ドラクエ 映画 評判。 ドラクエ映画の感想が面白くない(酷い)衝撃の理由やオチの反応まとめ!

ドラゴンクエスト ユア・ストーリー : 作品情報

ドラクエ 映画 評判

映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」が、非常に不評である。 元々原作が大巨編で「映像化は難易度が高い」と思われていたドラクエ5だったが、ここまでの「炎上劇」を見せることになるとは、公開前には想像できていなかった。 どうしてここまで怒りの声があがる作品になってしまったのか? 今回はそんな「映画ドラクエ」の功罪について考えてみようと思う。 それは論じるまでもないのだが、どうして「映画全体への怒り」にまで及んだのか?そこにはまず、観客の心の動きから考えていく必要がある。 そもそも今回の作品を観る前に、不安はあった この「そもそも」という感情は、非常に根深いものだと思う。 ドラクエ5は、主人公が勇者ではなかった物語だ。 目の前で討たれる父、長い奴隷生活とそこからの脱出劇、揺れる恋心、結婚と出産……そして石化され何もできない苦しい時期を乗り越えて、勇者である息子と共に因縁の相手を倒しに行く。 それぞれの要素が、あまりにも強いのだ。 正直、三部作にしても良いほどのボリューム感である。 「ドラクエで単発映画を作ろうと思うんだよね。 どれがいいと思う?」と聞かれて、「じゃあドラクエ5にしなよ」と答えるファンは少ないのではないだろうか。 そんな中、いきなりフル3DCG映画化するのが「ドラクエ5」ということで、非常に強い不安があった。 ……そう。 原作改変があるのでは? という不安だ。 (尺が足りないので)主人公が勇者。 (尺が足りないので)結婚しない。 (尺が足りないので)逆に恋愛メインになる。 などなど、考えられる改変はいくらでもあった。 上述の通り、長いストーリーだけにある程度の改変は、どれほどの「原作愛」「実行力」があっても避けられないだろう。 ビアンカとフローラ、パパス、ヘンリーが出ることは予告編で確実だが、それだけに 「どの要素が削られるんだ……?」という思いは拭えなかった。 大胆なキャラデザインの変更も相まって、驚くべき改変・大幅カットを恐れながら劇場に足を運んだのだ。 それを乗り越える演出の数々に、心を許してしまっていた そんな不安感は、オープニングで、ある程度の安心感へと変わる。 ゲーム画面をふんだんに使用しての「駆け足での子供時代描写」を、 製作陣の「主人公の半生を描き切ろう」という意志だと受け取った。 ビアンカとの幼馴染設定をしっかりと描くためにも、どんな手法であれ子供時代を観客に提示してくれたのだと。 同時に「最悪の場合、パパスは回想シーンだけで登場する」という懸念も、杞憂におわった。 「おやぶんゴーストが上映開始5分もかからずに倒せたよ!」 「ドラゴンオーブだってさ!なんで名前が変わってるの?」 という風に心の中でツッコミを入れつつも、多くの原作ファンは幕開けにゲーム画面を見たことで、懐かしい記憶が刺激されていたのではないだろうか。 ゲーム画面の登場、ほぼ原作に忠実な流れ……さらにはドラクエの音楽。 まさに「思い出」「記憶」を刺激して引き出すような演出の数々に、時には懐かしく思い、時には「ここは随分とあっさりしているなあ」「ここは原作とちょっと違うな」と思いつつも、私は十分に楽しめていた。 映画の評判(悪評?)を聞いて観に来た人は「聞いていたほど悪くない、むしろ頑張っているのでは?」と思ったかもしれない。 違和感はありつつも、受け入れようと思えた場面の数々 もちろん、観ていてツッコミをいれたい箇所はあった。 それは原作ファンなのだから、避けられない部分ではあると思う。 ヘンリーの喋り方や性格への違和感とか、旅程描写の短さとか、バギ系呪文しか使えない主人公とか、MPを無視したビアンカの強力な呪文連打とか……あげようと思えば、キリはない。 でも、例えばブオーンの時系列改変は、個人的にはとても練られた演出だと思った。 指輪のシーンをやるにはさすがに尺がたりないし、宿命の相手であるゲマを倒す前に少しは実力をつけていく描写をしなくてはいけない。 そこからの、勇者誕生・石化描写で、多くの原作ファンが「最後までやるんだ」と認識してしまったはずだ。 少なくとも私はおおらかな気持ちで「天空のつるぎの使い方は別として、最後まで描いてくれるんだな」と胸を撫で下ろし、ドラクエ世界に没頭していた。 ゲマがラスボスになろうが、ミルドラースが出てこようが、どちらでも良いな、と。 そうして、安心した心持ちでゲマ戦を迎え、主人公が打ち勝つのを観ていた。 そこで、あのラスト10分間を迎えたのだ。 悪い意味で「裏切られた」と思ってしまったラスト10分 100分近い時間をかけて、原作ファンを「ゲームの思い出をなぞる」という気分にさせてくれた 「映画ドラクエ」は、あの瞬間からいきなり「映画ユア・ストーリー」に趣を変える。 その「裏切られた」という感情が湧いた理由は、いくつかあるだろう。 明確に伏線といえるものはなかった「VR世界」 物語において読み手や観客を置き去りにしないための「製作者側の誠意」は、 伏線をしっかりと提示することでないかと思う。 それは「ネタばらし」の驚きを減らさないように注意を払いつつ、丁寧に積み上げられていくべきなのだ。 この映画では、観客に「最後にドラクエではない展開がくる」と覚悟させるための要素が、あまりにも少なかった。 好意的に考えても• 幼年期がゲーム画面だったこと(幼少期省略という設定だった)• 「自己暗示」を打ち破る際の描写(フローラと結婚するように自己暗示をかけていた)• スライムの登場が毎回ゲーム的な表現だったこと• スライムが主人公から全く離れなかったこと• モンスターを倒した際の表現がゲーム的だったこと くらいではないだろうか? このうち、幼少期の描写を「全て描き切るための工夫・誠意」くらいに考えていた人は、特に裏切られた思いが強かったはずだ。 あまりにもうまく「全て描くこと」が出来過ぎていたために、喪失感は大きかった。 ラスボスの動機も、倒せた理由も不明 この「物語」を観ていて残るのは、唐突に現れたウイルスに対する疑問だ。 マーサがウイルスを食い止めていた? 一体、なんのために、どうやって……? フローラが自己暗示を解く薬(プログラム?)を作って主人公に渡すあたり、このゲームのキャラクターたちは統制が取れていない自由な存在だと推察できる。 ラスト付近で「すぐ新しいプログラムを作るんですよ」みたいな係員のセリフもある。 ということは、各キャラは独立した意思のもと動いている(各キャラの役割を演じている)役者に似た存在で、各自がプログラムに直接影響を与えるようなアイテムを作れる存在なはずだ。 結婚したいという役割を捨てて主人公のために動いたフローラの想いも理解はできる。 (自己暗示プログラムをお願いされておきながら破棄するゲームというのは、商品としてどうなのか……というのは別の話として) だが、ウイルスの襲来を止めようとしていたのが、あの世界でマーサだけだったというのは、そういう前提を思うと悲しくなる。 ゲマやビアンカに「ウイルスが来てるからこの世界そのものが危ない」と言うことも可能だったような気もするし、スラりんはもっと何かしてやれた気もする。 そして、 ウイルス自身が、また不明の存在だ。 プログラムを壊すという点は理解できる。 だから各キャラを消そうとした行為も、わかる。 でも、あの主張は「ウイルス」がするものだろうか……? それは観客に何かを伝えたかった製作陣の「甘さ」のように感じてしまう。 どうしても、自分たちの伝えたいことを伝え切る方法が思いつかなかったことによるものだと感じてしまうのだ。 (あのウイルスの主張が製作陣の主張そのものというわけではないけれど、密接に関わる要素ではあるはずなので) 観客としては、いきなり悪意をもったウイルスが大した動機もなく暴挙に出て、みんなを困らせた挙句、普通のアンチウイルスソフトで対処されてしまった……という風に映る。 それは我々から「打倒ゲマ」「打倒ミルドラース」のカタルシスを奪うに値しない結果に思えてしまったのだ。 登場してしばらく暴れ回るならまだしも、蛇足のように、ポッと出てポッと終わる。 だからこそ、早口の主義主張だけが印象に残ってしまつまたのだ。 果たして「ドラクエ」である必要はあったのか?という疑問 言うなれば 「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」ではなく「ユア・ストーリー ドラゴンクエスト」だった「映画ドラクエ」。 自省するための映画を観にきたつもりの観客よりも、純粋に 「ドラクエ」を楽しみに来ていた観客の方が多いはずだった。 しかし、主題は明らかに別だった。 この映画の主題はラスト10分で、一方的に語られ続ける。 しかもそれは「ゲームってどう思う?」というような、あまりにもフワッとしたものだ。 ここで 「じゃあ、なんでワザワザ『ドラゴンクエスト』を騙ったのか?」 という疑問に突き当たる。 観客動員数を考えてのことなのか。 それとも「物語」への没入感をスムーズにするために観客の記憶を利用したかったのか。 ……理由はいくつかは考えられるが、どれもこのモヤモヤがスッキリするほどのものとは言い難い。 この作品が「ドラゴンクエストの映画化」ではないのだろう、という点だけが浮き彫りとなるだけだ。 たとえば、最初から不穏な要素を感じさせる「超進化した未来のゲーム」をやり始めて、ウイルスが攻めて来て、それを仲間のモンスター(実は最強のアンチウイルスソフトを持っている)と退ける……というストーリーは、わからなくもない。 しかし、この枠組みを描くのならば、別にゲームそのものは作中作でよかったはずなのだ。 それを「人気RPGのドラクエ」「ラスト数分での思いもよらぬどんでん返し」という二つのプラス要素を盛り込もうとしたために、この映画は多くの人にとっての「わからない映画」になってしまったのではないだろうか? 「ドラクエ」が先なのか、「ストーリー」が先なのか……そこが不明なことで、とてもどちらつかずな存在となってしまったのだ。 これは決して 製作陣の悪意によるものではなく、むしろサービス精神だったに違いない。 私は、製作陣の原作へのリスペクトが足りなかったとは思っていない。 ちゃんとあの物語を分析したからこそ、ラスト前まではしっかりと描けていたのだ。 最近流行りの「ラスト〇〇分、この映画はひっくり返る」系の新要素を、無邪気にも盛り込んでくれたのは、製作陣の「プラスになるはずの計算」だったはずなのだ。 映画から何を受け取って何を考えるかは、観客に委ねられているはずだった 物語における「製作者側の主張方法」というのは、2種類あるのではないかと思う。 ひとつは、キャラクターに主張を語らせてしまう手法。 もうひとつは、ただシンプルにストーリー・出来事を描き、それを受け止めた観客がどう考えるかに委ねる方法。 どちらも有効な方法だと思うが、大切なのは使い所だと思う。 前者は「映画のドラクエ」で、後者は「ゲームのドラクエ」ではないだろうか? そのミスマッチが、今回の違和感を生み出した要因のひとつだと思う。 原作に近いものを作ることで、必然的に100分近く〈後者〉の手法を使うことになり、ラストだけ〈前者〉の手法に切り替わる。 だからこそ違和感が拭えない作品に仕上がったように思うのだ。 軸になる手法が急に切り替わったことで、観客の感情は置き去りにされた。 これが、ダメ押しの決定打だったと思う。 せめてVRにするにせよ、いきなり驚かせたかったにせよ、あそこまで語らせていなければ…… 今後の「映画化新時代」の指標となりうる作品に ここまで書いてきたこの映画の「炎上騒動」の理由をまとめると• 途中までの出来がよかったことによる落差と、失望感• 原作が主軸に置かれていなかったことによる不完全燃焼感• 原作のやり方に寄り添わない表現手法• オリジナル要素の稚拙さ(ラスボスの動機・伏線の薄さ)• 観客を置き去りにする、行き過ぎたサービス精神 といったあたりになるだろうか。 なかでも罪深いのは、その「サービス精神」だ。 このミスマッチのせいで、ミルドラース(ウイルス?)の主張にまで非難が飛び火している印象が強いが、本質はそこではないように思う。 例えば、 序盤で「これはVR世界なんだな」と観客にもわかるようにしていれば(面白かったか面白くなかったかは別として)観客も覚悟して観られたのだから、ここまで炎上しなかったはずだ。 やはり、観客を驚かせたいという「サービス精神」を盛り込みすぎたのだ。 それはまるで、すでに出来上がっていた上等なフランス料理に、ドバドバとケチャップをかけるかのような行為だった。 新要素を入れる際にどう考えるべきか? これはきっと、これから長らく映画化における課題になるだろう。 今や「技術が足りずに映画化が失敗する」「原作要素を切り捨てすぎて映画化が失敗する」という時代は終わり、 「原作をある程度再現できる」という時代に入ったのかもしれない。 その上で「お金をもらう以上、付加価値をつけたい」という思いが湧いてくるのは、クリエイターとしての思い・企業としての思いとして自然な流れだ。 その欲求をひたすら抑えて、付加価値のない「原作ストーリーをなぞるだけの作品」だけが正解になるとは思っていない。 しかし今回の「炎上騒動」を経て、今後の映画化作品が 「どのように付加価値をつけることで、違和感のないものを作れるか」という点を深掘りしていくことは不可欠だ。 失敗した映画、と言われ続けないためにも、ターニングポイントとなった映画になる必要がある。 あの劇場で観た「スライムの可愛さ」「モンスターの躍動感」「リュカの生き様」への感動を、暗い思い出にしてしまわないためにも。 きっと私は、また新作「映画ドラクエ」が公開されたら、映画館へと足を運ぶのであろう。 そこに、ドラクエ世界がしっかりと広がっているのだと、信じて。 (文・深々シン) 他のネタバレ記事 関連記事 dq-free.

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ドラゴンクエスト ユア・ストーリー

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ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 感想・レビュー 89件 どらごんくえすとゆあすとーりー• 上映終了• レビュー• 動画配信 総合評価 2. 44点、「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」を見た方の感想・レビュー情報です。 投稿はから受け付けております。 有名な俳優を使うことで、番宣等やりやすくなることはあるにしろ、作品の質を落とす可能性があり、その典型的な作品になってしまったかな、という気がします。 ストーリー的には端折りすぎで、ゲームやっていない人にはストーリーについていけない人が多いんじゃないでしょうか? また、色々いわれているミルドラースですが、自分的にはありでした。 しかし、それらを補ってあまりあったのが、エンディング曲。 DQ3のエンディング曲を使っていたので、それだけで大満足でした。 とても酷い作品。 まず、ドラクエ5のストーリーを知らない人は置いてけぼり。 これは仕方ない。 そして、ストーリーを知っている人には原作レイプでしかない。 設定変更、イベントの割愛、ダイジェスト的にストーリーが進むのも膨大なゲームの内容を短い尺で収めなければいけないのだから我慢するとしよう。 確かに熱くなれる展開もあった。 ラストなにあれ? ブチ壊し。 声優も専業がほぼ起用されてないから棒読み感半端なく感情移入出来ない。 子供だったおじさんこそ見るべき作品だと思います。 最高にノスタルジックな作品です。 [クリックで本文表示] 評価が酷いのを知った上で見ましたが、最初と最後以外は結構面白かったです。 マジで最初のドット絵と最後のウイルスは意味が分からない。 ドット絵を流すくらいなら青年期から物語始めて子供の頃の回想とか軽く流しとけば良かったのに。 最後は特に酷かったです。 ウイルスのくだりの時間がもったいない。 ドラクエがゲームの中って設定はいらないけどまあいいかなって思いましたがウイルスはクソです。 その2点以外はまあまあ良かったです。 特に、戦闘シーンは凄く興奮したし、もっと多くしても良かったんじゃないかなと思いました。 良いところはマジで良かったので結構もったいないなーと思ってます。 2部作にしてストーリーをもっと濃くする、戦闘シーンを増やす、ウイルスをミルドラースにする、この3つだけ直せば神映画です。 「AltoBridge」さんからの投稿 評価 なし 投稿日 2020-05-28 物語が駆け足なのは2時間映画だから仕方ないと割り切った。 しかし、声の違和感は最後まで付き纏って我慢出来なかった。 個人的には上手い人が演じるのであれば声優でも俳優でも構わないのだが、この作品は酷すぎ。 結婚相手に迷う時も主人公のクソ野郎っぷりが酷くて感動ゼロ。 それでも最後の決戦までたどり着いてもうすぐフィナーレだな、と思った時に凄まじい衝撃を受けた。 ヘドぶち吐きそうになった。 ドラクエが好きな人は観てはいけない。 絶対にオススメしない。 勇者ヨシヒコで有名なドラクエ大好きな俳優さんが絞り出した言葉がコレだけである。 否、糞映画に対して褒められる所ココしか無かったのだろう…。 更に、舞台挨拶では「自身の体調不良」の話しかせずにノーコメントを貫く。 勇者ヨシヒコの劇場版やった方が断然良かっただろう。 時間制限があるとはいえはしょりすぎでしょ!二部作にすればよかったのに。 [クリックで本文表示] 声優が下手で酷いのは、俳優を使ってる系の映画としてこれはもうしょうがないと思ってますので諦めます。 物語はずっと駆け足で、ビアンカとの幼少期も描かれないので結婚に悩む主人公になんの感情移入も出来ない。 子供も一人しか産まれません。 そして最後は、 これはゲームでしょ?ゲームばっかりやってないで大人になりなさい! って酷い仕打ち。 「プリン」さんからの投稿 評価 なし 投稿日 2020-04-26 こんながっかり作を人に見せるなんて信じられない。 何が目的なのか、理解できない。 キャストもいたたまれなくて可哀想。 見た人も可哀想。 「酷評している人の目線にも立とうマン」さんからの投稿 評価 なし 投稿日 2020-04-25 映画を酷評している人達に対して、心が狭いだの批判的なこと言ってる人がいて驚いた。 映画の評価なんて人それぞれ違うんだから、いちいち口に出すなよって思ったわ。 ていうか、他人の感想を認めずに、自分が勝手に決めた正しさを他人に押し付けてくる人間の方が心が狭いだろ。 ドラクエファンの目線から見た感想っていうものを頭ごなしに否定するなよ。 少しは他人の感想を見て、そういう見方もあるんだって思えるようになった方がいいと思うよ。 [クリックで本文表示] これは酷いな、いきなりウイルスだのバーチャルだのストーリーがめちゃくちゃだわ。 最後のエンディングをまとめようとしてもあのくだりが全てを台無しにしたなと。 よくこんなドラクエ映画にOK出したな笑。 冒険は所詮はゲームですので目を覚ましましょうってか。 ドラゴンクエストVが観たい方は最後の決戦が終わるかなって所で観るのをやめれば良い気持ちで終わるのでは無いかと思います。 ラストまで観る勇気のある方は広い心を持ち仏になった気分で観ることをオススメ致します。 [クリックで本文表示] ドラクエ5の物語壊しすぎ 最悪な映画だった グランパニア出てこない 双子の妹生まれて無い マリア出てこない 奴隷脱出めちゃくちゃ マジ最低なドラクエ5 P. [クリックで本文表示] 前評判の賛否両論を拝聴していたのであまり期待せずに観ました。 そのおかげか思ったよりちゃんとしたエンディングで個人的には良かったです。 話もサクサク進むしバットエンドかと思っていた終盤、VR世界のバグだったという落ち。。。 映画館に足を運び期待して観ていたドラクエの映画、こんな形では一部の方々から批判を浴びるのも理解できます。 でも、こういう世界線もあるんだなって気持ちで観ると時代の流れに無理やり合わせた多少残念な脚本でも楽しく観ることが出来ます。 スーファミを我武者羅にプレイしていた幼少の頃を思い出す心温まるストーリーでした。 そしてストーリーの最低最悪としか言えない、中盤までは声をのぞけばかなり良い出来です、しかしそれをぶち壊す終盤、、、ネタばれはもういネットで色々なところで書かれてるのでここでは言わないです。 はっきり言います、見る価値なし、見るだけ時間の無駄、この監督の作品はもう2度と見ません。 むかついたのでゲームのドラクエやり直して、このイライラを解消します。 [クリックで本文表示] ラストの展開でドラクエじゃなくなってしまった作品、こんな展開ならドラクエじゃなくてもハリポタやディズニーとかでも何でも出来る、ドラクエが使われてしまっただけ。 途中までは不満はありつつも映画だから仕方がないと、何とか受け入れつつ見てたら最後に裏切られます 中高生が「せやっ!」と思いついたうっすいメタ展開が始まり、「エンターテイメントは全部嘘、大人になろう」とボスが言う、ミッキーマウスがミュージカルの最後に着ぐるみを脱いでおっさんが説教垂れるのと同じですね。 最悪です。 「子供」さんからの投稿 評価 なし 投稿日 2020-03-05 監督のエゴを押し付けるためにドラクエが利用された感じで悲しいですね、最後はまさに家族誰も言葉も出てませんでした笑 P. この映画はドラゴンクエストやロールプレイングゲームに思い入れのない人には良作に思えるでしょう だがしかし、私はこの映画を否定しなければならないRPGが好きならこの作品を否定せずにはいられない どんなに伏線が素晴らしくてもそれだけで良作とは言えないのだ 喉が乾いた夏の日に冷蔵庫に入っていた黒色の液体でかつ赤いラベルに白い筆記体のローマ字が書かれた飲み物がコーラではなくめんつゆでそれを飲んでしまった感じの映画.

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ドラゴンクエスト ユア・ストーリー DRAGON QUEST YOUR STORY 監督 (総監督) 花房真 脚本 山崎貴 原案 『』 原作 製作 藤村直人 依田謙一 守屋圭一郎 川島啓太 製作総指揮 臼井央 伊藤響 出演者 音楽 編集 八木竜一 制作会社 製作会社 2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会 配給 公開 上映時間 103分 製作国 言語 興行収入 14. 2億円 『 ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(DRAGON QUEST Your Story)は、公開の日本の作品。 『』としては初の3DCGアニメ映画であり、『』をベースとしたストーリーとなる。 が総監督と脚本を手掛け 、監督はと花房真、原作・監修は、音楽はがそれぞれ担当する。 キャッチコピーは、『 君を、生きろ。 』『 君は、何者だ。 』 目次• 概要 [ ] 企画が始まったのは2016年頃。 その後パイロット版が作られた タイミングで山崎貴から監督オファーの承諾を得た。 山崎によれば、ゲームの映画化に懐疑的だったため当初はオファーを固辞していたが、「劇場版アニメの成否をも左右するような、ラストシーンのあるアイデアを「思いついてしまった」」ことから、ゲームを映画にする意味を見出し、引き受ける気になったという。 原作・監修者である堀井も「ゲームはインタラクティブだからこそ、プレイヤーが主人公であることを実感できる。 ところがこの映画は、観るだけで『ドラクエの主人公は自分である』ということを改めて思い出させてくれる。 そこが画期的だ」とインタビューで絶賛している。 主人公の名前は「 リュカ」が使用された。 ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの主人公は「主人公になりきりゲームの世界を体験する」というコンセプトから公式名が存在せず、展開の中で必要になって初めて設定される。 「リュカ」の名前は1993年のが初出である。 またビアンカのフルネームが本作で初めて設定された。 2017年5月 にはによる収録を済ませていた が、2019年に追加でが行われた。 ゲーム版との相違点 [ ] 原案になったゲーム『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』の設定との相違点。 大きな相違点を以下に挙げる。 幼少期はダイジェストとなっており、これは終盤の伏線となっている。 サンタローズが雪国になっている。 かつて天空人がミルドラースを封印した。 ゲーム版でのミルドラースは邪心が強すぎたために神の怒りを買い、魔界に封印された設定。 ゲーム版ではマーサはエルヘブンの民だが、本作では天空人 に変更されている。 これにより主人公も天空人の血筋ということになる。 ただし、ゲーム版と同じく主人公は天空の剣を装備できない。 天空人の血を引く者は瞳の色が茶色 、澄んだ茶色。 主人公の瞳の色は茶色。 アルスとビアンカの瞳の色は薄茶色。 ビアンカの本当の両親はビアンカを隠すため、呪文でビアンカの目の色を青色に変えていた。 天空人だけが魔界の門を開く呪文を知っている。 天空の剣を魔界の門に投げ込むと門を封印できる。 キラーパンサーと再会する際にビアンカのリボンを使わない。 ゲーム版ではルドマンの所有している物は天空の盾だったが、本作では天空の剣 になっている。 炎のリング、水のリング探しはカット。 グランバニアの話はカット。 ビアンカの出産はサンタローズで行う。 主人公とビアンカの間に生まれた子供が双子ではなく、息子のみである。 デボラは本編に登場しない。 ゲーム版ではレヌール城でゴールドオーブを入手するが、本作ではドラゴンオーブ に変更されている。 チゾットの山奥にある洞窟から妖精の住む国に行ける。 プサンが「ロボットどもが妖精を守っている」 と説明しており、そのロボットはメタルハンター• 天空城は出てこない。 イブールが登場しない。 ブオーンがゲーム版ほど巨大ではなくなっている。 ゲマたちとの戦闘でヘンリー、サンチョ、ラインハットの兵、が加勢する。 ミルドラースのキャラクターコードに擬態し、侵入したウィルスが登場する。 侵入したウィルスの姿は『ドラゴンクエストV』のミルドラースのデザインではなく、『ドラゴンクエストX』ver. 4ののデザインに似ている。 主人公が体験していたのはバーチャルシステム。 子供時代をスキップ、ロボットと戦うことは主人公が自ら選択した。 スラりんの正体はバーチャル世界を監視しているアンチウイルスプログラム。 キャスト [ ] 詳細は「」を参照• リュカ(リュカ・エル・ケル・グランバニア) : 、(幼少時代)• ビアンカ(ビアンカ・サント・アルカパ) :• ヘンリー: 、高月雪乃介(幼少時代)• アルス:• パパス:• トム:• 妖精:• ジャミ:佐々木一平• ゴンズ:関口晴雄• 係員:• 奴隷:中台あきお• オークキング:鰐渕将市• オーク:吹上タツヒロ• ホークマン:• 町人:• 母親:• サンチョ:• プサン:• ブオーン:• ルドマン(ルドマン・ド・サラボナ) :• ミルドラース:• マーサ:• ゲマ: スタッフ [ ]• 原作・監修:• 総監督・脚本:• 監督:、花房真• 音楽:• 製作:、沢桂一• 共同製作:畠中達郎、、谷和男、、石川豊、、、森田圭、中西一雄、安部順一、舛田淳、、坪内弘樹、昆野俊行、赤座弘一、大鹿紳、小櫻顕、毛利元夫• エグゼクティブプロデューサー:阿部秀司、臼井央、伊藤響• プロデューサー:藤村直人、依田謙一、守屋圭一郎、、川島啓太• 全体監修:• 画コンテ・編集:八木竜一• アートディレクター:花房真• CGスーパーバイザー:鈴木健之• リレコーディングミキサー:佐藤忠治、C. 配給:• 制作プロダクション:、• 制作協力:阿部秀司事務所• 企画:東宝、• 製作幹事:• 製作:2019「DRAGON QUEST YOUR STORY」製作委員会 (東宝、日本テレビ放送網、アミューズ、、、白組、、ROBOT、阿部秀司事務所、、、、、、、、、、、 ) 挿入曲 [ ] 「Virus」 作曲 - 興行・評価 [ ] 本作は全国313スクリーンで封切られ、土日2日間で動員21万5000人、興行3億900万円を記録し国内映画ランキング初週4位となった。 公開から8月25日までの23日間の興行収入は13億200万円を記録。 2019年9月末時点での興行収入は14億円に達している。 最終的な興行収入は14. 2億円。 の評者は、本作は公開直後より「どれだけひどい作品か語る大喜利のように」なったと記している。 賛否をわけているのは主にクライマックスの展開であり、「ゲームで遊ぶことが無駄かどうか」という云わば時代遅れのテーマを扱ったからではないかとしている。 そして、「(制作陣は)ゲーマーに向けて『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』というラブレターをしたためた。 だがそれはゲーマーにとって、熟成させたゴミをプレゼントされるようなものだった。 」と評した。 2020年2月13日より、日本国外でオリジナルとしての配信が予定されている。 関連作品 [ ] 小説 [ ] 作品。 版、版共に原作:堀井雄二、脚本:、著:宮本深礼。 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 映画ノベライズ』〈ダッシュエックス文庫〉、2019年8月2日。 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 映画ノベライズ みらい文庫版』集英社〈集英社みらい文庫〉、2019年8月2日。 法的紛争 [ ] 民事訴訟 [ ] 公開日となる8月2日に作者であるが同小説の主人公リュカの名前を無断で使用されたこと、呼びかけである「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」を「リュカ・エル・ケル・グランバニア」と改変されて使用されたとして長野地方裁判所佐久支部に提訴した。 『キャラクターの名前は著作物として認められないとの判示に鑑み、訴状では「リュケイロム・エル・ケル・グランバニア」を争点とする』との事。 久美は映画上映の中止とDVD等の販売中止を望んでいるわけではなく、製作委員会からの謝罪と事後契約での名称利用によるクレジット追加を望んでいると説明した。 刑事告訴 [ ] その後、久美沙織は、2019年12月13日に「2019年12月5日付 送付は6日 でおよびに告訴状を提出し、またはまたは、、の容疑で製作委員会などをした」という内容の発表を行った。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 他に公式ガイドブックで設定されている名前として「アベル」が存在している。 リメイク版で追加された設定(版では存在しない設定)。 リメイク版で追加された設定(版では存在しない設定)。 映画版では色が分かりづらくキラーマシンにも見えるが、小説版でメタルハンターと記載されている。 また、キラーマシンは終盤のゲマたちとの戦闘中に登場している。 ゲームでもリメイク版『ドラゴンクエストV』ではブオーンが小さくなったが仲間に、『』ver. 3ではブオーンが味方になってくれる。 山田は、パロディ作品の『』で主人公のヨシヒコ役を演じた。 なお、ヨシヒコのデザインは、本作の原作『V』の主人公(本作でのリュカ)に近いものになっている。 出典 [ ]• MANTAN. 2019年2月13日. 2019年4月4日閲覧。 映画ナタリー. 2019年8月5日閲覧。 2020年1月28日閲覧。 4Gamer. net 2019年2月14日• 「原作紹介」『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー パンフレット』東宝、2019年8月2日、14頁。 ファミ通. com 2019年8月1日. 2019年8月3日閲覧。 まんたんウェブ 2019年8月2日. 2019年8月5日閲覧。 シネマトゥデイ 2019年8月4日. 2019年8月5日閲覧。 コミックナタリー 2019年5月27日. 2019年8月3日閲覧。 「キャストインタビュー」『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー パンフレット』東宝、2019年8月2日、8、9頁。 , p. 123-124. , pp. 112,165. , p. , pp. 110-111. , p. 143. , pp. 140,150-151. , p. 144. , p. 146. , p. 176. , pp. 174-175. 191. , p. 195. , p. 200. , p. 105. 2019年4月4日. 2019年4月4日閲覧。 , p. 103. 2019年5月14日. 2019年5月14日閲覧。 コミックナタリー. 2019年6月7日. 2019年8月4日閲覧。 , p. 2019年5月18日閲覧。 ドラクエ・パラダイス ドラパラ ドラゴンクエスト公式サイト. 2019年6月19日. 2019年7月3日閲覧。 com 2019年8月5日. 2019年8月5日閲覧。 Real Sound 2019年8月28日. 2019年10月28日閲覧。 Social Game Info 2019年10月11日. 2019年10月28日閲覧。 IGN JAPAN 2019年8月5日. 2019年8月5日閲覧。 Mateo, Alex 2020年1月16日. 2020年1月18日閲覧。 Romano, Sal 2020年1月16日. Gematsu. 2020年1月18日閲覧。 McWhertor, Michael 2020年1月17日. 2020年1月18日閲覧。 ITmedia NEWS 2019年8月5日. 2019年8月5日閲覧。 4gamer. net 2019年8月2日. 2019年8月3日閲覧。 まいじつ. 2019年4月7日. 2019年9月16日閲覧。 2019年12月13日 「」• 2019年12月13日 「」 外部リンク [ ]• - プレイリスト.

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