まちこ わたしが。 懸魚(げぎょ)ってなに?モダンな種類がたくさんある古建築の意外な見どころ!~日本建築の見方~

懸魚(げぎょ)ってなに?モダンな種類がたくさんある古建築の意外な見どころ!~日本建築の見方~

まちこ わたしが

人それぞれかもしれませんが、ほとんどのコールテイカーがお客様に感謝されたとき、また問題を解決したときに嬉しいと感じると思いますが、中には、わざわざお手紙を送って下さったり、贈り物があったりすることもあって、そんな時は嬉しさもひとしおです わたし自身は、お客様から感謝のお手紙を貰ったことや、委託元のクライアントから表彰されたことなどが過去何度かありましたが、お客様に名前を覚えてもらったことも、嬉しい出来事のひとつでした。 いつだったか、何度かお問い合わせをされているお客様で、わたしがこのお客様の二度目の対応をした時のこと。 「わたし、対応した人のことをノートに記録してるんですよ。 もう5年ほどなりますが、今でも覚えています。 あ、でも、嬉しいようなそうでもないような複雑なお問い合わせが最近ありました・・・。 なんかやたら私(の対応)を気に入ったらしく、今日も指名の電話が・・・。 裏話をしますと、今の部署ではサポートポリシー上、折り返しのご連絡ができない上に、基本的に電話を取った人が処理をするスタンスなので、指名は受け付けてしまうと、わたしの業務も電話を取った人の業務も止まってしまって、全体のパフォーマンスを下げ、けっこう厄介だったりします。 泣く泣く他の業務があったのに、それは後回しにして対応しました(;-;。 んー、明日以降もかかってきそうなんですよね・・・。 「まちこです」なんて言いませんのであしからず・・・。 はじめまして。 コールテイカーまちこです。 まちこのコールログでは、沖縄県内の様々なコールセンターで働く皆様からの投稿をお待ちしています。 お送りいただいた記事は、まちこが確認しまして、当ブログに反映させていただきます。 お気軽に、日々のあんなことやこんなことをコールログにしてお送り下さい(^-^)。 投稿はオーナー宛メールで! 尚、くれぐれも守秘義務に反することが無い様に、内容にはご注意ください。 できるだけ投稿時の内容のまま掲載をしていきたいと思いますが、内容によっては、伏字や改変など、編集の上で掲載させていただくことや、掲載そのものを見送らせていただくこともあるかもしれません。 何卒、ご了承ください。

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「まちこ事件」てなんですか?

まちこ わたしが

こんにちは。 まちこしです。 前にも記事で書いたわたしがよく聞かれる質問、 「本業はなんですか?」 「肩書きはなんですか?」 「何がメインでやっているんですか?」 この質問の背景には知らない人を自分の何か知っている何者かに定義付けて 安心したいという心があると私は思っています。 私に本業があったらスッと答えられてお互い安心するのでしょうが、 私自身がそういう感じではないのでだいたいモヤモヤした顔をされるので名刺交換をする時はその相手相手で違う名刺を出します(笑) 的にも人間は未知=恐怖で何かをわからないままにできないという性質があり、ひとまずどこかにしまう、ということをするらしい。 もしくは知っているなにかを必死にその中から探し当てようとする。 私がお手伝いしている「はたらける美術館」の事業ですが、 昨日その一環で知り合いのギャラリー、yukisisギャラリーさんにお邪魔しました。 いつもこちらにお邪魔すると盛り上がって長話になるのですが、 慣れてない方からすると「アート」って一番わからないものではないでしょうか。 ひとつ言えるのは、「アート」ってわかろうとするものじゃないです。 正解がないし、正解があるとすればその人が感じたことすべてが正解です。 はたらける美術館の活動を簡単に紹介すると、はたらく空間をアートという変幻自在な装置によってより新しいものが生まれやすい空間にしようとする試みです。 店舗もありますが、現在はBtoBで企業向けの対話型鑑賞のプログラムなども行っています。 未知のものへの恐怖、私が思うアートの楽しみ方というのはこのモヤモヤや不安を楽しむということです。 不安というより、何これ?のプロセスというのかな。 未知のものに恐怖を覚えずに、積極的にそこに入り込んでいく、知っていく、向き合っていく事で世界が豊かになっていく気がします。 こういった事って差別や偏見を和らげる効果もあるのではないかなーと私は思っています。 ちなみに現在展示されているユキシスギャラリーさんで開催されている榊 原澄人さんの展示はみているだけで体がムズムズしてきておもしろい展示でしたよ! まちこし amakane こんにちは。 まちこしです。 「いや、まだ完成してないから世に出せない」 「準備満タンにしてから望みたい」 「全て揃えてから動きたい」 「失敗したくないから完璧にしてからやる」 いわゆる完璧主義、失敗したくない病です。 こういう自分のハードルの中で築城している方にかぎって いやいや、もう十分だよっていう域まで達しているのに いや、まだまだダメですっていう人が多い。 ある意味ではすごく真面目で真摯な態度なのかもしれません。 私もかつてこのタイプで気を抜くとまた戻りそうになります。 作品を作るのでも何かサービスを作ったり新しい事を発表することでも同じだと 思うのですが、結局何事も外に出さないとわからないんですよね。 何かと変に頭の回転が早いと能書きを垂れたり、やらない事、できない事に対する それらしい言い訳を見事に構築するわけですが、何も出さないから何も変わらない わけです。 準備も大事ですが、ひとまずやってみる、出してみるは準備しなくても得られる ものがあるような気がします。 よく(plan,do,check,action)を回すといういいかたがあるけど、最近ではPはいらないんじゃないか? という話もあるくらいで、プランしたところで出してみたら全然プラン通りいかないし、出した事による偶然性によって起こる事象にのっかって行った方が思わぬゴールが見えてきたりするものです。 私が新作を作る時も一応はこんな感じのものを作ろうとイメージやなんとなくデッサンは描いたりします。 でもそれ通りのものを作っていてもどこかもの足りなさを感じるのは私が職人肌じゃないからなのか、単に飽きっぽいのかわからないのですが、何かが生み出される瞬間って 「偶然性」って絶対必要なものだと思うのです。 この世が私だけで完結していない事を感じたくて私は何かを作るとき、こういった思いになるのです。 完璧の完璧が一体どこに向かっているものなのか、 それって本当はただの自分の奢りだったんじゃないのか? 人生も完璧な状態で死ぬなんてありえないと思います。 どこかの途上で命を明け渡す。 わたしと思っているわたしはわたしだけのものなのか? そんな事を考え出してから、恥ずかしくても相手からの要望があれば 途中でも荒削りでもひとまず人の前に出すように考えを変えました。 それでも私は小心者なので恥ずかしかったり、怖かったりでなかなか ポーンって行動できない時もあります。 だけど、変な理屈付けはしないようにしよう、している時は自分が逃げている 時なんだと気づけるようになっただけでも前より少しは変わったかな。 と思いたいな。 何より、完璧主義は本人が辛いので、どうぞほどほどに。 まちこし amakane こんにちは。 まちこしです。 わたしがいたるところで、聞かれる質問。 ちなみに私が今、お金をもらってやっていることは 自分でデザイン、制作したジュエリーブランドの販売、 その途上で開拓したの雑貨の輸入販売、 時々期にやるワークショップ、 ときどき絵を描いたり、何かデザインしたりしたもののお礼、 あとは、はたらける美術館という知り合いの方が代表を務める事業のお手伝い。 なのですが、、、お金を一番たくさんもらっている仕事が=本業なのでしょうか? あんまり気にせずやりたい事に手を出してやっているので、あまりそういった 認識がなかったのですがみなさんにとって、本業ってなんですか? 特に複数の仕事を同じくらいの塩梅てやっている方にお聞きしてみたいです。 ちなみに私は聞かれると、本業はないですって答えてます。 全部本業でぜんぶ本業じゃないっていう回答です。 説明が難しいですが全部が必要なピースで私が出来上がっているので、 「副」っていう感覚のものがないです。 わたしがあまりこだわらずに好きなことをやろうと思ったきっかけは さんの本の中で、ご自身の名刺にお名前しか書いておらず、その理由は 「肩書きに縛られたくないから」「肩書きがなければなんにでもなれる」 といった発言に強い共感を覚えたからです。 あたらしい肩書きを作ろう!といった動きもよく見ますけど、 もう、なんにも書かないってのは潔い良いな!って思いました。 結局、書いたら書いたでその枠の中に収まるように頭が働きだすんだと思うんですよね。 わたしは結構こんなカオスなくせに理屈っぽいところがあって、変に小難しく考え始める時があるのですが、以前よくあった悩みに、、 「アーティスト」とは?みたいな。 私が作っているものって作品?商品?こういうのを作ったらアートなのか否か?みたいな悩みがあったのですが、正直、今は どうでもいいか、っていう感じになっています(笑) 去年「アーティスト」として何するか?みたいなことを考えていたのですが、順序が 逆だという事に気づいたんですよね。 まさに肩書きにしばられていた。 アーティストは何かしらの作品を作りますが、作品のかたちってべつになんでもいいはずなのに。 それが作品と呼べるものかもあやしいものでさえも。 作品なり、できたもの、アウトプットがあって、初めて自分がなにものかが見えてくる。 それがデザイナーだろうがアーティストだろうが、商売人だろうが、なんでもいいかなって。 それよりも自分がなにを出したいか、どう感じたか、どうしてそうしたいか、そういった事のほうが大事だし、そこを大事にしていくとそういうどうでもいい表面の器の話は気にならなくなる。 私は人一倍し、自信もないタイプです。 行動するまえに何かと悩みやすい人間なのですが、もしそういう私みたいな人がいたら、挑戦したいことがあったら人に相談せずに先に挑戦してしまう事をおすすめします。 自信がないからつい相談してしまうんですよね。 でもあなたのやりたい事ってすごい事になるかもしれないし、それを何かと潰そうとする人もいます。 どうかあなたの大事なワクワクのつぼみが潰されないことを祈ります。 まちこし amakane みなさま、アピヌーン! あらためまして、まちこしです。 ごぶさたしています。 アピヌーンはパプワニューギアの共通語、語の挨拶です。 英語がベースになっています。 パプワは800ほどの現住民族がそれぞれバラバラの言語を話すのでこの語以外にみんなが共通して話せる言葉は少ないです。 私がパプワに行ったのは去年のお正月です。 80年代くらいまでは国際空港の前で 部族間の争いが突然勃発し、石槍や弓矢が飛び交うような事態や、奥地の現住民族が民族衣装のまま都市部の公衆電話を使う光景などがあったそうです。 ちなみに現地の日本人ガイド女性には 「え、こないだも部族争いあって、ホテル閉鎖しましたよ」 と言われました。 ちなみにまちこしの泊まったパプワの首都のホテルの前にはたくさんの田舎からきた行商のおじさんたちが商売をしており、絵や手作りの石斧を売ってきます。 ちなみにそのホテルの前でつい数年前に突然起きた部族争いの際には襲撃された側の部族の人があまりに無防備だったため、 この行商のおじさんの作る弓矢(おみやげ品)を 奪って応戦したらしいです。 嘘みたいな話ですが、、、ほんとです。 パプワの部族のしがらみはこの現代でも未だに色濃く、 「pay back」 といって必ず何かされたら、やり返す復讐をする習わしがあります。 首都のはすごく治安が悪く、とくに外国人がウロウロしているとすぐに話しかけられ「早くホテルに戻れ」と言われます。 特に外国人がねらわれる理由はこの部族文化にも関係があります。 なぜかというと。。。。 つづく。 まちこし amakane はじめまして、「まちこし」といいます。 この名前で人間関係考察ブログも書いています。 書きたい事がたくさんあって片方のブログがカオス になっていたので、こちらでは国内外の旅の話をメインに書いていきたいと思います。 ブログタイトルの『行った人にしかわからない旅の話』ですが、 主に私が旅に行ってガイドさんや、現地の人に直接聞いた話をメインに書いていけたらなと思っています。 綺麗な風景の写真や、現地の経済事情など色々と旅の情報はありますが、 時間がたつと古くなる情報はあまり載せたくないのでこれまで行った国の話を 遡りつつ、同時進行で現在進行形の旅の話ものせていきたいです。 極度のめんどくさがりで、こういった事を全然まとめてなかったので 海外の国は20国以上、気づけば国内は府県すべて旅行していて写真も4万枚以上あるのでどこから手をつけていいのか分からないんですけど、 あまり順繰りでやっていくと挫折する事がわかったので(もう片方のブログで1回目で終わっています苦笑)、 思いついたまま昔を思い出すおばあちゃんの話みたいな感じで進めていければなと思います。 ひとまずこの感じでやっていきたいと思います。 ではでは。 まちこし amakane.

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懸魚(げぎょ)ってなに?モダンな種類がたくさんある古建築の意外な見どころ!~日本建築の見方~

まちこ わたしが

こんちは。 弱小文化財応援ブログ「おらがまち」まちこです。 わたしが古建築で必ずみるところ、その名も「 懸魚(げぎょ)」。 げぎょげぎょ、カエルみたいですが、漢字から見るに魚がポイント。 今回は、この「懸魚」についてご紹介したいと思います。 それでは早速マニアックな世界へ!• 懸魚とは 歴史 中国から仏教建築とともに伝来してきたとも、その後になってからともいわれ、定かではありません。 日本では鎌倉時代以前のものはないといわれ、あまり詳しいことはわかっていないのが実際のところ。 「懸魚(げぎょ)」は「掛魚」ともかかれ、「けんぎょ」と呼ばれることも。 魚を吊るしたような形に似ていたことからこの名がつきました。 建物の一番の敵は火災ですが、名前に「魚」がつくことから「防火」を願って昔からつけられていました。 「火伏(ひぶせ)」のまじないとして、よく民家や蔵などに「水」の文字がかかれていたり、寺社だったら龍の彫刻、お城だったら鯱(しゃちほこ)があったりしますが、これと同じ意味があったようです。 古代の中国では実際に魚の形に彫刻した板を下げていたところもあります。 時代が古いほど魚の形に似て単純な形が多かったようすが、時代を経るごとに装飾の要素が強くなってきて華麗になります。 建築構造上の役目 では、建築構造上全く意味がなかったのかというと、そんなことはありません。 むしろ、「火伏」の効果よりもこちらの方が日本では重要視されていました。 懸魚が設置されているのは屋根の部分。 寄棟造は上から完全に屋根がかぶる 寄棟造のように四方に屋根がある場合は良いのですが、入母屋造や切妻造、破風などは直接雨風に建物本体がさらされてしまいます。 切妻造りなどは、屋根がついていない部分がある そうすると棟木な屋根や建物を支える重要な木材が腐る。 これを避けるため、また保護のために「懸魚」は取り付けられました。 木って切り口から傷んできますので、装飾を兼ねて懸魚は重宝されていたようです。 装飾上の役目 ほとんどの場合建物正面になく、側面に設置されている上、屋根という上部にあるため、見落とされてしまっていることが多いです。 しかし、その形はとってもモダン。 と、個人的に思っています。 なので、わたしはここをみるのが好きです。 とくに屋根よりも見せることがメインの唐破風などにつけられた懸魚は、もはや懸魚の範疇を越えて華美な彫刻へ。 これも時代を経るごとの特徴といえるかもしれませんが、江戸時代あたりから寺社建築は絢爛豪華の路線を辿りまくってます。 さりげなく地元紹介 まちこの地元には江戸時代関東で頑張ってた宮彫師がいます。 懸魚や蟇股などの彫刻をメインに活動していた人物たちです。 波の伊八と後藤義光の二人で、波の伊八は波の彫刻、後藤義光は龍の彫刻で有名。 義光はこのブログのバシバシ応援している宮彫師です。 房総はどこの神社にもどちらかの系統の彫刻がほぼ彫られているゴテゴテ神社密集地域です。 ちょっとこっちに遊びに来たら、山車や神輿はもちろん、神社やお寺の軒下を見てカシャッとお願いします。 懸魚の種類 昔は魚の形をしていたり、のっぺりとしたただの板だったりしましたが、時代を経るごとに華麗に進化し、取り付ける場所も多種多様化してきます。 設置するところ 一番高い所に設置する懸魚を「拝懸魚(おがみげぎょ)」。 それよりも下方に設置してあるものを「降懸魚(くだりげぎょ)」。 唐破風の懸魚は「兎の毛通(うのけどおし)」ともいわれ、かなり装飾的な要素が強いのが特徴です。 だいだい蕪懸魚が使われる 一般的には「蕪懸魚(かぶらげぎょ)」が多く、現在の様式もこちらがスタンダード。 これに左右「鰭(ひれ)」をつけて、ちょっと装飾するものもあります。 「猪目懸魚(いのめげぎょ)」も結構みる形。 猪目(いのめ)とは、動物のイノシシの目ん玉の形ってわけではなく、それを模してハート型とした刳り抜き穴のことをいいます。 猪目も「火除け」のまじないとして色々なところに施されています。 蕪懸魚はハート型の穴が無く、猪目懸魚にはハート型の穴あり、と覚えておくと簡単。 ほかにも六角形の形に似た「梅鉢懸魚(うめばちげぎょ)」や蕪懸魚と猪目懸魚を合体させた「三花懸魚(みつはなげぎょ)」など、細かく分類するとたくさんあります。 モダンでおしゃれ~まとめ~ 古建築の魅力の中でコレクターの多いのは「蟇股(かえるまた)」ですが、わたしは「懸魚」派になります。 「蟇股」コレクターのお話はこちらの記事にて。 懸魚は彫刻などでゴテゴテした部分にはあまりならず、比較的シンプルでモダンな造りをしているのがお気に入りです。 彩色がされ、飾り金具がつけられていても華美にならず、そのくせ屋根の飾りとして存在感がある。 古建築を見に行ったら、まちこがあんなこと言ってたけどどこだなぁ? と、正面だけでなく側面にまわって屋根の上の方に目をやってみてください。 色々な形があって面白いですよ! 以上「おらがまち」まちこでした。 < 参考文献・サイト >•

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