徳島 パンパン 通り。 【全てのハズレを】徳島のパンパン通り【過去にする】:週報!週末の過ごし方

【通称】今でも現役の赤線?!「秋田町遊郭跡」を散歩する。【パンパン通り】≪動画あり≫(4)

徳島 パンパン 通り

一応18禁です。 徳島のパンパン通りとは 徳島市秋田町5丁目周辺にある遊郭跡のことで 秋田町の遊郭は明治 初年に阿波 藩主・蜂須賀氏 の徳島城 から局長家を移して 遊女家を許可したことに始まったものとされている(Wiki情報) だそうです。 ・パンパン通りまでの道のり 赤く囲ってある辺りがパンパン通りです。 徳島駅からだと、私の脚でも25分位かかると思います。 今回は宿泊場所の関係で 眉山の麓辺りから438号線をひたすら歩いて パンパン通りを目指しましたが、それでも 15分位でした。 パンパン通りに行くことだけを目的にする場合は、阿波富田駅から行くのも有効ではありますが 悪いことは言わないので、 パンパン通りに行くことだけを目的にするのはやめたほうがいいです。 徳島駅から向かう場合は繁華街を抜けていくのが、早いとは思うんですが キャッチなどにいちいち捕まるのが嫌な場合は 若干遠回りにはなりますが 438号線沿いを行くのが良いかと思われます。 阿波富田駅からの場合は、駅を出たら左へ行き、線路を渡ります。 線路を渡ったら信号機のある交差点までひたすら直進し、信号機のある交差点を渡ったら左へ。 しばらく直進し肉屋が角にある交差点で右へ。 あとはひたすら真っすぐいき、ヤラカスシティホールという素晴らしいネーミングの斎場が見つかればゴール目前です。 その裏の駐車場の向こう側の道がパンパン通りです。 パンパン通りの目印は、その名もズバリな ヤラカスシティホール。 ヤラカス (意味深)だし、シティだし、ホール (意味深)だし ネーミング全てに突っ込みどころがあります。 ヤラカスの由来を調べたんですが、確度が高そうなものが見つからなかったので各自調べてください。 でもここでのヤラカスは、 交流戦をやらかす、との ダブルミーニングではなく どえらい地雷を踏む、という意味でのやらかすなので、そこを勘違いすると非常にがっかりしてしまうと思います。 営業時間は よくわかりません。 昼間から開いているお店もあるようです (他のブログ、ストリートビュー情報)。 19時以降であればほぼ間違いなく遊ぶことが出来ると思います。 私は20時頃に行きましたが、 思ってた以上に開いてる店がありました。 そして街灯がないので思ってた以上に暗いです。 正直1人で歩くのはかなり怖いです。 風よけで扉のところにベニヤ板が立てかけられている建物は、遊べる・・・いや ヤラカスハウスです。 ストリートビューでも、すりガラスの扉越しにベニヤ板のようなものが確認できる建物があるので探してみてください。 入店難易度は歩いていれば、 どこからかは確実に声をかけられるので 比較的易しめです。 ただ、 飛田や松島新地のように「お兄ちゃん!ちょっと!かわいい子おるで!!」っていう感じのガツガツ系ではなく 優しい感じの「こんばんはー」から来るので、 一瞬ぎょっとします。 街灯もない暗い道も相まって。 嬢の年齢層は 高めです。 事前に調べた情報では若い嬢もいるらしいとのことでしたが、私がひと通り見た感じではそんな方はどこにもいませんでした。 一番若そうな方で 30前半、私の対戦相手は 26歳設定の39歳、その39歳の方の話では 最年長は40歳設定の60前後の方がいるらしいです。 熟女好きの方は是非。 私はちょっと・・・無理でした。 いや、ちょっとどころではなく、かなり無理でした。 で、肝心の料金ですが、 30分1万円が全店共通らしいです。 ただ時間交渉とか値段交渉の余地はありそうな気がします。 でも私は声を大にして言っておきたいです。 ここで交渉するくらいなら、デリ呼んだほうが有意義だと。 でも一応、パンパン通りで遊びたい人のために記事を書いている感じもあるので、説明をもう少し続けます。 暗い道を歩いて 「こんばんはー倉地くんいますかー?」みたいな感じで声をかけられて 店を覗いてみたら、自分にとって 非常に魅力的な嬢がいたとしましょう。 遊ぶ場合はそのまま扉のところまで言って「いくら?」とか「ちょっと遊んでいきますわー」って言って入ればOKです。 「ここは(あかん)」とか「無理無理無理無理」とか思った場合は「ちょっと他も見てみたいんで・・・」って言って断るかスルーしましょう。 しかし、 暗闇で不意に声をかけられると、どうしたって反応しちゃいますよね。 というか、 ガチビビリします。 声をかけられてることに気づかない体でスルーするのはなかなか難しいです。 なので、 気づかない体で行くのは諦めて、お断りのセリフを言うか 「うわ、びっくりしたぁ」と声かけられたのは気づいたけど、 意に介してないよっていう体で素通りするのがいいと思います。 遊んでいくことにした場合は、玄関先でまずは料金を遣り手婆にお支払いし、靴を脱いで奥の部屋に嬢と一緒に入ります。 パンパン通りも暗いですが、遊ぶ部屋の中も暗いです。 こんな感じ。 BADBOYのタオルが、今になって非常に皮肉がきいてる気がしてジワジワ精神的に来ます。 で、ここで (悪)夢の一時を味わうことになります。 嬢によってはスキン無しでの交流戦も可能のようです。 私の対戦相手の嬢はきっちりゴムありでした。 さすがの私もこの時ばかりは 安堵の表情。 30分経つとチャイム的なものがなるのでそしたら服を着て終了か、延長かの二択になります。 延長料金も交渉の余地がありそうですが、 30分1万だそうです。 非常にわかりやすい料金体系ですね。 良心的 白目 遊んだ後は飲み物をサービスで貰えます。 飛田で言うところのペロペロキャンディー的なやつ。 遊んだ後は、そのままお店を出て夜の街に繰り出すか、そのまま反省会へ移行しましょう。 とりあえず、遊び方の一通りの流れは書きました。 あとは遊びに行くかどうかは、 みなさん次第です。 何度もしつこいくらい書いてますが、私はここで遊ぶことを オススメしません。 タイトルにもありますが、ここで遊ぶと 全てのハズレが過去になります。 今まで風俗行ってたら「今回はハズレだったなぁ」っていうこと、何度かあったと思います。 そのハズレさえも「実は当たりだったのでは?」と錯覚してしまうほど、ここの嬢のモンスターレベルは高いです。 モンハンのような 「狩りに行こうぜ!」的なノリで遊べそうな方は、よければ行ってみてください。 5分針でイケたら ハンターとしての素質有りだと言って間違いないでしょう。 健闘を祈ります。 終わり.

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風俗Xファイル/徳島で裏風俗の潜入捜査

徳島 パンパン 通り

徳島市栄町6丁目。 先月レビューで取り上げた、貝塚のナポリで食事を終えた帰り道。 南海難波駅の構内に貼られたポスターに思わず目が留まる。 「とくしま好きっぷ2000」なる南海電車と南海フェリーを組み合わせた自社商品のアピール。 難波駅から和歌山港駅よりフェリーに乗り換えて、徳島港まで行くことのできるお得な切符のようだ。 和歌山港と徳島港がフェリーで結ばれていること自体知らなかったが、たったの2000円とは金額にシビアな関西人にとっても破格な安さ。 嬉しさのあまり、思わずスキップしたくなるに違いない。 実は徳島県は私にとって、これまで全く縁のなかった土地。 大阪に住み始めて気づいたのだが、瀬戸内海を渡る越境の地とはいえ、意外や四国は関西圏と密接なエリア。 関西ローカルのニュース番組では、往々にして香川や徳島の天気予報を取り上げることも。 11月に入った3連休の初日。 徳島港に着港したフェリーから降り立った私は、スマートフォンの時計表示とバス停の時刻表を見比べる。 すでに13時を過ぎて、これからバスと電車を乗り継いで目的地に辿り着く頃には、14時を回ってしまいそうだ。 今回徳島行きを決めるにあたり、事前に調べ上げたのは、読者にはすっかりお馴染み地元の遊郭。 ガイドブックに掲載の名所旧跡や、B級グルメ人気に便乗したご当地グルメにはまるで興味がない私。 手持ちの文献やネット情報によれば、遊郭があったのは秋田町と栄町の5丁目から6丁目界隈。 明治初年に旧藩主蜂須賀氏の城内から局長屋を移して遊女屋を許可したことに始まる。 戦後南新地と呼ばれて赤線に移行するのは他の遊郭でも見られる話だが、なんと今でも現役で営まれているという。 そこで予定を変更して、タクシーで秋田町のヤラカスシティホールへ向かうことことを決断。 事前情報によれば、ヤラカスシティホールという葬儀場は南新地の玄関口ともいうべき立地にあり、目印として丁度いいとの判断から。 タクシーで移動すること10数分。 目的地に辿り着くと、そこから未だ現役の揚屋が並び建つ通称パンパン通りへ。 パンパン通りとは、店の曳き子である遣り手婆が、団扇を手でパンパン鳴らして客を呼び込ぶことから名付けられたのこと。 パンパン通りを歩いていくと、昼間だというのにすでに営業中の揚屋がちらほら。 アルミサッシの玄関口を開けて、上がり口には遊女や遣り手婆が座っている。 もちろん今回は遊女とのひと時のランデブーを楽しむために、遠く徳島まで来たのではない。 近くに飲食店はないものか、パンパン通りを南下すること突き当たりが見えたところで、一軒の喫茶店らしき店が目に飛び込んだ。 喫茶鯛という風変わりな店名。 元祖鯛焼、お持ち帰り専用との表記もあることから、鯛焼きも店頭で販売しているようだが、すでに辞めてしまったかのような雰囲気。 出窓は堅く閉ざされて、その前には自転車が停められている。 一見客を拒絶するようなオーラを纏った外観ながら、おそるおそる店内へ。 すると二人の先客がスポーツ新聞を手に談笑中。 正面のテレビ画面ではボートレースの実況中継。 鳴門に競艇場があるので、常連客のニーズを満たしているのだろうか。 そういえば外壁には、小松島競輪の能力表・出走表と書かれたポケットケースが括り付けられていた。 左手に配備されたベロア地のソファー席に腰掛けると、コップの水とおしぼりを持ってきたのは、スカジャンを羽織った茶髪の中年男性。 テーブルや壁にもメニューの表記がないので、「メニューはありますか?」と尋ねる。 「メニュー?メニューはないけど何でも作るよ」とのこと。 「えっと、ランチとかは」「ええっ!?食べるもん?定食とか?」途端に気色ばむ店員。 さっき何でも作るって言うたやん、と心の中で関西流に毒づく私。 「魚とかあったかな?」カウンター奥のご主人らしき白髪の男性に声をかける。 「塩鯖ならあるよ、あとはフライとか」「それじゃ塩鯖定食でお願いします」とようやく事なきを得る。 ただし油断は禁物。 メニュー表記がない定食の値段はいくらなのか?それよりもまともな食事にありつけるのか不安が渦巻く。 携帯で舟券を買っている常連客を尻目に、店内を興味深く観察。 壁に鯛焼きのお品書きは貼られていて、あずき、クリーム、チョコレート味で各100円。 焼き台も残っているものの、開店休業中なのか。 ほどなくして、「お待ちどうさん」との声で定食がお盆に乗って運ばれてきた。 メインの塩鯖は小振りながらも、小鉢が3つも付いてバランスのとれた予想以上の見た目。 まずはにゅうめん仕様の味噌汁から箸をつける。 このにゅうめん、普段食べなれた麺よりも一回り太くて地元名産の半田そうめんなのだろうか。 出汁も効いていてなかなかの味わい。 焼き魚にはすだちが添えられて、徳島の地で食事をしていることを思わず実感。 お腹も空いていたせいか、残さず綺麗に平らげた。 すると足元のおぼつかない新たな年配女性がご来店。 持ち帰りでやきめしを3人前と注文、私の横に腰掛ける。 少々慌しくなってきた店内。 気を使って即座にお愛想の合図を送る。 御代の600円を払う際、「もう鯛焼きはやってないのですか?」ご主人に尋ねると、「いや、いまでもやってるよ。 鉄板を温(ぬく)めんといかんで、時間がかかるわ」「先に注文してくれたら焼けたのに」私が鯛焼きを食べたかったと察したのか、横から息子さんらしき店員も口を挟む。 「うちは、子門正人の歌の一年前からやってるからね。 あの歌がヒットした時はようけ売れてね」なるほど、元祖鯛焼とうたっている理由がわかったような気がした。 このHTMLタグをブログに貼り付けると、お店の地図や情報を掲載することができます。 鯛 関連ランキング:たい焼き・大判焼き 二軒屋駅、阿波富田駅.

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徳島パンパン通りを徹底攻略|時代に取り残された禁断の新地

徳島 パンパン 通り

「秋田町遊郭跡(後半)」 営業中と思しき店舗の長屋のドアは半開きになり、下半分にはベニヤ板がることがご覧いただけるだろう。 見るからない異様な光景だ。 が、ほんまの所は分からん。 取材班は長屋の全体を見ていると、中から中年の女がこちらを覗いていた。 年齢は40後半から50前半位だろうか、やはり商売を続けているぽい。 続いて逆側の建物群を見て行く。 何やら戦後バラック彷彿とさせる小屋がある。 取材日は雨だと言うのに、こちらも扉が開いている。 すでに時代は令和、平成すら過去になり、昭和と言う時代は遠い過去になったが、こんなズタボロのバラック風の小屋で女を売っている。 日本にこんな所まだあるのが衝撃的。 これはやばいな。 バラック小屋の奥に、くたびれた家の前が少し増床されている。 まさに戦後の赤線感。 こちらは、緑色の日よけを少し出し、引き戸、カーボンヒーター。 もうココまで来ればお分かりですね。 見えづらいですが、しっかりティダニーブルーのベニヤ板もありますよ。 あ、しかもヤリ手ババアもしっかり写っている。 実年齢層は40~60くらいと思われ。 覚悟がいりそうだ。 と好き放題書いているが、取材班が通過中に中年の男がこの建物へ消えて行った。 何か特別なサーヴィスでもあるのか・・・ 「旅館」 完全に旅館とは名ばかりの、ちょんの間です。 赤いカーテンが何か深い意味を持ちそう。 これが夜になるとボンヤリピンク色に灯る。 これぞ、漆黒(四国)の裏の桃源郷なんだな。 徳島へ出張に際はここまで来てみては。 繁華街から丁度よい距離で散歩には最適だ。 くれぐれも散歩だけにした方がいいと思うが。 徳島県 徳島市 ズタボロ 裏風俗 遊郭 これはやばい 赤線 廃墟 動画あり (2019) Categories, Tags, , , , , , , 投稿ナビゲーション.

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