山陰 本線。 山陰本線 停車駅一覧、遅延・運行情報|鉄道路線情報

山陰本線の運賃・路線図・時刻表

山陰 本線

を渡る特急「」 基本情報 通称 (京都 - 園部間) 国 所在地 、、、、 種類 (・) 起点 終点 駅数 161駅(支線含む) サイホセ 路線記号 E(京都 - 城崎温泉間) A(城崎温泉 - 米子間) V(伯耆大山 - 米子間) D(米子 - 益田間) 開業 全通 所有者 運営者 西日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者) (第二種鉄道事業者) 使用車両 を参照 路線諸元 路線距離 673. 8 (京都 - 幡生間) 2. 2 (長門市 - 仙崎間) 1,067 線路数 (一部区間)、 1,500 (京都 - 城崎温泉間、伯耆大山 - 西出雲間) 自動閉塞式 (京都 - 西出雲間) 自動閉塞式(特殊) (出雲市 - 幡生間、仙崎支線) 130 山陰本線(さんいんほんせん)は、のからの沿岸()を経由し、のに至る(JR西日本)の()である。 このほか、 仙崎支線あるいは 仙崎線と呼ばれる - 間の支線を持つ。 京都駅 - 間については、「」も参照。 概要 [ ] 京都市から西方向へ延び、・・・・・・・・などの・・の各都市を経て下関市に至る。 路線の終点はであるが、幡生側の列車はまで運転されている。 から幡生駅までは線路が沿いを通っている区間が多い。 支線を除くは673. 8 kmで、新幹線を除くJR線()としてはである。 までは 739. 2 km の方が長かったが、の延伸に伴い東北本線の一部がのおよびへ経営移管されたことにより山陰本線の営業キロを下回った。 京都駅 - 間はが定めるのうち、大阪近郊区間に含まれており、この区間には という愛称がある。 京都駅 - 園部駅間と - 間は「」の利用可能エリアに含まれている (2021年春には園部駅 - 胡麻駅 - 城崎温泉駅〈胡麻駅 - 城崎温泉駅間は一部の駅のみ〉まで拡大予定 )。 の路線記号の適用対象でありながら、2015年3月14日ダイヤ改正時点での構内の旅客案内への反映は嵯峨野線内の各駅にとどまっていたが、2016年3月26日ダイヤ改正より前述の米子支社ともども、福知山支社管内の各駅における旅客案内や一部の所属車両の方向幕でも、米子支社制定分を含めたラインカラーや路線記号の本格使用を開始した。 これに際し、上川口駅 - 城崎温泉駅についても紫色にEの路線記号に包含され、当該各駅でもこの路線記号を使用するようになり、同年4月頃には公式サイトの路線図 にも反映された。 広島支社管内の駅の運賃表でもこのカラーで表現されているが、米子支社管内の駅では2019年10月の運賃表への路線記号反映以降も、益田駅以西のみ従来通りコーポレートカラー(仙崎支線は灰色)で表記されている。 なお、支社および鉄道部の管轄は以下のように分かれている。 京都駅 - 園部駅間…• 園部駅 - 東浜駅間(両端の駅構内除く)…• 東浜駅 - 赤碕駅間…• 赤碕駅 - 田儀駅間(赤碕駅構内除く)…米子支社• 田儀駅 - 益田駅間(田儀駅構内除く)…米子支社• 益田駅 - 小串駅間(両端の駅構内除く)、長門市駅 - 仙崎駅間…• 小串駅 - 幡生駅間…広島支社 路線データ [ ]• 管轄・路線距離():全長676. 0 km(支線含む)• 西日本旅客鉄道():• 京都駅 - 幡生駅間 673. 8 km• 長門市駅 - 仙崎駅間 2. 2 km• (第二種鉄道事業者):• トロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間 7. 3 km• :1067mm• 駅数:161(起終点駅含む。 嵯峨野観光鉄道の駅は除く)• 山陰本線所属駅に限定した場合、東海道本線所属の京都駅と山陽本線所属の幡生駅 が除外され、159駅となる。 複線区間:• 京都駅 - 園部駅間(うち嵯峨嵐山駅 - 馬堀駅間は旧線を含めると一部区間を除き三線で、旧線は嵯峨野観光鉄道が第二種鉄道事業者としてトロッコ列車を運行している)• 綾部駅 - 福知山駅間• 伯耆大山駅 - 安来駅間• 東松江駅 - 松江駅間• 玉造温泉駅 - 来待駅間• 電化区間:• 京都駅 - 城崎温泉駅間、伯耆大山駅 - 西出雲駅間(直流1500V)• 京都駅 - 西出雲駅間:自動閉塞式• 西出雲駅 - 幡生駅間、仙崎支線:自動閉塞式(特殊)• 最高速度:• 京都駅 - 園部駅間:• 園部駅 - 東浜駅間:福知山運輸指令室• 東浜駅 - 益田駅間:米子運輸指令室• 益田駅 - 幡生駅間:広島総合指令所 沿線概況 [ ] 211. 9 214. 8 219. 1 225. 0 230. 3 1908- 231. 9 -1908 西鳥取列車支部 234. 5 235. 8 239. 6 241. 6 白兎仮停車場 -1969 244. 7 247. 6 252. 8 258. 9 264. 6 270. 1 275. 2 280. 1 285. 8 287. 6 291. 3 295. 5 297. 7 303. 6 304. 7 308. 8 312. 7 318. 2 米子工場 320. 2 日野川仮信号場 -1966 321. 9 清水寺仮停車場 -1964 328. 0 清水寺信号場 -1982 331. 8 : 384. 4 後藤総合車両所出雲支所 391. 4 393. 5 400. 1 404. 0 411. 5 413. 7 417. 2 420. 2 422. 8 428. 9 431. 9 434. 8 温泉津トンネル 1,157m 437. 9 440. 8 443. 6 448. 0 -2018 454. 3 458. 7 460. 5 463. 3 465. 6 469. 7 473. 3 478. 7 0. 0 2. 3 -1982 482. 8 487. 6 492. 6 専用線 497. 6 502. 7 507. 2 514. 5 益田工場 専用線 517. 3 競馬場仮停車場 524. 3 528. 4 大刈トンネル 2,215m 549. 2 木与トンネル 1,610m 555. 6 560. 2 564. 5 569. 1 572. 0 575. 8 578. 2 583. 9 588. 1 594. 5 2. 2 仙崎支線 599. 6 0. 0 604. 9 609. 0 613. 5 617. 9 622. 1 627. 4 631. 1 635. 1 639. 9 643. 5 645. 7 650. 2 652. 9 655. 4 658. 8 662. 7 665. 6 668. 2 669. 4 -1941 669. 6 670. 7 671. 5 稗田信号場 -1945 673. 3 垢田口停留場 -1917 673. 8 山陽本線• トンネルは1,000m以上または主要なものを記載• 後藤総合車両所運用検修センター 在来線としての営業キロは日本最長の路線であるが、起点から終点までを通して走る優等列車の設定が史上一度もない本線の一つとなっている。 区間によって乗客の流動に大きな偏りがあり、東西方向の交流が必ずしも盛んでないことや、かつての(国鉄)や現在のJR西日本が、開業以降、山陰本線沿いの各都市から直接山陽新幹線に至る路線()を強化してきた結果である。 山陰と瀬戸内側を結ぶ線には・などの電化された路線やのような高速新線があるが、山陰の横同士の連絡は最近まであまり考慮されず、電化もそれらの延長的存在でつぎはぎ状態で行われた。 後年の高速化工事も同様で、高速化された区間とそうでない区間がつぎはぎ状態になっている。 それでも民営化後は - - - - の都市間輸送に力を入れるなど、以前に比べれば改善がみられる。 幹線扱いの長大路線でありながら近代化が遅れたことや、ローカル色あふれる風光明媚な車窓風景とあいまって、鉄道ファンであった作家のは「 偉大なる」と山陰本線を評した。 この表現は山陰本線の実情をよく表したものとして、大方の鉄道ファンから賛同を得ている。 特に出雲市駅以西の区間の輸送実態はとほとんど変わらないといっても良いほどである。 このほか、2010年に鉄橋からコンクリート橋に架け替えられたや、日本で3か所に現存するラチス式桁を持つ竹野川橋梁、手前にはラチス桁が残る田君川橋梁があるほか、 - 間にかかるはに注ぐ白須川河口にあるため、鉄道の撮影ポイントとしても有名である。 また、沿線には地が多く、・・など古くから知られた温泉が数多く湧出している。 須佐駅 - 宇田郷駅間の惣郷川橋梁 運行形態 [ ] 優等列車 [ ] 以前は、京都・大阪あるいは東京方面と鳥取地区とを結ぶ列車は山陰本線の - 鳥取駅間を経由するか、東京方面の場合新幹線連絡で・を経由した経由がメインルートであったが、が開業してからは智頭急行線を使うルートに取って代わられた。 また、対米子地区についても山陽新幹線開業以降は山陰本線経由から伯備線経由にメインルートが移っている。 現在、京都・大阪からの特急はほとんどが電車であり城崎温泉駅までの運転である。 京都駅 - 鳥取駅間には下記の列車が走っている。 そのうち福知山駅はの中心部分にあたる(定期列車・山陰本線経由分のみ記載。 夜行列車は後述)。 京都駅 - 綾部駅間• 特急「」(京都駅 - 間)• 京都駅 - 福知山駅間• 特急「」(京都駅 - 間)• 京都駅 - 城崎温泉駅間• 特急「」(京都駅 - 福知山駅・豊岡駅・城崎温泉駅間)• 福知山駅 - 城崎温泉駅間• 特急「」( - 福知山駅・豊岡駅・城崎温泉駅間)• 和田山駅 - 鳥取駅間• 特急「」( - 香住駅・浜坂駅・鳥取駅間) 鳥取駅 - 間は近年の高速化工事などにより、新型車両の特急を登場させるまでに至ったが、その一方で益田駅 - 幡生駅間は「」廃止以降、優等列車はなくなった。 鳥取駅以西については、鳥取駅・米子駅・益田駅などを結ぶ都市間連絡特急として下記の列車が運転されている。 鳥取駅 - 益田駅間• 特急「」(鳥取駅 - 米子駅・益田駅間)• 特急「」(鳥取駅・米子駅 - 間) また、陰陽連絡特急として、下記の列車が運転されている。 これらの列車は、京都駅・新大阪駅で、・岡山駅でと接続している。 鳥取駅 - 倉吉駅間• 特急「」(京都駅 - 鳥取駅・倉吉駅間) …智頭急行線・因美線経由• 伯耆大山駅 - 米子駅 - 出雲市駅間• 特急「」(岡山駅 - 出雲市駅間) …伯備線経由 このほか、として下記の列車が運転されている。 大阪駅からの急行「」(大阪駅 - 米子駅間)が2004年10月16日に、また東京駅からの寝台特急「」(東京駅 - 出雲市駅間)が2006年3月18日のダイヤ改正で廃止されてからは、伯備線経由の列車のみの運転となっている。 伯耆大山駅 - 米子駅 - 出雲市駅間• 寝台特急「」(東京駅 - 出雲市駅間) …伯備線経由• 特急「」 京都駅・大阪駅 - 出雲市駅間 …伯備線経由 2020年運行開始予定 過去の列車 [ ] 運転区間は過去最長のもの。 詳細は各列車の記事参照。 「」(京都駅 - 福知山駅間) …1996年 - 2011年(「きのさき」に編入)• 「」(京都駅 - 米子駅間) …一部宮津線経由 1972年 - 1996年• 「」(京都駅 - 博多駅間) …福知山線経由 1961年 - 1986年• 「」(新大阪駅 - 浜田駅間) …福知山線経由 1965年 - 1972年(「まつかぜ」に編入)• 「」(大阪駅 - 浜坂駅間) …福知山線経由 1990年 - 1999年• 「」(大阪駅 - 倉吉駅間、のちに新大阪駅 - 鳥取駅間) …福知山線経由 1989年 - 1999年• 「」(京都駅 - 倉吉駅間) …智頭急行線・因美線経由 1994年 - 1997年(「スーパーはくと」に編入)• 「」(鳥取駅 - 米子駅間) …1996年 - 1997年(「くにびき」に編入)• 「」(鳥取駅 - 益田駅間) …1988年 - 2001年(「スーパーくにびき」に改称)• 「」(鳥取駅 - 益田駅間) …2001年 - 2003年(「スーパーまつかぜ」に改称)• 「」(米子駅 - 博多駅間) …1985年 - 2005年• 「」(岡山駅 - 出雲市駅間) …伯備線経由 1994年 - 2006年(「やくも」に統一)• 「」(新大阪駅 - 出雲市駅間) …伯備線経由 1971年 - 1972年• 「」(鳥取駅 - 小郡駅間、米子駅 - 下関駅間) …山口線経由 1975年 - 2001年(「スーパーおき」に改称)• 寝台特急• 「」(東京駅 - 米子駅間)…1975年 - 1978年(「出雲」に編入)• 「」(東京駅 - 浜田駅間)…1972年 - 2006年• 急行(主要列車・運転区間に普通列車区間を含む・運転期間は急行時代)• 「」(京都駅 - 城崎駅・東舞鶴駅・敦賀駅・豊岡駅間) …1966年 - 1996年• 「」(京都駅 - 出雲市駅・大社駅間) …1961年 - 1986年(1961年 - 1968年に大阪駅 - 松江駅間編成併結)• 「」(大阪駅 - 城崎駅・天橋立駅間) …一部宮津線経由 1966年 - 1986年• 「」(大阪駅 - 益田駅・大社駅間) …福知山線経由 1968年 - 2004年• 「」(大阪駅 - 出雲市駅・大社駅間) …福知山線経由 1964年 - 1965年• 「」(大阪駅 - 出雲市駅・大社駅間) …福知山線経由 1965年 - 1968年• 「」(大阪駅 - 鳥取駅間) …播但線経由 1966年 - 1996年• 「あさしお」(金沢駅 - 出雲市駅間) …小浜線・宮津線経由 1964年 - 1968年(併結相手の「大社」に統合)• 「大社」(金沢駅 - 米子駅・名古屋駅 - 大社駅間) …小浜線・宮津線経由 1966年 - 1982年(山陰本線直通期間。 金沢編成は元「あさしお」)• 「」(大阪駅 - 倉吉駅間) …姫新線・因美線経由 1966年 - 1985年(山陰本線定期直通期間。 廃止は1989年)• 「」(宇野駅 - 上井駅間、のちに岡山駅 - 米子駅間) …1968年 - 1991年(山陰本線定期直通期間。 廃止は1997年)• 「」(鳥取駅 - 境港駅間) … 1966年 - 1982年• 「」(鳥取駅 - 益田駅間) … 1966年 - 1985年• 「」(鳥取駅 - 熊本駅間) …1968年 - 1997年• 「」(米子駅 - 博多駅間) …1965年 - 1968年• 「」(米子駅 - 長門市駅間) …1972年 - 1975年(「ながと」に改称)• 「」(米子駅 - 長門市駅間) …1975年 - 1985年• 「」(宇野駅 - 小郡駅間) …伯備線・山口線経由 1966年 - 1975年• 「」(岡山駅 - 米子駅間) …1975年 - 1982年• 「」(米子駅 - 広島駅間) …伯備線経由 1966年 - 1968年(「ちどり」に統合。 その後も伯備線経由は1972年まで存続)• 「」(鳥取駅 - 広島駅間) …木次線経由 1966年 - 1968年(「ちどり」に統合)• 「」(鳥取駅 - 広島駅間) …木次線経由 1966年 - 1990年(山陰本線直通期間。 廃止は2002年)• 「」(江津駅 - 日田駅間) …1966年 - 1985年• 「」(浜田駅 - 小倉駅間) …1985年 - 1992年 地域輸送 [ ] 国鉄時代は、ほぼ全線を通して運転されるような長距離列車が多く見られ、京都発の普通客車列車の行先だけでも園部駅や福知山駅のみならず、豊岡駅・浜坂駅・鳥取駅・米子駅・出雲市駅・浜田駅などもあったが、現在はおおむね下記の区間に細かく運転系統が分かれている。 主に中距離・都市間の速達輸送を担うが京都駅 - 福知山駅間(快速運転区間は京都駅 - 亀岡駅間)・鳥取駅 - 益田駅間(快速運転区間は鳥取駅 - 米子駅間または出雲市駅 - 益田駅間)で運転されている。 一方、園部駅 - 浜坂駅間でも2013年から一部の定期普通列車が快速列車に変更されているが、こちらは利用者の少ない駅を通過運転するものである。 快速列車へ変更となった列車も引き続き他の普通列車と一体的な運行がなされている。 なお、一部列車を除き、ほとんどの区間の普通や快速列車でを行っている。 京都駅 - 園部駅間 [ ] 詳細は「」を参照 の愛称がある。 圏内のため旅客数・列車本数とも多く、朝ラッシュ時の輸送力は飽和状態に近い。 2010年3月7日に - 間の化(京都駅構内は)が完成した。 京都駅 - 園部方面への直通列車のほか、京都駅 - ・間の区間列車が設定されている。 園部駅 - 福知山駅間 [ ] 電化および工事が行われ、特急の所要時間は短縮されたが、普通列車は行き違いや追い抜きのための停車時間が長くなり、また、区間内ではカーブが多く、速度制限があるため、所要時間はあまり短縮されていない。 普通列車は1時間あたり1 - 2本程度が運転されており、一部を除きワンマン運転が実施されている。 京都駅と直通している朝夕の一部列車を除いて園部駅 - 福知山駅間のみの運行を行っており、園部駅で嵯峨野線列車との接続は良好である。 嵯峨野線およびこの区間においては特急優先度が高く、途中駅で追い抜かれることが多い(一例として胡麻駅では、日中の下り列車を中心に特急待避が行われている)。 ただ上り列車の場合、日中を中心に福知山駅を特急の約10分後に出発し、かつ園部駅で嵯峨野線快速との接続がある列車に関しては、京都駅まで先行する(反対方向に対しても、京都駅を朝夕に出発する列車を中心に、福知山駅まで先行する)。 単線部の複線化については、京都府は2022年度を目標とする複線化事業後の着手を考えたいとしている。 - 福知山駅間は舞鶴線と直通する列車も乗り入れて列車本数が多くなり、この区間は複線となっている。 また、当路線の特急「」・福知山線の特急「」と接続する舞鶴線直通の普通は「リレー号」として運転されている。 福知山駅 - 豊岡駅・城崎温泉駅間 [ ] 福知山線の延長的存在として京都駅 - 園部駅間よりも早く電化されて、大阪・京都方面からの特急が多く運行されているが、高速化工事はされておらず、おもに福知山駅 - 間では急曲線も連続することから特急も速度を落として運転している。 この区間には対向列車待ち合わせのためのがある。 1996年3月15日までは大阪駅から福知山線経由で直通していた長距離普通列車も運転されていた。 現在はすべての普通列車が福知山駅で折り返し、京都・園部方面および大阪・方面への直通運転は行なっていない。 和田山駅 - 城崎温泉駅間では播但線の特急も乗り入れている関係や、観光シーズンになると臨時列車の運行や乗降に時間を要し、遅延が発生することが多い。 1時間あたり1 - 2本程度が運行されている。 普通列車は一部を除きワンマン運転を実施している。 朝5時台に豊岡駅 - 城崎温泉駅間の区間列車がある。 豊岡駅・城崎温泉駅 - 浜坂駅間 [ ] 香住駅 - 鎧駅間を走るキハ47 139, 2010年5月 城崎温泉駅から先は非電化となり、本数も1 - 2時間に1本程度とローカル色がより濃くなる。 この区間には対向列車待ち合わせのためのがあった。 普通列車は一部を除きワンマン運転を実施している。 この区間の普通列車は基本的に豊岡駅発着となるが、一部列車は城崎温泉駅発着となる。 一部の列車は香住駅で城崎温泉方面へ折り返す。 この区間では2002年度の上半期に月一回の保守運休(代替バスなし)を行っていた。 かつてはこの区間にも特急「北近畿」との接続を目的として快速列車が運行されていた時期もあった。 2011年4月からは、臨時快速として、豊岡駅 - 鳥取駅間に「」が土休日などに運行されている。 2012年春のダイヤ改正で、一部の駅を通過する普通列車が設定された。 また、2013年春のダイヤ改正で、それらの列車を快速列車としている。 浜坂駅 - 鳥取駅間 [ ] 県境を挟むこともあり、特急「」(1往復)を除けば、1・2両編成の普通列車と快速列車が走るのみである(定期快速は居組駅のみ通過。 前節の臨時快速「山陰海岸ジオライナー」は、この区間では途中岩美駅のみ停車)。 普通・快速列車には・が使用される。 2018年3月17日ダイヤ改正時点で普通・快速列車はすべての列車がワンマン運転を実施している。 ほとんどの列車が浜坂駅 - 鳥取駅間の運転であるが、日中の2往復は城崎温泉方面へ直通するほか、早朝の上り1本だけからの直通列車が存在する。 この区間には式停車場となっているがあるが、現在では対向列車待ち合わせの用途には使用されていない。 鳥取駅 - 米子駅間 [ ] この区間は再び幹線鉄道の様相を呈する。 工事により所要時間が短縮された海沿いのなだらかな区間( - 間以外にはトンネルが存在しない)を、鳥取県内・山陰両県の都市間輸送を担う特急やこれを補完する鳥取駅 - 米子駅間(一部列車は直通)の快速「」が運行されている。 また京阪神発着の特急も経由で乗り入れることから、特に鳥取駅 - 倉吉駅間で列車本数が多く、普通列車は行き違いや追い抜きのための停車時間が長い。 普通列車は倉吉駅で乗り換えとなるものもある。 普通列車はこの区間内で完結する列車のほかに、他の路線や区間との直通運転を行う列車として、伯耆大山駅から米子駅まで(一部列車は米子駅を越えて出雲市駅・西出雲駅まで)伯備線直通列車が多数乗り入れており、それ以外には鳥取発境線直通行き(平日のみ)や、倉吉発浜坂行き、発鳥取行き、発米子行きが設定されている。 途中のから電化区間となり、伯備線の列車の乗り入れにより運行本数も多くなり、米子駅を経て安来駅まで複線化されている。 米子駅 - 出雲市駅間 [ ] と同時に山陰本線で最も早く電化された区間であるが、普通列車の半数近くはで運転されており、1時間あたり1本程度運行されている。 一方、はすべて気動車である。 電車で運行される普通列車の一部は伯備線に直通し、特急「」や寝台特急「」も乗り入れる。 - 間には上り1本のみからの直通列車(発〈日曜日は発〉松江行き)も運転されており、この列車は平日のみ山陰本線内で快速運転を行う。 それ以外の快速列車(「」と「」)はこの区間では各駅に停車する。 運転開始から2001年7月6日まではが、2008年3月14日まではがのとして使用され、2008年3月17日からはが、2010年3月15日から廃止時まではが使用されていた。 この区間は特急を含めると列車の運行本数がかなり多く、伯耆大山駅 - 安来駅間、東松江駅 - 松江駅間、玉造温泉駅 - 来待駅間は複線化がなされているが、この区間全線が複線化されている訳ではないので、対向列車の待ち合わせに10分以上要する場合もある。 なお、から米子方約2kmの複線化がなされているが、の - 知井宮駅(現・西出雲駅)間の電化の時に用地は確保されていたにも関わらず、施工されていなかった。 出雲市駅 - 益田駅間 [ ] この区間は、から先は再び非電化区間となり、ローカル色が強くなるが、2001年7月7日に高速化工事が完成し、内の都市間輸送を特急とともに行う目的で快速「」が運行されている。 出雲市側の普通列車はほとんどが出雲市駅発着となり、西出雲駅・・で折り返す区間列車が設定されている。 浜田側では折り返し列車が存在するほか、浜田駅で乗り換えとなるものが多く、浜田駅 - 益田駅間は運行本数が少なくなる。 2006年7月18日から2007年6月15日までが不通になっていた関係で、1往復の列車が運休していたが運行再開に伴い当該列車も運行を再開した。 再開と同時に三江線直通の普通列車も浜田行きが2本、浜原行きが1本設定されていたが、三江線は2018年4月1日に廃止され、当該列車は江津発着となった。 益田駅 - 長門市駅間 [ ] 島根県と山口県の県境を挟むこの区間は、山陰本線の中でもとりわけ乗客・本数ともに少なく、1日10往復足らずで、日中は4 - 5時間以上運転がない時間帯がある。 全列車が1 - 2両編成のワンマン運転による普通列車である。 多くの列車が益田駅 - 長門市駅間の運転となるが、益田駅 - 下関駅間を直通する列車や益田駅 - 東萩駅間および・ - 長門市駅間、登校日の長門三隅発長門市行きの区間列車が運行され、上り1本のみ発東萩行きのとの直通列車も運行されている。 2005年2月末に特急「」が廃止されて以降、益田駅 - 下関駅間は仙崎支線を除けば山陰本線で唯一特急列車が運行されていない区間となっている。 長門市駅 - 下関駅間 [ ] 山陰本線は幡生駅までであるが、列車は下関駅まで運転される。 この区間は輸送力が低いとされ、かつてはなどのように長門市駅で分割し、経由で運転されるものもあった。 日中を中心にワンマン運転を実施しているが、奈古駅・長門市駅・滝部駅 - 下関駅間を直通する列車の場合、奈古駅・長門市駅・滝部駅 - 小串駅間までがワンマン運転で、小串駅 - 下関駅間は車掌が乗務する列車もある。 ただ、下関市域、特に - 下関駅間は、の都市圏輸送を担っていることもあって、1時間あたり1 - 2本程度は運行されている。 輸送力調整のため、小串駅で乗り換えとなる列車も多く、小串駅 - 下関駅間では3・4両編成になることもある。 一部列車は小串駅ではなく滝部駅で乗り換えとなる。 2005年9月30日までは、を抜けて、JR西日本管内小串・長門市方面と、・などJR九州内の駅を結ぶ直通列車が運転されていたが、2005年10月1日のダイヤ改正以後は、全列車が下関駅折り返しとなっている。 この区間では、2017年8月5日からは観光列車「」が土日祝日に運行されている。 から2017年1月29日まで、観光列車「みすゞ潮彩」が運転されていた(土日祝日のみ快速運転。 ただし運行上、2回通る幡生駅を1回通過するのみで、あとは各駅停車であった)。 船舶による貨物代行輸送(岡山新港高島埠頭、2018年9月8日) は西日本を中心の広い範囲に被害をもたらした。 鉄道輸送も例外ではなく、( - 間、 - 間)では土砂流入や変電所水没、斜面崩壊など甚大な被害が発生しており 、関東・関西と九州を結ぶ鉄道の大動脈の長期不通が予想された。 7月13日より船舶やトラックによる代行輸送が開始されたが、輸送力は最大で平常時の27%となった。 7月17日にJR貨物とJR西日本(以下JR両社)が日本海側に貨物列車を迂回運転を実施することに関しての打ち合わせが行われた。 この段階ではが運転再開をしておらず、関西側はを経由することも想定された。 その後、伯備線が8月1日に運転再開することが決まったことを受けて、迂回貨物のルートとして伯備線・山陰本線・を経由することが確定し 、8月3日にJR両社から迂回貨物に向けた検討のプレスリリースが出された。 8月22日、JR貨物に対して山陰本線・山口線( - 間)の許可が出され 、8月24日には迂回貨物を8月29日から(下り列車、岡山タ基準。 上り列車は幡生操基準で8月31日より)運転開始することがJR両社から発表された。 1065レ - 9081レ - 2073レ(20時37分発 - 翌日3時47分発 - (山陽・伯備・山陰・山口・山陽線経由) - 21時15分着 - 23時37分着)• 2070レ - 9080レ - 1064レ(福岡タ1時55分発 - 幡生操4時34分発 - (山陽・山口・山陰・伯備・山陽線経由) - 岡山タ22時12分着 - 名古屋タ翌日7時40分着) 山陽本線の全線復旧に合わせ、迂回貨物の運転は9月28日(岡山タおよび幡生操基準)でいったん終了したが 、による被災で再び山陽本線(柳井駅 - 間)が不通となったため、10月6日から11日まで迂回貨物が運転された。 これは、第二種鉄道事業許可を11月30日まで申請しており、許可期間が残っていたためである。 運転士 [ ] - 間は、米子駅 - 間は米子派出 、浜田駅 - 間はが乗務を担当した。 迂回輸送で必要となる運転士をJR西日本側で手配することは要員的に困難であったことから、JR貨物の運転士(岡山機関区2名、広島機関区5名、幡生機関区11名、門司機関区4名)に対して、JR西日本での教育・訓練が行われた。 訓練運転は浜田駅 - 新山口駅間が8月4日から、米子駅 - 浜田駅間が8月6日から開始され、迂回貨物の運転が開始された8月29日および30日まで行われた。 貨車は最も両数の多いを用いた。 機関車の整備は、が仕業検査や給油、給砂など、運用検修センターが給油などを担当した。 迂回輸送で必要となるDD51形をJR西日本側で手配することは、検査入場中であったり既に使用予定が決まっていたりしたことから困難であった。 前述のように、門司機関区で機関車の整備を行う必要があるが、九州内は保安装置の関係でDD51形が自走することはできないため、幡生操 - 北九州貨物ターミナル駅間は前位にを連結して運転された。 迂回貨物にDD51形を充当するため、DD51形による運用をに代走させて所要機を捻出している。 ただし、山口線内の勾配での空転を考慮し、9月9日までの上下列車および10月の上り列車はコキ6両で運転された。 門司発福知山行き昼行普通列車「824列車」 [ ] 下関駅に停車中の824列車(1978年撮影) かつて、山陰本線・の - 福知山駅間には日本一の走行距離を有する普通列車が運行されていた。 はそので 824列車と呼んでいた。 そもそも昭和30年代まで、(国鉄)においては・の本数が少なかった半面で、長距離の普通列車が設定されていた。 当時では、・山陽本線では - 門司駅間運転の111・112列車(東海道本線区間で運転、運転区間の営業キロは1102. 8 km。 「」の項目も参照)、では - 間には羽越線を夜行で走る511・512列車、北陸線と奥羽線で2夜行になる513・514列車(運転区間の当時の営業キロは1055. 6 km)が存在するといった具合である。 しかし、10月に実施された「」と呼ばれるダイヤ改正以降、国鉄では普通列車の乗客を新設ないしは増発した特急・急行列車に振り向けるため、これら長距離運転をする普通列車を削減するようになっていった。 そして、その普通列車削減の流れが進んだ昭和50年代に、日本一の運行距離を有する普通列車となったのが、この 824列車である。 (昭和47年)3月15日ダイヤ改正以前には全線を直通する夜行列車826列車、829列車もあったが、夜行区間が急行に格上げ(「しまね」を経て夜行「さんべ」)されたり、夜行区間と昼行区間とが別列車に分断(夜行区間はのちの「」)されて、この列車が残った。 このため、本列車の自体は山陰本線全通時にまでさかのぼる(戦時中は分断)が、日本最長となったのは、それまで最長であった大阪発行きの普通列車が廃止された であった。 また、客車は・・など手動扉の旧型のものが最後まで使用された。 その旧形客車の旅愁と運転区間が相まって、「乗り鉄」とも通称された派のファンなどから注目される存在となり、宮脇俊三・といった紀行作家による乗車記も書かれた。 なお、直前の10月における、国鉄の長距離運行普通列車上位5位は以下のとおりである。 824列車:門司駅 - 福知山駅間 595. 1 km• 831列車:豊岡駅 - 門司駅間 535. 2 km• 726列車:浜田駅 - 大阪駅間 500. 8 km• 530列車:西鹿児島駅(現在の) - 門司港駅(経由)間 476. 9 km• 921・924列車「」: - (経由)間運行 442. 2 km しかし、客車の老朽化が進んだことと、合理化および動力近代化の一環として客車列車を・化した上で運行距離を短縮する施策が取られるようになったことから、824列車はで下関駅 - 出雲市駅間運行の824列車と、出雲市駅 - 福知山駅間運行の548列車に系統が分割された。 その後、さらに列車の運行区間が細分化され、現在では824列車が運行していた時間帯に該当する列車が存在しない区間もある。 利用状況 [ ] 各年度の、旅客運輸収入は以下の通り。 福知山駅 - 城崎温泉駅間(「」)• 京都駅 - 城崎温泉駅間(「」「」「」「こうのとり」)• 伯耆大山駅 - 出雲市駅間(「」)• 伯耆大山駅 - 出雲市駅間(「」)• 鳥取駅 - 益田駅間(「」「」)• 和田山駅 - 鳥取駅間(「」)• 鳥取駅 - 倉吉駅間(「」)• 京都駅 - 福知山駅間(「まいづる」「はしだて」)• KTR8000形気動車 普通列車・快速列車 [ ]• 綾部駅 - 城崎温泉駅間• 綾部駅 - 城崎温泉駅間• 伯耆大山駅 - 西出雲駅間• 京都駅 - 胡麻駅間• 京都駅 - 城崎温泉駅間(京都駅 - 園部駅間は221系と併結運転)• 豊岡駅 - 鳥取駅間• 鳥取駅 - 出雲市駅間• 出雲市駅 - 益田駅間• 益田駅 - 幡生駅間• 浜坂駅 - 鳥取駅間• 豊岡駅 - 鳥取駅間(臨時快速「」)• 鳥取駅 - 西出雲駅間(快速「」)• 米子駅 - 益田駅間(快速「」)• 伯耆大山駅 - 米子駅間• 松江駅 - 宍道駅間• 出雲市駅 - 益田駅間• 益田駅 - 長門市駅間• 長門市駅 - 仙崎駅間• キハ121系気動車 過去の車両 [ ] 優等列車 [ ]• 特急「まいづる」「はしだて」「きのさき」「こうのとり」「たんば」• 特急「あさしお」「まつかぜ」「はまかぜ」「やくも」「おき」• 特急「あさしお」「まつかぜ」「はまかぜ」「はくと」「いなば」「やくも」「くにびき」「おき」「いそかぜ」• 各急行列車• 寝台特急「出雲」(1・4号)• 急行「だいせん」「さんべ」• 寝台特急「出雲」、急行「だいせん」「さんべ」 普通列車・快速列車 [ ]• 浜坂駅 - 鳥取駅間(2010年3月運用終了)• 貨物列車 [ ]• ・各種コンテナ貨車• 伯耆大山駅 - 米子駅間• ・タキ1100形• 益田駅 - 間• 1912年の京都・今市間全通 前史 [ ] 明治の鳥取では、明治中期に県内の道路整備が行われたものの、県外との交通は海運が主流であった。 1890年(明治23年)頃は、鳥取から大阪へは徒歩で約1週間、航路では瀬戸内海を経由して2週間ほどを要した。 その航路も春は荒天で欠航が多かった。 その頃までに、東京・神戸間や東京・仙台間に鉄道が開通していた。 また1887年(明治20年)のによって全国で私鉄ブームとなった。 山陰では、鳥取県と島根県の議員が合同で山陰地方への鉄道建設を目指すようになり、などの地元紙も山陰の鉄道に関する連載を行って地元世論を喚起した。 1887年(明治20年)には早くも山陰と岡山を結ぶ路線が提唱された。 さまざまなルート案 [ ] 1890年(明治23年)から1891年(明治24年)にかけて鳥取・岡山の県議ら約250名が請願した「境港-米子-倉吉-津山-岡山」ルートの請願を出した。 この頃の倉吉は木綿や農機具()生産で栄えていて、これらを境港へ輸送する手段を求めていたのである。 これに対し、日野郡出身で鉄を扱う商工業者らはを興し、鉄の輸送に便利な「境港-米子-根雨-津山-岡山」ルートを主張した。 さらに倉敷方面と米子方面の有力者たちが「境港-米子-新見-倉敷-玉島」ルートを目指す期成会を結成した。 鳥取市では「姫路-津山-鳥取」ルートを目指して市会の議決を行ったが、税負担を不服とする住民がこれに反対し、県へ問題を持ち込んだ。 県、鳥取市長、鳥取市会の意見の隔たりが大きくなり、提訴や行政裁判が繰り返され、遂に市長と市議全員が総辞職する騒動になった。 ひとまずのルート決定と中断 [ ] これらの様々なルートで競争が行われたが、1892年(明治25年)の鉄道敷設法では、から鳥取、松江、浜田を経て山口を繋ぐ日本海側の縦断線や、いくつかの陰陽横断線が盛り込まれた。 ただし、具体的なルートや着工の見通しはそれ以後の決定とされた。 9種類ものルートが検討の対象となった。 結局、1893年(明治26年)に官設の「境港-米子-鳥取-智頭-佐用-姫路」ルート、私鉄・中国鉄道の「米子-根雨-津山-岡山」ルートの建設が決まった。 翌1894年(明治27年)にはが神戸・広島間を全通させ、山陰方面でも大いに期待が高まった。 ところがその翌月、が勃発し、山陰方面の鉄道建設は凍結になった。 建設開始 [ ] 戦争終結後、山陰方面の鉄道建設が再開されることになったが、より重要な路線を最優先で建設することとなった。 再び建設ルートや官民どちらを優先するかで紛糾したが、最終的には「境港-米子-鳥取-智頭-佐用-姫路」ルートが優先されることになった。 これには軍部の意向が働いていて、姫路のと鳥取の、さらに重要港湾の境港の連絡路を優先したのだとみなされている。 1900年(明治33年)の着工時点では、795万円の国費が予算として充てられた。 建設資材などを境港へ船で運び、そこから順次、先へ伸ばすのが輸送の面から合理的であったため、工事は境港から始まった。 建設工事は県内外から大量の人夫を集めたほか、米子方面の建築業者の成長を促した。 境港から東へ向かうルートはしばらく平坦路で地盤もよく、工事は順調に進んで1902年(明治35年)に境港-御来屋間が開通した。 建設ルート変更 [ ] このあと御来屋-八橋間の建設工事中に、帝国議会はルート変更を決めた。 変更後のルートは「境港-米子-鳥取-和田山-福知山」となった。 を見据えた帝国議会が軍事上の最優先路線として、大阪と舞鶴軍港を結ぶルートの建設を急ぐことになり、これと連結することで姫路・大阪・舞鶴・鳥取・境港といった軍事拠点が一挙に連絡できるからである。 また、まもなく米子から今市()までの延長も決まった。 さらにによって、全路線が国有化されることになった。 このときから、今市・香住間を「山陰西線」、香住・福知山間を「山陰東線」と称するようになり、「西線」の工事指揮のため米子に出張所がおかれた。 この出張所がに発展した。 御来屋から東を目指す建設工事は、日露戦争中に一時的に中断があったものの急ピッチで進められた。 このうち倉吉付近のルート選定については諸説ある。 建設ルートは、倉吉市中心部を通るわけでもなく、江戸時代からこの地方の水運の拠点であった橋津を通るわけでもなく、両者の中間である上井を通ることになった。 これは最短路というわけでもなく、迂回ルートとなっている。 『鳥取県史』では、このルートは鉄橋やトンネルの建設が最小限で済む低コストのルートであったと説明している。 「東線」に相当する区間では、が1899年(明治32年)までに京都・園部間を、園部・綾部間を国が建設した。 福知山・綾部間はの路線を延伸する形で舞鶴までを結ぶ阪鶴線の一部として1904年に開業した。 京都鉄道・阪鶴鉄道の両社は国有化され、京都駅 - 綾部駅間が京都線として1910年に開通した。 京都・出雲市間の開通 [ ] 建設ルートではにわか景気による様々な悲喜騒動があったものの、米子から鳥取までの工事は比較的順調にすすみ、1907年(明治40年)の皇太子(のちの)行啓にあわせて「鳥取仮駅」(左岸)まで開業した。 さらに翌年に千代川の鉄橋完成により1908年(明治41年)に米子・鳥取間の開通となった。 しかし、鳥取と香住間は険しい山地を通るため難工事で、なかでも・が最後になった。 これらの完成を以って「西線」が開通したが、これは「東線」に比べて5ヶ月遅れてのことであった。 こうして1912年(明治45年)3月1日に京都駅から出雲今市(出雲市駅)までが全通することになった。 鳥取市で行われた開通式典には、など2600人が参加した。 一番列車が来ると各駅で花火を打ち上げ、小学生の旗行列や大人の提灯行列で出迎えたという。 山陰本線の開通は山陰地方を大きく変えた。 それまで交通・運輸の中心であった海運は壊滅的に衰退し、多くの港町が荒廃した。 村ごとにあった商工業者は京阪神の大手企業に太刀打ちできず、次々と消えていき、地方の小町村は「都会へ安価な労働力を提供する地」へと変わっていった。 一方、京阪神地方からの旅行客が激増し、観光地や温泉地が飛躍的に発展した。 また、農業・漁業・林業などの一次産業では、地元消費から京阪神へ出荷する商品の生産が大幅に伸びた。 肉牛、二十世紀梨、繭などが増産されたほか、第一次世界大戦の好況も相まって、材木、パルプ、綿布、和紙の出荷が大きく増えた。 これらにより、産業構造は一次産業偏重に大きく傾いていった。 1933年の全通 出雲今市駅からは順次西へ延び、1928年に須佐駅まで延伸される。 宇田郷駅 - 正明市駅(現在の長門市) - 阿川駅間および正明市駅 - 仙崎駅は美禰線()を延伸する形で1930年までに開業した。 小串駅 - 幡生駅間は(小串駅 - 幡生駅 - 東下関駅)の一部を1925年に国有化したもので、国有化時に小串線となった。 1928年には小串駅 - 阿川駅間が延伸された。 1933年には須佐駅 - 宇田郷駅間が開業し、美禰線の宇田郷駅 - 正明市駅 - 阿川駅間・正明市駅 - 仙崎駅間と小串線を編入して京都駅 - 幡生駅間・正明市駅 - 仙崎駅間となった山陰本線が全通した。 なお、長州鉄道のうち、国有化されなかった幡生駅 - 東下関駅(現在の)間については1926年に電化、翌々年の1928年には(の前身)へと譲渡され、同社の線と一体化して運営されるようになった。 (明治30年)• 14 km)が開業。 二条駅・嵯峨駅が開業。 30 km)が延伸開業。 大宮駅・丹波口駅が開業。 76 km)が延伸開業。 官設鉄道(国鉄)京都駅に乗り入れ。 (明治31年):花園駅が開業。 (明治32年)• :大宮駅が廃止。 53 km)が延伸開業。 亀岡駅・八木駅・園部駅が開業。 2M)。 (明治38年):大宮駅が再開業。 (明治40年)8月1日:京都鉄道が国有化。 (明治42年):線路名称制定、京都駅 - 園部駅間が 京都線となる。 (明治43年):園部駅 - 綾部駅間(26. 00 km)が延伸開業。 日吉駅・胡麻駅・和知駅・山家駅が開業。 (明治44年):大宮駅が廃止。 阪鶴線(綾部駅 - 福知山駅間) [ ]• (明治37年):福知山駅 - 綾部駅 - 新舞鶴駅(現在の)間が開業(福知山駅 - 綾部駅間は7. 39 km)。 阪鶴鉄道に貸与。 現在の山陰本線にあたる区間に綾部駅・石原駅・福知山駅が開業。 1907年(明治40年)8月1日:阪鶴鉄道が国有化。 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定、神崎駅(現在の) - 福知山駅 - 綾部駅 - 新舞鶴駅間などを 阪鶴線とする。 播但線(福知山駅 - 香住駅間) [ ]• (明治41年):和田山駅 - 八鹿駅間(7. 07 km)が開業。 養父駅・八鹿駅が開業。 (明治42年)• :八鹿駅 - 豊岡駅間(10. 22 km)が延伸開業。 江原駅・豊岡駅が開業。 :豊岡駅 - 城崎駅間(6. 66 km)が延伸開業。 城崎駅(現在の城崎温泉駅)が開業。 10月12日:線路名称制定、 - - 和田山駅 - 城崎駅間を とする。 (明治44年):城崎駅 - 香住駅間(13. 05 km)が延伸開業。 支線 和田山駅 - 福知山駅間(19. 58 km)も開業。 上川口駅・下夜久野駅・上夜久野駅・梁瀬駅・竹野駅・佐津駅・香住駅が開業。 山陰本線(全通以前) [ ]• (明治35年)• 41 km)。 現在の山陰本線にあたる区間に米子駅・淀江駅・御来屋駅が開業。 :熊党駅(現在の伯耆大山駅)が開業。 (明治36年)• :御来屋駅 - 八橋駅間(11. 70 km)が延伸開業。 下市駅・赤碕駅・八橋駅(現在の浦安駅)が開業。 :八橋駅 - 倉吉駅間(9. 61 km)が延伸開業。 由良駅・倉吉駅が開業。 1904年(明治37年):倉吉駅 - 松崎駅間(3. 47 km)が延伸開業。 松崎駅が開業。 (明治38年):松崎駅 - 青谷駅間(7. 91 km)が延伸開業。 泊駅・青谷駅が開業。 1907年(明治40年):青谷駅 - 鳥取仮停車場間(12. 76 km)が延伸開業。 浜村駅・宝木駅・湖山駅・鳥取仮停車場が開業。 1908年(明治41年)• :鳥取駅 - 鳥取仮停車場間(1. 77 km)、米子駅 - 安来駅間(5. 85 km)が延伸開業。 起点を境駅から鳥取駅に変更し、鳥取駅 - 安来駅間が本線、米子駅 - 境駅間が支線となる。 鳥取駅・安来駅が開業。 鳥取仮停車場が廃止。 :安来駅 - 松江駅間(12. 12 km)が延伸開業。 荒島駅・揖屋駅・馬潟駅(現在の東松江駅)・松江駅が開業。 1909年(明治42年)• :名和が開業。 10月12日:制定。 鳥取駅 - 米子駅 - 松江駅間を 山陰本線とする。 :松江駅 - 宍道駅間(10. 06 km)が延伸開業。 湯町駅(現在の玉造温泉駅)・宍道駅が開業。 1910年(明治43年)• :岩美駅 - 鳥取駅間(11. 35 km)、宍道駅 - 荘原駅間(2. 02 km)が延伸開業。 岩美駅・荘原駅が開業。 :荘原 - 出雲今市間(7. 59 km)が延伸開業。 塩見駅(現在の福部駅)・直江駅・出雲今市駅(現在の出雲市駅)が開業。 1911年(明治44年)• 10月1日:熊党駅を大山駅に改称。 :浜坂駅 - 岩美駅間(8. 00 km)が延伸開業。 浜坂駅・居組駅が開業。 (明治45年)• :名和仮乗降場を仮停車場に変更し名和仮停車場が開業。 :香住駅 - 浜坂駅間(11. 86 km)が延伸開業し京都駅 - 出雲今市駅間が全通。 京都線全線、阪鶴線綾部駅 - 福知山駅間、播但線福知山駅 - 香住駅間を山陰本線に編入。 鎧駅・久谷駅が開業。 :玄武洞仮停車場が開業。 :倉吉駅を上井駅に改称。 (大正2年):出雲今市駅 - 小田駅間(9. 45 km)が延伸開業。 知井宮駅(現在の西出雲駅)・江南駅・小田駅が開業。 (大正4年)• :下北条駅が開業。 3月31日:米子駅 - 安来駅間に清水寺仮停車場が開業。 :小田駅 - 石見大田駅間(10. 06 km)が延伸開業。 田儀駅・波根駅・久手駅・石見大田駅(現在の大田市駅)が開業。 (大正6年)• 5月1日:大山駅を伯耆大山駅に改称。 5月15日:石見大田駅 - 仁万駅間(7. 75 km)が延伸開業。 五十猛駅・仁万駅が開業。 (大正7年)• :玄武洞仮停車場が駅に変更され、玄武洞駅が開業。 :仁万駅 - 浅利駅間(11. 15 km)が延伸開業。 馬路駅・温泉津駅・黒松駅・浅利駅が開業。 (大正9年):浅利駅 - 都野津駅間(6. 62 km)が延伸開業。 石見江津駅(現在の江津駅)・都野津駅が開業。 (大正10年):都野津駅 - 浜田駅間(9. 65 km)が延伸開業。 波子駅・下府駅・浜田駅が開業。 (大正11年)• 3月10日:浜田駅 - 周布駅間(5. 50 km)が延伸開業。 石見長浜駅(現在の西浜田駅)・周布駅が開業。 9月1日:周布駅 - 三保三隅駅間(6. 82 km)が延伸開業。 三保三隅駅が開業。 (大正12年):三保三隅駅 - 石見益田駅(現在の益田駅)間(13. 89 km)が延伸開業。 山口線と接続。 鎌手駅・石見津田駅が開業。 (大正13年):折居駅が開業。 1925年(大正14年)• :石見益田駅 - 石見小浜駅間 6. 1M が延伸開業。 石見小浜駅(現在の戸田小浜駅)が開業。 :湖山駅 - 宝木駅間に白兎仮停車場が開業。 10月10日:下山駅が開業。 11月1日:石見小浜駅が戸田小浜駅に改称。 (大正15年)• 4月1日:岡見駅が開業。 :静間駅が開業。 :大山口駅が開業。 (昭和2年):戸田小浜駅 - 飯浦駅間(2. 70 km)が延伸開業。 飯浦駅が開業。 1928年(昭和3年)• :飯浦駅 - 須佐駅間(7. 39 km)が延伸開業。 江崎駅・須佐駅が開業。 :八橋浜仮停車場(現在の八橋駅)が開業。 :末恒駅が開業。 :石見福光駅が開業。 (昭和4年)• :嵯峨駅 - 馬堀駅間に松尾山信号場が開設。 12月25日:来待駅が開業。 (昭和5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(京都駅 - 須佐駅間 336. 0 km)。 貨物支線 馬潟駅 - 馬潟港駅間 1. 0 km が開業。 貨物駅として馬潟港駅が開業。 京都駅 - 丹波口駅間の貨物営業が廃止。 (昭和6年):諸寄仮停車場が開業。 美禰線 [ ]• (大正13年)11月3日: 正明市駅(現在の長門市駅) - 長門三隅駅間(3. 15 km)が延伸開業。 長門三隅駅が開業。 (大正14年)• :長門三隅駅 - 萩駅間(11. 67 km)が延伸開業。 三見駅・玉江駅・萩駅が開業。 11月1日:萩駅 - 東萩駅間(2. 70 km)が延伸開業。 東萩駅が開業。 (昭和3年):支線 正明市駅 - 黄波戸駅間(3. 31 km)が開業。 黄波戸駅が開業。 (昭和4年)• :東萩駅 - 奈古駅間(7. 91 km)が延伸開業。 長門大井駅・奈古駅が開業。 :支線 黄波戸駅 - 長門古市駅間(2. 02 km)が延伸開業。 長門古市駅が開業。 1930年(昭和5年)• 4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(正明市駅 - 奈古駅間 24. 4 km、正明市駅 - 長門古市駅間 5. 4 km)。 5月15日:貨物支線 正明市駅 - 仙崎駅間 2. 2 km が開業。 貨物駅として仙崎駅が開業。 :長門古市駅 - 阿川駅間 18. 4 km が延伸開業し小串線に接続。 人丸駅・伊上駅・長門粟野駅が開業。 (昭和6年):奈古駅 - 宇田郷駅間 11. 0 km が延伸開業。 木与駅・宇田郷駅が開業。 (大正3年): 長州鉄道 東下関駅 - 幡生駅 - 小串駅が開業(幡生駅 - 小串駅間は14. 82 km。 現在の山陰本線にあたる区間に垢田口・綾羅木駅・安岡駅・福江駅・吉見駅・梅ケ峠駅・黒井村駅・川棚温泉駅・小串駅が開業。 1917年(大正6年)3月1日:垢田口停留場が廃止。 1925年(大正14年)• :幡生駅 - 小串駅間が国有化され、 小串線となる。 全線で0. 16 km)短縮。 機関車4両、客車10両、貨車23両を引継ぐ。 :小串駅 - 滝部駅間(9. 13 km)が延伸開業。 湯玉駅・長門二見駅・滝部駅が開業。 1928年(昭和3年):滝部駅 - 阿川駅間(4. 72 km)が延伸開業。 特牛駅・阿川駅が開業。 1930年(昭和5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(28. 4 km)。 全通以後 [ ]• (昭和8年)• :須佐駅 - 宇田郷駅間 8. 8 km が延伸開業し京都駅 - 幡生駅間が全通。 美禰線 宇田郷駅 - 正明市駅 - 阿川駅間、正明市駅 - 仙崎駅間と小串線全線を編入し京都駅 - 幡生駅間、正明市駅 - 仙崎駅間が 山陰本線となる。 :支線 正明市駅 - 仙崎駅間の旅客営業開始。 (昭和10年)• 5月1日:湯里駅が開業。 :馬堀駅・並河駅・千代川駅・吉富駅が開業。 10月1日:安岡駅 - 綾羅木駅間に梶栗駅が開業。 (昭和11年):松尾山信号場が駅に変更され、保津峡駅が開業。 (昭和12年):乃木駅が開業。 (昭和13年)• 6月1日:諸寄仮停車場が駅に変更され、諸寄駅が開業。 :八橋駅を東八橋駅に改称。 八橋浜仮停車場が駅に変更され、八橋駅が開業。 (昭和16年):吉富駅・梶栗駅が休止。 (昭和18年):塩見駅 - 鳥取駅間に滝山信号場が開設。 (昭和20年)• :綾羅木駅 - 幡生駅間に稗田信号場が開設。 :稗田信号場が廃止。 (昭和21年):和知駅 - 山家駅間に立木信号場が開設。 (昭和22年):同年以降に石見益田駅 - 戸田小浜駅間に競馬場仮停車場が開業。 廃止日不明。 :柴山駅が開業。 11月1日:立木信号場が駅に変更され、立木駅が開業。 (昭和23年):国府駅が開業。 (昭和24年)• 3月1日:塩見駅が福部駅に改称。 :湯町駅が玉造温泉駅に改称。 :東八橋駅が浦安駅に、石見長浜駅が西浜田駅に改称。 (昭和25年):東浜駅・大岩駅が開業。 (昭和26年)• 7月11日:により馬堀駅-亀岡駅間の道床が300mにわたり流出。 10月1日:吉富駅が再開。 11月1日:中山口駅が開業。 (昭和28年)10月10日:船岡駅が開業。 (昭和30年)• 2月10日:名和仮停車場が駅に変更され、名和駅が開業。 :貨物支線 西浜田駅 - 浜田港駅間 2. 3 km が開業。 貨物駅として浜田港駅が開業。 (昭和32年)• :安栖里駅が開業。 4月1日:出雲今市駅が出雲市駅に改称。 (昭和33年)• :高津駅が開業。 :宇賀本郷駅が開業。 (昭和34年)• 3月1日:久代駅が開業。 4月1日:敬川駅が開業。 :餘部駅が開業。 (昭和35年)4月1日:越ケ浜駅が開業。 (昭和36年)• 2月1日:千代川駅にが新設される。 9月30日:国府駅に行き違い施設が新設される• (昭和37年)• 11月1日:正明市駅が長門市駅に改称。 :伯耆大山駅 - 米子駅間に日野川信号場が開設。 :日野川信号場 - 米子駅間が複線化。 (昭和38年)• 1月28日:和田山駅 - 豊岡駅間でが導入。 6月1日:長門市駅 - 仙崎駅間の貨物営業が廃止。 7月20日:馬堀駅に行き違い施設が新設される。 (昭和39年)• :飯井駅が開業。 10月1日:清水寺仮停車場が廃止。 清水寺信号場が開設。 (昭和41年)• 3月25日:京都駅 - 園部駅間で自動閉塞化。 10月1日:石見益田駅が益田駅に改称。 伯耆大山駅 - 日野川信号場間が複線化。 日野川信号場が廃止。 安栖里駅に行き違い施設が新設。 園部駅 - 綾部駅間が自動閉塞化。 12月20日:船岡駅に行き違い施設が新設される。 (昭和42年)3月31日:綾部駅 - 和田山駅間が自動閉塞化。 (昭和43年)• 3月23日:和田山駅 - 城崎駅間が自動閉塞化。 :綾部駅 - 石原駅間が複線化。 :八鹿駅 - 江原駅間に宿南信号場が開設。 9月29日:城崎駅 - 香住駅間で自動閉塞化。 (昭和44年)• 3月1日:白兎仮停車場が廃止。 :石原駅 - 福知山駅間が複線化。 (昭和45年)• :玉造温泉駅 - 来待駅間が複線化。 :石見江津駅が江津駅に改称。 9月30日:香住駅 - 居組駅間が自動閉塞化。 12月15日:福知山駅 - 居組駅間に CTC が導入。 (昭和46年)• :石見大田駅が大田市駅に改称。 二条駅 - 福知山駅間に CTC が導入。 :石見福光駅 - 黒松駅間で土砂崩れが発生。 特急「やくも」が落石に乗り上げる。 :集中豪雨により馬路駅 - 湯里駅間で土砂崩れが発生。 通りかかった梅小路駅発幡生駅行き貨物列車の機関車が土砂に乗り上げて脱線。 (昭和47年):上井駅が倉吉駅に改称。 (昭和48年)4月1日:馬潟駅が東松江駅に改称。 1974年(昭和49年)11月30日:蒸気機関車運転終了• (昭和50年)4月1日:貨物支線 東松江駅 - 馬潟港駅間 1. 0 km が廃止。 馬潟港駅が廃止。 (昭和51年)• :京都駅 - 二条駅間が高架化。 丹波口駅が移転。 12月1日:竹野駅 - 佐津駅間に相谷信号場が開設。 (昭和52年):松江駅付近が高架化。 (昭和53年):鳥取駅付近が高架化。 (昭和54年):東松江駅 - 松江駅間が複線化。 (昭和55年):奈古駅 - 長門大井駅間が災害で不通になる。 10月に復旧するが再び不通になる。 (昭和56年):再度の土砂崩れで不通であった奈古駅 - 長門大井駅間が復旧。 (昭和57年)• :清水寺信号場 - 安来駅間が複線化。 :米子駅 - 清水寺信号場間が複線化。 清水寺信号場が廃止。 7月1日:伯耆大山駅 - 知井宮駅間が電化。 特急「やくも」が電車化。 神西駅(現在の出雲神西駅)が開業。 :貨物支線 西浜田駅 - 浜田港駅間 2. 3 km が廃止。 浜田港駅が廃止。 (昭和60年):竹野駅 - 佐津駅間に臨時駅として切浜海水浴場駅が開業。 (昭和61年)• 8月1日:切浜海水浴場駅が廃止。 :福知山駅 - 城崎駅間が電化。 11月1日:長門市駅 - 幡生駅間の貨物営業が廃止。 :鎧駅 - 餘部駅間の余部橋梁から、回送中の客車が転落する事故()が発生。 民営化以後 [ ]• (昭和62年)4月1日:により西日本旅客鉄道が承継。 日本貨物鉄道が丹波口駅 - 二条駅間、湖山駅 - 出雲市駅間、江津駅 - 益田駅間の第二種鉄道事業者となる。 二条駅 - 湖山駅間、出雲市駅 - 江津駅間、益田駅 - 長門市駅間の貨物営業が廃止。 (昭和63年):長門市駅 - 仙崎駅間でワンマン運転開始。 京都駅 - 園部駅間に「嵯峨野線」の愛称が付けられる。 (平成元年)• 3月5日:嵯峨駅 - 馬堀駅間が複線の新線に切り替え、1. 6km短縮。 旧線は廃線とせず存置。 :太秦駅が開業。 (平成2年)• 3月10日:京都駅 - 園部駅間が電化。 6月1日:制度が発足。 和田山駅(構内除く)- 居組駅間が福知山支社直轄から管理に、知井宮駅(構内除く)- 益田駅間が米子支社直轄から管理に移行。 豊岡駅 - 鳥取駅間、出雲市駅 - 益田駅間でワンマン運転開始。 (平成3年)• 4月1日:第2次鉄道部の発足に伴い、園部駅(構内除く)- 福知山駅(構内除く)間が福知山支社直轄から管理に、居組駅(構内除く)- 伯耆大山駅(構内除く)間が米子支社直轄から管理に、益田駅(構内除く)- 幡生駅(構内除く)間と長門市駅 - 仙崎駅間が広島支社直轄から管理に移行。 園部駅 - 福知山駅間、益田駅 - 長門市駅間でワンマン運転開始。 4月27日:嵯峨駅 - 馬堀駅間の旧線がとして開業(西日本旅客鉄道が第一種、が第二種鉄道事業者)。 11月1日:長門市駅 - 下関駅間でワンマン運転開始。 12月1日:鳥取駅 - 米子駅間でワンマン運転開始。 (平成4年)4月1日:米子駅(構内除く)- 知井宮駅間が米子支社直轄から管理に移行。 (平成5年):東山公園駅が開業。 知井宮駅が西出雲駅に、神西駅が出雲大社口駅に改称。 (平成6年)• - 8月16日:竹野駅 - 佐津駅間に臨時駅として、きりはまビーチ駅が設置される。 以後も1996年まで夏季に営業。 8月1日:浜田駅 - 益田駅間でキハ120形気動車が使用開始。 :嵯峨駅が嵯峨嵐山駅に改称。 9月23日 - 11月20日:京都駅 - 丹波口駅間に梅小路公園で開催された会場最寄りの臨時駅としてが設置される。 (平成7年)• :綾部駅 - 福知山駅間が電化。 7月27日:鳥取大学前駅が開業。 (平成8年)• 3月16日:園部駅 - 綾部駅間が電化。 二条駅 - 花園駅間が高架化。 殿田駅が日吉駅に改称。 鍼灸大学前駅が開業。 丹波口駅 - 二条駅間、米子駅 - 東松江駅間の貨物列車が廃止。 :きりはまビーチ駅が廃止。 (平成9年)• :江津駅 - 岡見駅間の貨物列車が廃止。 10月1日:湖山駅 - 伯耆大山駅間の貨物列車が廃止。 (平成10年):出雲市駅付近が高架化。 (平成11年)• 3月13日:出雲大社口駅が出雲神西駅に改称。 10月2日:が導入。 (平成12年)9月23日:二条駅 - 花園駅間が複線化。 円町駅が開業。 (平成13年)• :福知山駅 - 城崎駅間でワンマン運転開始。 :安来駅 - 益田駅間の高速化工事が完成。 米子駅 - 出雲市駅間でワンマン運転開始。 年月日不明:小串駅 - 幡生駅(構内除く)間が長門鉄道部から管理に移管。 (平成14年)8月30日:福知山駅 - 居組駅間で SRC が導入。 (平成15年)• 10月1日:鳥取駅 - 米子駅間の高速化工事完成。 11月1日:京都駅 - 園部駅間においてICカード「」利用開始。 (平成16年)• 4月1日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(湖山駅 - 伯耆大山駅間)が廃止。 (平成17年)• 3月1日:城崎駅が城崎温泉駅に改称。 :福知山駅付近が高架化。 年月日不明:舞鶴鉄道部廃止に伴い、園部駅(構内除く)- 福知山駅(構内除く)間が福知山支社直轄に戻る。 (平成18年)4月1日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(丹波口駅 - 二条駅間、東松江駅 - 出雲市駅間、江津駅 - 岡見駅間)が廃止。 (平成20年)• 3月15日:梶栗郷台地駅が開業。 :花園駅 - 太秦駅間が高架化。 :太秦駅 - 嵯峨嵐山駅間が高架化。 12月14日:馬堀駅 - 亀岡駅間が複線化。 (平成21年)• 3月14日:八木駅 - 園部駅間が複線化。 7月20日:京都駅 - 丹波口駅間が複線化。 9月6日:並河駅 - 八木駅間が複線化。 11月1日:亀岡駅 - 並河駅間が複線化。 (平成22年)• 1月31日:丹波口駅 - 二条駅間が複線化。 3月7日:花園駅 - 嵯峨嵐山駅間が複線化。 6月1日:豊岡鉄道部が廃止され 、和田山駅(構内除く)- 居組駅間が福知山支社直轄に戻る。 7月17日 - 8月11日:の架け替えのため香住駅 - 浜坂駅間で運休し、バス代行を実施。 :コンクリートに架け替えた余部橋梁を供用開始。 (平成25年)• 7月28日:で須佐橋脚が沈下、須佐トンネルと大刈トンネルで土石流が発生し益田駅 - 長門市駅間で不通となる。 8月4日に奈古駅 - 長門市駅間が運転再開、宇田郷駅 - 奈古駅間で代行輸送開始、8月5日に益田駅 - 須佐駅間で代行輸送開始。 8月24日:大雨により江津駅 - 浜田駅間で運転見合わせ(代行輸送を実施)、大田市駅 - 江津駅間では一部列車の運転取り止め。 9月25日:江津駅 - 浜田駅間が運転再開。 11月9日:益田駅 - 須佐駅間が運転再開。 不通区間は奈古駅 - 須佐駅間に短縮される。 (平成26年)• 4月1日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(岡見駅 - 益田駅間 16. 9 km)が廃止。 8月10日:奈古駅 - 須佐駅間が運転再開。 8月17日:16日からのでのの影響で、園部駅 - 和田山駅間が0時13分から不通となる。 8月18日:園部駅 - 綾部駅間が運転再開。 8月19日:綾部駅 - 和田山駅間が運転再開。 (平成27年)• :伯耆大山駅 - 米子駅間の貨物列車が廃止。 山陰本線を経由する定期貨物列車が全廃される。 京都駅 - 福知山駅間で路線記号が本格導入開始。 :日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(伯耆大山駅 - 東松江駅間 27. 1 km)が廃止。 (平成28年)• :田儀駅において山側の土砂が崩れ、海側の線路のみでの運用となり、行き違いができなくなったことでダイヤに大幅な影響が出る。 :城崎温泉駅 - 益田駅間への路線記号・ラインカラーの導入が発表される。 12月17日:伯耆大山駅 - 出雲市駅間においてICカード「ICOCA」利用開始。 (平成29年):益田駅 - 幡生駅と長門市駅 - 仙崎駅間に小規模自動進路制御装置 SRC を導入。 (平成30年)• :の影響により、長門大井駅 - 越ケ浜駅間で斜面崩壊が発生。 益田駅 - 東萩駅間が長期不通となる。 :平成30年7月豪雨による災害で運休していた益田駅 - 東萩駅間が再開。 :日本貨物鉄道に対し伯耆大山駅 - 益田駅間の第二種鉄道事業を許可。 :平成30年7月豪雨で一部区間が不通となっている山陽本線の迂回貨物列車の運行を開始し(当線通過は29日から) 、に運行を終了。 :の影響で中山口駅 - 下市駅間で道床流出が発生し、赤碕駅 - 下市駅間が不通となる。 :赤碕駅 - 下市駅間が運転再開。 台風24号による土砂災害で山陽本線の一部区間が不通となったため、迂回貨物列車の運行を再び開始し(当線通過は6日から) 、に運行を終了。 (平成31年)• :が開業。 駅一覧 [ ] 営業中の区間 [ ]• 特急列車の停車駅は、に挙げられている各列車記事参照。 営業キロは、仙崎支線を除いて京都駅からのキロ程。 京都駅 - 園部駅間 [ ] 接続路線・快速停車駅などについては「」を参照 全区間複線 ・電化。 内の数字は営業キロ。 0 km - - - - - - - - - - 20. 2 km - - - - - 34. 2 km 園部駅 - 城崎温泉駅間 [ ]• 停車駅• 普通…すべての旅客駅に停車• 嵯峨野線区間から乗り入れる快速(臨時列車除く)は、この区間内では普通列車扱いとして各駅に停車。 逆にこの区間内で快速となる列車は、嵯峨野線区間では普通列車扱いとして各駅に停車する。 豊岡駅 - 城崎温泉駅間については、福知山方面からの電車快速についてのみ記載。 全区間電化 駅名・ 信号場名 駅間 営業 キロ 営業 キロ 快速 接続路線 線路 所在地 - 34. 0 38. 7 41. 4 44. 8 47. 8 51. 7 58. 1 60. 8 65. 5 69. 2 76. 1 80. 5 82. 7 88. 7 95. 2 102. 4 109. 8 115. 4 119. 2 124. 0 131. 5 138. 7 142. 0 148. 3 153. 3 158. 迂回貨物運転のために内に臨時に設置された。 舞鶴線の列車は一部が福知山駅へ乗り入れる• JR西日本(6駅)• 園部駅・綾部駅・福知山駅・和田山駅・豊岡駅・城崎温泉駅の6駅• による(3駅)• 八鹿駅・江原駅・香住駅• (4駅)• 日吉駅・和知駅・梁瀬駅・養父駅 豊岡駅・城崎温泉駅 - 米子駅間 [ ] 便宜上、気動車列車の系統上の起点となる豊岡駅から記載する。 停車駅• 普通…すべての旅客駅に停車• 豊岡駅 - 浜坂駅間で快速(臨時列車除く)となる列車は、浜坂駅以西では普通列車扱いとして各駅に停車する。 浜坂駅 - 鳥取駅間で快速(臨時列車除く)となる列車は、当該区間以外は普通列車扱いとして各駅に停車する。 豊岡駅 - 城崎温泉駅間については、浜坂方面からの気動車快速についてのみ記載。 臨時快速「」の停車駅は、列車記事を参照のこと。 電化状況 駅名・ 信号場名 駅間 営業 キロ 営業 キロ 快速 快速 接続路線 線路 所在地 電化 - 148. 3 153. 3 158. 0 166. 4 173. 3 175. 3 180.

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山陰本線の旅(後編)

山陰 本線

山陰本線 [京都~福知山] 山陰本線の最初を飾る鈍行は、6時37分発の 福知山行き一番列車だ。 列車は6両編成で、前側2両は福知山まで向かうが後側4両は園部止まり。 これはちょっとややこしい。 車内は クロスシートがズラッと並ぶ。 どうやら山陰本線は終点までずっとクロスシートにありつけるらしい。 車内が混み合ってきたところで、福知山行きは定刻通り京都を出発した。 京都を出るとしばらく市街を進む。 この区間は電化されていて、線路も真新しい高架になっている。 後に 単行気動車が行き交うだけのローカル線になるとは思えない雰囲気である。 通勤時間帯なので車内は満席。 ひとまずドア脇でやり過ごすことにしよう。 天気はどんよりとした曇りで、雨も少しだけ降っている。 残念な空模様だが明日は晴れるらしい。 高架区間を過ぎて前方に山が近づいてくると 嵯峨嵐山へ。 ここから列車は深い山間部へ入っていく。 嵯峨嵐山を出ると列車はトンネルに入り、ここぞとばかりに速度を上げて疾走。 保津峡を抜けると再び住宅街へ入っていくが、右手にただっ広い田園が広がっており、 早くも ローカル色を滲ませてきた。 車内は相変わらず混んでいる。 朝霧の中を列車はひた走る。 八木で乗客がドッと入れ替わった。 山に囲まれた平地を走り、7時20分に運行拠点の園部へ到着。 ここからは前側二両が切り離され、 ワンマン列車となって終点の福知山へ向かう。 ワンマン用の自動放送に切り替わると、列車は園部を出発する。 園部から再び山が深くなってきて、 桂川とともに山の中へ。 日吉では特急待ちのため長時間停車。 そういや線路は何時の間にか 単線だ。 総距離680kmの本線とは思えない貧弱ぶりである。 山間の田園を走って、安栖里で列車待ち合わせのため再び停車する。 しばらくするとベージュ色の国鉄特急が駆け抜けていった。 山間部を抜けて住宅街へ入ると、列車は 舞鶴線と接続する綾部に着く。 車内は少しずつ空いてきた。 綾部から列車は速度を上げて突っ走る。 8時38分、列車は福知山に着いた。 ここから今度は豊岡行きの鈍行に乗り換える。 福知山は山陰本線の他に 福知山線と 京都丹後鉄道が乗り入れていて、乗り場は広い。 ホームで待つことしばらくして、次乗る豊岡行きが入線した。 山陰本線 [福知山~豊岡] 8時54分発の豊岡行き鈍行は、再び二両編成のワンマン列車。 車両もさっきのやつと同じだ。 対向ホームから先に出ていく 特急「きのさき」を尻目に佇む姿が、哀愁の鈍行妙味を掻き立てる。 通勤時間帯を脱したので乗客は疎らだが、それでも座席は八割方埋まっていて地元需要を感じさせる。 列車は福知山を発車すると市街を出て、閑散とした山里を進んでいく。 この区間の車窓は平板で見所は少ない。 牧川と並行して走り、 播但線と接続する和田山で数分停車。 養父でまたしても列車待ち合わせで数分停車する。 単線で特急も走ってるから過密なのかもしれない。 素朴な景色をひた走り、定刻通り10時10分に豊岡へ到着。 ここでの乗り換え時間は 僅か2分。 さっさと次の列車に乗り移る。 対向ホームに停まっていたのは、二両編成の気動車だ。 山陰本線 [豊岡~城崎温泉] 10時12分発の浜坂行き鈍行は国鉄気動車だった。 キハ40。 全国でもお馴染みの普及型気動車だ。 この車両は全国至るところで見かけることができ、地区によって塗装が違うが、山陰本線のキハ40はオリジナルの タラコ色で昭和ノスタルジーがびんびんに漂っている。 間髪入れずに乗り換えると浜坂行きはすぐに発車した。 ガラガラとエンジンを唸らせ、大河のような趣の 円山川とともに進む。 この先、山陰本線は観光地が続く。 ということでまずは城崎温泉で下車してみた。 城崎温泉は超メジャーな温泉街で、その歴史は 1300年と古い。 せっかくなので温泉に入ろうと思ったが、時間的にいっぱいいっぱいで無理そうだったので、駅から20分ほどで行ける ロープウェイに乗って温泉街を見下ろしてみることにした。 城崎温泉ロープウェイ [城崎温泉~山上] 城崎温泉ロープウェイは、ロープウェイなのに 中間駅を持つ珍しい路線だ。 所要時間は7分で、山上には展望台があり遠くに日本海も見渡せるという。 今日は昼過ぎから 整備点検を行うらしく、午前中のみの運行となるようだ。 京都を遅めに出発してたら間違いなく最終便に間に合わなかっただろう(汗) 往復切符は900円で 中間駅の途中下車も可能となっている。 切符を買い乗り場へ。 出発時刻になると観光案内が流れ、山頂向けてゆっくりと上り始めた。 大学生に混じって運ばれること数分、山頂の展望台へやってきた。 標高は 231mで、手前に城崎温泉街、奥に日本海が見えた。 「わぁー、思った以上に眺め良いじゃん!」 写真サークルの女子大生がゴツイ一眼でパシャパシャ撮っている。 私が愛用してるのは、ズームや便利機能なしの 単焦点コンデジだ。 余計な小細工が好きじゃないし、単発で眼の前の風景を収めてくれればそれで十分さ。 温泉街を眺めまくった後、城崎温泉駅へ帰還。 タラコの気動車が待っていた。 山陰本線 [城崎温泉~鳥取] 城崎温泉から先、山陰本線は遂に 非電化となる。 京都からやってくる特急も城崎温泉止まりがほぼ全てを占めるので、ここからは鈍行が主役となるわけだ。 豊岡・城崎温泉~鳥取間は 浜坂を境に運行系統が分かれ、本来は浜坂で乗換えなければならない。 しかしこれから乗る城崎温泉発鳥取行きは、この系統の境を無視して鳥取まで行ってくれる貴重な鈍行である。 11時56分発の鳥取行きは、やっぱり先程と同じく二両編成の国鉄気動車キハ40である。 時刻表を見ると、豊岡・城崎温泉から鳥取まで行ってくれる鈍行は 一日二本しかない。 当列車は城崎温泉を起点として、約二時間の道のりをかけて終点の鳥取へと向かう。 城崎温泉を出ると間もなくトンネルを潜り、深い山の中へと入っていく。 長い長いトンネルを抜けると田園を走って竹野へ。 ここで列車待ち合わせのため3分停車。 エンジンを唸らせながら勾配を延々と上ると県境を越え、右手に 日本海がチラつき始めた。 鈍く光り輝く日本海。 日本海をチラつかせながら国鉄気動車がひた走っていく。 鄙びた港町を抜けて住宅が多くなってくると、 松葉ガニで有名な香住へ到着。 断崖の上に建てられた鎧を過ぎると、車内がヨソヨソし始めた。 この先、山陰本線の名物があるからだ。 鎧を過ぎてしばらくしたところで待ち構えていたのは 「余部橋梁」だ。 この橋の写真はテツオタじゃなくても何処かで見たことがあるだろう。 それほど有名な景勝地だ。 余部橋梁の人気度は尋常じゃなく、鈍行なのに車内で歓声が上がっている。 「素晴らしい!山陰本線は素晴らしぃいいい!」 自分より遥かに突き抜けた、鉄オタのおっさんがめっちゃ興奮してる。 キモッ。 列車は徐行して進むので絶景を存分に拝むことが出来るようだ。 余部橋梁を渡り終えると餘部に到着。 高い所を走ってトンネルを何度も抜けると田園に入り、運行拠点の浜坂へ到着する。 ここでは 6分ほど停車するようだ。 浜坂市街を出るとトンネルを潜って港町を抜けていく。 福部では時間調整のため3分停車。 道のりが平坦になると住宅が増えてきた。 13時54分、列車は終点の鳥取へ到着となった。 1日12本出ていて運賃は370円。 休日は砂丘線の他、 ループ麒麟獅子バスという観光バスも走っている。 14時10分発の鳥取砂丘行きは、発車すると鳥取市街を抜けて一路砂丘へ向かう。 市街を出ると険しい山あいに入り、坂を上ってトンネルに入る。 トンネルを抜けると左手に砂丘が見えてきて、駅から20分で鳥取砂丘に到着した。 鳥取砂丘 鳥取砂丘は名前だけは知っていて「実際どうなんだろ??」ってずっと気になってたが、 実際来てみると 「ここ日本!?」って疑いたくなるような砂丘が広がっていた。 日本海沿岸に存在するこの砂丘は、 日本三大砂丘の一つで観光可能なものとして日本一の広さを誇る。 古来、中国山地のところにあった岩石が風化して砂になり、河川によって海の際まで運ばれたという。 その 大量の砂の堆積が海面低下によって陸上へ上がり、砂丘となった。 これが鳥取砂丘の大元だ。 鳥取砂丘は中に入ることが可能だが、足下はずっと砂なので結構足を取られる。 裸足になるのは面倒だったので スニーカーで砂丘に突入したが、思った以上にしんどい。 さすが砂丘というだけあって、360度見渡しても広大なスケールで迫ってくる。 見渡す限り完全に砂漠! ラクダまでいるし。 どんだけだよ鳥取砂丘。 広大な景色を味わった後、折り返しのバスに乗って鳥取駅へ戻った。 折り返しの砂丘線で鳥取駅へ戻ってきた。 駅弁が売っているので何か食べてみることに。 駅弁はあまり食べないので、定番っぽいやつに眼が行った。 私が選んだのは 「元祖かに寿し」。 鳥取駅弁の中で最も歴史の古い駅弁らしい。 酢飯の上にかにがギッシリのっていて、あっという間に完食してしまった。 鳥取からも山陰本線の旅は果てしなく続くが、快速「とっとりライナー」で今日は締めだ。 山陰本線 とっとりライナー [鳥取~米子] 鳥取から再び山陰本線は 幹線の様相を呈してくる。 非電化だが特急が走ってるし快速も運行されている。 私がこれから乗るのは、16時03分発の出雲市行き 「とっとりライナー」である。 車両は二両編成の気動車 キハ126。 2001年に導入された西日本の高性能気動車だ。 この車両はほぼ全席ボックスシートとなっており、18キッパー垂涎の仕様となっている。 見かけはコストカットが見え見えだが、シートピッチの広いボックス席にありつけるのは至福のひと時だ。 鳥取~米子間は鈍行だと二時間強かかるのに、この快速だと 一時間半ちょっとで行ってしまう。 定刻が来るとエンジンを轟かせて鳥取を発車した。 鳥取隣の湖山で対向待ちで数分停車し、5駅先の青谷でも対向列車待ち。 相変わらず 単線なので、快速のくせに列車待ちが多いようだ。 下北条あたりまで来て 夜行出発のせいか眠くなってきてしまう。 しまいには雨も降り出し、景色がぼんやりしてきて何時の間にか眠ってしまった。 この区間、 日本海はあまり見えないようだ。 住宅と田園の間を行ったり来たりする。 「米子、到達!!」 17時43分、とっとりライナーは定刻通り米子に着いた。 山陰本線と境線が乗り入れる米子は、特急・快速共に停車する要衝である。 どうせなら 鬼太郎列車で有名な境線も乗りつぶそうと思ったが、観光で結構歩き回って疲れていたので、やむなく宿へ向かう。 宿へ行く前に夕飯にありつこうということで駅前を探索してみるが、駅前は居酒屋しかない。 居酒屋に入る気分ではなかったので、米子駅中の食堂へ入店。 昭和風情を残す 「グリル大山」で頂いたのは、 隠岐のイカ醤油漬け定食。 素朴な味だけど美味しかった。 明日は山陰本線の旅を一旦休止して、 木次線のトロッコに乗った後、 出雲大社を観光する予定だ。 日中ずっと列車で進んだのに、 まだ山陰本線の半分にすら達してないという事実。 「こりゃ三日目キツイだろなー」と不穏なフラグが立ち始めていた。

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山陰本線の旅(前編)

山陰 本線

山陰本線の運賃・路線図・時刻表 山陰本線とは 山陰本線とは、JR西日本が運行している、京都駅から幡生駅までを結んで走っている路線のことです。 この区間の営業キロ数は673. 8キロメートルほどとなっています。 JR西日本は、北陸3県と近畿地方・中国地方を中心に鉄道路線を持つJRグループの会社で、本社は大阪府大阪市にあります。 JRグループ内でのコーポレートカラーは青色となっています。 目次 山陰本線の運賃 JR各線の 大人(原則として12歳以上)の普通運賃は次の表のとおりで、距離に応じて金額が決まっています。 小児の場合は大人の料金の半額(5円の端数は切り捨て)になります。 ただし、JRの場合は他の私鉄各線とは違って運賃体系が複雑で、普通運賃の場合、JR東日本・JR東海・JR西日本(本州3社)と、JR北海道・JR四国・JR九州の各社でそれぞれ異なります。 2つ以上の旅客鉄道会社にまたがって利用する場合は通しで計算し、この場合は「基準額」のほかに「加算額」が発生することがあります。 幹線または地方交通線のみを利用する場合、東京・大阪の電車特定区間のみを利用する場合、山手線内・大阪環状線内のみを利用する場合でも、それぞれ運賃は異なります。 注意:下記の運賃表は 令和元年 2019年 10月1日消費税増税後の改定運賃を表示しています。 本州3社内の幹線の普通運賃表 (有効期間1日) 営業キロ (運賃計算キロ) 片道運賃 (基準額) 1から3キロ 150円 4から6キロ 190円 7から10キロ 200円 11から15キロ 240円 16から20キロ 330円 21から25キロ 420円 26から30キロ 510円 31から35キロ 590円 36から40キロ 680円 41から45キロ 770円 46から50キロ 860円 51から60キロ 990円 61から70キロ 1,170円 71から80キロ 1,340円 81から90キロ 1,520円 91から100キロ 1,690円 電車特定区間の普通運賃表 (有効期間1日) 営業キロ 東京 大阪 1から3キロ 140円 130円 4から6キロ 160円 160円 7から10キロ 170円 180円 11から15キロ 220円 220円 16から20キロ 310円 310円 21から25キロ 400円 400円 26から30キロ 480円 470円 31から35キロ 570円 560円 36から40キロ 650円 650円 41から45キロ 730円 730円 46から50キロ 820円 810円 51から60キロ 940円 940円 61から70キロ 1,100円 1,100円 71から80キロ 1,270円 1,270円 81から90キロ 1,450円 1,440円 91から100キロ 1,610円 1,610円 山手線内・大阪環状線内の普通運賃表 (有効期間1日) 営業キロ 山手線内 大阪環状線内 1から3キロ 140円 130円 4から6キロ 160円 160円 7から10キロ 170円 180円 11から15キロ 200円 200円 16から20キロ 270円 260円 山陰本線の路線図と時刻表 山陰本線の路線図や時刻表は、ダイヤ改定に合わせて定期的に出版されている「JTB時刻表」などの市販の時刻表から調べることができます。 その他、 JR西日本の公式ホームページにパソコン・スマートフォン・タブレット端末からアクセスして、時刻表や路線図を調べることもできます。 公式ホームページへのリンクは次のとおりです。 ICOCAの購入方法 交通系ICカード「ICOCA」は、JR西日本のICOCAエリア(北陸・中国・四国・近畿の営業エリア)の駅の「みどりの窓口」、または「みどりの券売機」(おとな用通勤のみ)および「ピンク色の自動券売機」で発売されています。 ただし、一部の窓口や券売機の機種によっては購入できないことがあります。 「みどりの窓口」で「ICOCA定期券」を購入する際、または磁気定期券から「ICOCA定期券」への交換(発行替え)をする際は、「ICOCA定期券購入申込書」に必要事項を記入するため、通常の無記名で購入する方法とは若干異なります。 なお、「ICOCA」はクレジットカードでも料金を支払って購入することが可能です。 通学定期券と塾への通学 通学定期券は、自宅最寄駅と学校最寄駅間の「乗車距離の短い経路」「定期運賃の低廉な経路」「著しく迂回とならない経路」のいずれかで発売します。 したがって、利用目的としては自宅と学校との往復が原則になってくるため、塾やアルバイト先など、利用者自身の都合による区間の変更や目的外の経路の選択はできません。 JR西日本のモバイル専用アプリ JR西日本では、JR西日本管内の在来線(特急列車を含みます)および新幹線の列車の運行に関する情報を提供する スマホ用のアプリ「JR西日本 列車運行情報 アプリ」を無料でダウンロードできるサービスを行っています。 このアプリは公式ホームページのなかにあるリンクを通じて「App Store」または「Google Play」のどちらかからダウンロードすることが可能です。 アプリが持っている便利な機能としては、列車が今どこにいるのか・どれくらい遅れているのかを手持ちのパソコン・スマートフォンなどから一目で確かめられる機能などがあります。

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