深浦 加奈子。 加奈子。何をしてやれたかな…―女優・深浦加奈子の父が綴った、大腸ガン闘病記

美女か野獣

深浦 加奈子

深浦 加奈子(ふかうら かなこ)• 誕生日:1960年4月4日• 没年日:2008年8月25日• 出身地:東京都• 血液型:A型• グループ:第三エロチカ 1980~1989• 所 属:シス・カンパニー• 深浦加奈子さんは、これまで数多くの様々な役柄をこなし、 名脇役として評されていました。 彼女は公務員の家庭に生まれたので、母親は深浦加奈子さんにも公務員になって欲しいと思っていたそうです。 そんな彼女は、小学生の頃から成績優秀だったそうで、高校は都立日比谷高校、大学は明治大学文学部演劇学科を卒業しています。 大学在学中には、 アングラ劇団の「第三エロチカ」の旗揚げに参加し、看板女優として全公演に出演した後、1989年に退団しています。 深浦加奈子の若い頃とは 「家なき子」では家政婦役! 深浦加奈子さんは、 「家なき子」の主人公・すずを弟子として引き取った美術評論家の大坪家に住み込んでいる 家政婦の役でした。 彼女は大坪家の主人に密かに思いを寄せており、主人がすずを亡き娘と重ねていくことに嫉妬して、すずに陰湿な虐待を繰り返した末、主人を刺して一緒に窓から転落死する壮絶な役でした。 真面目で優しかった「科捜研の女」の小向光子役とは対照的に、エキセントリックなほどに追いつめられ、狂気に落ちていく役は、深浦加奈子さんの本領発揮とも言える役どころでした。 深浦加奈子の死因は大腸がん~壮絶な闘病生活も紹介 2008年8月25日に、都内の病院にて深浦加奈子さんが 48歳という若さで亡くなりました。 この訃報は、日本中の多くのドラマ好き・芝居好きのファンたちを驚かせました。 深浦加奈子さんが闘病生活を送っていたことを、ほとんどの人たちが知らなかったそうです。 彼女は、一体いつからどんな病気と闘っていたのでしょうか、調べていきましょう! 死因は「大腸癌」だった! 深浦さんは、2002年冬に放送されたドラマ「美女か野獣」の撮影中、腹部に激しい痛みを感じたため、産婦人科で検査を受けたそうですが、その時は異常はみつかりませんでした。 また、痛みも一過性で、すぐに消えたのでそのまま撮影を続けていました。 しかし、症状は徐々に酷くなっていったのです。 「美女か野獣」の撮影が終了した2003年3月、彼女は都内の病院に緊急入院しました。 その診断結果は、 S状結腸癌(大腸癌)で、浸潤やリンパ節への転移のないステージ2というものでした。 しかし、2週間後の3月24日の手術で開腹した医師は、予想以上に癌が進行していて、リンパ節転移を伴う ステージ3bに達していることを知ることになります。 亡くなる1か月前にも仕事していた! 深浦さん 最後の仕事は、テレビ新広島の報道番組「描けなかった2枚の絵 原爆が投下された日の記憶」の ナレーションでした。 2008年7月のことなので、既に癌が両肺に転移していたので、ナレーションの仕事は本当に辛かったことでしょう。 ですが、「このテーマは絶対にやりたい」と言っていたそうで、実姉が付き添って広島まで行き、気力を振り絞って乗り切ったと言います。 その頃は、家族全員で深浦さんの闘病生活と仕事面を支えていました。 彼女は母親に「 この仕事が最後になると思う」と覚悟を明かしていて、その言葉通り、東京に戻ってから容体が急変したのでした…。 「座ったまま」永眠… 容体は悪化の一途を辿り、8月18日には、肝機能の低下で黄疸が出て、呼吸も思わしくない状態に…。 「身体のどこが痛いという訳ではないけど、身体全体に不快感がある」と言っていたようです。 肺に酸素がいかないので、一言話すだけでも息が切れる状態で、22日には会話もできなくなっていたそうです。 そして、 2008年8月25日午後10時57分、壮絶な闘病生活の末、家族に見守られながら ベッドに座ったまま息を引き取ったのです。 深浦加奈子のお別れの会には大勢の芸能人が参列し話題に 深浦加奈子さんの告別式は9月2日に営まれ、親族と特に親しい関係者が40人ほど参列しました。 その後の「お別れ会」には、550人ほどが参列しました。 お別れ会で弔辞を読んだ小泉今日子さん お別れ会では、小泉今日子さんが弔辞を読みました。 深浦さんは、小泉今日子さんのことを「キョン」と呼んでいて、小泉さんもまた深浦さんのことを姉のように慕っていました。 弔辞を読んでいた 小泉さんは、肩を震わせ涙を見せていたそうです。 2人の出会いは、2002年に行われた舞台「おかしな二人(女編)」で、共演以降は、様々なことを深浦さんに相談していた仲だったそうです。 また生前、両親に自分の遺骨は海に散骨して欲しいと頼んでいたそうです。 そして 遺骨の一部は、彼女の遺言通りに大好きだった逗子の海に撒かれたとのことです。 まとめ いかがでしたでしょうか? 深浦加奈子さんが壮絶な闘病生活を送りながら女優を全うした姿には、多くの役者仲間達の心の奥深くに刻まれていることでしょう。 そして、これからも作品の中で生き続けている深浦加奈子さんに、私たちはいつでも会うことができます。 改めて深浦加奈子さんのご冥福をお祈りすると共に、彼女が亡くなって10年が経ちましたが、いまだに死亡率共にトップ3に入る大腸癌の良い治療法が開発されることを祈るばかりです。

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座ったまま絶命!「今」を生き抜いた女優深浦加奈子とは?

深浦 加奈子

スポンサーリンク 深浦加奈子さんのプロフィール 8月25日。 深浦加奈子さんの命日。 — ゆかわたかし 昭和芸能舎 yukaniy• 深浦 加奈子(ふかうら かなこ)• 生年月日:1960年4月4日• 没年月日:2008年8月25日(享年48歳)• 出身地:東京都• 身長:158cm• 血液型:A型• 学歴:東京都立 日比谷高等学校・明治大学 文学部文学科 演劇学専攻 卒 深浦加奈子さんは大学在籍中、劇作家・演出家の川村毅さんらと劇団「第三エロチカ」を旗揚げし、1989年の退団まで看板女優として活躍されました。 その後、数々のドラマに出演し、 小姑役やお局役などのバイプレーヤー(脇役)として人気を得ました。 深浦加奈子さんと親交が深かった芸能人は、以下の通りです。 久本雅美さん• 沢口靖子さん• 松嶋菜々子さん• 戸田恵子さん• 高橋克実さん• 小泉今日子さん• 鈴木浩介さん 「恋人は仕事」と語り、独身を貫いていました。 深浦加奈子さんは 2008年8月25日、48歳の若さで亡くなりました。 死因は S状結腸癌です。 2003年に癌が発覚してから、5年にわたり闘病生活を送られました。 手術、放射線治療、抗がん剤などで治療を続けましたが、再発・転移を止められず、2008年8月25日に死去されました。 2008年9月24日には 友人や芸能関係者 約550人が参列し、小泉今日子さんが代表で弔辞を読まれました。 スポンサーリンク 深浦加奈子さんの出演作品 ナースのお仕事とかショムニとか科捜研の女とか私の好きなドラマってほぼほぼ深浦加奈子出てくるのよね めちゃ好き 悼まれる — なは jgtrsn 深浦加奈子さんの代表的な出演作品を紹介します。 ドラマ• 太平記(1991年) — 局• 家なき子(1994年) — 一条鶴子• ナースのお仕事(1996年) — 桜井華子• 3年B組金八先生(1999 — 2000年) — 中野節子• ショムニ(2000年) — 梅林君子• 科捜研の女(2001 — 2008年) — 小向光子• TRICK2(2002年) — 針生貴子• 奥さまは魔女(2004年) — 吉井塾長 映画• たそがれ清兵衛(2002年) — 飯沼八重• 幸福のスイッチ(2006年) — 橘優子• ぼくのおばあちゃん(2008年) — 新海君江.

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深浦加奈子は座ったまま絶命?死因は癌で発覚から最期まで経緯は!

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その以前より便秘や腹痛などがあったようですが、検査では異常はなかったようです。 それほどまでに深刻ではないと思われた症状でしたが、実際に手術によって開腹をすると、リンパ節への転移があるステージ3bにまで達していることが判明。 手術は成功したものの、女優として大きな岐路に立たされました。 しかし、深浦さんは、闘病を続けながらも仕事に復帰。 テレビドラマ『救命病棟24時』、『SP』、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』へのレギュラー出演や、映画など数々の作品に出演。 闘病の以前にも増して、女優としての人気を獲得していくこととなりました。 2005年には、所属事務所には迷惑をかけたくないという深浦さんの意向によって、所属事務所のシス・カンパニーから独立。 深浦さんの親族が事務所の経営やマネジャーを務めるほどの徹底ぶりでした。 一方、がんの症状は進行。 2006年には、がんが肝臓に転移するなど、危機的な状況にもなったそうです。 それでも深浦さんは、放射線治療など闘病しながら、女優業を続けました。 そして、2008年8月25日、深浦さんは48才でこの世を去りました。 お別れ会では友人・芸能人・芸能関係者など約550人が参列。 女優の小泉今日子さんが弔辞を務め、涙を流しながら深浦さんとの別れを惜しみました。 深浦加奈子さんが闘病したS状結腸がんとは? 深浦加奈子さんが闘病したS状結腸がんとは、大腸がんの一種です。 大腸がんは、部位によって直腸がんと結腸がんとに分けられます。 S状結腸がんは、S状結腸という部位にできた大腸がんのことを指します。 以下は、がん研究の権威・国立がん研究センターがん情報サービス()からの引用です。 大腸がん(結腸がん・直腸がん)とは 大腸がんは、大腸(結腸・直腸・肛門)に発生するがんで、腺腫という良性のポリープががん化して発生するものと、正常な粘膜から直接発生するものがあります。 日本人ではS状結腸と直腸にがんができやすいといわれています。 大腸の粘膜に発生した大腸がんは次第に大腸の壁に深く侵入し、やがて大腸の壁の外まで広がり腹腔内に散らばったり、あるいは、大腸の壁の中のリンパ液や血液の流れに乗って、リンパ節や肝臓、肺など別の臓器に転移したりします。 症状 早期の段階では自覚症状はほとんどなく、進行すると症状が出ることが多くなります。 症状としては、血便(便に血が混じる)、下血(腸からの出血により赤または赤黒い便が出る、便の表面に血液が付着する)、下痢と便秘の繰り返し、便が細い、便が残る感じ、おなかが張る、腹痛、貧血、体重減少などがあります。 最も頻度が高い血便、下血は痔(じ)などの良性の病気でもみられるため、そのままにしておくとがんが進行してから見つかることがあります。 大腸がんの早期発見のために早めに消化器科、胃腸科、肛門科などを受診することが大切です。 がんが進行すると、慢性的な出血による貧血や、腸が狭くなる(狭窄する)ことによる便秘や下痢、おなかが張るなどの症状が出ることがあります。 さらに進行すると腸閉塞(ちょうへいそく:イレウス)となり、便は出なくなり、腹痛、嘔吐(おうと)などの症状が出ます。 大腸がんの転移が、肺や肝臓の腫瘤(しゅりゅう)として先に発見されることもあります。 画像・引用:より 参考:大腸がん闘病した芸能人たち 深浦加奈子さんだけでなく、芸能人や有名人の方の中には、これまで大腸がん闘病を経験された方が多くいらっしゃいます。 プロ野球・阪神タイガースの原口文仁選手は、2018年末に大腸がんが発覚し手術を受けましたが、2019年6月には1軍復帰を果たしています。 少しでも不安だと感じた方は、ぜひこのタイミングあなたにピッタリながん保険を、フィナンシャルプランナーに無料で相談してみませんか? \がんへの備えが不安な方へ/.

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