ありがとう 理由 は 何 も ない ん だ よ 歌詞。 SMAP ありがとう 歌詞

【ありがとうの歌】感謝を伝えたい!シーン別おすすめ感動ソング&歌詞紹介

ありがとう 理由 は 何 も ない ん だ よ 歌詞

こんにちは。 精神科作業療法士の大祐です。 今日はタイトルの通り ありがとうとごめんなさいが言えない人の 心の内側について考えていきたいと思います。 実際に患者さんと話していたりする中で この二つの言葉が言えなかったり 言われなかったりすることが多いという 話しをよく聞きます。 よく コミュニケーションを円滑にするためには 感謝の心を持ちましょう。 ということを本やネット、学校の先生も 言うことがありますよね。 あなたも聞いたことがあると思います。 感謝するという言葉から 連想するのはやはり 「 ありがとう」という言葉が その代表ですね。 感謝には「ありがとう」以外にもう一つ あります。 それは「 ごめんなさい」です。 この二つの言葉が言えることで 初めて感謝を相手に伝えることできます。 どういうことなのか詳しく書いていきますね。 ありがとうとごめんなさいが言えない人 感謝と言うと「ありがとう」ですが、 実は「ありがとう」だけでは 本当の感謝ではありません。 感謝には謝るという文字が入っていますが 本当の感謝の意味は 「ありがとう」と「ごめんなさい」の 両方の気持ちを素直に伝えられることです。 「ありがとう」と「ごめんなさい」の心理 コミュニケーションは相互通行で成り立ちますが 「 ありがとう」は 自分が相手から受け取っている状態。 「 ごめんなさい」は 自分を相手に差し出している状態。 どちらも矢印が一方通行です。 これではコミュニケーションになりません。 「 ありがとう」と「 ごめんなさい」の 両方の気持ちが伝えることが出来て 初めて相互通行になります。 「ありがとう」は言えるが「ごめんなさい」は言わない。 人によっては「ありがとう」は連発して言えるのに 「ごめんなさい」を言う抵抗を持つ人がいます。 そういう人の心の内側で多いのは 「ありがとう。 私はあなたの気持ちを受け取ってあげた」 と認識していることが多いです。 「ありがとう」は、自分と相手の立場が対等か もしくは自分の方が上の場合にも使われます。 これに対して「ごめんなさい」は、 自分を相手に差し出す事ですから 自分を相手より対等以下におかないと 言えない言葉なのです。 ですから、 ごめんなさいを言わない人は 勝ち負け、優劣で人間関係を考えている人です。 その人があなたにとって大切な人ならば もっと素直に 「ごめんなさい」を言ってみてみてください。 勝ち負けなんてどうでもいいことです。 仕事でお客さんや上司には 申し訳ございませんでしたと言えるのに 大切な家族や友人に言えないのは おかしな話しです。 自分にそのつもりがなくても 相手を傷つけてしまうこともあります。 そんな時相手に向かって 「あなたの勝手な思い込みでしょう」と 言ってしまったら、 その人との信頼関係が崩れておしまいです。 言い訳ばかりを先に言っていたら相手は 心を閉ざしてしまい、聞く耳を持ってくれません。 素直にごめんなさいと言えば 相手もこちらの言い分を聞いてくれる。 そして誤解が解ける。 信頼関係はこうやって 築かれていくものだと思います。 スポンサーリンク ごめんなさいばかり言う人 逆に本来「ありがとう」と言う所で 「すみません」や「ごめんなさいと」と 言う人がいます。 その人の心の内側で多いことは 「ごめんなさい。 こんなダメな私でも見捨てないでほしい。 嫌わないでほしい。 」です。 この人の中では、 いつも自分は相手より下の存在なのです。 「ありがとう」だけでは、いつも自分が相手より上で 優越感に浸っていないと気がすまない人も ごめんなさいばかりで いつも自分を相手を下に置いて おびえている人も 幸せには気づきにくいです。 「ありがとう」、「ごめんなさい」の 両方がなければ 本当の感謝とは言えませんし、 相手に伝えることもできません。 ありがとうとごめんなさいの両方が言えない人 どちらの言葉を 伝えることができない人がいます。 これは プライドを維持したいだけ 相手の気持ちが分からない が考えられます。 プライドを維持したいだけの人 プライドが高い人は ありがとうと言わなくても 分かるでしょと考えていたり ごめんなさいと 自分を差し出す言葉になると 自分を否定することだと極端に感じ 言いたくないと考えている傾向があります。 こういう人は 自分のことしか考えることが できない人です。 自分だけがよければ それで良いと思っています。 今あるものが 当たり前にあると思っています。 相手の気持ちが分からない 相手の気持ちを汲むことが できずに感謝を伝えることが できないパターンです。 これはいろいろな要因が あると思いますが 病気を疑うことも 視野に入れないといけないですね。 発達障害を持っている人は この傾向が多く見られます。 この場合は 病院に通い支援を受けることで 改善を余地があります。 ただ独自に判断することなく 一度病院へ受診することが 大切です。 まとめ ありがとうとごめんなさいを言えない人 の心の内側を考えてきました。 あなたが感謝を伝えることは この二つの言葉をしっかり言えることです。 どちからに偏っても伝わりにくいと 考えています。 あなたはどうですか? 大切な人に ありがとうとごめんなさいと 言えてますか? よく相手が言わないから 私も言わないという人が いますが、それは間違いです。 まずは 自分から伝えることです。 ありがとうとごめんなさいを 自分で伝えること。 そして自分が感謝を伝えたいから この言葉を使っていることを あなたの大切な人に教えてあげてください。 すると相手も 心には何か響くものがあります。 ありがとうとお礼を言われ ごめんなさいと素直に間違いを 認めることができる。 素敵な言葉です。 変なプライドを維持したいために この素敵な言葉を言わないのは とてももったいないと私は感じています。

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熊木杏里 誕生日 歌詞

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あなたは普段どんな時に「ありがとう」と言っていますか? 先日、コンビニで買い物をした際に店員さんに「ありがとう」と言うか?言わないか?がネット上で議論になっていました。 様々なところで話題になっていたこの件に関して、私ははてなブックマークで2つのコメントを付けていました。 1つ目は、この問題を取り上げていたある方の記事へのコメント、2つ目は自分の記事のブックマークコメントを見てのコメントです。 私もコンビニやスーパーで「ありがとうございます」といいます。 食べ物屋さんなら「ごちそうさま」。 理由は特に考えたことないのですが、多分、ありがたいから、感謝しているからなんだと思います。 2018年2月18日 私はぶっきらぼうだろうでも「ありがとう」といっているような気がします。 もし感じの悪い対応でも「ありがとう」といえば、脳は感じが良かったと勘違いしてくれるし、誰も嫌な思いをしなくて済む気がするから。 2018年2月27日 このコメントを振り返って、ふと思いました。 「私はどうして「ありがとう」と言っているのだろう?」と。 私自身、普段何気なく「ありがとうございます」と言っているのですが、感謝ではなく惰性や利己的な理由で言っているということはないのだろうか。 そんな思いが頭を過ぎったのです。 今回は、私が「ありがとう」と言う理由について考えてみます。 そもそも「ありがとう」ってどういうことだろう 「ありがとう」という言葉について、具体的に誰かに教えてもらったという記憶はありません。 ですが子どもの頃、親に促されるまま「ありがとう」といううちに、なんとなくこういう時に「ありがとう」って言うのだなということが分かるようになり、そのまま現在に至っているような気がします。 大辞林 第三版の解説によると「ありがとう」とは ありがとう【有り難う・有難う】 感謝の気持ちを表す言葉。 感動詞的にも用いる。 「教えてくれて-」 「どうも-」 〔丁寧な言い方では、下に「ございます」「存じます」を付けて用いる〕 とあります。 漢字で 「有り難う」と表記するように、本来の意味は「ある」ことが「むずかしい」こと。 つまり 「滅多にないこと」「あり得ないこと」「存在し得ないこと」が起こったときに神様を賞賛する言葉だったそうです。 それが室町時代から、神様だけではなく人にも使われるようになり、今日の自分以外の他者に対して感謝やお礼の意思を伝える言葉になったそうです。 普段どんな時に「ありがとう」って言ってるのだろう 先にも述べた通り、私自身は普段さまざまなところで「ありがとうございます」といっています。 「コンビニ」や「スーパー」などのお店で買い物した時はもちろん、会社のビルで掃除をしていただいている清掃員の方、エレベーターの乗り降りを譲ってくれた方、仕事をご依頼いただいたクライアントや、仕事を仕上げてくれた協力会社の方、手伝ってくれた上司や同僚、そして自分の子ども。 買い物の際などは、店員さんより先に「ありがとうございます」といっている時もある程です。 でも、それって ただ習慣化しているだけなのでは?本当に「感謝」しているの?ふとそんなことが気になりました。 その「ありがとう」は何に感謝しているのだろう では、 私は何に感謝して「ありがとう」と言っているのでしょう。 改めて考えてみると、どうも人に対して「ありがとう」と言っていないような気がするのです。 私の場合、例えばコンビニやスーパーなら「モノを売っていただいたこと」に、清掃員の方には「いつもきれいにしていただいていること」に、エレベーターなら「乗り降りを譲っていただいたこと」に、仕事なら「仕事をいただけたこと」「やっていただけたこと」「お手伝いいただけたこと」に。 どうも 人ではなく「していただいたこと」に対して「ありがとう」と言っているような気がします。 これらの「していただいたこと」は、モノによっては一見、当たり前のように思えてしまうこともあるかもしれません。 例えば「コンビニ」や「スーパー」のようなお店なら、商売なのだからお金を支払ってくれるお客様にモノを売るのは当たり前というように。 でも見方を変えると「そのお店が販売してくれるおかげで、私は生産者の所まで行かなくても様々な商品を入手できる」と思うのです。 本当に有難いことだと思います。 自分一人では出来ることは限られているからこそ、社会はいろいろな役割分担をしながら支えあっていると私は思います。 だからきっと私は、自分の代わりに「していただいている」ということに「ありがとう」といっているのだと思うのです。 利己的な「ありがとう」かも? 人にフォーカスしてしまうと、どうしても「ありがとう」と言いたくない気持ちになってしまうことが、私はあります。 例えば、ひどくぞんざいな接客の店員さんにフォーカスしてしまうと、とても「ありがとう」なんて言いたくないと思ってしまいます。 そんな時も「していただいたこと」に目を向ければ(今日はムシの居所が悪いのだろうか)と思いながら「ありがとう」といって店を立ち去ることができます。 (もっとも、次からは別のお店を利用するかもしれませんが) 例えば、あまり好きではない人に何かをしてもらった時、その人のことを考えてしまうと素直に「ありがとう」と言いたくない自分が顔をのぞかせます。 そんな時も「していただいたこと」に目を向ければ、笑顔で「ありがとう」といえそうです。 もし、感じの悪い接客をされたり、恩着せがましい態度をとられても、それに対して「嫌だな」という気持ちを選択してしまうと、その後、しばらくその「嫌だな」という気持ちに囚われてしまいます。 それよりは 「ありがとう」とポジティブな言葉を言っておけば、自分自身も「嫌な気持ち」にならないで済むと思うのです。 でも、そんな「ありがとう」は、なんだか少し利己的な気もします。 私の特別な「ありがとう」 たぶん私は、誰かに素直に「ありがとう」というのが苦手です。 昔から、持ち前の自己肯定感の低さから、自分に対して他の人が優しくしてくれたり、良くしてくれたりすると戸惑ってしまうこともありました。 そんな私にも、今ではたった1つ、特別な「ありがとう」があります。 それは自分の子どもへの「ありがとう」です。 子どもへの「ありがとう」は『存在してくれていることへの感謝』。 ただ、いてくれることの「奇跡」に対する「有り難う」です。 もちろん、洗濯を手伝ってくれたり、気をかけてくれることに対する「ありがとう」もありますが、そんなことがなくても、ただ無条件で「ありがとう」なのです。 こんな無条件の「ありがとう」を、私は子どもに出会うまで知ることはありませんでした。 でも、今はこんな「ありがとう」があることを信じることができます。 なので、もしかしたら、この無条件の「ありがとう」を、いつか自分自身に向けることができる時がくるかもしれません。 きっと、それこそが「自己受容」なのだと思います。 私が「ありがとう」を言う本当の理由は、私自身が救われるため。 社会に「ありがとう」と感謝の気持ちを表しながら、自分自身の存在を認めることをしているのかもしれません。 あなたは普段どんな時に「ありがとう」と言っていますか? b204638.

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こんにちは。 精神科作業療法士の大祐です。 今日はタイトルの通り ありがとうとごめんなさいが言えない人の 心の内側について考えていきたいと思います。 実際に患者さんと話していたりする中で この二つの言葉が言えなかったり 言われなかったりすることが多いという 話しをよく聞きます。 よく コミュニケーションを円滑にするためには 感謝の心を持ちましょう。 ということを本やネット、学校の先生も 言うことがありますよね。 あなたも聞いたことがあると思います。 感謝するという言葉から 連想するのはやはり 「 ありがとう」という言葉が その代表ですね。 感謝には「ありがとう」以外にもう一つ あります。 それは「 ごめんなさい」です。 この二つの言葉が言えることで 初めて感謝を相手に伝えることできます。 どういうことなのか詳しく書いていきますね。 ありがとうとごめんなさいが言えない人 感謝と言うと「ありがとう」ですが、 実は「ありがとう」だけでは 本当の感謝ではありません。 感謝には謝るという文字が入っていますが 本当の感謝の意味は 「ありがとう」と「ごめんなさい」の 両方の気持ちを素直に伝えられることです。 「ありがとう」と「ごめんなさい」の心理 コミュニケーションは相互通行で成り立ちますが 「 ありがとう」は 自分が相手から受け取っている状態。 「 ごめんなさい」は 自分を相手に差し出している状態。 どちらも矢印が一方通行です。 これではコミュニケーションになりません。 「 ありがとう」と「 ごめんなさい」の 両方の気持ちが伝えることが出来て 初めて相互通行になります。 「ありがとう」は言えるが「ごめんなさい」は言わない。 人によっては「ありがとう」は連発して言えるのに 「ごめんなさい」を言う抵抗を持つ人がいます。 そういう人の心の内側で多いのは 「ありがとう。 私はあなたの気持ちを受け取ってあげた」 と認識していることが多いです。 「ありがとう」は、自分と相手の立場が対等か もしくは自分の方が上の場合にも使われます。 これに対して「ごめんなさい」は、 自分を相手に差し出す事ですから 自分を相手より対等以下におかないと 言えない言葉なのです。 ですから、 ごめんなさいを言わない人は 勝ち負け、優劣で人間関係を考えている人です。 その人があなたにとって大切な人ならば もっと素直に 「ごめんなさい」を言ってみてみてください。 勝ち負けなんてどうでもいいことです。 仕事でお客さんや上司には 申し訳ございませんでしたと言えるのに 大切な家族や友人に言えないのは おかしな話しです。 自分にそのつもりがなくても 相手を傷つけてしまうこともあります。 そんな時相手に向かって 「あなたの勝手な思い込みでしょう」と 言ってしまったら、 その人との信頼関係が崩れておしまいです。 言い訳ばかりを先に言っていたら相手は 心を閉ざしてしまい、聞く耳を持ってくれません。 素直にごめんなさいと言えば 相手もこちらの言い分を聞いてくれる。 そして誤解が解ける。 信頼関係はこうやって 築かれていくものだと思います。 スポンサーリンク ごめんなさいばかり言う人 逆に本来「ありがとう」と言う所で 「すみません」や「ごめんなさいと」と 言う人がいます。 その人の心の内側で多いことは 「ごめんなさい。 こんなダメな私でも見捨てないでほしい。 嫌わないでほしい。 」です。 この人の中では、 いつも自分は相手より下の存在なのです。 「ありがとう」だけでは、いつも自分が相手より上で 優越感に浸っていないと気がすまない人も ごめんなさいばかりで いつも自分を相手を下に置いて おびえている人も 幸せには気づきにくいです。 「ありがとう」、「ごめんなさい」の 両方がなければ 本当の感謝とは言えませんし、 相手に伝えることもできません。 ありがとうとごめんなさいの両方が言えない人 どちらの言葉を 伝えることができない人がいます。 これは プライドを維持したいだけ 相手の気持ちが分からない が考えられます。 プライドを維持したいだけの人 プライドが高い人は ありがとうと言わなくても 分かるでしょと考えていたり ごめんなさいと 自分を差し出す言葉になると 自分を否定することだと極端に感じ 言いたくないと考えている傾向があります。 こういう人は 自分のことしか考えることが できない人です。 自分だけがよければ それで良いと思っています。 今あるものが 当たり前にあると思っています。 相手の気持ちが分からない 相手の気持ちを汲むことが できずに感謝を伝えることが できないパターンです。 これはいろいろな要因が あると思いますが 病気を疑うことも 視野に入れないといけないですね。 発達障害を持っている人は この傾向が多く見られます。 この場合は 病院に通い支援を受けることで 改善を余地があります。 ただ独自に判断することなく 一度病院へ受診することが 大切です。 まとめ ありがとうとごめんなさいを言えない人 の心の内側を考えてきました。 あなたが感謝を伝えることは この二つの言葉をしっかり言えることです。 どちからに偏っても伝わりにくいと 考えています。 あなたはどうですか? 大切な人に ありがとうとごめんなさいと 言えてますか? よく相手が言わないから 私も言わないという人が いますが、それは間違いです。 まずは 自分から伝えることです。 ありがとうとごめんなさいを 自分で伝えること。 そして自分が感謝を伝えたいから この言葉を使っていることを あなたの大切な人に教えてあげてください。 すると相手も 心には何か響くものがあります。 ありがとうとお礼を言われ ごめんなさいと素直に間違いを 認めることができる。 素敵な言葉です。 変なプライドを維持したいために この素敵な言葉を言わないのは とてももったいないと私は感じています。

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