印南野台地マンション。 播磨町

播磨町

印南野台地マンション

概要 [ ] 兵庫県の播磨地区南東部に位置し、から流れる流域に街が広がる。 後期からまでにはに当時としては兵庫県下最大の集落が形成され、からは阿閇荘と呼ばれておりに属していた。 町村制施行後は阿閇村として自治体を成しており、「兵庫県最後の村」として残っていたが、明石・加古川両市との合併交渉で町内が対立。 結果として単独町制の道を選び、に旧国名であるから取り、播磨町として町制施行した。 これにより、兵庫県は日本で初めて自治体として 村がない都道府県になった。 平成の大合併においても単独町制の継続を選択し、現存する県内の自治体で唯一、周辺自治体と合併を経験していない。 町内にはJR・各駅があり、双方の駅前にはビジネスホテルや中層マンション、業務ビルがある。 都市化は他の郡部と比較するとかなり進んでおり、隣接する明石、加古川両市と遜色ない。 平成の大合併により県内でに面する町が次々と消滅し、残るは播磨町のみとなった。 の新築着工は停滞傾向にあるが、宅地化の著しい進展により、耕地面積は年々減少の一途をたどっている。 自動車に交付されるナンバープレートでは「姫路」エリアに相当するが、町の東部では市外局番が・と同じ078であり、本町はであることから、県の二大都市である神戸市と姫路市の経済的・行政的な中間地点が本町付近であるといえる。 地理 [ ] 東を、北から西をと隣接している。 同じ加古郡のとは、隣接していた加古郡平岡村などが市制を施行して加古川市になった為、1kmほど離れている。 南はに接しており、新島・東新島の2つの人工島がある。 うち東新島の東側半分以上は明石市になっている。 兵庫県で一番狭い町である。 水の便が悪いためにに悩まされてきたが、によって、用水溝を建設した為に干害がなくなり、農業地帯となった。 そのため、が12箇所ある。 向ヶ池・狐狸ケ池・ソウブチ池 海岸• 古宮海岸• 向ヶ池 人口 [ ] 町制施行前の国勢調査による調査時の人口は8814人であり、町制施行時は9363人であった。 町制施行当時は人口が1万人に満たなかったが、鉄道で神戸()まで40分、姫路()まで30分という利便性から、交通至便の町として、宅地や工業地などの開発で著しい人口増加を続けてきた結果、には1万人をには2万人をには3万人を超え、学校や施設の基盤整備がすすめられた。 しかし、近年は少子高齢化の影響を受け、移行の人口は停滞あるいは微減傾向にあったが、度・度の住民基本台帳によると増加している。 また、大半が市街化されており、市街化調整区域は町土の1割程である。 東西南北とも3キロほどしかない小さな町で隣接市へ出るのが容易であり、神戸への通勤圏でもある為、町外に通学・通勤する人が就業者・通学者の8割近くを占める。 人口・人口密度は、兵庫県下の町において最も高かったが、近年はが当町の人口を抜き、2位になることもある。 しかし、僅差であるために入れ替わりが激しい状態になっている。 - 人口が1万人を突破する。 - 人口が2万人を突破する。 - 人口が3万人を突破する。 面積 [ ]• 09 km 2 町制施行以来、兵庫県下で一番狭い町であり、埋め立て前の面積は約6 km 2であり、その後は町土の沿岸部を埋め立てて結果新島と東新島が誕生し、町土の3割が埋め立て地である。 面積の変遷 [ ]• - - 9. 07 km 2• から - 9. 08 km 2• 1月1日から12月31日 - 9. 07 km 2• 1月1日 - 9. 09 km 2 産業 [ ] 産業人口 [ ] 年 産業種別 比率(%) 2005年国勢調査 第一次産業 0. 5 第二次産業 33. 9 第三次産業 64. 0 漁業 [ ] ダイワボウ播磨工場 商業 [ ]• 播磨店• 本荘店・播磨店・城の宮店• 古宮店• BiVi土山店 町域が狭いこと等から、大規模商業施設の立地はない。 加古川市の加古川店、明石市のイトーヨーカドー明石店は播磨町から至近距離にあり、(・)等の大型商業施設が近隣に多数立地することから、町内の商業施設は苦戦を強いられている。 行政 [ ] 役場 [ ]• 播磨町役場 歴代町長 [ ] 代 氏名 就任期間 備考 1 庄中佐太郎 - 2 - 8 田中松太郎 1966年7月13日 - 7月12日 9 -11 佐伯忠良 1994年7月13日 - 7月12日 12 - 15 2006年7月13日 - 現職(4期目) 播磨町議会 [ ] 「」を参照 友好都市・姉妹都市 [ ]• () - 、提携• 市( ) - 、姉妹都市提携 合併構想 [ ]• - ・旧別府町から各市町の議員などが来訪し、口頭での合併申し入れ。 -から口頭での合併申し入れ。 - 明石市から文書により合併仮調印の申し入れ。 明石市により、各戸に合併呼びかけの文書配布。 1958年 -加古川市から口頭での合併申し入れ。 1958年 -明石市から文書により早急な意思決定の申し入れ。 市長・市議議長の来訪。 -加古川市から文書により合併条件を挙げての合併申し入れ。 市長・市議議長・合併委員長の来訪。 1959年 - 加古川市から文書により短期間の合併実現申し入れ。 市長・市議議長・合併委員長の来訪。 加古川市・明石市の播磨町への合併の働きかけは過熱し、両市有志発行の文書合戦など異様な空気に包まれた。 一時は上記のように、活発な合併協議が実施されたが、町の東部住民は明石市への合併を希望、西部住民は加古川市への合併を希望する等の難題が多く、住民投票の行われぬまま結局終止符が打たれることとなった。 財政 [ ]• 財政状況は厳しい状況であったが、大和紡績などの企業立地が進んだ。 それにより、この後の財政状況は県下の中では安定し、平成の大合併においても他市町と合併すること無く現在に至っている。 町章 [ ] によると播磨町の東西南北それぞれの端は以下の位置である。 東端:東経134度53分30秒・北緯34度43分12秒• 西端:東経134度50分24秒・北緯34度41分47秒• 南端:東経134度51分46秒・北緯34度41分25秒• 北端:東経134度52分47秒・北緯34度43分50秒 隣接する自治体 [ ] 通勤率は、加古川市へ20. 歴史 [ ] 阿閇村制前(阿閉村) [ ]• (5年) - 大沢小学校、本荘小学校が創立される。 (明治17年) - 大沢小学校、本荘小学校が合併し、阿閇小学校(現 播磨町立播磨小学校)と改称される。 阿閇村制時代 [ ]• (明治22年) - の施行により、本庄村・二子村・野添村・古宮村・大中村・古田村・宮西村の区域をもって 阿閇村が発足。 (明治24年) - が開設される。 (明治32年) - 加古郡全町村組合立第三加古高等小学校を阿閇村の内古田村に設置する。 (明治36年) - 第三加古高等小学校廃校に伴い、平岡村阿閇村別府村組合立阿閇高等小学校を設置する。 (明治43年) - 阿閇高等小学校が廃校となる。 (明治44年) - 村内に初めて電灯が付く。 (大正12年) - 電鉄本荘駅(現:)が開業する。 播磨町制時代 [ ] 2011年現在の播磨町中心部 本荘で撮影• (37年) - 阿閇村が改称して 播磨村となる。 播磨村が即日町制施行して 播磨町となる。 この町制施行により、兵庫県から自治体としての村が消滅。 また、同時に公募で募集した「ハ」を図案化した町章を制定される。 (昭和37年)6月 - 中学生らにより発見。 (昭和39年) - が重要港湾に指定される。 (昭和40年) - が発生し、町内も被害を受ける。 (昭和43年)9月 - 第1回播磨町文化祭が開催される。 (昭和44年)2月 - 人工島(新島)埋立開始( - )。 (昭和45年) - とを結ぶが開通する。 1970年(昭和45年) - 人工島(東新島)埋立開始( - )。 (昭和47年) - 町内を通過するがからまで開通する。 (昭和49年) - が開校する。 1974年(昭和49年) - が開園する。 (昭和51年)4月1日 - が開校する。 (昭和54年) - 播磨町民プールが完成する。 (昭和54年)10月 - が完成する。 (昭和56年) - 播磨町福祉会館が完成する。 (昭和57年) - 町花・町木・住民憲章を制定する。 1982年(昭和57年) - 「核兵器廃絶のまち宣言」を宣言する。 1982年(昭和57年) - が開館する。 (昭和59年) - 全線が廃線になる。 (昭和60年) - が開館する。 1985年(昭和60年)11月 - 宮西で町内で初めて住居表示が施行される。 (元年) - 軌道跡地にからまで結ぶ「であいのみち」の名称がついた遊歩道が完成する。 (元年) - ふれあいの町宣言をする。 (平成5年) - と友好都市提携を締結する。 (平成6年) - 兵庫県(現:)に播磨ふれあいの家が完成する。 (平成7年) - ()が発生する。 後に野添城などに仮設住宅が建設された。 (平成8年) - 第1回大中遺跡まつりが開催される。 (平成11年) - と姉妹都市提携を締結する。 (平成12年) - 播磨分署が開署する。 (平成14年) - 町制40周年記念式典を行う。 (平成15年) - が完成する。 (平成16年) - 野添であい公園が完成する。 (平成17年) - 夏に実施されていた大中遺跡祭りが秋に変更され、変更後に初めて開催される。 (平成18年) - 任期満了に伴う町長選で前職の町長を破って、町内初の女性首長が誕生(県内の女性首長はに次ぐ2人目)。 2006年(平成18年)10月 - クロリティー大会開催地 播磨町総合体育館。 (平成19年) - 協議会が発足する。 2007年(平成19年) - が閉校する。 2007年(平成19年) - 大中遺跡公園が完成する。 2007年(平成19年) - が完成する。 (平成21年) - が開校する。 (平成23年) - 町内の全中学校で給食が始まる。 (平成24年) - 町制50周年記念事業を開催する。 地方 [ ] 大字 [ ]• 新島・東新島は人工島であり、町制施行後に埋め立てられた。 播磨町の街並み 宮北1丁目で撮影 郵便番号 大字名 675-0142 大中 675-0157 上野添 675-0158 北野添 675-0148 北古田 675-0144 北本荘 675-0163 675-0155 新島 675-0160 西野添 675-0151 野添 675-0141 野添城 675-0164 東新島 675-0159 東野添 675-0156 東本荘 675-0162 675-0146 古田 675-0154 675-0147 南大中 675-0150 南野添 675-0143 宮北 675-0145 宮西 警察・消防 [ ] 稲美町とともに、警察はのが管轄し、消防はに委託している。 加古川警察署野添交番• 加古川警察署本荘交番• 加古川東消防署播磨分署 福祉 [ ] 兵庫県立播磨南高等学校 高等学校 [ ]• 兵庫県の高等学校の学区割りでは、第3学区に属す。 中学校 [ ] 中学校給食化未自治体であったが、(平成23年)から町内の全中学校で給食が始まる。 小学校 [ ] 播磨町立蓮池小学校の児童数が町内の小学校では最も多い。 廃止された小学校 [ ]• - に少子化に伴い廃校、跡地には、にが開校した。 交通 [ ] 鉄道 [ ]• (JR西日本) - (駅の東側は明石市内)• - で唯一郡部に立地する駅である。 その他、(JR西日本)が - 間で当町を通過している。 かつてはが営業していたが、に廃線。 バス [ ]• 道路 [ ]• (播磨大中古代の村)• - 開基、元無量寿院の寺院• (町内に現存する唯一の古墳)• 住吉神社 催事・催事 [ ]• 大中遺跡まつり - から毎年夏に開催されていたのが、から秋に変更された。 播磨町ロードレース大会• 播磨町文化祭 - に初めて開催された。 著名な出身者 [ ]• (ジョセフ・ヒコ(ジョセフ彦)):新聞の父。 旧阿閇村古宮出身。 (商業者)• (播磨町長、元播磨町議会議員)• (ミスターSASUKE)• (お笑い芸人):出生地は。 (プロ野球)• (マラソン)• (サッカー選手)• (サッカー選手) 関連項目 [ ]• - 当町も該当。 参考文献 [ ]• 『図典 日本の市町村章』小学館辞典編集部、、2007年1月10日、初版第1刷。 『兵庫県の難読地名がわかる本』神戸新聞総合出版センター・編、のじぎく文庫、2006年12月28日、第一冊発行。 『地名でたどる小さな歴史』橘川真一、神戸新聞総合出版センター、1999年7月30日、第一冊発行。 脚注 [ ] []• 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年8月12日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年6月20日閲覧。 地名 p135• 地名 歴史 p126• 地名 歴史 p127• 播磨町. 2012年7月3日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2020年5月10日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 [ ]• 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2015年11月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年7月3日閲覧。 播磨町. 2012年7月3日閲覧。 総合調査設計株式会社. 2012年7月3日閲覧。 兵庫県立考古学資料館. 2012年6月19日閲覧。 神戸新聞 2011年1月14日付• 播磨町. 2012年8月12日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年6月20日閲覧。 はりま病院. 2012年6月20日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2020年5月10日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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明石エリア(大蔵谷~西二見)

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内容 2011 3 25 スピーチ : 点字の仕組みと読み方 実物の用具を持参して点字の打ち方を説明。 点訳ボランティアの体験を含めて。 話題 : ゴーフルとワッフルについて 14日に高木さんから提供された辞書引きの結果を発展させ、「広辞苑」「兵庫県大百科事典」、神戸風月堂刊「洋菓子事始め」、池田文痴庵「日本洋風菓子記」を繙き、ゴーフルとエクレアは日本では別物とされているが、「元」は同じものであると結論づける。 3、進度5kmの地震に関連して、現地の「カンタベリー博物館」が1972年に発行した知識の普及のために発行したリーフレットを紹介。 話題 : 前回お八つに食べたエクレアに関連して、語源を追求。 11種の辞書(和英・英和・英仏・国語・外来語)を引いた結果の紹介。 揺れが長く続いたこと、建物の鉄骨が擦れる所為かギシギシと鳴ったが、マグニチュード 9. 0の大規模地震とは分からなかった。 2011 2 25 スピーチ : 森田氏作成の「ワードによる葉書の作成」ほかを材料にワードの操作のおさらい。 7台集合。 2011 2 11 地図・歴史部会 話題 : 歴史的事件の起こった場所はどのようにすれば調べられるか いろいろな意見が出て、侃々諤々。 発掘の成果などの考古学的アプローチ、新聞記事などによる文献的アプローチはあるが、資料のはっきりとしない室町以前については五里霧中。 ノートパソコンを持っている人は持参しましょう 2011 1 28 スピーチ : 『梅』 「梅」と名の付いた諸々に目を向けると、梅は多くの物と結びつきがあり、生活に密着している。 梅の効用(万能薬・健康維持)を紹介。 普及のために広報する必要がある。 話題 : 新燃岳の噴火に関連して、九州の地質構造の紹介。 歴史年代と地質年代はスケールの違うことを説明。 石黒耀の小説「死都 日本」で噴火を扱っていることの紹介。 2011 1 14 地図・歴史部会 話題 : アメリカは21世紀に入って変質しつつあることを、分析。 岩波新書『ルポ 貧困大国アメリカ II』を紹介。 2010 12 17 スピーチ : 木下順二「あとかくしの雪」を題材に、物語の受け取り方、読み手の感性について考える。 優れた文学は理屈や知識や説教としてではなく、豊かなイメージとして描き、読み手に働きかける。 こういう話をつくり出し、語り伝えてきた当時の貧しい農民の心、その願いをとらえることが大切だ。 話題 : 防災コミュニティーについて 兵庫区北部のように一人住まいのお年寄りの多い地域では意思の疎通が取りにくく、火災報知器の取付について主旨を説明するだけでも大変。 火災発生時の対処(まず避難する)が行き渡るかどうか心配。 話題 : 不安定な朝鮮半島 世界のGDP、食糧自給率、経済支援の推移 等のデータをもとに現状を見ていく。 新自由主義経済をどう克服できるかが世界の課題。 2010 9 10 タイアップセミナー 地形図から読み取る郷土の歴史 第 7期 1回目 福原京と和田京 参加者 44名 会員 10名 2010 8 27 スピーチ : 「KCCCの10年を振り返る」 のハードコピーを見ながら、会が続いていることに感慨を覚える。 当分の間は現在のやり方を続けようと話し合う。 (電脳) PDFファイルの作成方法についてフリーのソフトをインストールしたが使い方が分からない。 どうすればよいかと質問があった。 質問が漠然としていて答えようがない。 HELPなどでやり方を探してほしいと逆に注文を付ける。 2010 7 22 スピーチ : 湯の山街道について 三木市街に残る「湯の山街道」を手がかりに昔の旅に思いを巡らす。 2010 6 25 スピーチ : 「元禄郷帳」で見る兵庫 元禄3(1690)年の人口調査を手がかりに旧生田区の人口を見ていく。 全体を見渡すと人口の半分は米の収穫がない。 ということは、農業以外の働き口のあったことが覗える。 話題 : 東海道で唯一海路である「桑名の渡し」について濃尾平野に流れこむ木曾三川との関連を地図と航空写真で見る。 2010 6 11 地図・歴史部会 話題 : 片村さんから神戸市が発行している「市民のグラフ神戸」のバックナンバー39冊の提供を受ける。 昔の神戸の写真と各自の思い出を重ね合わせて、変遷を見ていく。 2010 5 14 地図・歴史部会 話題 : 「おかげ詣り」について。 2010 2 26 話題 : 太陽光発電を始めました 話題 : 家屋の中に巣を作ったクマバチの駆除の体験談。 その中で、人間らしく生きるための社会的共通資本を大切にする経済システムが構築されつつある。 話題 : ペルーのマチュピチュ遺跡へ観光客の立ち入りを禁止したという報道に関連して、観光による環境破壊など、観光の光と影について。 話題 : 中央区東遊園地にあるシム(Alexander Cameron Sim 1840-1900)の記念碑に漢文で記されている碑文を読む。 2008 12 12 地図と歴史部会 (セミナーが終わってほっとした気分) 前回話題(宿題)になった桃太郎について草双紙の中に位置づけ、文部省唱歌のほかにも歌詞があることなど。 なぜ、どこに退治に行ったのかなど。 2008 11 28 スピーチ 1 : Wordを用いた文書作成 スピーチ 2 : 古いカレンダーを利用したエコバッグ造 2008 11 14 タイアップセミナー 地形図から読み取る郷土の歴史 第5期 2回目 2008 10 24 スピーチ : 形とOSから見たパソコンの紹介 ・ OS とユーティリティソフト 2008 10 10 タイアップセミナー 地形図から読み取る郷土の歴史 第5期 1回目 2008 9 26 スピーチ : 「戦没した船と海員の資料館」の紹介 ・ 神戸にあった捕虜収容所 2008 9 12 地図と歴史部会 タイアップセミナーの構成とスライド準備 2008 8 22 スピーチ : 徳島県脇町の町並みをたずねて ・ 石川達三の「蒼氓」について ・太平記に出てくる面舵、取り舵 2008 8 8 地図と歴史部会 水害(1934年)の水害状況図を見る。 生田川の支流「苧川=おがわ」の読み方、「間ノ谷櫻谷」の確認。 ・ パブロ・ピカソのリトグラフィーの紹介。 「闘牛」(1946年作品)がスケッチから作品に出来上がっていく過程を見ていく。 2008 1 25 スピーチ : クイズに挑戦(頭を柔軟にしよう) 国際基督教大学の入試問題を紹介 ・ パワーポイントや一太郎をインストールしていなくても内容の見えるフリーソフトのビュアーを紹介。 2008 1 11 地図と歴史部会 家政学事始め 近代日本の衣食住の変遷をたどる 1970年代の「三種の神器」(洗濯機、掃除機、冷蔵庫)によって生活様式は激変したこと。 2007 12 21 ・ 夕食会 JR六甲道近くで。 「手帳」の中で西郷川に「さいごうがわ」とかなが振ってあるのを見つける。 区役所に尋ねたところ、地名は「にしごう」だが、川の名前は「さいごう」とのこと。 2007 7 27 スピーチ : 近ごろの電子辞書(紹介) メモリーの価格が下がったのに伴い、記憶媒体がCDからフラッシュメモリーに移行。 100種類以上の書物を収納したもの、手書き入力ができるもの音声を出すものなどを紹介。 かな漢字入力と同時に辞書引きができるもの(atok)も合わせて紹介。 ・ タイアップセミナー開設申請の最終稿を作成。 (提出は28日) 2007 7 13 地図と歴史部会 秋に予定されている「タイアップセミナー」に向けて講座開設申請書の準備 ・ 数値地図から等高線と水系を抜き出した図で六甲山地以北の地勢を読み取る (今回から液晶プロジェクターを使用。 参加者全員が画像を見えるようにする) 2007 6 22 スピーチ : 統計で見る兵庫県の位置づけ 主として日常生活に関するデータを元に兵庫県のランク付けと、その原因を考える 2007 6 8 地図と歴史部会 昭和4年編集の2. 5万分の1地形図、昭和23年米軍撮影の空中写真、道場町誌を手がかりに有馬軽便鉄道の線路跡を現在の地形図上でたどる。 ・ 頌徳碑(山脇延吉)の碑文から時代背景を考える。 2007 5 25 26・27日のフェスティバルのためにいつもの会場使用不可。 六甲道のマンションの会議室を借用。 集合場所不徹底のために待ちぼうけの人ができた。 (スピーチ): 湖北地方の旅行をアルバムで紹介 ・ 写真の写し方などフリートーク。 2007 5 11 地図と歴史部会 ・ 内田家文書を材料に関東と関西の支配体制の違いを考える 2007 4 27 スピーチ : 新OS「のVista」の使い勝手の紹介 ・ を材料に読者をどのように設定すべきか検討する 2007 4 13 地図と歴史部会 ・ 兵庫区山田町小部の庄屋 内田家文書から五人組のようすを読み取る(つづき) 2007 3 23 スピーチ : 手術について・・・体験から日常生活の心構えを考える ・ パソコンQ&A 2007 3 9 地図と歴史部会 ・ 兵庫区山田町小部の庄屋 内田家文書から五人組のようすを読み取る 2007 2 23 スピーチ : 奥の細道の世界 「脳を鍛える・・」で一番人気がある奥の細道の紹介 旅の仕方が話題となる ・ Excelを使った画像整理 ・Wordの便利な使い方あれこれ 2007 2 9 地図と歴史部会 ・ 測量年代の違う地形図を重ね合わせて、変遷を観察する方法を紹介(PaintShop を使用) ・ 先月に引き続き調査報告書を手がかりに清水寺の参詣道を見る 2007 1 26 スピーチ : 世界の貨幣 コレクションの披露。 資料収集の分担を決める。 2006 8 25 スピーチ : 菅原道真に関する記録の紹介と道真の実像を探る ・ コンピューターの基礎・・今月からソフトに入る・・アルゴリズム=仕事の段取りを考えること 2006 8 11 地図と歴史部会 数値地図から等高線と水系を抜き出した図を元に、印南野台地の灌漑を考える 2006 7 28 スピーチ : 『気』から起こるいろいろな現象 ・ 二進法の演算(引き算) 2006. 20 地域創造市民塾「地形図から読み取る郷土の歴史」(3年目)の開設が決定 2006 7 14 地図と歴史部会 市民塾の舞台となる印南野台地の昭和初期の地形図を紹介 ・ 明治初期の地租改正について 課税の仕組みとその額を現在に当てはめて考える。 2006 6 23 スピーチ : 風呂敷を見直す。 歴史といろんな結び方の紹介 ・ 二進法の演算 つづき 補数を用いて引き算を足し算で行うこと ・ 市民塾開設申請書を提出 2006 6 9 地図と歴史部会 本年度開設予定の市民塾の企画について相談 2006 6 2 スピーチ : 竹中大工道具資料館(神戸市中央区中山手通)の紹介。 道具から見る建築技術と、従事者の気風の変遷を語り合う ・ 今年の市民塾の内容(構成)について ・ 「なでしこ」によるプログラミング 2進法の演算(続き) 5月26日はプラザの行事のため日を変更 2006 5 12 地図と歴史部会 奈良国立博物館で開催されている「重源展」にちなんで荘園の経営(材木の調達など)を文献で読む 2006 4 28 スピーチ : 江崎 玲於奈氏の講演会参加報告 ・・・ 2005年11月26日(土)に京都産業大学で開かれた、ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム 「21世紀の創造」 に参加。 会のようすと感想を披露。 ・ 「なでしこ」によるプログラミング 2進法の演算をやってみる(つづき) 2006 4 14 地図と歴史部会 明日から神戸市立博物館で始まるボストン美術館所蔵肉筆浮世絵展「江戸の誘惑」について、浮世絵の成立と、明治期の海外流失についてと言う観点から見る。 2006 3 24 スピーチ : ビルマ・インパール作戦に従軍した人の話から、改めて戦争のむなしさを語る。 ・ 「なでしこ」によるプログラミング 2進法の演算をやってみる 2006 3 10 地図と歴史部会 3月8日明日香浄御原宮の建物跡、翌9日石舞台古墳そばの建物跡とつづけさまに発表された遺跡、10日に発表された観音経の記録の木簡について、日本書紀の記述を確かめ、古い記録の読み解き方を学ぶ。 2006 2 24 スピーチ : 有機栽培に積極的に取り組んでいる宍粟市波賀町小野集落で4年間にわたって参加している農業ボランティアの体験発表。 詳しい記録はで ・ 「なでしこ」によるプログラミング プログラムを読んでみる 2006 2 10 地図と歴史部会 源平合戦に関して田辺真人氏の「『一ノ谷』は現在の須磨の一ノ谷ではなく生田川から鉢伏山までの広い範囲を指す」説を紹介。 文献の読み方を考える。 ・ 源平の頃の世界情勢を7世紀の歴史地図を見ながら解説 2006 1 27 スピーチ : 小学校の道徳の教材「なくしたかぎ」を読む。 低学年向けで、内容は、両親との約束を守って、夕方6時までに家に帰るか、かぎをなくして困っている友達とかぎをさがすか、せっぱつまった状況の中で主人公は迷う。 教室では、子供たちが主人公の立場になってどうすればよいか考える。 いろいろな意見を出し合ううちに、親の願いや困っている友達の気持ちにも気づき、自分とは違った友達の考えも認めることができるようになってくる。 ・ 日本語でプログラムが書ける「なでしこ」でプログラミングに挑戦 2006 1 13 地図と歴史部会 神戸新聞に掲載された稲美町のについて、その場所を淡河疎水の資料などを使って地形図上で確かめてみる。 光源氏の物語はちょうど1000年頃。 一ノ谷の合戦は1184年で、芭蕉がやってきて「須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇」と詠んだのはおよそ500年後。 「昔」で括ってしまうのは不可というお話。 ・ クリッカブルマップの紹介( )(小田桐) 2005. 詳細はの「農業ボランティア」「波賀町農業体験」に掲載。 国債償還に充てる金額は18兆円で、年々国債が増えており国民一人当たり500万円の借金を背負っている。 ・ デジタルアーカイブの紹介・・・大学や図書館が所蔵している貴重書がデジタル化され、公開されている様子を国立国会図書館を例にして紹介。 2005 1 14 市民塾「地形図から読み取る郷土の歴史」 第4回 住吉川と石屋川をくぐるトンネル 2004 12 17 スピーチ : 地図に関心を持つようになったきっかけなど ・ Webサイトの画像のコピーと印刷の仕方について 先月の復習 終了後、有志でルミナリエ見物に 2004 12 10 市民塾「地形図から読み取る郷土の歴史」 第3回 生田川と旧外国人居留地 2004 11 26 スピーチ : 兵庫の津を歩く・・・進行中の市民塾に因んで、和田岬にある三石神社の紹介。 内容は発表者のに掲載。 ・ Webサイトの画像のコピーと印刷の仕方について説明 2004 11 12 市民塾「地形図から読み取る郷土の歴史」 第2回 湊川境内にある水準点 2004 10 22 スピーチ : お気に入りの露天風呂 ・ KCCCの新しいサイトの紹介とアクセス 2004. nextftp. 28 地域創造市民塾「地形図から読み取る郷土の歴史」の開設が決定 2004 7 23 スピーチ : 「子供たちは、今」と題して小学校に勤務していたときの体験を披露。 これからの子育てについて、「子供に我慢させるには、親がそれ以上にがま出来なければならない」と指摘。 その動きがそれぞれの生活にどのような影響を与えていたかを、改めて考えてみよう。 また、ことばの説明で分かるものと分からない(体験する以外に方法がない)ものとがある。 今日はそのサンプル。 スピーチ : ものを考えるときにはその視点をはっきりさせる必要がある。 例えば、古墳時代と言えば一括りで考えがちだが、始めと終わりで400年の開きがある 2004 3 26 Webページの構成を考える 2004 2 27 情報検索の実際 本当に知りたい情報を見つけるには 2004 1 23 HTMLの復習(タグの使い方) 2003 12 17 タグ挿入型エディターを使ってみる 終了後、有志でルミナリエ見物 2003 11 26 ホームページ作成ソフトウェアとタグ挿入型エディターの比較 2003 10 22 ホームページの紹介(梶原) 2003 9 24 フリーソフトウェアの紹介 web上で流通しているソフトウェアの利用方法 2003 8 27 Webページのレイアウト : いろんなサイトについて「見やすさ」の観点から検討する 2003 7 23 Webページの評価 : サンプルに対するいろんな意見を検討する 2003 6 25 タグの働きと、文書にタグを埋め込む方法 2003 5 28 HmEdit(タグ挿入型エディタ)の操作 2003 4 23 htmlファイルのコーディング 2003 3 26 昔の暮らし(大西)つづき htmlファイルの作成 2003 2 26 神戸の情報をインターネットで見る (普段目で見ていることと、ネット上の表現との食い違い) 2003 1 22 「日本大豆と味噌」 盛)を材料に、tagの使い方の説明 情報収集にはリンク集が有効である事を体験 2002 12 18 (第3水曜日)Web作品の紹介(盛) 終了後、有志でルミナリエ見物 2002 11 27 ホームページビルダーで作成したページの手直し (tagを使って書くのとの比較) 2002 10 23 インターネットで探してみよう 自分の「お気に入り」を集める 2002 9 25 インターネットで探してみよう 青春18切符でどこまで行けるか(日帰りの場合) 2002 8 28 昔の暮らし(大西)つづき デジカメ談義 2002 7 24 体験談(斎藤) つづき 原稿(ワープロ打ち)を直接HTMLファイルに出力する 2002 6 19 (第3水曜日)集団疎開・水遊び(斎藤)、昔の暮らし(大西) MyFavorites(身近なサイト集)でネットサーフィン 画像処理・印刷について情報交換 2002 5 22 集団疎開(斎藤)、昔の暮らし(大西) 画像処理ソフトウェアの紹介 2002 4 24 焼夷弾の体験(斎藤) 2002 3 27 ホームページの内容例を披露 斎藤(戦中戦後の体験談) 小田桐(戦地からの手紙) 2002 2 27 神戸空襲 第2次世界大戦の体験 (メモ:斎藤) 舞子の浜の一角にKCCCのページを設ける 秘密のキーでアクセス 2002 1 23 「自tax」確定申告記入ソフトを見る 2001 12 19 田舎の暮らし(メモ:大西) 終了後、ルミナリエ見物 2001 11 28 ホームページの構想 戦中戦後の体験談(提案:斎藤) 2001 10 24 ネットの内容は信頼できるか 2001. 13 生活創造プラザに登録しているパソコングループ交流会 2001 9 19 こんなことわかるかな 情報検索の例題 2 2001 8 22 こんなことわかるかな 情報検索の例題 1 2001. 25 グループ登録申請 8. 12 登録承認 2001 6 27 クイズ著作権 2001 5 23 HTML初歩の初歩 プリントで説明 2001 4 25 インターネットで探してみよう グリーンランドの情報を材料に 2001 3 28 パソコンで何ができるか つづき 2001 2 28 石田晴久著「パソコン入門」(岩波新書)の紹介 パソコンで何ができるか 2001.

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稲美町

印南野台地マンション

概要 [ ] 兵庫県の播磨地区南東部に位置し、から流れる流域に街が広がる。 後期からまでにはに当時としては兵庫県下最大の集落が形成され、からは阿閇荘と呼ばれておりに属していた。 町村制施行後は阿閇村として自治体を成しており、「兵庫県最後の村」として残っていたが、明石・加古川両市との合併交渉で町内が対立。 結果として単独町制の道を選び、に旧国名であるから取り、播磨町として町制施行した。 これにより、兵庫県は日本で初めて自治体として 村がない都道府県になった。 平成の大合併においても単独町制の継続を選択し、現存する県内の自治体で唯一、周辺自治体と合併を経験していない。 町内にはJR・各駅があり、双方の駅前にはビジネスホテルや中層マンション、業務ビルがある。 都市化は他の郡部と比較するとかなり進んでおり、隣接する明石、加古川両市と遜色ない。 平成の大合併により県内でに面する町が次々と消滅し、残るは播磨町のみとなった。 の新築着工は停滞傾向にあるが、宅地化の著しい進展により、耕地面積は年々減少の一途をたどっている。 自動車に交付されるナンバープレートでは「姫路」エリアに相当するが、町の東部では市外局番が・と同じ078であり、本町はであることから、県の二大都市である神戸市と姫路市の経済的・行政的な中間地点が本町付近であるといえる。 地理 [ ] 東を、北から西をと隣接している。 同じ加古郡のとは、隣接していた加古郡平岡村などが市制を施行して加古川市になった為、1kmほど離れている。 南はに接しており、新島・東新島の2つの人工島がある。 うち東新島の東側半分以上は明石市になっている。 兵庫県で一番狭い町である。 水の便が悪いためにに悩まされてきたが、によって、用水溝を建設した為に干害がなくなり、農業地帯となった。 そのため、が12箇所ある。 向ヶ池・狐狸ケ池・ソウブチ池 海岸• 古宮海岸• 向ヶ池 人口 [ ] 町制施行前の国勢調査による調査時の人口は8814人であり、町制施行時は9363人であった。 町制施行当時は人口が1万人に満たなかったが、鉄道で神戸()まで40分、姫路()まで30分という利便性から、交通至便の町として、宅地や工業地などの開発で著しい人口増加を続けてきた結果、には1万人をには2万人をには3万人を超え、学校や施設の基盤整備がすすめられた。 しかし、近年は少子高齢化の影響を受け、移行の人口は停滞あるいは微減傾向にあったが、度・度の住民基本台帳によると増加している。 また、大半が市街化されており、市街化調整区域は町土の1割程である。 東西南北とも3キロほどしかない小さな町で隣接市へ出るのが容易であり、神戸への通勤圏でもある為、町外に通学・通勤する人が就業者・通学者の8割近くを占める。 人口・人口密度は、兵庫県下の町において最も高かったが、近年はが当町の人口を抜き、2位になることもある。 しかし、僅差であるために入れ替わりが激しい状態になっている。 - 人口が1万人を突破する。 - 人口が2万人を突破する。 - 人口が3万人を突破する。 面積 [ ]• 09 km 2 町制施行以来、兵庫県下で一番狭い町であり、埋め立て前の面積は約6 km 2であり、その後は町土の沿岸部を埋め立てて結果新島と東新島が誕生し、町土の3割が埋め立て地である。 面積の変遷 [ ]• - - 9. 07 km 2• から - 9. 08 km 2• 1月1日から12月31日 - 9. 07 km 2• 1月1日 - 9. 09 km 2 産業 [ ] 産業人口 [ ] 年 産業種別 比率(%) 2005年国勢調査 第一次産業 0. 5 第二次産業 33. 9 第三次産業 64. 0 漁業 [ ] ダイワボウ播磨工場 商業 [ ]• 播磨店• 本荘店・播磨店・城の宮店• 古宮店• BiVi土山店 町域が狭いこと等から、大規模商業施設の立地はない。 加古川市の加古川店、明石市のイトーヨーカドー明石店は播磨町から至近距離にあり、(・)等の大型商業施設が近隣に多数立地することから、町内の商業施設は苦戦を強いられている。 行政 [ ] 役場 [ ]• 播磨町役場 歴代町長 [ ] 代 氏名 就任期間 備考 1 庄中佐太郎 - 2 - 8 田中松太郎 1966年7月13日 - 7月12日 9 -11 佐伯忠良 1994年7月13日 - 7月12日 12 - 15 2006年7月13日 - 現職(4期目) 播磨町議会 [ ] 「」を参照 友好都市・姉妹都市 [ ]• () - 、提携• 市( ) - 、姉妹都市提携 合併構想 [ ]• - ・旧別府町から各市町の議員などが来訪し、口頭での合併申し入れ。 -から口頭での合併申し入れ。 - 明石市から文書により合併仮調印の申し入れ。 明石市により、各戸に合併呼びかけの文書配布。 1958年 -加古川市から口頭での合併申し入れ。 1958年 -明石市から文書により早急な意思決定の申し入れ。 市長・市議議長の来訪。 -加古川市から文書により合併条件を挙げての合併申し入れ。 市長・市議議長・合併委員長の来訪。 1959年 - 加古川市から文書により短期間の合併実現申し入れ。 市長・市議議長・合併委員長の来訪。 加古川市・明石市の播磨町への合併の働きかけは過熱し、両市有志発行の文書合戦など異様な空気に包まれた。 一時は上記のように、活発な合併協議が実施されたが、町の東部住民は明石市への合併を希望、西部住民は加古川市への合併を希望する等の難題が多く、住民投票の行われぬまま結局終止符が打たれることとなった。 財政 [ ]• 財政状況は厳しい状況であったが、大和紡績などの企業立地が進んだ。 それにより、この後の財政状況は県下の中では安定し、平成の大合併においても他市町と合併すること無く現在に至っている。 町章 [ ] によると播磨町の東西南北それぞれの端は以下の位置である。 東端:東経134度53分30秒・北緯34度43分12秒• 西端:東経134度50分24秒・北緯34度41分47秒• 南端:東経134度51分46秒・北緯34度41分25秒• 北端:東経134度52分47秒・北緯34度43分50秒 隣接する自治体 [ ] 通勤率は、加古川市へ20. 歴史 [ ] 阿閇村制前(阿閉村) [ ]• (5年) - 大沢小学校、本荘小学校が創立される。 (明治17年) - 大沢小学校、本荘小学校が合併し、阿閇小学校(現 播磨町立播磨小学校)と改称される。 阿閇村制時代 [ ]• (明治22年) - の施行により、本庄村・二子村・野添村・古宮村・大中村・古田村・宮西村の区域をもって 阿閇村が発足。 (明治24年) - が開設される。 (明治32年) - 加古郡全町村組合立第三加古高等小学校を阿閇村の内古田村に設置する。 (明治36年) - 第三加古高等小学校廃校に伴い、平岡村阿閇村別府村組合立阿閇高等小学校を設置する。 (明治43年) - 阿閇高等小学校が廃校となる。 (明治44年) - 村内に初めて電灯が付く。 (大正12年) - 電鉄本荘駅(現:)が開業する。 播磨町制時代 [ ] 2011年現在の播磨町中心部 本荘で撮影• (37年) - 阿閇村が改称して 播磨村となる。 播磨村が即日町制施行して 播磨町となる。 この町制施行により、兵庫県から自治体としての村が消滅。 また、同時に公募で募集した「ハ」を図案化した町章を制定される。 (昭和37年)6月 - 中学生らにより発見。 (昭和39年) - が重要港湾に指定される。 (昭和40年) - が発生し、町内も被害を受ける。 (昭和43年)9月 - 第1回播磨町文化祭が開催される。 (昭和44年)2月 - 人工島(新島)埋立開始( - )。 (昭和45年) - とを結ぶが開通する。 1970年(昭和45年) - 人工島(東新島)埋立開始( - )。 (昭和47年) - 町内を通過するがからまで開通する。 (昭和49年) - が開校する。 1974年(昭和49年) - が開園する。 (昭和51年)4月1日 - が開校する。 (昭和54年) - 播磨町民プールが完成する。 (昭和54年)10月 - が完成する。 (昭和56年) - 播磨町福祉会館が完成する。 (昭和57年) - 町花・町木・住民憲章を制定する。 1982年(昭和57年) - 「核兵器廃絶のまち宣言」を宣言する。 1982年(昭和57年) - が開館する。 (昭和59年) - 全線が廃線になる。 (昭和60年) - が開館する。 1985年(昭和60年)11月 - 宮西で町内で初めて住居表示が施行される。 (元年) - 軌道跡地にからまで結ぶ「であいのみち」の名称がついた遊歩道が完成する。 (元年) - ふれあいの町宣言をする。 (平成5年) - と友好都市提携を締結する。 (平成6年) - 兵庫県(現:)に播磨ふれあいの家が完成する。 (平成7年) - ()が発生する。 後に野添城などに仮設住宅が建設された。 (平成8年) - 第1回大中遺跡まつりが開催される。 (平成11年) - と姉妹都市提携を締結する。 (平成12年) - 播磨分署が開署する。 (平成14年) - 町制40周年記念式典を行う。 (平成15年) - が完成する。 (平成16年) - 野添であい公園が完成する。 (平成17年) - 夏に実施されていた大中遺跡祭りが秋に変更され、変更後に初めて開催される。 (平成18年) - 任期満了に伴う町長選で前職の町長を破って、町内初の女性首長が誕生(県内の女性首長はに次ぐ2人目)。 2006年(平成18年)10月 - クロリティー大会開催地 播磨町総合体育館。 (平成19年) - 協議会が発足する。 2007年(平成19年) - が閉校する。 2007年(平成19年) - 大中遺跡公園が完成する。 2007年(平成19年) - が完成する。 (平成21年) - が開校する。 (平成23年) - 町内の全中学校で給食が始まる。 (平成24年) - 町制50周年記念事業を開催する。 地方 [ ] 大字 [ ]• 新島・東新島は人工島であり、町制施行後に埋め立てられた。 播磨町の街並み 宮北1丁目で撮影 郵便番号 大字名 675-0142 大中 675-0157 上野添 675-0158 北野添 675-0148 北古田 675-0144 北本荘 675-0163 675-0155 新島 675-0160 西野添 675-0151 野添 675-0141 野添城 675-0164 東新島 675-0159 東野添 675-0156 東本荘 675-0162 675-0146 古田 675-0154 675-0147 南大中 675-0150 南野添 675-0143 宮北 675-0145 宮西 警察・消防 [ ] 稲美町とともに、警察はのが管轄し、消防はに委託している。 加古川警察署野添交番• 加古川警察署本荘交番• 加古川東消防署播磨分署 福祉 [ ] 兵庫県立播磨南高等学校 高等学校 [ ]• 兵庫県の高等学校の学区割りでは、第3学区に属す。 中学校 [ ] 中学校給食化未自治体であったが、(平成23年)から町内の全中学校で給食が始まる。 小学校 [ ] 播磨町立蓮池小学校の児童数が町内の小学校では最も多い。 廃止された小学校 [ ]• - に少子化に伴い廃校、跡地には、にが開校した。 交通 [ ] 鉄道 [ ]• (JR西日本) - (駅の東側は明石市内)• - で唯一郡部に立地する駅である。 その他、(JR西日本)が - 間で当町を通過している。 かつてはが営業していたが、に廃線。 バス [ ]• 道路 [ ]• (播磨大中古代の村)• - 開基、元無量寿院の寺院• (町内に現存する唯一の古墳)• 住吉神社 催事・催事 [ ]• 大中遺跡まつり - から毎年夏に開催されていたのが、から秋に変更された。 播磨町ロードレース大会• 播磨町文化祭 - に初めて開催された。 著名な出身者 [ ]• (ジョセフ・ヒコ(ジョセフ彦)):新聞の父。 旧阿閇村古宮出身。 (商業者)• (播磨町長、元播磨町議会議員)• (ミスターSASUKE)• (お笑い芸人):出生地は。 (プロ野球)• (マラソン)• (サッカー選手)• (サッカー選手) 関連項目 [ ]• - 当町も該当。 参考文献 [ ]• 『図典 日本の市町村章』小学館辞典編集部、、2007年1月10日、初版第1刷。 『兵庫県の難読地名がわかる本』神戸新聞総合出版センター・編、のじぎく文庫、2006年12月28日、第一冊発行。 『地名でたどる小さな歴史』橘川真一、神戸新聞総合出版センター、1999年7月30日、第一冊発行。 脚注 [ ] []• 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年8月12日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年6月20日閲覧。 地名 p135• 地名 歴史 p126• 地名 歴史 p127• 播磨町. 2012年7月3日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2020年5月10日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 [ ]• 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2015年11月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町例規集. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年7月3日閲覧。 播磨町. 2012年7月3日閲覧。 総合調査設計株式会社. 2012年7月3日閲覧。 兵庫県立考古学資料館. 2012年6月19日閲覧。 神戸新聞 2011年1月14日付• 播磨町. 2012年8月12日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年6月20日閲覧。 はりま病院. 2012年6月20日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2020年5月10日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 播磨町. 2012年6月19日閲覧。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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