはプロとしての活動の他、お店にも勤務、本も出しているので、なかなかの年収ではないでしょうか。 Mリーガーの最低年棒は400万ですが、小林プロは他の仕事もしているので、年収は1000万はいくのではないかとおもいます。 参考までに高宮まりプロが2018年に「給与明細」という番組に出演した際には年収1000万円ほどと公言していました。 高宮まりプロは女流でもトップクラスの人気雀士なので、超人気の麻雀プロでそのくらいだと思われます。 ちなみに麻雀プロはプロ団体に所属するだけでは1円も稼げません。 プロの肩書を使い自ら仕事を取ることで始めてお金になる職業なので実は結構大変なんです。

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【Mリーグ】U

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個人的には、私そんなに守備型だったんだなぁ わせりんさんからしたら間違ってるかもしれませんが と参考になりました、ありがとうございます😊— 魚谷侑未 yuumi1102 本当に本当に自分でこんなことを言うのもなんですが、 Mリーガーのみなさんって自分に対して絡めば絡むほど 損しかしないですよねwwww でも、こうやって麻雀に対して真摯に取り組むプロは雀力うんぬんではなく本当にプロだと思います。 すごいですよね。 さて、今回はパイレーツの 船長こと小林剛プロです。 パイレーツの なので最後の砦は小林剛プロとなるでしょう。 もちろん、瑞原プロや石橋プロもいるんですがイメージや雀力的に小林プロの存在は大きいですよね。 デジタル、鳴き多用みたいなイメージがあるとは思いますが実際はどうなんでしょうか。 船長を名乗る実力はあるのでしょうか?どこよりも詳しく検証していきたいと思います。 この数字はあくまでも Mリーグのなかで圧倒的に高いだけであり、フリーの麻雀やネット麻雀をする人にとってはこの数字自体は 普通の数字です。 Mリーグは鳴いた方がいい、いや鳴かない方がいいと言う議論は置いといて、小林プロは判断的には読者のみなさんと同じような副露判断をすることが多くMリーガーの中では 一番真似をするといいプレイヤーかもしれません。 さて、今回の記事は 全体的にかなり勉強になると思います。 特に後半に出てくる、どちらの愚形を落とした方がいいかという部分の思考はみなさんの雀力の向上に大いに役に立つと思うので楽しく読んでいただけたら。 最後の事件簿の選択もシンプルですがかなり難易度が高くなっていると思います。 それでは元気よく日本一ためになる、Mリーグ批判記事に参りましょう。 今回のこの記事は、 11月19日に行われたMリーグ予選の第二試合目を取り上げてます。 というかこの半荘取り上げるの3回目ですねwww 多井さん、魚谷さん、そして今回。 この試合は難しい判断が多くて非常に実力が反映されるものになっていたので仕方ないですね。 あと単純に変な打牌する人との同卓した試合を除くと、そもそも取り上げることができる 試合がほとんどありません。 おい!わせりんこと早稲田直也!楽するんじゃねえ。 という批判はなしでお願いします。 楽していません。 (一応この基準で試合は決定しています) 今回も取り上げる打牌が多いのでいつもよりもかなーりかなーりコンパクトにシンプルに解説しています。 ポイントの確認は今回は意味ないので省略します。 ここで、小林プロは打7mとしています。 普通は打1pとしそうです。 チートイのイーシャンテンなのですから二枚切れの1pは先に切りそうです。 しかし私は打7mはいいと思います。 理由が二つあります。 対して1pは安パイとして二人に切れて一応見た目で1枚残っている。 二つの理由でこれは先に7m切っておくことはいいと思います。 ほとんどのツモ牌で7m以外の牌に待ち候補を変えそうなのでここで先に切っておけという感じですね。 私も7m切りそうです。 というかこの場面で二枚切れを残す人ってなかなかいないと思うんですが、それが小林プロだったことに驚きました。 なんか淡白に枚数にとるイメージですよね。 すごいと思います。 この局には続きがあります。 これはいただけません。 先ほどと違い、今度は3pがそこそこ良さそうです。 上家と下家が序盤に1pを切っています。 1pが三枚見えており、通常よりもいい3pです。 安全度は今回の判断にはあまり関係ないですが一応7mよりは明らかに安全ですよね。 ここは 1pか5sを切るべきでしょう。 3p単騎であれば待ちとしてはそこそこということでリーチもあり得ますし、何よりもイーシャンテンでこの良さげな牌を手放すのはナンセンスだと思います。 ちなみに・・・ \やあ/ これは結果論なんでどうでもいいですが供託が2200点ある場面のテンパイ逃しは痛いですよね。 チートイは残す単騎がすなわち受け入れにも最終的な待ちにもダイレクトに影響するので、きちんと選ばなければなりませんね。 小林プロらしくないミスだったと思います。 これは、本当に難しい判断ですね。 私も正解がどれかとはわかりませんが候補がいくつかありますのでそれぞれ見ていきましょう。 その上で自分が何を切るかを述べたいと思います。 まず状況の確認です。 親の沢崎プロがダブ東含みのピンズのホンイツっぽく見える仕掛けをしています。 小林プロはその親の上家になるのでピンズを切ると鳴かれるかもしれません。 そのことを踏まえて、ここで何を切るか考えてみましょう。 メリットとしてはとりあえずのテンパイに取れることと、下家に対してピンズを現時点で切らないでいいというメリットがあります。 また、一応69p 6枚 ツモでの良形への手替わりがあります。 デメリットとしては、ピンズの染めがいる状況でダマとしては非常に弱いピンズ愚形待ちのテンパイになります。 待ちも打点も手替わりも悪いので のちに引いたピンズの大半でほとんど降りることになりそう。 ということですね。 メリットとしては9pを切っておくと、14m、586p、35mで良形の手替わりとなります。 特に下家がピンズの染めっぽいのでマンズ待ちになる手替わりは非常に優秀で、マンズ部分であれば愚形待ちで下家の沢崎プロとのめくり合いなら勝負にはなりそうです。 デメリットとしては下家の仕掛けにピンズを 二枚切らなければいけない可能性が高い。 ということが 圧倒的なデメリットでしょう。 手替わりをマンズ部分に集中させて強い待ちを作りにいく打牌ですね。 なぜ7pかというと 上家が4pを切った巡目だからです。 メリットとしてはピンズを切るが他のピンズを切るよりは現時点ではリスクが少ないということでしょう。 デメリットとしてはこれもピンズ二枚を切って勝負しなければならないということですね。 ラス目なことも相まって、ピンフのリーチでもそこそこの価値になりそうです。 (ピンフのみのリーチは平均打点3500点程度、供託を合わせて5300の収入くらいになります) また、ここまで言ってきてなんですが下家がホンイツがどうか定かではありません。 下家は全て手出しなんですが、よくみてください。 最後に3mが出てきています。 これはホンイツを否定する材料というよりは ホンイツじゃない可能性を追っている手牌の可能性を示唆しています。 もちろんホンイツのターツが足りたから3m切ったという可能性もあるのですが、ホンイツにするときには絶対に3mは使えませんが、ドラに関しては3mが使えるのでどちらかというと 3mを残す意味が大きいのはドラ絡みです。 ピンズだけでなくドラの周りの愚形、ドラヘッドのピンズマンズの両面の可能性などなどホンイツじゃないパターンが多くなってます。 さらに、仕掛けているのが沢崎プロです。 いい意味で鳴きの正体がわかりません。 そういったことを全部含めて自分は9pを切ってテンパイを外しそうです。 どれがいいかは自分でここの意見を参考にして決めてみてください。 お願いします。 供託が3100点ありますね。 2000点のテンパイですが、あがると5100点ほどの収入になります。 それでも私はリーチしそうです。 ピンフドラ1というのは打点的に 一番リーチした方がいい手です。 事実、 ピンフドラ1のリーチは平均打点が6000点ほどになります。 とすると、このリーチをしないためには理由がめちゃくちゃいります。 親リーチの現物とはいえ、ラス目であり待ちも見た目であと6枚あります。 この程度の理由ではリーチをしないということにはならなそうです。 供託が3100だと見た目の残りが4枚くらいで考える感じでしょうか。 供託なしだと残り3枚とかでもリーチがいいことが多いでしょう。 でしたよね。 ふーーーーーーーーーーーーーーーん。 これは カン4pの方がいいでしょう。 愚形のテンパイ待ち受けにはコツがあります。

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【週刊Mリーグ】麻雀サイボーグ・小林剛プロ 優勝へのヤミテン

小林剛

読み:コバヤシ, タケシ 、 Kobayashi, Takeshi 奈良国立文化財研究所所長のは、5月26日午前1時40分脳出血のため奈良市の自宅で死去した。 6月4日午後2時から同研究所葬が行なわれ、従三位勲三等を賜わった。 明治36年10月1日水戸市に生まれ、大正15年3月水戸高等学校文科甲類を卒業し、同年東京帝国大学文学部美学美術史学科に入学、日本美術史を専攻した。 昭和4年3月同校を卒業し、同年9月、東京帝室博物館美術課に入り鑑査官補となりこの頃から日本彫刻史の本格的研究に専心した。 この頃の論文には昭和5年1月の「漆と工芸」344号に発表した「唐招提寺金堂本尊昆盧舎那仏像の作者について」がある。 同5年2月には入営したが、11月には除隊となり、同6年1月には、日本美術の宝庫である奈良帝室博物館に転勤した。 これより「東洋美術」「美術研究」に多くの論文を発表したが、殊に同8年11月に奈良帝室博物館から発行した「鎌倉彫刻図録」と同9年7月に岩波書店より発行した岩波講座「鎌倉時代の彫刻」はその頃の研究の成果を示すものである。 昭和10年6月には、再び東京帝室博物館にもどり、11年10月には、欧米に出張、翌12年7月に帰京した。 昭和13年には帝室博物館鑑査官となり、これより昭和13年10月に臨時召集によりソ満国境に行くまでの3年間に発表した代表的な論文としては、14年5月発行の画説29にのせた「貞観彫刻の様式に関する一考察」や、同年9月発表の「建築史」1の5所載の「室生寺の貞観彫刻について」、同年8月発行の「考古学雑誌」30の8所載の「白鳳彫刻史論」等がある。 単行本としては16年10月地人書館発行の「日本彫刻史」がある。 その後、大東亜戦争の勃発と共に同氏は再度、召集され、昭和20年10月8日に復員し、国立博物館調査課に勤務した。 日本彫刻史の研究も、精力的に行なわれ、21年9月には、「国華」654に、及び655に「東大寺三月堂の研究」を発表し、22年7月には、「御物金銅仏像」の大著を国立博物館から出し、同年12月には、それまで書いた論文をまとめた「日本彫刻史研究」を養徳社から出版した。 昭和25年9月には、東京国立博物館より文化財保護委員会保存部美術工芸課に移り、重要文化財の指定や保存の仕事に従事したが、奈良に新たに奈良文化財研究所が出来るに及び、同所の美術工芸研究室長として再び奈良におもむいた。 この間発表した代表的論文としては26年3月発行の「仏教芸術」11号に「室町時代に於ける椿井仏所」、26年12月発行の「国華」717号所載の「仏師法印長勢」等があり、27年7月には藤田経世氏と共に、創元社より「日本美術史年表」を編集し、学会に寄与した。 昭和28年12月には「日本彫刻史における仏師の研究」により文学博士となり、同36年2月には文化財専門審議会専門委員、同年7月には奈良国立文化財研究所所長となった。 この間は最も研究活動の活発な時期で、代表的論文としては、28年3月発行の「大和文華」9号に「仏師法眼院覚」、同年4月には「国華」733、734号に「三条仏師明丹」、同年9月の「大和文華」11号に「円成寺の阿弥陀如来像と大日如来像」、同年10月発行の「大和文化研究」1号には「椿井仏師舜覚房春慶」、同年12月「大和文華」12号には「大仏師法印湛慶」等を発表した。 さらに29年12月には、「仏教芸術」23号に「俊乗房重源の肖像について」、30年5月発行の「南都仏教」2号には「東大寺の天平彫刻雑考」、同年12月発行の奈良国立文化財研究所学報3には「国中連公麻呂」、32年3月発行の「仏教芸術」31号には「仏師善円、善慶、善春」、33年11月発行の「国華」800号には「六波羅蜜寺の十一面観音像について」、35年1月発行の「大和文化研究」21号には「東大寺中性院の弥勒菩薩立像」、同年2月発行の奈良国立文化財研究所学報8には「室生寺金堂五仏について」、37年5月発行の「大和文化研究」49号には「興正菩薩叡尊の文殊信仰とその造像」を発表した他、美術全集、日本歴史大辞典、世界大百科事典等の解説等多数執筆した。 またこの時期の単行本としては29年9月奈良国立文化財研究所発行の「仏師運慶の研究」、31年3月同所発行の「西大寺叡尊伝記集成」等がある。 昭和36年7月には奈良国立文化財研究所所長に就任、その後いくつかの委員を兼務し、文化財行政にたずさわった。 すなわち38年11月には奈良国立博物館評議員、43年7月には文化財保存審議会専門調査会臨時専門委員、44年3月には日本万国博覧会協会美術展示委員会委員等がそれである。 こうして多忙なうちにも研究活動は続けられた。 38年2月には近畿日本叢書の「東大寺」に東大寺の彫刻」を発表、39年8月発行の同叢書「飛鳥」には「飛鳥地方の彫刻」を発表、41年10月「仏教芸術」62号には「西大寺における興正菩薩叡尊の事蹟」、42年5月の「仏教芸術」64号には「唐招提寺金堂の諸尊像」、43年12月発行の「仏教芸術」69号には「唐招提寺の鎌倉復興」を発表した。 この間の単行図書としては、37年5月に奈良国立文化財研究所発行の「巧匠安阿弥陀仏快慶」、39年11月に宝山寺より刊行された「宝山湛海伝記史料集成」、40年奈良国立文化財研究所から刊行された「俊乗房重源史料集成」等がある。 なお、同氏の研究業績の全貌は「故先生著作目録稿」として奈良国立文化財研究所有志により昭和44年6月に出版されている。

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